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第六章

 夕方まで続くと思っていたピクニックだったけれど、二時間もしないうちに涼華が天に召されたので、僕は一人探偵ごっこをするためにこっそり部屋を出た。勿論外から施錠をする事も忘れない。

「るんたったーるんたったー」

 いつからだろうか、殺人鬼相手の探偵ごっこが、ピンク色の緩カワキャラを操って韓国料理みたいな名前のワニガメもどきを倒す事よりも楽しくなったのは。スーパーデラックスのデータが一瞬で消えた時は号泣だったなあ。

 えーっと。何をすれば良いんだっけ。

 そうだそうだ、まずは現場検証アゲインといこうじゃないか。運良く犯人が戻ってきてたりするかもしれない。

 渡り廊下を渡ってN館、いやM館の三階へと繋がる階段をのぼろうとして、一歩目で挫折しかけた。

 上の階から、ここ二、三日で嫌と言う程かいだオイニーが鼻を轢き殺し、そのままガードレールを突き破って胃壁に甚大な被害を与えた。

 頑張ったら涼華が御褒美くれる頑張ったら涼華が御褒美頑張ったら涼華!

 目の前に御馳走の幻想をぶら下げて、僕は何とか汚物まみれの三階へと辿り着いた。

 本当に、あの人たちは、泣いて喚いて殺して死んで漏らして戻して。一応カテゴリはホモサピエンスなんだから、せめてトイレに着くまでは耐えられないもんなんかねぇ。オーナーさんの見た目はアウストラロピテクスっぽいからまだ判るけど、あの人が一番優秀じゃないか。吐かない漏らさない逆らわない。僕たちの食事を悲鳴で彩ってくれるし、今日なんか三食全てを献上する約束までしてくれた。他の人、特に失禁さん(素行不良でOLの称号は剥奪)せめてオムツとエチケット袋は常備していて下さい。臭いは何とか我慢しますから。

「とうちゃ~……」

 三階に着いた瞬間、腸の辺りから食道に向かってビッグウェーブが起きた。津波警報を発令するはずだった脳は大気汚染で意識不明の重態。危うく牧場に連行されて肉牛と間違えられドナドナされかけるも、僕は人間だーい! と全力で反芻を拒否、汚物で出来た世界地図を見つめ、吐き気の羅針盤を片手に出航しようとした自分を刺して正気を取り戻した。

 床に散らばった消化途中の元食べ物たちは、スカンジナビア半島を越えて失禁さんの部屋まで新大陸を捏造していた。ムーですな。

 失禁さんは例に漏れずと言うか例の如く上下から地図の減量を漏らし、今回も自室まで我慢出来なかったらしく、どんだけ飲み食いしたんだと言う(すいません、僕が言える台詞じゃないですね)量を廊下に撒き散らかしていた。ここまで来ると一種のアートだ。個展には清掃員しか来ないんだろうけど。

 一番憎いのは、自室に着く前に全てを出し切ったその他人に厳しく自分に甘く精神だろうか。

 僕は実体化させた心のナイフで(法律に抵触する恐れがあるので隠し場所は内緒です。警察こわーい)、失禁さんの部屋の扉に小さくspewの文字を彫った。ほら、これで誰の部屋だか判りやすくなった。

 人間の鼻はなんとも微妙な器官らしく、同じ臭いを嗅ぎ続けると麻痺して臭く感じなくなると言う。これをつけすぎて逆に臭い香水の定理(長い上にそんなものはありません)と言う。そんな素敵器官のしょぼさにたすけられて、何とか僕の全身は山の澄んだ空気を味わっている時のような感覚を取り戻した。こんな事を言ったら山の空気に失礼か。

 いくら靴下よりは洗うのが楽だからと言って、素足で汚物をふみふみするような趣味はなかったので、僕は嫌々(ここ重要)失禁さんの汚物以外の唯一の忘れ物、体液に汚染されていないスリッパを履くと、汚物で出来た大陸の隙間の奇麗な絨毯の海を踏んで不倫カップルの部屋へと再びお宅訪問を開始した。

 包み隠さずに言うと、室内の空気の方が廊下よりはよっぽど澄んでいた。映像はともかく、汚物の臭いより血の香りの方がダメな人は少ないだろう。僕が少数派と言う意見は受け付けません。苦情は産みの親へお願いします。

