5話-1 ゐ合
断崖のこのキャンプは、修練者によるものだ。ここに集まるものは流浪の民である。皆同じ技術を持ち、錬磨する兄弟のような輩の集まりで、サカタは度々起こる小規模な戦乱を抑えるため、ここで修行の日々であるそうだ。サカタはけもの道を歩き、ファンタスクの皆に気安く話す。
「ここにいる人は、皆自分だけの剣を持っててね。修練のために皆ピリピリしているけど、支え合って生きているだけあって、根は優しい人ばかりだよ、ファンタスク、オーダシュー」
「ファンティって呼んで!」
「ああ、すまない。とにかくロボットであれど皆仲良くしてくれるだろ……一人を除いてだけど」
「一人を除いて?」
ファンティの疑問に対し、サカタは周囲の剣士たちのいる場所を指差す。
ここで刀を構え、木の棒の前に立つ男がある。見た目まさしく風来坊、質素な服の異国の剣士のような出立ちをしており、まさしくその腰に差された細身の刀の似合う男であった。ファンティには昔の本で見た存在、まさしく侍のように見えた。
その刀が抜かれたかと思えば、目にも止まらぬ速さでその棒は一刀両断される。その断面は、初めからそこで分かれていたかのようにきれいだ。
かと思えば、そのまた向こうに居るのは尖った頭と鋭い目つきの傷の面の男であった。ゆったりと腹だけぬかれたその刀は、ギジャギジャの荒削りで、刃こぼれも激しい。
「どりゃあ!」
抜かれた彼の太刀筋はあまりに雑で、ぶった斬るという言葉がふさわしいほど。しかし、破壊のような跡があるとはいえ、棒は皆が思っているよりは綺麗に切れている。
「あの二人のどっちかがロボットがダメなの〜?」
「いや、あの二人、侍風の方が清安源兵衛、人相悪い方が金龍というのだが、二人を見るとわかるはずだ、随分と質素な見た目だろう」
確かに、彼らの服装だけでなく、霧に囲まれた周囲の集落もまた、木々を組み上げた古屋だったり、布張りのテントだったりと非常に質素な見た目をしている。あげく電線はおろか、ホースなどを繋ぐ水道の一つも見えやしない。まるでここだけが近代から断絶されたかのような原風景であった。
「すごいやせ我慢……」
「こらっ、ファンティ、言い方が悪いぞ」
素直なことが口(もっとも、口腔はないのだが)から飛び出たファンティを、オーダシューははっきりと諌めた。
「まあ、オレもやせ我慢だと思ってるんだ。ただ、これは師匠には聞かれてほしくはないな……」
「師匠がいるのか? 具体的になんの修行をしているんだ?」
「それはね……」
オーダシューの追求に応えようとしたサカタであったが、ふと、高木の一つから、小さな針葉が落ちた。無論こんなもの、ファンタスクらは気にも留めていなかった。
すると、サカタが腰から刀を引き抜いた。もう一度言おう、引き抜いただけである。しかし、その葉はものの見事に寸断され、尖った部分と木とつながる部分の二つに分かれてしまった。
鋭い金属の光に何事かと思ったファンタスクらは、その足元にあるそれが人為的に起こされたものであることに驚いた。針葉は落ちる時でも細く、ロボットのカメラならまだしも、この人間という生物には難しいのでは、定期的に見てなかったことでうっかり事故を起こす日雇いの技師と会った思い出からファンタスクの皆は思っていたのだ。
「なに……その技……!」
「これは、居合いという技術だ。刀を引き抜いた瞬間の一撃のことなのだけど、これに全てを預ける奴らがいる。まごうことなくオレら、ゐ合流だ」
刀をしまいながら、サカタは語った。トリフルール国内では見ることのできなかったであろう大業に、ファンティとオーダシューは興味をそそられた。
「このゐ合は力の入れ具合が重要でね……」
「すごいぞこんな抜刀術、初めて知った! 騎士団の一員として見逃せない……」
わいのわいのと騒ぐファンタスクらに、修行をしていた剣士たちもぞろぞろと寄ってきた。
「おおっ、サカタ、絡繰かよ。うちの少ねぇ歩合じゃあ、買えねぇほどだろ、なぁ、どこでかっぱらってきた」
