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第一章

「起きて、起きて立葉! ああ、やっぱりここに来たのは正解だったわ。朝起きたらラウンジにちゃあんと死体が一つ置いてあったんですもの!」

 深夜を回って明け方近くまで涼華と夜遊びに興じていた僕としては、出来ればもう十二時間ほど二度寝に費やしたかったのだけれど、二日間も眠っていることもあれば二時間で起きたり、三日間も睡眠を取らずに活動することもあるダメ人間日本代表のような涼華が、三時間足らずの睡眠時間で午前六時にも関わらず異様なテンションで全身を揺すってきても、朝から可愛いなあ涼華は、食べちゃいたい。ってか食べれるよね? よし食べよう、いただきます。と寝起きの変態丸出し状態になって涼華をベッドの中に引きずり込みこそすれ「やんっ」機嫌が悪くなることなんてそれこそラウンジにある死体が生き返る以上の奇跡だ。

 あー首筋って美味しいなぁ。「んで、何がどうしたの?」「下よ下!」「ん、鎖骨らへん?」「そっちじゃなくて!」「あいだっ」

 調子に乗って遊んでいたら、目玉にデコピンを頂戴しました。でもこれ意外と癖になりそう。

「だあらぁ、ラウンジに死体が一匹いるのよ!」

「あのね、涼華。毎回言ってるけど、死体はを数える時に匹は使わないんだよ」

 死体を一匹って数える涼華、可愛いなあ。うひひ。

 寝ぼけている時が一番自分の欲望に忠実なんじゃないだろうか。いや、自分のフォローをする訳ではないんだけど。べ、別に鏡に写った顔が自分でも引くくらい欲望丸出しだった訳じゃないんだからねっ。……今のは誰にツンしたのだろう。

「じゃあ一体?」

「ん~妥当なところかなあ」

 目よし、鼻よし、口よしっと。顔のパーツの乱れを元に戻して、僕はのそのその擬音が似つかわしいくらいの超低速でベッドから床に着地した。絨毯って擦ると結構痛い。

「本当に立葉は朝に弱いんだから、心臓はちゃんと全身に血液送ってるの? まだ寝てるんじゃない?」

 おかしいなあ、心臓な常に動いてる臓器だったと思ったんだけど。今度お屋敷の執事長さん(最初に会った時は自称執事のヒモだと思って馬鹿にしたのをまだ根に持っている)にでも聞いてみるかな。あーでもあの人僕のこと嫌いなんだっけ。夜中パンツにカーディガンなんてなんとも変態なスタイルでくつろいでいるくせに、随分生意気なヒモ野郎だ。

「たぶん動いてると思うんだけどなぁ」

「ちょっと聞かせてみせなさい」

「ヴっ」

 ちょっと涼華、苦しい。そこ心臓ちがっ。背中、指っ。肩甲骨の間に指入れちゃダ――。

「ほら、何にも聞こえないじゃないの。さっさと起こしてあげなさい」

「…………今ので、起きたんじゃないかな」

 背中を擦って肩甲骨がパージしていない事を確認すると、涼華のものより少しだけ大きい自分の脂肪の塊に手をやって、心臓の生死を確認する。良かった、なんとか無事みたいだ。

「それで、死んでたのはどちらさん?」

「えっとね、えっとね。昨日目の前に座ってたムッツリ大学生!」

「……あぁ、あの変態ね」

「立葉に変態って言われちゃったね」

「食べちゃうぞーっ」

「きゃ~っ」

 世のバカップルなるものに物申すことがあるとすれば、いついかなる時でもいちゃいちゃするのが真性だ、と言うことだろうか。死体の二つ上の階でべろちゅ~の一つも出来ないような輩にバカップルの称号は重荷が過ぎる。

 これ、本当に僕が語り部で良かったのだろうか……。

 とりあえず仏さんを拝みに行くべく下着の上にカーディガンを羽織る執事長スタイルで涼華に引きずられながらちょっとラウンジまでお散歩に出かけた。基本的に僕も涼華も寝る時には何も身に着けない畑の住人だ。それこそ涼華がパンツカーディガンスタイルでラウンジまで散歩に行こうとしたら全力で止める次第だが、別に僕の肌を見たところで生唾を飲み込むのは変態か同性愛者の二択だろう『きゃー、立葉セクシーっ』勿論涼華は別! 肝心の変態はラウンジで永眠しているらしいし、何の問題もない。

