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第七章

 目的も達成したし、そろそろ切り上げてご飯でも食べに行こうかな。涼華はあのまま放っておいたらいつまでも起きなそうだし、無理矢理起こすと機嫌悪くなるくせに、放っておいたら放っておいたで機嫌悪くなるんだよなぁ。それでも、可愛いというだけで甘やかす僕も大概なんだろうけどね。

 僕は不倫のお姉さんの持っていた携帯電話をカーディガンのポケットに入れ、誰かさんの携帯電話の番号の書かれたメモ帖をゴミ箱にあるオッサンの額に貼り付けた。

 スリッパで何とか汚物を掻き別け、触れたらライフが削れること間違いなしの毒の沼地をやりすごすと、嫌がらせ的にスリッパを失禁さんの部屋の扉に立てかけた。

 鼻を摘まみながら忍び足で三階をやり過ごすと、不倫相手のお姉さんの携帯電話を左手で開いて、謎の携帯番号に電話をかける。トゥルルルルルルル………。右手は右耳に被せてダンボ開始。ぱおーん。

 どんぐりころころどんぐろこ~。

「お池にはまってさぁ大変っ!」

 案の定ムッツリ氏の部屋の中から変わった感性の着信メロディーがながれた。あの人外身は大人中身は子供の逆名探偵だったりするのだろうか。サ○デーからリストラでもされたのかな。

 知らないドジョウと遊んだらいけませんってドングリは両親に教わらなかったのだろうか。ふやけた皮ごと捕食されるぞ。

 あれ、二番ってどんなだったっけ。

 左右を確認してから部屋の中へ入り、二番の歌詞を確認しようとすると、残念な事に一番だけをリピートする設定になっているようだった。

 本当に、傷心さんはこんなムッツリのどこが良かったんだろう。涼華も他の人に言われてそうだけど。

 ムッツリ氏のズボンのポケットから鳴り響く童謡を電源ボタンを押して黙らせ、手袋を二重にしてから、前ポケットの携帯電話を取り出した。

 画面をスライドさせて着信履歴を開くと、不倫のお姉さんの物であろう名前がハートマークと共に表示されていた。

 ムッツリ氏もとい下種氏(素行不良によりランクダウン)の死因は自業自得の模様。これだけ無作為に女性を口説いていれば痴情だってコングロマリットだ。

 しかしかし、駄菓子樫、そうなってくると不倫カップルのオッサンの方が死んだ理由がますます不明瞭になってくる。まさかなんとなくで殺す程の殺人鬼レベルに失禁さんが達しているとも思わないし、と言うか自分の作った死体を見て失禁する殺人鬼なんか漫画ですら見た事ない。

 まあ今は、オッサン殺人の動機もいるかもしれない第二の犯人の見当もついていないけど、この調子なら雪が止む前に犯人以外死にそうだし、とりあえずこれ以上下種氏の近くにいると何かよからぬ病気に感染しそうだ。

 胃壁に爪を立てて食物の不在を主張するストマックと下種氏のせいで吐き気も込み上げて来た事だし、そろそろ涼華といちゃらぶしてテンションメーターを回復させないと、第三の殺人鬼が爆誕しそうだ。

 証拠品として、二人の携帯電話をカーディガンの左右の前ポケット入れ、僕は涼華の待つ自室へと向かった。

 廊下を渡り自室の前へ行くと、携帯電話を押しのけてポケットから鍵を取り出し、それを差し込むとゆっくり回した。侵入者の形跡はない。

「たっだいぐうぉ」胃の辺りに許容量オーバーの衝撃が走る。

「おなか空いたー! ごはんごはんごはん!」

 扉の前で待ち構えていた涼華は、僕が部屋に入るなり飛びついて空腹を訴えてきた。胃に言われたって困るんだけど。

「はいはい。オーナーさんがご飯作ってくれてるだろうから食堂行こうね」

「いえっさー」

 ああ、自分の欲求に忠実な涼華って可愛いなあ。思わず御褒美をあげたくなるよ。

 僕が何をあげようかと真剣に検討していると、涼華は腹部にしがみ付いたまま再び胃とのスキンシップを開始した。

「ちょ、涼華。胃が苦しいんだけど」

「ふーん」

 あらら。何やらご機嫌がよろしくない模様で。最後に見た夢の内容が気に食わなかったとかで機嫌が悪くなる、なんてこともしょっちゅうだけど、今回のご機嫌斜めは何やら僕が原因みたいだ。朝食の件まではどちらかというと機嫌は悪くないみたいだったし、問題はその後か。お腹いっぱいになったらご機嫌になってくれたり、しないかなぁ。

 次第に力が弱まっていく涼華による胃へのスキンシップを、早朝に行われた時間外労働に対してストライキを敢行していた脳はどうやら残業手当と勘違いした模様で、管制塔から速達で届けられた伝令はすぐに両腕に伝わった。自分の腕が反射でポケットをまさぐっているのは妙な気分だな。今なら昆虫に転職するのも夢じゃないのかもしれない。出来れば黒いアレは遠慮したいけど。後、小学生が大好きなカブトムシのツノの付いてない方も。

 よし、次の就職先は蟻にしよう。あれなら小学生のオヤツになることもあるから、人間への復帰も早そうだ。僕は両ポケットで重石としてカーディガンの裾を下げ、下半身唯一の装備にチラリズムを付加していた携帯電話を二匹、涼華に献上しようと「涼華、お手」して「がうぅ!」わき腹を「いだだだだ!」噛み千切られそうになった。