 ここで僕が本物の探偵なら首が切断されている事に対して無いやら脳を回転させるのだろうけど、僕は助手な上に肉体労働専門なので、目的は何かしらの新しい情報を愛しの涼華のもとへ届けて推理をしてもらう事。僕の方が推理しているんじゃないかと言う意見も重箱の隅をつつけば米粒の三十六分の一スケールくらいで存在していそうだけど、あれはただのハッタリで、頭なんか涼華への愛の囁きの二パーセントも使用していないので、過度な期待は正直迷惑です。

 自殺と他殺では優先順位が変わってくるので、まず僕は誰かさんに殺された、相変わらず胴体と首の不自然な位置でのドッキングを試みているオッサンの方へと近寄った。もしかしたらまだ行動が可能で噛みついてくるかもしれないので何度か人差し指でつんつんして反応が無い事を確かめると、不可能を可能にしようとしていた頭部に「よいしょっと」しばらくの間不倫相手とのちゅーを楽しんでもらいつつ、何で頭部をどけなくてはいけなかったのか疑問に思いつつ、衣類の全てのポケットの中をまさぐった。

 前の正面から見て左ポケットには自販機ではみかけないタイプのタバコと(涼華のお父さんの煙草の買出しという分給千円のアルバイトで仕入れた知識の賜物)ホテルの名前のプリントされたライター。右のポケットにはお金が少々。立葉は千二十一円を手に入れた! お財布は持ち歩かない主義なので(ヒモですから)このお金は後で涼華の財布に入れておこう。硬貨は目に触れる機会がないからか珍しがるからね。

 ここに至って僕はようやく。オッサンの首を胴体から切り離した自分の意図を思い出した。鶏さんはまだまだ甘ちゃんですよ。人類、頑張れば一秒とかからず記憶がなくなります。どっこいせー、とオッサンの体を寝返りさせると何が楽しくてか僕はオッサンのケツポケットに手を突っ込んだ。

「ヒャッホウ!」

 さっそく財布ゲット! とりあえず免許証だけサイドテーブルに置いて、中身の二万円については逡巡の結果、スルーすることにした。別に諭吉を持っていっても涼華喜ばないしー。福沢さんより細かいお金じゃないと興味を持たないんですよあの子。

 もちろん小銭入れの中身は僕が美味しくいただきました。涼華への献上品が二千五十三円にアップ。五百円硬貨のエンカウント率に驚きつつも、まだ涼華は金色になってからの五百円しか持っていないので、旧五百円硬貨はかなりのレアアイテムだ。御褒美を想像すると今から涎が止まらない。

「不倫相手のおねーさん、失礼します」

 おーっと、いけないいけない。

 お姉さんのポケットに失礼する前に、僕はパンツのゴムに挟んでいた薄い手袋を手に嵌めた。死体とは言え布越しに女性のお尻や太腿に触ってしまったら、涼華にどんな罰を受けるか。無意味なお仕置きは大歓迎だけど、女性関係は命の危険をふんだんに孕んでるからなぁ。不倫相手のお姉さん、胸ポケットのない服を着用してくれて僕は本当に嬉しいよ。服の上だろうが手袋を着けていようが他の女性の胸に触れたりなんかしたら、僕は確実に殺される。

 て言うか失敗した! 何が嬉しくて僕は素手でオッサンの尻ポケットをまさぐらなくちゃならなかったんだ! 手袋の出番はもっと早くてよかったのに。僕の頭はいったいどうなってるんだ。

 これだから肉体労働派が頭脳労働の真似事なんかするとろくなことがないんだ。

 部屋に帰ったら涼華に褒めてもらおう。

 脱線をほどほどにして、僕は五百円玉蒐集もとい情報採取を再開した。

 左ポケットにはオッサンと同じように、こちらは割とメジャーな銘柄の煙草とオイルライターが引き篭もっていた。どうして喫煙者は総じて正面から見て左、自分の右ポケットに煙草を入れたがるのだろう。デニムのあの小さなポケットったジッポ専用なんだろうか。

