第十二章
馬鹿は死んだら治るらしいけど、変態はきっと来世にも持ち越されるのだろう。誰にでも買えるけど、返品は出来ない。破産はしないけど破滅はする。ご利用は計画的どころかしない方が貴方の身の為です。そんな職業。世が世なら即刻打ち首一族郎党。
僕の副業の一つとしては申し分ないものだけれど、同類、しかもディメンションを一つ下げた人々と相対するのは、極力避けたいところだった、のだけれど……。
「うへぇあ」
「何、なになになになに?」
「涼華は見たらいけません!」
手始めに、と入ったヒッキーの部屋で、僕は出来る限り接触を避けていた存在と初めて相対することになってしまった。
オタク。
最近では世間からの風当りも大分緩くなった(らいいナ)彼らが、僕は正直苦手だった。というか僕も広義では、なんて言葉で隠すつもりはさらさらない程にオタクなのだけれど、それでも、オタクなりの持論はあるわけで、そんな訳で、はっきり言って、狢仲間として、ヒッキーの趣味には一つばかり、言いたい事がある。
「抱き枕ですかぁ…………」
いやね、気持ち悪いとか、そう言う事を言いたい訳ではないんだよ? 僕だってね、欲しいと思った事はありますよ、ええ、抱き枕。
でもね、でもねでもね、なんかそれって違わない?
ディスプレイの向こう側のものを、こっち側に持ってくるのは、ねえ?
と言うかね、僕がなによりも言いたいのはね、あれなんですよ。そんな布一枚じゃなくてもさぁ、本気出したら、もっと、凄いの作れるはずだよね? 等身大フィギュアとか。
実は、何を隠そう。僕は(涼華の)財力に物を言わせて、科学技術をふんだんに無駄遣いした、人間とほとんど変わらない等身大の抱き枕を作らせている。
平面を立体にするのってそれなりに難しいけどさ、情熱ってそういうの全部、超越しちゃうじゃない? フィギュアの開発に多大な時間がかかっている一つの理由として、頭部の作りという問題があった。スタッフによる試作品の数々と、容赦ない僕のダメ出し。今では、スタッフ全員にそのアニメ(全百十話)を観賞させ、キャラへの愛着を深めている……っと、自重自重。
そんな感じで、僕と涼華がヒッキーの部屋に入ると、彼は抱き枕に抱きついて何やらぶつぶつ会話をしている最中だった。
「……でね、あの貧相な自称探偵の助手が、僕の事を悪者みたいに言うんだよ。ひどいよね、ひどいよねひどいよね。僕は何も悪い事してないのに……周りにあんなに女の子が居たって言うのにさ。あ、ごめんごめん! もちろん君の事が一番好きだよ!」
…………うへぇ。
鳥肌どころか蕁麻疹でも出てきそうな会話の内容だった。お陰でいろいろとゴミ箱の中に落としてしまったけど、まあいいか。涼華も僕が目を塞いでいるのにゴミ箱の場所を察知して何か捨ててるし。
涼華にこんな会話を聞かせる事になるなんて、二本しかない自分の腕が恨めしい。頑張れば、もう二本くらい生えてこないだろうか。今夜寝る前に試してみよう。
「…………おじゃましました」来てごめんなさい。本当にもう、僕、オタクでごめんなさい。ヒモでごめんなさい。生きててごめんなさい。
僕は涼華の目を覆っていた手を最後まで離すことなく、静かに部屋から脱出すると出来れば一生出てこないで下さい、と祈りながら部屋の鍵をかけた。
「がるるるるるる!」
ようやっと涼華の目を覆っていた手を離すと、涼華は部屋の主に対してえらく憤慨していた。そんなに嫌いなのだろうか、オタク。ちょっと傷つく。
「涼華、どうしたの?」
オタクに対する批判が出てこない事を祈りながら(と言うか僕がオタクなのを涼華は知ってるんだった)僕は涼華に尋ねる。
「あの野郎、立葉ちゃんに対してなんて事を!」
キャラが変わる程に怒っていた。ちょっとびっくり。
これでも、こんな性格だからこそ、嫉妬で僕に怒りを向ける事意外で他人に対して怒るという感情をあまり見せない涼華の激昂に(寝起きは例外)僕の口調も宥めるようなものになってしまった。
「まあまあ、ヒッキーの言う事を真に受けたらいかんぜよ」借り物の口調なのに、本家が誰だか判らないという大失態を犯してしまった。どちら様でしたっけ?
だって、だってだって、あのヒキコモリ!」
なだめるのもそこそこに、涼華の怒りの原因の方が気になってきた。
「だってどうしたって?」
気になる気になる気になる。
「うううううう!」
どうどうどう。
「はい、深呼吸してー」
「すぅ~」
はあ。と。
数回の深呼吸後、やっと落ち着いた涼華を前に、僕は質問を再開した。
「んで、ヒッキーがどうしたの?」
「…………はちゃん……そうだって」
ごめんよく聞き取れなかった。
「もう一度プリーズ」
「あのね」僕ね。
じゃなくて。
「ヒッキーがね」括弧の無駄遣い削減キャンペーンとかには興味ないんだろうなぁ、涼華。
ここで、すぅ~っと涼華は謎の溜めを入れた。次のコマンドが気になる。
「立葉ちゃんのこと、貧相って言った!」
涼華は僕の胸の上に両手を置いて、そう言った。
嘘がつけない性格なんだよね、涼華は。
「…………そっか」悔しくなんか――。
じゃなくて!
「いやいやいや、僕は男の子だからね?」そうそう、ここ重要。
「そうなの?」きょとん。
なんだろう、この罪悪感は。僕は生物学上は女の子だったりする訳だけど、一応中身は男の子のつもりな訳で、青銅職な訳で――あれ、でも青銅って事は、僕は女の子でいいのか? 体は女の子、中身は男の子、サン○ーあたりで漫画になってそうな設定だなぁ。
兎にも角にも、涼華が僕の事を女の子だと思ってるなら、どんな理由があっても、僕は女の子なのだろう。
「いや、女の子だよっ(体は)」一指し指を頬に当てて首を傾げる決めポーズ。きらん。そして、鳥肌ぞわぞわ。
僕の答えがお気に召したようで、涼華は満足そうにうんうん頷いている。
「そうそう。それなのに、あのヒキコモリったら、涼華ちゃんのお胸が貧相だの胸板が薄っぺらいだのスレンダー過ぎるだの、終いにはこれじゃあ僕の方が胸あるんじゃないの? なんて言っちゃって…………キ――――ッ!」
目隠しのせいで聴覚が鋭敏化されて心の声まで聞き取ったのか、涼華は僕の胸を抉らんばかりの勢いでヒッキーの声を代弁した。立ち位置は半端な僕だけど、さすがにこれはちょっと傷つく。無い胸が痛いぜ、貧乳だけどねっ!
明日の朝あたり、ヒッキー死んでくれないかな。
中学校の時、あいつ死なないかな、とか頻繁に言ってる人居たなあ。あの人、まだ生きてるんだろうか。
僕の胸にささやかなわだかまりを残しつつ、ヒッキーのお宅訪問は終了した。
続きは七時頃。




