男女の冒険者、“貴族の魔法使い”を護衛することになるも、こいつが杖を振り回して超強いんだが
ロアの町というところに、若い男女の冒険者コンビがいた。
剣士ディオスと魔法使いマロン。
ディオスは短めの黒髪がよく似合う爽やかな風貌をしており、心の内に勇敢さを秘めた若獅子といった風情の戦士である。
マロンはふわりとした赤髪で、くりっとした目が特徴的な可愛らしい娘。マントを羽織り、丈の短めのスカートと脚線美を強調するようなニーソックスを履いている。
二人とも腕に覚えがあり、着実に実績を重ね、“新進気鋭”という言葉がよく似合う逸材だ。
そんな二人に冒険者ギルドから依頼が舞い込む。
「伯爵家の跡取りの護衛?」
依頼内容を確認するディオスにギルドの職員がうなずく。
「依頼主はグラフ家の跡取りで、最近まで魔術都市に留学していた。だが、いよいよ正式に家督を継ぐことになって、実家のあるスラン市まで戻ることになったんだ」
「スラン市か。このロアの町から徒歩で半日ってところね」とマロン。
「ところがだ、これを面白く思わない者がいる。依頼主の――“兄”だ」
「兄って、ちょっと待て。依頼主は兄貴を差し置いて家督を継ぐのか?」
「そういうことになるな」
「そりゃあ確かに面白くないわね」
ディオスもマロンも、この時点でだいぶ依頼の要旨が見えてきた。
「察しの通り、この“兄”は出来が悪いらしい。しかも、自分を差し置いて跡を継ぐことになった依頼主を憎んでいる。依頼主がスラン市に戻るまでに、強硬手段に出ることは確実なのだ。そして、それはロアの町からスラン市にかけての間に実行されるだろう」
ロアの町とスラン市の間は、森に囲まれた山道になっており、死角が多い。目撃される心配は少なく、証拠隠滅も思いのまま。
つまり要人を狙うなら絶好のスポットなのである。
「実家に急ぐ依頼主にとって最後にして最大の難所ってわけか」
「そこであたしたちにお鉢が回ってきたのね?」
「ああ、引き受けてもらえるか?」
「やるしかないだろうなぁ」
「そうね。その出来の悪い“兄”が跡を継いだら、スラン市もこの町も不幸が及びそうだしね」
ディオスとマロンは依頼を受諾した。
「で、依頼主は?」
「この近くのカフェで君たちを待っている。詳しいことは依頼主たちと打ち合わせてくれ」
「たち?」とディオス。
「依頼主には護衛が一人ついてるんだ」
「なるほどね」
これまではその護衛が一人で依頼主を守ってきたが、スラン市までの難所はさすがに厳しいと冒険者ギルドに駆け込んだのだろう。
ディオスとマロンはすぐにカフェに向かった。
***
カフェで待っていたのは、焦げ茶色の髪の青年だった。木の杖を持ち、紫色のローブを着て、いかにも魔法使いといった風貌である。
その傍らにいるもう一人は、剣を腰に差し、全身に鎧をつけており顔すら分からない。
ディオスは青年が依頼主である跡取りで、鎧をつけた方が護衛だと理解する。
「初めまして! 私はバートンと申す! ……で、こっちはアルマだ!」
依頼主はバートンという男だった。アルマは軽く会釈する。
「ここに来てくれたということは依頼を引き受けてくれたということでよろしいか!?」
でかい声だなと思いつつ、ディオスは「その通りです」と返す。
「ありがたいことだ! なにしろこの町からスラン市までがおそらく最も危険な道中になるだろうからな! 私としても護衛一人では心もとないと思ったのだ!」
「護衛というのは……そちらのアルマさん?」
ディオスが鎧をつけたアルマに目を向ける。
「その通り! 頼りになる奴なんだが、なにしろ私の兄ブラットも金だけは持っている! おそらくかなりの数の人間を雇い、襲わせてくるだろう!」
「何人ぐらいというのは予想がつきますか?」
「おそらく、四、五十人は固いだろう」
この答えにディオスとマロンの顔も強張る。
決して短くない道中、50人もの相手からこのバートンを守り抜かなければならないのだ。
「骨が折れる仕事になりそうだ。だけど俺たちもプロです。力を尽くしますよ」
「感謝する!」
ここでマロンが質問をする。
「ところでバートンさん、あなたは魔術都市に留学していて、その格好……やはりあなたも魔法を使えるんですか?」
「もちろんだとも! つまり私もそれなりに戦える! もっとも君たちや横にいるアルマには敵わんだろうがね!」
話題は移り替わり、ディオスが切り出す。
「いつ頃、この町を出発しましょうか?」
「なるべく早く出たいところだ。兄に時間を与えたくない」
バートンの意見にディオスは納得する。
ただでさえバートン側の方が不利なのに、相手に時間を与えてしまうと綿密な作戦を立てられ、さらに不利になってしまう。
さすがグラフ家の跡取りだ、と内心でバートンを褒めた。
「ではそちらも多少の準備はあるでしょうから、一度ここで解散し、30分後に町中央の噴水で待ち合わせしましょう」
