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それはいたって普通の中二病的恋物語

作者: 蒼衣翼

急に書きたくなった。きっと台風のせい。

「今日もまた来てしまった」


 我ながら馬鹿だなぁとは思うものの、どうしても「もしかしたら」という気持ちが捨てられないのだ。


 この広場は本来は王家の離宮の一画で、それを国民に憩いの場として提供している王家の庭である。

 他では決して見られない色とりどりの花が咲き誇り、のんびりと小鳥がさえずり、庭の中心には見事な噴水まで存在する。


 隣の王宮には一般人は決して立ち入る事は出来ないが、ここならいつでも訪れる事が出来るのだ。

 とは言え、王宮も特別なクエストの時には入る事が出来る。

 特殊スキル取得とか伝説級の武器取得クエとか、特殊な物では聖騎士叙勲クエなんかもあったりする。


 だが、そういう特殊クエは一回しか出来ないし、王族と会う事なんて本当にそんなクエや特別なイベントの時ぐらいなのだ。

 この国の王女様のスチルにひと目惚れしてこの国を拠点に選んだ俺からすれば、なんという焦らしプレイという接点の無さだ。


 そう、最初は確かに彼女の姿に惚れ込んでプレイを始めたこのVRMMOゲームだったのだけど、本当の衝撃はその後に来た。

 いわゆるセカンドインパクトというやつだ。


 この国の序盤のクエストで王女が出て来ると聞いていた俺は、ワクワクしながらそのクエストを受注した。


 クエスト自体は初級の調査クエなんだが、これは実は回復スキル取得の為のクエストで、魔物によって淀んでしまった聖なる泉を浄化するという物だ。


 そこに王女はプレイヤーと同じ初心者冒険者という触れ込みで現れて、「一緒に調査をしませんか?」と持ち掛けて来るのだ。


 これはもちろん断る事も出来るのだが、断ると、邪悪な魔物から取れる特殊なアイテムが手に入る。

 王女の同行を許すと、アイテムが手に入らない代わりに回復スキルを取得出来るという分岐クエとなっている。


 この、クエストに現れた王女様は、スチルの清楚な王女様とは違い、まるで同年代の少女という雰囲気だった。

 世の中に不慣れで、ちょっとしたボケキャラのようだが、芯の強い性格で凄く優しいのだ。


 ちなみにこのゲームのNPCはある程度の任意の会話を返す事が出来る為、偶にPCだかNPCだか分からなくなってしまう事があると評判だった。


 という事で、案の定、俺もお馬鹿にもゲームのNPCに本気になってしまったという訳だ。


 とは言え、ゲームのNPCとは言え、王族と会えるイベントなど限られているし、しかも普通に会話する事など皆無に等しい。

 俺がこの離宮の庭に通っているのはとある噂を聞いたからだった。


 この広場を訪れると、レアイベントとして姫様に会える事があるというのだ。


 しかし、この情報は一般には胡散臭い都市伝説クエの一つという扱いになっていた。

 というのもVRMMOは映像記録が撮れないので証拠がないし、公式の告知がない(とは言え、公式は特殊なイベント以外のクエストを告知したりはしない)何より、アイテム取得にもスキル取得にも繋がらないという、意味が全くないイベントだったからだ。


 だが、俺には意味がある。

 なぜなら俺は王女様に惚れているからだ!


「うんうん、お前すげえよ。そんな理由で一日10回もその庭に通ってるのお前ぐらいだから」


 庭を堪能しすぎて見慣れてしまい、しかも丁度俺以外誰もいない状態で退屈だった俺は、ちょっと寂しくなってフレとチャットをして気を紛らわせていたのだが、その相手から呆れたような声を掛けられ、むっとした。


「王女様可愛くて可愛くて美人じゃねえか!分かれよ!」

「いやいやいや、そりゃあ可愛いけどさ、ファンも多いし。でもさ、普通に冒険すべきじゃね?冒険者としては」

「ばっかだな、これも冒険だよ、恋の冒険だね」


 プツ、と、チャット音声が途切れる。

 ん?おいおい呆れてチャット切断しやがったのか?

 あいつだって召喚獣の水精霊ちゃんで何度でもイケルとか言ってる変態野郎のくせに!


 俺が世の理不尽に憤っていると、ふと、夕暮れに染まる庭園の雰囲気が変化している事に気付いた。

 なんというか空気が違う。

 ゲーム的な夢の無い言い方をすると、特殊なボスモンスターが出現する時のような空気感だ。


 もしや!と思って、俺は視線を広い庭園の中で彷徨わせた。

 噂では王女は英雄の碑の前に現れるとか。


 英雄の碑というのは、建国から現在までの間に国の為に命を捧げた英雄達を称える魔法文字を刻んだ碑の事だ。


 騎士クエの時にだけ触れる事の出来る碑で、特殊な強化魔法を授けてくれるのである。


 いた!


 オレンジというより黄金に近い光に満たされた庭に、長い銀の髪を美しく結い上げ、白い、トーガのようなほっそりとしたドレスを纏った王女様がそこにいた。


 その手に一輪の透き通った不思議な花を持ち、何か古代語で詩を歌っているように聴こえる。


「眼福だ……」


 俺はきっと泣いていたのだろう。

 その光景が妙に滲んで見えた。


 ふと、王女様はなにかに気付いたように振り返った。

 おお?まさかアクティブなイベントなのか?


「そこにいらっしゃるのはどなた?」

「あの、アキラです。ええっと、しがない冒険者で……」


 おおう、せっかくの会話のチャンスなのに俺ときたら、もうちょっと会話の成立しやすい言葉を選べよ!


