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第四章

「立葉、立葉立葉立葉!」

「何何何何?」

「呼んだだけ~」

「あはははは」

「へへへへへ」

 ふひひ。

 皆さんグループでどこかしらに篭城なさっている間、僕と涼華はどこかにいた訳なのです。

 たぶん足裏の感触からして、食堂あたりじゃないかしらん。だってあそこだけ床がタイルな訳でして、僕の足裏の触感も絨毯のそれとは違っているのであります。

 えっと、何を言いたいのかと申しますと。

 大事な大事な台詞を最後の最後に艶声(こんな言葉あったっけ? まあ意味は判るだろうけど。すいませんね無知で)で微妙な感じにしてしまった事に大層憤慨した涼華は八つ当たり(僕がやったんだから正当な仕返しの気もする)で僕の両目をがぶりと銜えて眼球なんかをべろべろした訳で、まあ、早い話が眼にちゅ~をしちゃいまして。涼華の口内丸見えー、きゃー恥ずかしい。眼球が余りの幸福に昇天してしまいました。これが本当の眼福ってやつですな。人の舌と言うものは、なんと言うか、予想以上に卑猥な物体でした。立葉びっくり!

 えー、こほん。

 僕は涼華に手を引いて貰いながら、ペンション内を凶器探しに東奔西走していた。

 と言っても、故ムッツリ氏のお腹はざっくりがっつり大口を開けていたのだから、大抵の刃物が凶器になり得るんだけど。まあ、涼華がいいなら僕はそれでいいんだけどね!

 キィ……ガッ。

 バキッ……すぅ。ここからは音声のみでお送りします。

「おぉ、涼華ちゃん凶器発見しちゃいました」

「な、なんですとぉ」

 僕としては凶器探しと言う名のランデブーに記録的豪雪の終わりくらいまでの時間を費やしたかったのだけれど、どうやらみなさん、僕と涼華の百合映像なんかより(僕は鉄砲百合より鬼百合派です)凶器の方が見たい御様子。

 ひんやり。

「あれれ、涼華。なんか僕の瞼の上にひんやりした刃物の感触が」

「立葉ちゃん大せいかーいっ。御褒美はぁ、凶器の味見のフリーパスです!」

「わぁ嬉しい。そんじゃ、あーん」

「はい、あーん」

 唇に当てられたひんやりさんに、僕は慎重に舌を這わせた。少女はみんな右手にナイフを持っているのです。少年は心にだけど。そりゃ戦ったら僕たちか弱い少年勢は負けますな。

「うわぁ。なんか変な味がするー。こりゃ血ですな」

「んじゃ次は涼華ちゃんが舐めまーす」

 うひゃあ。

 なんか、音だけって興奮するよね。あれ、僕だけ?

 あー涼華間違えて舌切ったりしないかなぁ。そしたらべろちゅーの時に血の味も楽しめるのに。ムッツリ氏の血なんかとは比べ物にならないくらい美味しい血液に違いない。ムッツリ氏の血は、なんか本人に似て、最初は爽やかなのに後からすんごい濃いんだよね~。

 僕がムッツリ氏に早々に退場頂いて、脳内で包丁で舌をきっちゃった涼華に「傷口には唾つけとくと治るんだよ」とかいいながらべろちゅーする、の図を脳内で再生していると、いつの間にか近くに感じた涼華の気配が遠くなって、蛇口から流れる水の音がやけに大きく耳に響いた。

 あー。もしかしちゃったりして……。

「涼華」

「ん?」

「何してるのかな?」

「何って、このままだと包丁さんが錆び錆びになっちゃうから、キレイキレイしてあげてるんだよ~。洗剤はジョイだけど」

「だよね~、包丁錆びたら料理長が困るもんねー。こないだピーマン残した執事長にキレた料理長すんごい怖かったもんねぇ。執事長土下座してたもんねー」

「そうそう、料理と包丁は大切に!」

 まあ、凶器なんてあってもなくても問題ないし、涼華がいいなら僕は何も言わないさ! 大人でしょ?