 と言うか女性の喫煙には賛同しかねますなぁ。唯でさえ頭が悪いのに、健康と言う唯一の取り得を失ってまでしてニコチンを摂取する事に意味はあるのだろうか。

 それともあれですか、実は工事現場マニアさんとかで、勢い余って自分の肺をタールで舗装ですか。それだったら笑えるから喫煙しても良いんだけど。

 まかり間違えても母体の喫煙が原因で脳があれな感じになった我が子に殺されたりしないように気をつけて欲しいものです。

 死体に言っても無駄か。聞こえてないもんね。

 っとまあゲシュタルト崩壊気味のニコチンには何やら魚臭いゴミ箱ないの素敵なサムシングと仲良くしていただくとして、右ポケットの探検へゴー。

「おおおおお!」

 涼華に女装を命じられているというのに、僕は思わずコスプレは役作りからという自分の信念に背く行動をしてしまった。勿論自覚のない行動はノーカウントの方向で。

 旧五百円玉を遥かにうわわまる。言えてない。上回るレアアイテムのご登場に僕はびっくらたまげた。

 元庶民の僕でさえこれが初対面と言う、最早紙幣と呼ぶには流通が少な過ぎる。都市伝説とさえ思っていた二千円札である。

 下手したら涼華に見せても偽札だと思われかねない。全国の駄菓子屋のおばあちゃんにお会計時に渡したらオレオレ詐欺と間違えられて通報されかねない勢いの、攻撃力二千、防御力ゼロの、特殊能力「自動販売機拒否」を持つレアカード。涼華の屋敷で働く人の何人がその存在を知っているのかアンケートを取りたくなる。変態執事長なんかは何十枚単位でコレクトしてそうだからアンケート対象から除外しよう。

 この勢いだと、尻ポケットもしくはサイドテーブルの上に置いてあるハンドバッグの中の財布には百円札なんて生まれた時代を疑いたくなるような代物まで収納されてそうだ。ただの不倫カップルかと思いきや、レア紙幣コレクターだったりするのだろうか。こんなことなら生前にもっと仲良くすれば良かった。文章で表現する事すら法律で禁じられるレベルの御褒美が僕を待っていたかもしれないのに。今度隙を見て屋敷にいる変態の部屋を物色しよう。

 ふふふ、尻ポケット。次は貴様の番だ。

「どっせい!」

 テンションが上がり過ぎて不倫相手のお姉さんは空中で二回転した。一瞬目が合って照れた僕、十七歳と九ヶ月。完全に存在を忘れていたオッサンの頭部はと言うと、きちんと放物線を描いてゴミ箱に着地した。このペンションでは「やれば出来る」をモットーに燃えたくないゴミの言い訳には泣き言には耳を貸さないようにしているみたいだし、完璧だ。

 出来るだけお尻との接触時間を短くしようと素早く中身を取り出した唯一の尻ポケットの中には、何やら三、四、四の数字が書かれたメモ帖が折りたたまれて入っていた。

 なんだろこれ、新手の川柳か何かか? 普通は携帯電話の番号と見るべきなんだろうけど、この不倫カップルの場合、趣味で本当に暗号川柳とかやっていそうだからな。

 一応、後でかけてみよう。僕の事だから、ろくな事にならなそうだ。

 サイドテーブルに置いてあるハンドバッグを逆さにして何度か振ると、中身が全て奇麗に不倫相手のお姉さんの背中の上に散らばった。

 バッグの中に身を潜めていたのは、ほとんどが化粧道具で、財布と携帯電話以外に僕の興味をそそるような物はなかった。このお姉さん、財布の中に当たり前のように入っていた旧五千円札と旧千円札に、お札コレクターの肩書きが真実味を帯びてくる。と言うかこの人、お札は奇麗に揃えて財布の中に入れてあるのに、化粧道具はポーチとかに収納しないのね。僕以上の変態なんじゃないだろうか。え? 何か言った? あーあー、聞こえなーい。

 財布のカード入れの中から出した免許証と保険証の苗字は一致していて、オッサンの免許証のそれとは違っていた。

 臍辺りに落ちた携帯電話を手に取り、通話履歴を見ると、最新の履歴が表示する十一桁は、僕のポケットに入っているメモ帖の番号と一致していた。しかもアドレス帖には登録していない模様。

 なんとなく、先が読めてきたぞ。

 一応化粧道具にもざっと目を通したけど、何度見ても上下の瞼を接着する道具にしか見えないビューラー以外に特筆すべきものはない。

 …………ぐぅ。

コーヒーは、胃腸に悪い。

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