第十一章
賑やかな(僕と涼華だけ)昼食の席で各自のマスターキーを集めると、僕と涼華は探偵を開始した。
「うーん」
「むむむむ」
ベッドの上で唸りながら二人が見つめるのは、一切れの紙。
ムッツリ氏 他殺 V字 犯人 傷心OL 動機 痴情の縺れ?
不倫カップル 男 他殺 首切り 犯人 不明
女 自殺
オーナー 他殺 首切り 胴体はグチャグチャ 犯人 タチのお姉さんが怪しい
「「むむむむむむ」」
…………探偵終了。
「涼華、わかった?」首を振る涼華。
「立葉、わかった?」僕も首を振る。
いきなり詰まった。
「問題は」
「ここなんだよね~」
二人で指差したのは、二番目の殺人。
不倫のおっさんが他殺で、不倫のお姉さんが自殺。
これがどうにも引っかかる。
これが逆だったら、ムッツリ氏との関係が入ってきて犯人が判りやすくなるのに。
ムッツリ氏と不倫のお姉さんが携帯電話の番号を交わす間柄になった事のは、履歴から考えてもペンションに来た初日だろう。
「ムッツリ氏と不倫のお姉さんの番号交換が初日で、次の日から殺人事件」気づくと思考が口から零れていた。
「お? お、お、お、お、お…………おおおおお!」
あ、涼華が壊れた。
「おおおおおおおおおお!」
「がががががががが」
涼華は「お」を連呼しながら僕の肩を掴んで激しく前後に揺すった。
「判った判った判った判った! 判ったよ立葉!」
「おおう、おう、おおう」頭がー揺れるー。
ガタンっ。
「ぐぇ」ミシ。
揺さぶりの急停止に、僕の首は悲鳴を上げた。
「問題です!」問題らしいです。
「立葉ちゃんは自宅のバルコニーで、ある男が誰かを殺しているのを目撃してしまいました。しかも不運な事にその犯人と目が合ってしまいます。すると、殺人犯は立葉ちゃんの方を指し、指を一定の動きで動かしました。
さて、何故でしょう?」
「階段の数を数えているから、でしょ?」
有名なのかは知らないけれど、昔に一度耳にした事のある問題だった。
何の問題だっけ?
「そうそう、それだよ!」
「どういうこと?」
意思の疎通が全く取れていない。
「要するに」涼華は僕の鼻の頭に指を添えた。
「要するに?」
涼華はふふん、と鼻で笑うと解答を提示した。
「自分の恋人に遊び半分で手を出してきた女にする、一番残酷な復讐は、なんでしょう?」
…………一番残酷な、復讐。えーと、えーとえーとー。むむむむむむむむ。むむ!
「なるほど!」
これでようやっと僕は事の真相に気づいた。
いや、気づかされた。
「そう言う事よ」
一番残酷な復讐は、その人の大切な人を次々殺していくやり方。
自分の恋人と、その女の恋人、その二人を殺してしまえばいい。
泥棒ネコを追い詰める為なら、自分の恋人を殺害する事も辞さない。
「でも、そんな事で、自分の大切な恋人を、殺したりするのかな」普通の人は。
僕の疑問に、涼華は、どうしてそんな事を考えるのかが判らない、といった風な顔をする。僕が異常である以上に、涼華は逸脱してしまっている。
脳の配線が、組み替えられている。
「誰かを永遠に自分のものにするには、殺すしかないでしょう?」
だから、そんな解答がすっと、当然のように出てくるのだ。
僕のように。
ふふふふふふふふふふふふ。
僕と涼華は、見つめ合って同時に首を傾げる。
『だよね~』
異常は、感染する。
触れた者の心にすっと入り込み、徐々にその心を蝕む。
だから、きっと、たぶん、もしかしたら、いや、絶対に。このペンションでの殺人を、完全に停止させる事など出来ないだろう。あの時とあの時とあの時とあの時、僕と涼華がいたにもかかわらず、殺人事件が起きなかった、いわば例外の数件は、運が良かったのだろう。春に降る雪のようなものだ。
僕だけだったらまだしも、涼華だけならまだしも、二人が揃ってしまったら、もう手に負えない。僕たちですら、手を焼く。
どうしようもなく出逢ってしまった僕たちを止められるのは、それこそ、名探偵か、英雄と呼ばれる存在くらいのものだろう。もしくは、英雄になりそこねた殺人鬼か。
「帰ってこ~い」
いけないいけない。
目の前で振られている手に気づいた僕は、意識を切り替えた。
「おはようございます」
「ぐー」拳が飛んできた。
「痛い痛い痛い」ふわりと鼻に着地した拳は掘削を開始「鼻がー低くなるぅ」
「まぁたあのネコさんの事考えてたんでしょー」ぐりぐりぐりぐり。
「違うひがう」がっきゅーぶんこ。あ、これは口か。
「ちょっと、お仕事をね」一応語り部なんて役職を押し付けられてる身なもんで。
涼華に変わったら文として成り立たなくなりそうだよなあ。僕もだけど。
「私と仕事、どっちが大事なの!」
どこのドラマの台詞だろう。
「もちろん涼華さ!」いや、語り部も大事だよ? あー板ばさみー。
「ふんっ、立葉ちゃんの事なんか、なんとも思ってなくないんだからね!」
涼華、それ、ツンデレになってない。
「ふぅ。閑話休題っと」「あ、台詞盗られた!」
「にひひひひ~。それじゃあ立葉、さっそく見回りにゴー」
涼華はベッドからぴょんと飛ぶと、右手の人差し指で束にしたマスターキーを遊ばせながら駆け出した。
スカートひらり。
黒、でした。ヒャッホウ!