 何故か足元がぬかるんできた頃、ゴーサインが脳まで速達で来たので、僕は眼をなんかいかくしくしすると、はいご開帳。

 足元に水溜りが出来ていました。

僕が失禁した訳じゃないからね?

すいーとスケートをしているみたいに涼華の元に行くと、

「ヘイ涼華ちゃん、ストーップ」

「ほぇ?」

 可愛いねぇ、可愛いねぇ。でも、

「ここは僕に任せろ! 君は先に(シャワールームへ)行け!」

「立葉格好いー。涼華惚れちゃう!」

 すたすたとキッチン差っていく涼華を見送りながら、僕は足元の濃度のうっすーい血溜まりもといジョイ溜まりと睨めっこ。

「料理長、涼華が料理したいって言った時、泣きながら止めてたもんなぁ…………」

 とりあえず、雑巾はどこかなぁー。場所わかんないよー。探したいけど動きたくないよー。

 ぴきーん!

 長時間水に浸かっていたせいでふやけかけていた脳味噌に明暗が転がり込んできた。脳味噌にきゅうりとか漬けたら結構美味しくできるんじゃないだろうか。ムッツリ氏ので試してみよう。勿論試食は失禁OLで。

 手っ取り早く、オーナーさんに聞くとしよう。

 すぅ~~っ。

 せーの!

「キャァァァァァァーーーーー!」

 両手で耳の埋め立て工事をしていると、勢いよく階段を下りてくる音が聞こえた。

「何があったんですか!」

 一番に食堂に飛び込んできたのはヒッキーだった。

 後に続いた不倫カップルは、そろって仲良くバク中を敢行、勢いがたりずに背中から床と熱烈なハグを交わしていた。

 不倫カップルの後からぞろぞろとやってきた人数を数えてみると、涼華とムッツリ氏以外の全員が生ゴミに群がる小バエみたいに集合してしまった。

 あーちょっと、やりすぎたかな。

「……ぐすっ、ここに、血のついた包丁が転がってたんです……すん」

 僕は咄嗟にプランBの泣き落とし作戦に変更。

 涼華にかじられた目はきっと真っ赤になっているだろうから、そこまで怪しまれたりはしない。はず。

「…………そうですか」

「あ、じゃあ私、雑巾とってきますね」

「オーナー、私たちも手伝います」

「そうだOLさん、私たちとトランプでもしません? ヒッキー君も入れて四人で」

 …………あれれ?

「じゃ、じゃあ僕。シャワー浴びてきますね~」

 あーみなさん視線が痛いですよぉ。

 ムッツリ氏の死因が視線による腹部の傷からの出血多量とかでも納得がいくレベルの視線だった。探偵って嫌われてるなぁ。

 まぁいっか。

 るんるんるーん。涼華とおっふろ~。

 涼華とのお風呂を描写するとなると、いろんな委員会が黙っていなそうなので泣く泣く割愛する。

 みなさん異様に胃袋が小さいのか拒食症でも集団感染しているのか、夕食の時間に食堂にいたのは僕たち自称探偵コンビとオーナーさんだけだった。

 僕と涼華はまだまだ花より団子な十七歳。昼ごはん不在の胃袋としては、人間でも食ったろかーてな具合で、実際十分ほど前にムッツリ氏の観察日記の製作中になんども送られてきた胃からの、これ、喰えるよね? の信号も記憶に新しい十七の午後六時。朝食の残りのバイキングを片付けるのには十分もいらなかった。

 ジョイ臭いキッチンで包丁を(ムッツリ氏の解体に使ったものかもしれない)ぶいぶい言わせているオーナーさんは僕たちの「おかわりっ」の声の裏に隠れた「くれないとたべちゃうぞー」というメッセージを光回線で受信。本能が危険を察知したのか、キッチンについてから悲鳴をあげるという離れ技をやってのけた。

「ごっはんーごっはんー」

「まだかなまだかなー」

 僕と涼華はお箸をタクト代わりに合同合唱コンクールを開催。時折食器を打楽器として使用するとそれに合わせてオーナーさんがキッチンから悲鳴をあげてくれる。ハートなんちゃらなんてハイカラな名前をつけるだけあって、なかなかにエアリーディングの能力に長けたお人だった。

