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第十章

 場所は変わって、ラウンジ。

 初日こそ十人もいた従業員を含めたこのペンションの面子も、今では四人減って六人になってしまった。僕と涼華にしてみれば、四人死んで四人残ったとも言える。

 犯人も、いつ自分の犯行が白日のもとに晒されるのか、気が気で無いのだろうけど、あいにくと、探偵を志す者としてはあるまじき行為だけれど、今回に限っては、僕と涼華はその犯人をすら保護しようとしていた。少なくとも今日一日は。

「皆さんに集まっていただいたのは、言うまでもありません。このペンションで起こっている殺人事件に関する事です」

 ようやく腰を上げた自称探偵。生き残っている四人。特にヒッキーの目にはそう映っているのだろう。臆すことなく、責めるようなジト目で僕を睨みつけるその視線こそ元気なものだったが、殺人犯に怯えて眠れぬ夜を過ごしているのか、目の下には大きな隈が出来ていた。

「今までろくに動こうとしなかった探偵さんが、今更になって何の用だ」

「そんな目で睨まないで下さいよぉ」気分が悪くなるじゃないですか。本当に。

「ふざけるのも大概にしろ!」ヒッキーは勢いよくソファーから立ち上がると、歯を剥き出しにしてテーブルに手を着き、血走った目で僕を見据え、更に言葉を畳み掛けようと口を開く。立ち上がると身長差で顔の位置がずれるから、わざわざ同じ高さに調節してくれた模様。部屋に戻ったら牛乳を飲もう。

「お前らは面白おかしく推理ごっこなんてふざけたものをしているだけなんだからいいんだろうよ。外から救援が来れないのを良い事に好き勝手出来るんだからな。ああ、そうだよ! お前らがどうなろうが知ったこっちゃない。俺たちを巻き込まなきゃ何をしたっていいさ。でもお前たちは違うよな? 他人の事なんかこれっぽちも考えないで好き勝手に場を乱して、そのお陰様でもうたったの四人になっちまった! 何で俺がこんな目にあわなきゃならないんだ!」

 出たよ出たよ。出ましたよ。

 追い詰められた人間特有の行動。

 何で自分がこんな目に逢わなくてはいけないんだ。自分は何もしていないのに。全部お前のせいだ。くだらない保身と責任転嫁。

 てっきり従業員のお姉さんズの役割だと思っていたのだけど、意外にもヒッキーの方が心の耐震強度は弱めだった模様。そんなんじゃ地震大国では生きていけませんよ。

 くいくい。

 スカートの裾が引っ張られる。

「……っ……」ひゃうっ。

 不意に太ももに走る刺激に、危うく声を上げそうになった。

 目の前で相変わらず喚き続けるヒッキーの言葉をシャットアウトして、僕は全神経を太ももに集中させた。どうやら涼華は、ヒッキーに気づかれないよう僕にメッセージを送ってくれている模様。受信開始。

 し。

 ―。

 っ。

 はいはいはいはい。『しーっ』って事ね。

 『うるさい』とでも書けばいいところを、あえて『しーっ』と書いた涼華に拍手の代わりに三度ほど足で床を叩くと、僕は涼華のお願いを聞くべく、耳と口のシャッターを上げた。

「次はあなたの番かもしれない」

 そのたった一言で、ヒッキーは喚くのを止め、口を開いた状態で固まった。

「怖いですよね。殺人犯と同じ場所で生活しなきゃいけないのは。自分は悪くないのに殺されるかもしれないのは、怖いですよね」

 そんなに殺されるかもしれない恐怖が怖いなら、お望み通り、壊して差し上げましょう。これ以上涼華の耳を汚されるのは、困る。

「誰かのせいにしたいですよね。そうしないと不安で仕方ないですもんね。悪者を据えないと、寝る事すら出来ないんですもんね。保身に責任転嫁。みっともなくても、生きていたいから、ついやっちゃいますよね」

 止めの一言を言う前に、ヒッキーは力なくソファーに崩れ落ちた。

 ヒッキーを除いた人間が(僕は青銅らしいので一応カウント)女性と言うのが上手い具合に作用した結果だろう。守らなくてはいけない、と勝手に思い込んでいる立場の女性たちの目の前で自分の矮小さ、醜さを露呈してしまったヒッキーの心は粗方へし折れ、もう喚く余裕もないだろう。

 ようやっと静かになった事だし、

「それでは皆さん、とりあえずの膠着状態を作るにあたってですが」

 笑顔で僕は言う。

「手っ取り早く、各自部屋に引き篭もってみるのはいかがでしょう」

 僕の発言に、タチのお姉さんが「ちょっといいかな」すっと挙手をする。

「はい、どうぞ」発言の前の挙手をするのは基本ですよねー。

「部屋にいるだけだと、あんまり意味がないんじゃないかな」ちょっと困り顔。

「と言うと?」

 僕は未だにスカートの中にある涼華の手が太ももに爪を立てようとしているのに気づいて、なんとか顔がにやけるのを堪えた。

「今までもそうしてきたじゃない」その通り。

 僕のスカートの膨らみにチラチラ目をやりながら、タチのお姉さんは至極まっとうな意見を口にした。僕とお姉さんの見上げた視線がこんにちは。ついでに涼華の爪も皮膚の下とこんにちはを目論む。

「その問題については、僕たちがマスターキーを回収して、定期的に見回りをしようと思います」小学校の時の作文みたいになっちゃった。

「なるほど」ふむふむ、とお姉さんは顎に手をやって脳内会議を開催。

 涼華は焦らすように僕の太ももを引っ掻いた。

「いいんじゃないかしら」

 タチのお姉さんに代わって答えを出したのは、ネコのお姉さん。

「こんな可愛らしい探偵さんたちに守ってもらえるなら、安心でしょう?」涼華の手は照れたように僕のスカートの中をのた打ち回る。

「それもそっか」

 会議を終えたネコのお姉さんも、ひとまずは同意。

「さ、賛成です」

 罪の意識からか微妙にキャラが変わってしまった失禁さんも、おずおずと同意。

 壊れたヒッキーは当然無視して、

「それじゃあ、お昼を食べたら各自部屋に戻るという事でいいですか?」

 三人の同意を得た所で、その場はお開きになりました、とさ。

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