サカタの首に手を当てる金龍に、清安源兵衛は呆れたように咳払いをした。
「疑ってかかるのは失礼でござるよ、金龍殿。これはサカタ殿の日頃の徳のなせるもの、誰かに譲ってもらったのでござろう」
「いや、これはそういうものでは……」
「じゃあなんだよ、ああん?」
詰め寄ってくる金龍、それだけでなくロボットに興味深々の野次馬に囲まれてしまったサカタは、この状況に苦笑いをした。まるで、何かが来ることを恐れているかのように。
「というよりこのロボット、随分可愛らしいじゃないの。サカタにそんな趣味があったなんて……引くわ」
こうしてドン引きしているのは槙野涼子という、結えた髪の女剣士だ。その刀は言うなればダガーというほどに短いものであったが、剣技の素晴らしさは折り紙付きで、このゐ合の剣士として認められているのが何よりの証拠だ。
「いや、だからそういうわけじゃ……」
可愛らしい女子に嫌悪感を抱かれてしまったのではと、サカタの顔も二つの意味で青ざめる。
「うるさーい!」
その時、オーダシューは我慢できないという風に声を上げた。そして、手元から槍を出現させ、多勢の剣士たちを威嚇する。
「わたしは売り物ではなく、トリフルールの聖女だ! 今は彼に匿ってもらっている! それに、見ろ! あんまり騒ぐからもう一人の聖女、ファンティがこんなに怖がってしまっているじゃないか!」
その裏にいたファンティであったが、彼女はそんなに怯えてもおらず、余裕そうに指でピースサインを作って見せていた。
しかし、この反応は明確に剣士たちの考えを否が応でも改めさせた。このロボットたちは、機械生命として、誇りと意識を持っていると。
「ふぅん、なんだ迷子かなんかか。まぁ、居たら話のタネくらいにはなるかもしれねぇ」
「拙者らは、あなた方を歓迎するでござるよ、ファンティ殿と……?」
「ローダシュー、ルは冠で名前だけならオーダシューだ」
「なるほど、なんて良い名前でござろう。とにかく、しばしよろしく頼むでござるよ」
彼らは案外にも暖かく迎え入れてくれていて、ファンティたちも悪い気はしなかった。
ふと、ファンティの背中が撫でられた。機械であれど、そういうことはわかる。後ろに立っていたのは顔の緩みを隠し切れていない涼子だ。
「まったくサカタ、あなたに預けていたら、何が起こるかわかったものじゃないわ。この子たちはわたしが預かる。師匠に見つからないためにもね」
「そんな、バラバラだったのを組み立てたのはオレだよ」
ファンタスク2体の背中から抱きしめる涼子は、サカタが可愛らしい彼女らを独占するのを許せないみたいだ。ここでは貴重な女子に押されっぱなしのサカタは強く言い切れないままだった。
「それに、あんまり騒ぐと……」
「あんまり騒ぐと、なんだ?」
剣士らの後ろから現れたのは、白き髭が非常に長く細く、それが地にも着くような老師だ。その上、背丈や肩幅も大きく、鱗のような肌も相まって竜がそのままここに居るかのような威圧感を放っているのだった。
リョウコ「今日のカード紹介。今日紹介するカードはこれよ」
ゐ合の暗鬼 マキノ・リョウコ
チェイサー
火属性 種族:ヒューマノイド
コスト2 攻撃力1 守備力1 速さ+1
これが出た時、2枚ドローする。ただし次のターンの終わりまで、ドローできない。
リョウコ「なんと2ターン目に2枚のドローが出来るカード。通常は《知識の雨》に相当する3コスト相当の効果だからこれは破格じゃない?」
サカタ「けど、次のターンのドローまで確実にスキップしてしまうから、実質は《バーニング・ビート》に匹敵する1捨て2ドローに似た使用感だな」
リョウコ「あと、これはゐ合デッキを作る際に気をつけて欲しいのだけど、わたしの効果はドロー、つまり他のドローをスキップすることを重要視するゐ合の皆とは相性が悪いわ。他のデッキに入れる時と同じ風に扱わないようにね!」
サカタ「なーんか、ストーリー的な伏線ぽい効果だよなぁ」