「お、お待たせしましたっ」

「うむ、くるしゅうない」

 おやおや、オーナーさん。今回は腕によりをかけたらしく、テーブルに並んだのは中華料理のエレクトロジカルパレード。ん? ちょっと違う? まあいいや。目の前に現れた御馳走に僕と涼華は即座に合唱。

『いただきまーす!』

 オーナーさんの悲鳴は八時過ぎまで食堂に鳴り響いた。

 僕と涼華が帰るまで生きてたらコックとして雇おうか、なんて思ったりもした。

 満腹になった僕と涼華は、襲い来る眠気に即座に白旗を揚げ、部屋につくなり鍵をかけてわざわざ搬入させた涼華お気にいりのキングサイズのマイベッドで仲良く御就寝。

 それじゃ、おやすみおやすみ~。

 

 太陽が電車通勤を終えて入社し始める頃、僕は部屋の錠の開く音に目を覚ました。

 起きている事を悟られないように寝返りに見せかけて薄目を開けて扉の方を見ると、涼華が夜の(?)お散歩に出かける所だった。きっと死体探しだろう。

 僕でも殺せなかった涼華が誰かに殺されるなんて想像もつかないが、養って貰っている以上は護衛するべきだろう。

 何より、万が一涼華の肌に傷でもついたら、八つ当たりで僕がこのペンションにいる人間を全員殺さない自信はない。

「立葉ぁー、早く来ないと置いてくよ」

「今行くよん」

 ばれちゃってました。涼華って動物的なところがあるからなかな不意打ちが難しいんだよなぁ。

 冒険の書には書いてないけど、たぶん大丈夫。だよね?

「そりゃあ鍵かけるよねぇ」

 南館の探索は意外というか何というか、あっけなく終わってしまった。時間にしたら二分強。

 殺人鬼がこのペンション内にいるのが確定している状況で鍵をかけないで寝ない人間なんてまずいないだろう。僕たちだって普段はランダムだけど、今日はあまりの睡魔に施錠をしたくらいだ。みなさんなかなか防犯意識がお高いようで。

「ん~。なんでみんな鍵かけて寝るのかなぁ」

 怯える子羊ちゃんの悪あがきに涼華は御立腹の様子。

「まあまあ、いいじゃない。みんな鍵をかけてる時に開いてる部屋はぁ~」

 僕がちょっとヒントを提示すると、涼華の目が眩しいくらいに輝いた。涼華がいたら懐中電灯いらないんじゃないかな。

「犯人か死体がある!」

「ピンポーン」

 世界広しと言えど、喉を撫でて本当にごろごろ言うのは涼華くらいなものだろう。もしもう一人いるなら、それは僕であって欲しい。

 奥の部屋から突撃お宅訪問を開催するも、タチがネコをにゃんにゃん言わせていたのでここは自粛、隙間から流れる濃密な匂いに一瞬涼華のスイッチが入るも、何とか自制したようでムッツリ氏の部屋に突入。返事がない、ただの屍のようだ、なんて某RPGの真似事をしながら三階へと向かった。

 三階の手前の部屋は傷心OLの部屋だったのだが、僕も涼華もわざわざ明け方に殺人鬼の部屋を襲撃するような探偵にあるまじき行為を好む訳もなく、そんな部屋など無かったかのように華麗にスルーをすると不倫カップルの部屋へと向かった。