ディオスの提案にバートンは同意し、四人はカフェを出た。
***
30分後、時間通りにディオスたちと依頼主のバートンらは噴水で顔を合わせた。
「じゃあスラン市に向かいましょうか」
「うむ、危険な道中になるがよろしく頼む!」
町を発とうと動き出したところで騒動を目の当たりにする。
「ヒヒィーン!」
馬が暴れているのである。
露店の看板や商品などを蹴り飛ばしつつ、馬は猛スピードで駆け回る。
興奮した馬は視界に入ったディオスたちめがけ突進してきた。
ディオスはすかさず剣を抜く。マロンも魔法を唱える態勢に入る。
だが、二人の虚を突くようにバートンが前に出た。
「お、おい!?」ディオスが叫ぶ。
「大丈夫、あの馬なら私が止めよう!」
バートンは持っていた杖を思いきり地面に叩きつけた。バシンと弾けるような音が響く。
その迫力に驚いて、馬は走りを止めた。
「よーし、いい子だ! ハッハッハ!」
バートンは馬に近づきその顔を撫でる。冷静さを取り戻した馬もバートンに顔をすり寄せる。
暴れ馬をあっさりとなだめてしまった。
「おおっ……やるぅ!」
「へえ、すごい!」
ディオスもマロンも感心する。
アルマが金属音を響かせながらバートンに駆け寄る。
「心配するなアルマ! 私は無事だ!」
ディオスはこれを見て、どっちが護衛だか分かんねえなと苦笑する。
暴れ馬騒動を収め、いよいよ出発である。
***
ロアの町とスラン市の間はなだらかではあるが、山道が続く。
冒険者コンビのディオスとマロン、依頼者コンビのバートンとアルマ、四人パーティは歩きでスラン市を目指す。
半日程度の道程、スラン市に着く頃には夜になっているだろう。ただし、無事着ければの話であるが。
警戒を怠ってはならないが、ずっと気分を張り詰めているのも気力の消耗が激しいので良策とはいえない。
ディオスが護衛を務めるアルマに話しかける。
「えーとアルマさん。あんたも剣の使い手のようだけど、流派とかは?」
アルマは黙っている。顔を隠しているので表情は読めないが、心なしか困っているようにも見える。
代わりにバートンが答える。
「アルマはご覧の通り騎士だから、騎士が一般的に使うビクト流の使い手だよ」
「ああ、やっぱり」
「君の流派は?」
「俺の師匠はクリンゲ流の使い手で……その流れで俺もクリンゲ流ですね」
「クリンゲ流! 知ってるよ! スピードに定評があるとされる剣術だろう?」
「本当ですか? 嬉しいな、貴族に知られてるなんて……」
ディオスとバートンは剣術談議で盛り上がる。
おかげでいい感じに緊張はほぐれた。
そうして歩き続け一時間ほど経った頃、事態が動く。
「敵だ……!」
「うむ、ついに現れたか!」
ディオスとバートンがほぼ同時に気づいた。それぞれ剣と杖を構える。
「え……もしかして」マロンが問う。
「ああ、ついにおいでなすったぜ! バカ兄貴の手先だ!」
森の中から、30人ほどの集団が走ってきた。
武器は剣、槍、鉈など。見るからに荒くれ者の集団といっていい。
「あいつらかぁ!」
「どいつが標的だ!?」
「分かんねえ! とにかく全員殺せって話だぜ!」
ディオスが舌打ちする。
「バートンさん、あんたの兄貴は相当大雑把な指示しかしてないらしいな!」
「まあ、予想通りだ!」
「とにかく、あんたは下がって――」
「行くぞぉ!!!」
バートンは杖を手に集団に立ち向かっていく。ディオスが止める間もなかった。
「ほりゃああっ!」
勢いよく杖を回転させる。そのまま杖を薙ぎ、突き、叩き、次々敵を倒していく。
「すげえ! 俺も負けてられねえな!」
ディオスも後に続き、素早い剣捌きでならず者たちを斬り倒す。
「よーし、あたしも! 炎球! 氷弾!」
マロンは二人が仕留め損ねた連中を狙い、魔法を放つ。
魔力から生成された炎や氷の弾丸が敵を容赦なく撃ち抜く。
激しい戦いとなったが、ものの数分で荒くれ者たちは全滅した。
「ふぅ、何とかなったな。しっかし……」ディオスがアルマをちらりと見る。「あんた、護衛なのに全然戦わなかったな」
アルマはうなだれるが、バートンは笑いながら杖をブンブン回す。
「なあに、アルマが出るほどの相手じゃなかったということさ!」
「そういうもんなのか……?」
ディオスは深く追及せず、そのまま四人は山道を歩き続けた。
***
途中、休憩を挟みつつも一行は順調にスラン市に近づいていた。
あと一時間ほど歩けば、市が見えてくるだろう。
ディオスが声を漏らす。
「ここからが正念場だな」
バートンもうなずく。
「うむ……私が兄の立場なら、このあたりで大きく仕掛けるだろう」
暗殺を目撃者もなく成功させるなら、スラン市まであとわずかというこの地帯が最後のチャンスになる。
左右を切り立った崖に囲まれた道に差し掛かる。