 涼華は僕の腹部の脂肪に噛み付きながら(そのまま消化してくれた方が個人的には助かる)僕の胴体に回していた両手をそのまま前に突き出した。ツンでわき腹にか見つかれるなら、デレたらどんな卑猥良い(亜麻立葉作。読み、ヒワイィー)事が待っているんだろう。五ページまるっと添削なんて事も…………うひひひひ。

 両手に持った携帯電話を調べるために、やっとの事で僕への八つ当たり(僕が悪いんだっけか?)を終えた涼華を尻目に、僕は床との接触を試みて弛緩している顔面の筋肉を重力から救うのに大変だった。意思が弱かったら今度は深海魚に転職していたかもしれない。

「立葉。このケータイ、誰の?」

 使い方を知っているのかは怪しいが、日ごろ僕が講義している庶民学の授業の為か、涼華は携帯電話の存在についてはご存知のよう。涼華は携帯電話だって知ってるんだぞ、偉いだろ。僕は昔、友達の家の電話の子機を見て「そのケータイ、新しそうなのにメール打てないんだね」とか言っちゃったことがある。家がアナログだったから、そんな近未来な電子機器、リアルに存在すると思わなかった。「ぉお!」住んでた所も関東のではあったけど村だったし、携帯ショップとか見たのここ最近だしなぁ。

「立葉! 見てこ!れ!」

 涼華は驚きの大発見にエクスクラメーションマークの位置を間違えていた。

「言ってみたまへ涼華っ君!」

「もがががもがーががもがーがが(訳:不倫のお姉さんのケータイにムッツリ氏の番号があるわ!)」

 涼華は僕の首にかぷりと噛み付くと、そこから血液に言葉をのせて直接僕の脳まで届けた。人間電話誕生の瞬間である。

 というか、涼華が僕より携帯電話の使用に長けていた事に驚きを隠せなかった。僕、その携帯が誰のかなんて、名前でも書いてないと判らないぞ。

 僕の一時間にも及ぶ現場検証は涼華によって数秒で幕を引かれた。涼華の周りの時間はどれだけ早く回ってるんだ。

 自己嫌悪になりかけるのもそこそこに「涼華すげぇぇ!」僕は自称探偵の助手としての役割も忘れない「ほ、褒められたって嬉しくなくなんか、ないんだからね!」間違えて否定を一回挟むだけで、ツンデレがデレデレだ。僕は褒めて伸ばすタイプで、涼華は褒められて伸びるタイプ。相性が良すぎるだけに、犯人さんには同情を禁じえない。

「それでそれで、続きの推理を聞きたいな~」正直僕の脳みそ、涼華との記憶だけで五テラはオーバーしているから、外付けの脳でも買わないと、失禁するような犯人を追い詰めるためには動かないんですわ。携帯電話をポケットへ入れるために、メモ帳と一緒にうっかり捨ててしまった(気がする。本当はどうだっけ)、涼華に献上する予定だった珍しい紙幣コレクションですら忘れかけていた始末だ。あんな ОLに使う容量は一バイトだろうと御座いません。

「ん~、そうだね。まだまだそんなに判らないけど……これで失禁OLちゃんの出番はしばらくお預けなんじゃないかな?」

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでな」んで?

「そんなスメルがするのです」

 涼華は器用に口をωにしながらそんな事を言った。僕があの従業員のお姉さんに可愛いって言ったの、まだ根に持ってるんだろうか。

「涼華のお口が可愛い感じに」匂うんだったら仕方ないねぇ。

 脳が思考と発言の切り替えに失敗した模様。

 でも、涼華がそう言うのならきっと、いや確実に、そうなのだろう。

 探偵を志しているだけあって。探偵を志してしまっただけあって。涼華の殺人事件への嗅覚は異常の域を超えている。

 気まぐれで宿泊したペンションでは殺人が起こり、それが涼華の意思に沿うように感染し、天候さえ自分の都合の良いように変える。

 志したものが僕と同じであったなら、涼華は英雄と呼ばれるに足りる存在であったのかもしれない。

 僕を含め、涼華は世界からドロドロに甘やかされているのだ。

「うわぁぁ、背中が痒いっ!」

「ここけ、ここがええのんけぇ」

「そ、そこの、もうちょい下」

 不真面目なキャラが急に真面目な事を言うとろくな事がないよね。

「お、立葉のお尻とパンツの間に、なにやら挟まっている物がありますな」

「も、もしかして」

 いくらカーディガンの前ポケットを探しても(所要時間一秒未満)無いと思ったら、パンツに挟んだんだっけ? 

「じゃじゃーん!」

 自作の効果音とともに涼華が僕の尻から取り出したのは

「おぉ、見たことも無い新種の偽札が!」

 案の定、涼華は偽札だと思ったようだ。

 それから僕が涼華の偽札疑惑を晴らすのに一時間近くかかり(最終的にムッツリ氏の携帯電話のウェブ機能を拝借した)、余りの喜びに我を失い、僕に出血大サービスのご褒美をくれた涼華が正気を取り戻した頃には、本日も残すところニ時間をきっていた。

 僕は朦朧とする意識の中、どうして恋人を助手にした探偵がほとんどいないのか、という事の理由を悟った。

八章は16時ころあげます。

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