第5章 幕引きと選択
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それから一週間。
王都では、ギャラハント侯爵の追放と王太子セドリックの国外左遷が、王室広報により公式に発表された。
人々の反応は冷ややかだった。
「当然だ」「ようやく貴族も裁かれる時代になった」――
それは、アリアがもたらした静かな革命の証だった。
アリア=フォン=リーデルは、久々にリーデル侯爵家のサロンで休息を取っていた。
机の上には、祝いの花束とともに、一通の手紙が置かれていた。
それは王妃カトレアからの直筆の礼状だった。
《あなたの勇気が、この国を動かしたのです。正義を貫く心、それを持つ者こそ、未来を選ぶ資格があります》
アリアはそっと手紙を伏せた。
窓の外、王都の街並みはどこまでも静かで――清々しかった。
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その日、屋敷を訪ねてきたのは、ユリウスだった。
いつもの黒い法衣ではなく、私服姿で。
「珍しいわね、その格好。どこかへ旅立つの?」
「半分は正解です」
ユリウスは手にした鞄を軽く掲げた。
「王妃陛下の命で、隣国の法学院へ特使として赴任することになりました。“誓言裁定権”を正式に再定義する法典作りの相談役です」
アリアは少し目を見開いた。
「法典を……この国の制度として、再び?」
「君がその道を切り開いた。後は僕たちが道を整える番だ」
アリアは一瞬、言葉に詰まり、それから柔らかく笑った。
「少しだけ、羨ましいわね。私も、もう一つくらい誰かのために戦ってみたかった」
「では、戦ってください」
「……?」
ユリウスは鞄から、一枚の任命状を取り出した。
王妃の印が押された正式な文書。
《アリア=フォン=リーデルを、王国裁定庁・臨時特別顧問に任命する》
アリアは眉を上げた。
「これは……?」
「君が勝ち取った“実績”に、ふさわしい役目だ。もう、誰かに指示されるだけの貴族令嬢ではない」
アリアは、少しだけ唇を噛み、そして小さく息をついた。
「ユリウス、ひとつ聞いていいかしら」
「どうぞ」
「貴族としての私と、弁護士だった前世の私。どちらの私が――あなたは好き?」
一瞬の沈黙。
だが、彼は微笑んで答えた。
「論理を尽くしてもなお、他者のために怒れるあなたが、僕は好きですよ」
アリアは頬を赤らめ、視線をそらした。
「ずるいわ。そういう言い回し、昔から」
「そうでしたか? ……では、次にお会いするときはもう少し“率直”に」
そう言って、ユリウスは軽く帽子を傾けた。
「また会いましょう。侯爵令嬢。そして、正義の申し子」
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アリアは彼の背を見送りながら、静かに呟いた。
「私の戦いは、まだ始まったばかりね」
そうして彼女は、一歩、前へと踏み出す。