第2章 悪役令嬢、法を振るう
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王宮の一角に急ごしらえされた裁定室は、重厚な木製の机と革張りの椅子が整然と並び、壁には古の法律文書の写しが飾られていた。
その室内は、まだ新しく、しかしどこか緊張感が満ちている。
アリア=フォン=リーデルは、その中央の席に座りながら、目の前の書類を改めて確認していた。
「これが、私の初陣となる裁定――」
隣に控えるユリウス=グレイアムは静かに頷き、言葉をかける。
「緊張しているようには見えませんね」
アリアは微かに笑みを浮かべた。
「私は戦場に慣れているだけですわ」
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その日、裁定室には王太子セドリックとリリアーナの代理人たちも集まった。
王族の威厳と貴族の好奇心が入り混じり、重苦しい空気が場を支配していた。
裁定官として、アリアはこの場で正式に「訴状」を提出した。
「王太子殿下及びリリアーナ嬢に対し、婚約破棄及び名誉毀損に関する裁定を請求いたします」
廷臣が書面を受け取り、書記が読み上げる。
「書類に問題なし。裁定は正式に開始される」
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アリアはすぐに、王太子側が示した「証拠」の詳細に切り込んだ。
「まず、リリアーナ嬢の手紙についてですが、この筆跡は明らかに偽造です」
「また、文中の表現や言い回しは、私が通常使う法的文書の形式と一致しません」
ユリウスが補足する。
「魔法による筆跡鑑定は、本日さらに詳細に行います。これにより真偽は明らかになるでしょう」
対する王太子側の代理人は顔色を変えた。
「しかし、被害者リリアーナ嬢の証言は一致している」
アリアは冷静に返す。
「証言は感情や印象に左右されやすい。証拠の信頼性は物的証拠に勝るものはありません」
貴族たちの間に、ざわめきが起きる。
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さらに、アリアは手紙に記載されている時刻や場所の矛盾を指摘し、いじめの発生時刻に自分が別の場所にいたことを示す証人を提出した。
それは元侍女であり、かつてリリアーナ側に買収されていた女性だったが、真実を語る決意を固めていた。
彼女の証言により、リリアーナ側の虚偽の証言が浮き彫りになっていく。
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ユリウスは法廷魔法を使い、筆跡鑑定魔法の効果をアリアに説明する。
「これは単なる筆跡の比較だけではありません。魔法で微細な筆圧、インクの成分、筆の動きを解析し、偽造を見抜くものです」
アリアは眼鏡をかけるように魔法陣をくぐらせ、文書を詳細に解析した。
その結果は明白だった。
「偽造です」
裁定室は静まり返った。
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王太子側の代理人は顔を青ざめさせ、弁解を試みたが、証拠の重みには抗しきれなかった。
その後、アリアは王太子側の「動機の問題」をも取り上げた。
「リリアーナ嬢は、王子様の心を奪い、家名を向上させるために私を陥れた」
「そのために、偽証や証拠の捏造を行った」
アリアはこれまでに集めた証拠や書簡を次々と提示し、王太子側の嘘を暴いた。
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数日間の審理の末、王妃カトレアが満場の前に立ち、裁定の結論を告げた。
「本裁定は、アリア=フォン=リーデル侯爵令嬢の名誉回復を認め、婚約破棄の理由は不当であると判定する」
同時に、王太子セドリックは王族としての義務を果たせなかったとして謹慎処分とし、国外にて静養するよう命じられた。
リリアーナは家名から勘当され、貴族社会での信用を失った。
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アリアは静かに微笑んだ。
「これが、法の力」
ユリウスはそっと彼女の肩に手を置き、目を細める。
「これからが、本当の戦いの始まりです」