「はらしょ~!」

 空気の読める不倫カップルの行いを、涼華はロシア語で褒め称えた。

 不倫カップルの部屋は、僕たちがノブに触ろうとする前から半開きだった。

 死体のスメルがぷんぷんしやがるぜ。

「お邪魔しまぁす」

 頭を左右に振りながら涼華がるんるん侵入すると、

「わーお」

 死体が二匹、仲良くベッドの上で御就寝中だった。チーン。

「なむー」

「御愁傷様です」

 仲良く死体に合唱すると(この辺ムッツリ氏との高感度の差の成せる技だ)早速死体の検分へとうつった。

 死因はこれまたどちらも失血死だろう。ベッドの周りに出来た血溜まりからもそれは明らかだった。

 オッサンの方は胴体からパージされた首が仰向けに寝かされた首の上に着地、第二形態へと変態したところ、血が足りなかった模様。

 不倫相手の方は自分で喉に包丁をつき立てたようで、喉に刺さった包丁を握った状態で恋人の待つ黄泉路へと旅立った様子。自殺をした人間の魂は天国へ行けないなんて言葉があるから、死んでもなおこの二人が結ばれる事はないだろう。あれ、でもオッサンの方は不倫してたんだから、二人とも地獄行きなのかな? あの世で仲良く永遠に終わらない拷問を受ける訳ですな。あなた、腸がはみ出てますよ。お前こそ、右目を落としてるぞ、間違えて踏んじゃったじゃないか。あはは。うふふ。とかやってたりして。うわぁ全然幸せなんかじゃない。

 ちょんちょん。

「うん?」

 不倫カップルのその後を脳内で再生したりしている内に、涼華も検分を終えたのか、聞いて欲しくてたまらないと言った顔で僕のパジャマ(もちろんパンツの上にカーディガン)の裾を引っ張っていた。その顔の眩しさといったら以下略。

 いけないいけない。こんなドロドロの二人のその後に想いを馳せるなんて。僕と涼華は超絶純愛カップルだってのに。

「きゃっ」

 ごめんよ涼華! 君と言うものがありながら僕はなんて不実な男なんだ!

 僕は勢いよく涼華を抱きしめると、耳元で吐息と共に言葉を送った。

「涼華、愛してるよ」

 うん、合ってるけどちょっと違う。

「教えて」

 お詫びにふぅ~っと耳に息を吹きかけると、涼華は声こそあげなかったものの、ぶるぶるっと全身を震わせ、とろんろした顔をして話し始めた。ああもう! 僕が養ってあげるよ、ヒモだけど。大丈夫。お金は君のお父さんがきっと出してくれるから。

 あの人僕が焼きもち焼くくらいに娘煩悩だからなぁ。百八じゃ到底収まりきらないだろう。そんな訳なのかは知らないけれど、鷲宮家は自家製除夜の鐘をスタッフが交代で三十一日から一月二日にかけて七十二時間ぶっ通しで鳴らせ続ける。あの界隈ではちょとした年越しイベントになっていて、時折町内会の人たちも鐘を鳴らしにやってくるほどだ。

 我ながら頻繁に脱線するなぁ。

 はいじゃあ涼華ちゃんいってみよー!

「あのねあのね」

 はいはいちゃんと聞いてますよー。

「オッサンが死んでるのを目撃した不倫相手が自殺したんじゃないかな、って。そう思うの」

「涼華ちゃんすっげー。はい御褒美のべろちゅー」

「きゃーっ!」

 僕の教育方針は勿論褒めて伸ばすだ。涼華を叱ったりなんて、出来ないからね。

 て言うかべろちゅーかなりのマイブームだなぁ。前に何かの小説で読んで以来ハマったんだよね。あれは良かったなぁ。殺人鬼の一賊とか、最強のかっちょいいお姉さんとか。是非とも涼華へのマッサージで稼いだ自分のお金で全巻を三冊ずつくらい買いたいね!

「片方が他殺で、それを見たもう片方が自殺か」

 どういう思考をしたら、そういうアイデアがぽんぽん浮かんでくるのだろう。やはり涼華は探偵に向いている。助手が殺人鬼てのはいただけないけど……問題は僕か!

「となると、オッサンの方はどうして殺されたんだろうね」

「どうしてだろ」

 ムッツリ氏を失禁OLが殺したのは間違いないのだけれど、今回に関しては、犯人はこのペンションにいる全員がなり得るのだ。それだけ、犯人の動機が不確定だった。

 ふひひ、楽しくなってきたなぁ

今年の風邪はやばい。医者が食中毒を疑うくらいヤバイ。

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