他にルートはなく、四人は危険を承知でその道に入る。
やはり、前後から大集団が現れた。
「来たぜ! あいつらだ!」
「挟み撃ちにしろ!」
「死ねえええええ!」
ディオスが前後を見る。
「前に30人、後ろに20人……ってところか!」
最初の襲撃と足すと、ブラットは80人も雇ったことになる。マロンも驚く。
「バートンさんのお兄さん、勝負をかけてきたわね!」
「みんな、気をつけろ!」
バートンが杖を真横に構える。
戦いが始まった。
「せああああっ!」
ディオスの剣が冴え渡る。
「炎壁!」
マロンは炎で障壁を作り、敵の進行を阻む。
「お前たち如きに負けはせん!」
バートンも杖を振り、敵を打ち砕く。
しかし、第一陣よりも集団の質は高く、乱戦になった。
そんな中、アルマだけは一人おろおろと立ち尽くしていた。
そこへ襲撃集団の一人が――
「あの鎧野郎を先に仕留めてやるッ!」
サーベルで斬りかかった。
「いかん!!!」
咄嗟にバートンがかばい、腕に傷を負ってしまう。
「……バートン!」
初めてアルマが喋った。
その声は鎧で固めた外見から想像もできないほど高く、柔らかく、澄んでいた。
アルマはそのまま剣をかざし、呪文を唱え始める。
「い、いけません、あなたが手を汚しては……」
「ううん、いいの……。雷矢!」
バートンが制止するも、アルマが魔法を唱えた。
矢の形状をした雷が何本も降り注ぎ、集団のうち5人ほどを倒す。
魔法使いであるマロンも目を丸くするほどの精度と威力だった。
「俺たちも続くぜ、マロン!」
「うん、一気に片付けましょ!」
アルマの魔法で勢いづいた一行は形勢を逆転させる。
勝ち目がないと悟った雇われ集団は散り散りに逃げていき、ディオスたちの勝利は確定的となった。
***
乱戦を切り抜けた一行はスラン市にたどり着いた。
ここまで来れば、ブラットが襲撃者を送り込むことは不可能である。
人心地もついたところで、バートンが告げる。
「お二人とも、もうお気づきだと思いますが、我々の正体を明かしましょう」
ディオスが「ぜひ」と促す。
「私はグラフ家に仕える“護衛騎士”のバートンです」
鎧に身を包んだアルマが兜を取る。
「そして私が……グラフ伯爵家の長女アルマ・グラフです」
アルマは長い金髪に、透き通るような碧眼を持つ、美しい娘だった。
いかにも魔法使いのような格好のバートンは護衛であり、いかにも騎士のような恰好をしたアルマは令嬢だった。
バートンが暴れ馬をあっさり手懐けたのも、騎士として馬の扱いに慣れていたためだ。
「バートンが申し出てくれたのです。私が留学先からスラン市に向かう時、兄が人を雇って私を狙っているという情報が入り、ならば格好を変えよう、と……。兄はそのプライドから『妹を殺せ』ではなく、『魔法使いとその護衛を殺せ』と命じているはずですから。そうすれば、真っ先に私が狙われる危険性は低くなる、と」
「実際、指示はかなり大雑把だったな」
アルマの兄ブラットは出来の悪い男だった。そのため家督を継ぐことができなかった。
しかし、弟ならまだしも“妹”に家督を取られたなど、金で雇う荒くれ連中にも言えなかったのだ。
「お二人とも、本当にありがとうございました。私はしっかりと兄を断罪したいと思います」
「ああ、どうか頑張ってくれ」
「あなたならきっといい当主になれるわ」
「はい!」
ディオスはバートンに目を向ける。
「本来の武器じゃない杖であれほどの強さ、いつかあんたとは勝負してみたいな」
「うむ、いずれ手合わせ願おう!」
二人とも剣の使い手同士、通じ合うものがあったようだ。
こうして二組は別れた。
後日、アルマは正式に家督を相続し、当主として兄ブラットを厳しく断罪した。
貴族の地位を剥奪されたのはもちろん、荒くれ者を雇いアルマたちを狙った罪人として投獄される。
以後、アルマはバートンに守られつつ、立派な貴族女性として成長することになる。
さて、報酬を得たディオスとマロンはロアの町で一件を振り返る。
「ったく、よくやるよなぁ。お嬢様と立場を入れ替えるなんてさ」
「でもおかげであのお嬢様は無傷で帰れたわけだからね。お嬢様だけを徹底的に狙われたら、どうなってたか分からないわよ」
「まあな」
護衛騎士バートンが編み出した奇策は、結果的には正解であった。
マロンがディオスに向かって微笑む。
「あたしたちもたまにはお互いの立場をチェンジしてみる?」
ディオスはマロンをちらりと見る。
「……いや、やめとくわ」
「なんで? 敵の意表を突けたりするかもよ? 『魔法使いっぽい奴が剣士だったのかー』みたいな感じに」
「だって、俺スカートとかニーソックスとか似合いそうもないし」
「だから、そういうことじゃないって!」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。