「ムッツリの死体でも見に行くか!」

「おー!」

 これから死体を見に行くって言うのにこんなにテンションが高いのは僕と涼華くらいなんだろうなぁ。

「とっとこー歩くよハムたもぐぅ――」

「はいはいそれ以上はいろんな所から怒られるからダメねー」

「イヤーーーーーーーーーーーっ!」

 階段の途中、某げっ歯類の歌を歌っていた涼華の口を手で塞いでチャックをした瞬間、下の方から、オペラ歌手、目指してみません? と言いたくなるほどの良く通る悲鳴が聞こえてきた。

「お、第一発見者かな?」

「んーんーんーっ!」

「ひゃあっ」

 口を塞いでいた手を甘噛みされた上に舐め回された。結構ぞくぞくする。

「第一発見者は涼華だったね、よーしよしよし」

「んぅ~」

 宥めるように頭を撫でてやると、涼華は目を細めて掌とのちゅーを続行。ラウンジに着くまで立っていられるかが不安になってきた。

「うわぁ……」

「ふむー」

 ラウンジの絨毯は一面がケチャップまみれだった。

 被害者のムッツリ君はと言うと、昨夜座っていた椅子の上で有り得ない方向への海老反りを超えたV字バランスに成功した模様。切り開かれた下腹部からコンニチワーした臓物達はどれがどれだか判らないくらいぐちゃぐちゃに切り刻まれていて、僕はお昼にミートソーススパゲッティだけは食べまいと心に誓った。

 第一発見者はと言うと、ムッツリ氏が何度か気まずそうに目を遣っていた、僕たちの右の二つ隣に座っていた傷心OL。

 実を言うと、ムッツリ氏、OLさん、不倫カップルに自宅警備員、オーナーさんに従業員二人を入れた全員の名前を聞いたはずなんだけど、全部宵の口にラウンジを退散して、涼華といちゃいちゃしようと階段を上がっている最中に落っことしてしまったらしい。

 まあ、涼華が目をつけた事件がこれで終わるなんてことはないだろうし、犯人の名前だけ覚えていれば問題ないや。

 おっと失礼、第一発見者の傷心OLさんはと言うと、あまりのショックに座りこんでしまい(いくらショックでも僕なら血の池の上には座ったりしない)何やら血液と自分の体液の混合に勤しんでおられる様子。詳しく言うとレディのプライドとやらをミートソーススパゲッティしてしまうので控えておこう。

 そんな失禁OL(……あ、言っちゃった)を見つめていた涼華は、いつのまに傷心OLと尿意のバトンパスを終えたのか、僕の掌を短く三回、長く三回、短く三回と噛むと、内腿で両手を擦り合わせるとぶるぶるっと身震いをした。

 モールス信号とは、さすが涼華も探偵を志しているだけはある。

「はいはーい。おトイレはこっちですよ~っと」

 僕は涼華の口を塞いでいた手を離し(舐められ過ぎて皮がふやけてでろんでろんになっていた)ちょこっとだけ味見をすると、涼華の脇の下に両手を突っ込んでそのままトイレまで持ち上げていった。お腹に刺激与えて、もらしちゃったりしたらいけないからね。

 個室に入り、洋式トイレに涼華を座らせて扉の外で待っていると(この辺青銅なんたらなる職も便利なものだ)しょうし、いや失禁OLが勢いよく隣の個室に駆け込んでなにやらびちゃびちゃやっている様子。僕はノックをして涼華のいる個室に入ると、そっと彼女の両耳を手で塞いでやった。「んぅ」なんて艶かしい声を上げているあたり貰ったりはしないのだろうけど、汚い音はなるべく涼華の耳に入れたくないからね。あーやばい、この音といい匂いといい、僕が貰いそうだ。

 いつの間にか涼華の耳を覆っていた手が自分の耳にあてられているのに気付いた時、僕は自然と目を閉じていた。

 どうやら用事を終えたらしい涼華に背中を押されて、なんとかその場を後にした。

 ラウンジに戻ってムッツリ氏のV字バランスを見ると、何故か心が和んで胃の辺りのモヤモヤがフェードアウト。ムッツリ氏に敬意を表して昼食はスパゲッチ―にしようかと思ったけれど、それを見たOLやら不倫カップルやらが反芻を始めそうなので諦めた。

