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第二章

 探偵の真似事のような台詞を言ってみたはいいけれど、完全にラウンジの皆様の口をだらしなく開けさせるだけに終わってしまった。あ、不倫オッサンの口から胃液が。

「ちょっと待ってください」

「はいどうぞそこの自宅警備員のお兄さん」

 異を唱えたのは長髪に眼鏡の通称ヒッキーのお兄さんだった。あーこれ言わなくてもよかったのかな。

 僕は大変失礼な、もとい思った事をそのまま口に出してしまった涼華のフォローをするべく、ヒッキーに向きあった。

「それで、ヒッキーのお兄さん、何か問題でもありましたか」

「俺は引き篭もりでも自宅警備員でもねえ!」

 おやおや、どうやら社会不適合者ではなく、ただのキレやすい最近の若者だったようです。

「最近の若者はすぐにキレちゃってー、これだから平成産まれって怖いわぁ~」

 涼華のワイドショーのコメンテーターという伝わり辛い物真似に笑いそうになりながらも、僕はどうにか平成、じゃなくて平静を装ってそのヒッキー(仮)との会話を再開した。これ以上涼華に喋らせてはそれこそ第二の殺人事件が起きそうなので「あのねあのねあの……もが」とりあえず大人しくさせておいた。

「いやあ、うちの涼華が失礼な事を言ってしまってすいませんね。ところでお兄さんは何をやっている人なんですか? ああそう、ついでだから皆さんもここいらで一つ、自己紹介なんてどうでしょう? 少なくともこの吹雪では警察も呼べませんし、全く見知らぬ他人と過ごすよりはいくらかいいんじゃないでしょうか」

 いやあ、長い台詞って疲れるね。出来れば涼華との会話以外は二行以上喋りたくないものです。

「そ、そうだな」

 僕の長口上にお兄さんは勢いを殺されたようで(生きているのに殺されたとはこれいかに、なんちゃってー)渋々といった感じで同意してくれた。案外いい人なのかもしれない。次あたり死にそうだけど。

「えっと、林業大学の四回生でここには卒論の調査で来た」

 うおぅ、てっきりヒッキーだと思ってたら、このお兄さんどうやらちゃんと大学に通っているらしい。僕たちの方がよっぽど社会不適合者じゃないか。

「はいじゃあ次、そこのカップル」

 と僕は続いて不倫カップルを指差した。

 この辺の主導権は出来るだけ早いうちに握っておくに限る。イニシアチブって奴ですよ。

「あ、えっと。私たちは(不倫)旅行で来た。それより何なんだ君たちはさっきから――

「はいじゃあ次、そこのお姉さん!」はいはーい。都合悪い会話はどんどん切っちゃいますよー。不倫オッサンの旅行発言の前に不倫と小声で言ったのは涼華ですからねー、間違えないように。ここ、テストに出ます。

「えっと、私は、東京の商社に勤めてて、ここにはその人たちと同じ理由で……(傷心)旅行で来ました」

 僕はさっきより幾分大きい涼華の声に「む~っ」幾らか強めにその小さい鼻を摘まんだ。後で好きなだけいちゃいちゃしていいから今はちょっと大人しくしてようねー。

「じゃあ次はー、オーナーさんはいいとしてぇ、そこの従業員の綺麗なふぐぅ! ……従業員のお姉さん二人、どうぞ」

 危ない危ない、というか完全にアウトだったけど、なんとか涼華の逆鱗には触れなかったようだ。涼華は僕が彼女以外の女性に美だとか奇麗だとかそう言った類の言葉をつけるのを極端に嫌う。

 二ヶ月ほど前に涼華の家の系列のデパートを貸切にしてショッピングを楽しんでいた時に、ランジェリーショップで涼華が下着を選んでいる間、僕が係りのおねーさんに『お姉さんって美人ですよねー。アハハ』なんていった時なんか、あれは思い出したくもない。兎に角命があるだけマシなくらいの惨劇が繰り広げられ、不運な事にそのお姉さんは両足を複雑骨折して未だに入院をしている。お見舞いに行った時に投げつけられた花瓶は僕が(涼華のお金で)買ったやつだったのになぁ……。

 はいはい、回想はここまでー。

「――で来月までここで雇ってもらってます」

 ほらほらー。回想なんかしてる間に二人の自己紹介終わったじゃないかよ~。

 こんな時は涼華に聞けばいいか。ちょいちょい「何かね立葉ちん」「ようよう涼華ちゃん、あのお姉さん達今なんて言ってたんだい」「教えてやんね~ZE」ぬうぅ。かくなる上は耳に「ふぅ~」「きゃん!」「で、何て言ってたんだい?」「文卿大学の三回生でアルバイトに来てるんだって~」「ほうほう、それが来月までって感じですか」「そうだねっ、もう一つ判った事があるんだけど、立葉ちゃんになら教えてあげてもいいよん」「何とな、おせえておせえて」「耳がぁ~」「がじがじ」「た、たぶんA子ちゃんはオーナーさんと出来て…っ~」

 ほうほう。ショートカットの女子大生Aとオーナーさん(三十代半ば、色黒金髪ロン毛、左手小指に結婚指輪らしきものあり)は恋仲にあらせられる、と。「それでねそれでね」と耳を軽く齧ったのが余程お気に召したのか、涼華はさらに追加情報を小声で僕に提供してくれた。

「どうやら女子大A子と女子大B子も出来ているみたいでやんす!」

「な、なんとう!?」

 最近の女子大生の性の乱れが気になる今日この頃です。

「昨日の夜A子がオーナーさんの部屋とB子の部屋でやんやん言ってるのを涼華ちんしかとこの耳で聞いてまいりましたっ」

「よくやった、ワトソン君! 褒美は何がいいかね? 何なりと言うがいいさっ」

「さ、さっきのが言いなんて、少しも思ってないんだからっ!」涼華ちゃん、ナイスツンデレっす!

「おーなーしゃん、ふぉふぇふぇ…………ごほんっ! これでこのペンションにいる人は全員ですか?」やばいやばい、涼華の耳が美味しすぎて危うく我を忘れるところだった。

「え、ええ。これで全員です。はい、間違いないです」

 うわーなんかオーナーさんとの心の距離が一瞬でキロ単位で離れた気が

するよー。きっと気のせいじゃないんだろうなぁ。

「立葉ちゃん傷心ですねぇ、よしよし」

「おいおいおいおい。優しいのは涼華ちゃんだけだよぅ」

 涼華の優しさに、全僕が咽び泣いた。ラジー賞は間違いない。あれ、ラジー違う? そっかそっかぁーアハハ。

「とまあ取り合えず……」

 僕は睨むような視線で全員を見回すと、一まずは目下最大の問題について話を進めた。

「……朝ご飯にでもしません? もう一人のお姉さんの自己紹介はその時にでも」

 …………なんと言うか「あ、立葉ちゃんがすべった~」そうなんだよ。僕、こんなにすべったの初めてかも。もしかして、空気読めないってやつっすかね。

 …………まあ、ヒモだから仕方ないのかもねぇ。

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