 王女様はふと、俺に対して見知った誰かを見たような表情を見せた。

 だが、すぐにその表情を消してとりわけ取り澄ました顔をすると、どこか芝居がかった態度で聞いて来た。

 

「冒険者の方でしたか。どうですか?この国は」

「あ、俺はこの国の出身なのです。俺はこの国(王女様)が大好きです!」


 一杯一杯の俺の叫ぶような言葉に、王女様はクスッと笑うと、やがて耐え切れないように大きく笑い始めた。


「あははっ、相変わらずね、アキラ。あれから元気でやっているようで安心しました」


 えっ!?


 まさか初級クエの事なのか?

 確かあのクエストでは王女とは身分を明かさずに別れて、後に城で目にした王女が彼女と似ていると冒険者が気付くという設定だったはずだけど。


「あの……」

「もう忘れてしまったのですか?駆け出しの聖職者だったレイネです。聖なる泉の浄化では一緒に頑張ったじゃないですか」


 そうか、盲点だった。

 王女様は一緒に初級クエをやった相手を認識してそっちの立場で話し掛けて来てくれたのだ。


「あ、いえ、覚えてますよ。すっかり見違えてしまったから」

「アキラの方こそすっかり立派になって。その短剣はテイマーですか?そう言えばドラゴンライダーになるのが夢だと言ってましたね」


 おおおお!なんだ……と?あの時の会話を覚えてるだと?何万人とクエやっただろうにそんな事あり得るのか?

 すげえ、どんな記憶容量だよ!


「あ、はい。まだまだドラゴンは無理ですけど、角馬や地上鳥、砂トカゲなんかはテイム出来るので冒険者と同時に貸し乗り物屋なんかもやっていたりします」

「ステキですね。実は私、地上鳥がとても好きなんですよ」

「そう言えば王家主催の地上鳥レースがありますよね」


 俺がそう言った途端、王女様はハッとした。


「やっぱり気付いてましたよね」


 あ、しまった!俺が王女だと気付いていた事を会話で示してしまったのか。


「ええっと、はい。実はあの、以前防衛戦の功績でお城にお招きいただきまして」

「じゃあ、もう親しくお話はしてはくださらないのですね」

「えっ!いえ!お、俺で良ければどんどんお話してください!」


 ヤバイ!なんかルート分岐しちゃってもう話し掛けても応えてもらえなくなるんじゃ?と焦った俺は、必死だった。

 するとまた王女様は笑い出す。

 彼女は結構笑い上戸だ。


「うん、アキラは相変わらずでほっとしました。きっとアキラなら、国の為に頑張って命を投げ出すなんて事はしないのでしょう?」

「えっ、えーと」


 ここはどう応えるべきか、いいやもう、俺は俺らしくだ。

 普通に話せば良いじゃないか。


「そうですね、俺ってほらユルイやつだし」


 王女様は微笑む。


「良かった」


 綺麗だ。


 俺はぼーっと彼女の顔を見ていた。

 その微笑みは、まるで透き通る光のようだった。

 詩人でもない俺には上手く表現する事は出来ないが、それはどこか胸の奥に永遠に残る輝きだと思った。


 彼女はそのままぺこりと頭を下げるとゆっくりと歩き去っていく。

 ここで引き止めたり、更に話しかけるのは野暮というか無礼だよな。


「レイネ……」





「んで、そのイベントの発生条件は分かったのか?」

「う~ん、どうなんだろうな。時間と天候と季節とかもあるかも?あれって英雄の碑関連のイベントだと思うんだよな」


「ゲーム内の季節とかあんま意識した事ないからなぁ。一応季節設定あるけど、地理的条件で季節感が違っちゃうしな」

「だけどさ、ほら、建国イベントとか、あれ季節イベだよね」

「ああ、そういえばあるよな」


 後日フレとのチャットが切断されたのは強制エリアチェンジのせいだと分かった。

 イベントエリアに転移されたのだ。


「うーん、しかし、その後連動クエらしきものも無し、お城には相変わらず入れない……と」

「だなぁ」


 結局あのイベントは公表するにも発生条件も分からず何のクエかも分からなかったので、そのまま様子見という事になった。

 俺としては、他人に明らかにしたくないというのもあって、フレにも口止めをしてしまった。


 まぁフレの方も意味があるのか無いのか分からないNPCイベよりも、女性型精霊をコンプリートしたいという事なので、ほとんど感心がなかったのだが。


「レイネ」


 だけど俺はちょっとだけ夢想する。

 彼女は実は本当にこの世界で生きているのではないか?と。

 いや、こんな事他人に話せばゲーム脳だとか言われてしまうのは分かっている。


 彼女の登場するクエは俺以外の沢山の人も経験しているし、彼女はゲームキャラ、NPCに違いない。


 ……だけど。



「次は火だな、火の女神さまが砂漠のダンジョンに存在するんだ!たどり着くのが面倒だけど、お前が火トカゲテイムしちまえば簡単だろ!」

「火トカゲに乗ると状態異常になるぞ。それ言うなら砂トカゲだろ」


 俺はふと、城を仰ぎ見る。

 高くそびえる歴史ある石造りのお城。

 その中に住まう人(NPC)を想う。


「行って来るよ」


 俺はそう言って、そんな言葉を口にした自分に照れてぷいとフレの待つ門前へと向き直る。


 彼女の住むこの世界で、彼女のいない現実世界では味わえない新しい冒険に旅立つ為に。

NPCに真剣に恋をしたって良いよね。

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