 僕が嘔吐感との別れを済ませていると、上の階からぞろぞろと他の宿泊客が降りてきた。ラウンジに繰り広げられているパスタを見て、全員が一度大きく肩をひっく、とやった所で「ねえねえ立葉、ここは臭いから上に行きましょ? そろそろ朝食の時間だわ」と僕のエンジェルこと涼華に手を引っ張られながら階段へと向かい、二階に着いた瞬間に、階下からびちゃびちゃと盛大にスピューをしている音が聞こえた。

 あぁ、危なかった。昨日の夕食はなかなか美味しかったから、戻すのは勿体無いと思ってたんだ。

「ふぅ、危なかった」

 三階の自分たちの部屋に戻り、大きく深呼吸をすると、涼華はベッドの上に座って足をぶらぶらさせながら、手を口にあててくすくす笑っていた。

「何が面白いんだよぅ」僕は昨日の夕食を台無しにするかしないかの瀬戸際だったんだぞ。ちょっとだけ面白くなかったので、涼華の頬をつまんで軽く左右に伸ばしてみた。

 頬を伸ばされた美少女。うん、なんかいいね。

「にぃー。ふぁってふぃふふぁ――」日本語ってこんなに難しかったっけ?

 頬を伸ばされてたらこんなもんか。

「ああ、ごめんね。んじゃ続きをどうぞ」

 僕はハムスター系美少女に別れを告げると、続きを促した。

「ごめんごめん。だって立葉、死体は大丈夫なのに、人が吐いてるところは未だにダメなんだもの」

「しょうがないじゃんかぁ。涼華は、あの胃液の臭いとか、びちゃびちゃ音をたてて落ちる元食べ物とか、気持ち悪くならない?」

「全然なわないわ」

 だって私は吐かないもの。語尾に音符なんかつけてそんな事をいいそうな涼華の笑顔だった。他の人には見られたくないなぁ。もし誰かに見られたら

それこそその人を殺してしまうかもしれない。

 彼女の笑顔を見ていると、それこそ他人の吐瀉物なんて蟻の巣のようなものだ。上からバケツで水をかけてーはいおしまい、っと。

 あーでも、涼華の吐瀉物なら食べられるなぁ、なんて事を考えながら、僕たちはもう一度スパゲッティーの待ち構えるラウンジへと向かいましたとさ。


「んぅ~、くちゃーい」

異様に酸っぱい匂いを放っているラウンジに辿り着くと、開口一番涼華が苦情を訴えるので、僕はその小さな花をそっと摘まんであげた。あ、鼻の間違いね。

「はいはーい。臭いの臭いの、飛んでけー」ついでに未だにV字で頑張っているムッツリ氏にもどこかへ飛んでいってもらいたいんですけどねぇ。

「飛んでった~」

 涼華はこんな時でも絶好調、僕に鼻を摘まませたまま、現場検証へと血の海をちゃぷちゃぷらんらんムッツリ氏もといV字さんの元へ駆け寄った。

「お邪魔しまーすっ」

 そう言うと、涼華はどこからか取り出したペンライトを片手に、V字さんの下腹部の割れ目から中を覗きこんだ。「おぅえっ」どうやら刺激が強すぎたようで、不倫カップルの片割れ(オッサン)が後方で、胃液での血液の消化に挑んでいた。

「きゃあ。立葉、みてみて!」

「見せてみたまえ、涼華君」

 僕は涼華の肩の上に顎を乗っけて……あぁ、髪から良い匂いが。じゃなくて、V字さんの体の中を覗きにかかった。

「うぉー。空っぽや」

「でしょでしょ? 中身なーんにも入ってないのよ!」

「ふむふむ、猟奇殺人ですな」

「キャー、猟奇さんですぅ!」

「と言う訳でぇ」

「わけでぇ」

 僕と涼華は息を合わせてびしっと指を突き出した。

『犯人は、この中の誰かだっ!』

 こうして探偵を志す涼華と助手の立葉は幾つ目かの殺人事件を解決へと向かわせるべく、憎き殺人鬼へ宣戦布告した。

次は夜中か明日にでもあげます。

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