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[22話] いい夢が見られますように

 呼ばれるように顔を上げるとピンクの羽がひらひらと舞っている。

 それは病室の入り口から棺の真上に飛んできて、子守歌を唄うように、メルルはコフィンを見つめる。

 メルルが歌っている歌はどこかで聞いた気がして、耳を傾ける。

 以前失敗した部分を感じさせないくらいに完璧に歌うのは、コフィンが倒れてから練習していた歌。

 子守歌と言うよりは、起きたくなるような可憐な歌声は、一直線にコフィンへと向かって発せられている。


「……光が、コフィンの中へ?」


 コフィンからあふれていた光がコフィンの体へ戻って行く。光りで覆われていた棺の中でコフィンの体が少しだけ揺れた気がした。

 メルルは棺の上に乗ってコフィンへ顔を近付けながら歌い続けている。


「……ん」


 それに反応したのか、コフィンの目が開いていく。

 大きく開いた金色の瞳はまばたきを忘れるくらいに一直線にメルルへ向けられた。


「リリィ……ちゃん……?」


 メルルの歌声に誘われるようにして、コフィンは意識を取り戻した。

 だけど今の状態で安心していいのかは分からない。

 コフィンにはメルルがリリィに見えているようだし、それなら別の問題が出てくるだろう。

 後遺症というのか、または別の病気なのか。

 なにかは分からないモノが、コフィンを蝕んでいるのだから。



 ◆◇◆



 メルルの歌声に包まれる病室は緊張の色が滲んでいる。

 このままコフィンの容体は落ち着くのだろうか。そうであってほしい。

 俺には願うことしかできない。でも願うことはできる。

 まばたきをしないままのコフィンから俺は目が離せない。


「メルル……これは……天使の夢・幻想曲エンジェルドリーム・ファンタジー

「……ラズ?」

「ずっと練習していたのが高難易度曲……バカだな……すきなんじゃん」


 ラズは呆れながらも嬉しそうにメルルを見上げる。


「だいじょうぶ。この歌は夢を見させるための歌だから」

「そっか……なら大丈夫だな」


 どこか誇らしげなラズを見ていれば安心していいのだと思った。

 コフィンが夢を見ているだけなら、夢を見させてやるべきだ。大好きなリリィを見ている時間はコフィンにとってとても大事な時間だろうから。


「リリィちゃん……ずっと会いたかった……寂しかったんだよ……」


 コフィンの瞳から涙が零れて棺の底へ流れて行く。

 コフィンは寝たままの状態でゆっくりと手を動かそうとしている。だけど身体を動かす力はまだ戻っていないのだろう。


「また一緒にいろんなところに行こうね……ずっと一緒にいられるよね……?」


 コフィンの瞳はリリィを捉えたまま嬉しさと不安で揺れ動いている。

 コフィンの瞳に映るリリィはどんな風に見えているのだろう。

 夢を見させるために、メルルは歌い続けている。


「♪♪~♪~~」


 一瞬だけ音程が外れたのだろうか。そんな気がしてコフィンの様子を伺う。


「リリィ……ちゃん?」


 次第にコフィンの瞳に不安の色が増えていっているように見えてくる。


「……リリィちゃん? 声が聞こえないよ……コフィンが変なのかな……?」


 瞳は不安の色で染まってしまった。それでもここにはリリィしかいないと思うようにリリィだけを見つめている。


「……リリィちゃん? なに……? 聞こえないよ……」


 歌声に包まれた部屋は複雑な波長が混ざり合う。

 メルルのコフィンを助けたいという気持ち。

 見守る俺たちの助かって欲しいという気持ちと助かるのかと言う不安。

 コフィンのリリィへ向ける嬉しさと不安。


「リリィちゃん……? やだっ、いかないで……っ! コフィンは、リリィちゃんとずっとっ一緒にいたいっ!」


 コフィンの瞳から大粒の涙があふれていて、それがコフィンの視界を覆っているのだろう。

 リリィを見失ったコフィンはそれでもリリィを探している。

 それに応えるように、リリィは棺に顔を近付けながら歌い続ける。

 コフィンに声が届くように、必死に。

 額から汗が垂れるのを拭ってやりたくなるほど、真剣さが伝わってくる。


「……リリィちゃん? ……なに?」


 コフィンがリリィを認識すると、歌声に合わせて口を動かした。


「……コ、フィ、ン、ス、キ…………」


 実際に発せられた歌声とは違う言葉をコフィンが拾う。

 だけどそれはリリィがコフィンへ向けた言葉だったのだろう。


「…………え?」


 コフィンの顔が赤くなって行って、涙も止まっていた。

 不安な色をしていた瞳さえも赤くなるほどに、コフィンはリリィからの言葉を受け止めるのに時間が掛かっている。


「リリィちゃんが、コフィンのことを……好き……?」


 リリィとコフィンの関係は俺たちが天使病になって過ごした僅かな期間でしか知れなかった。

 その少しの期間でも、コフィンの想いは一方的なのは感じていた。

 そこから想像するのなら、リリィからコフィンへ想いを向けられたのは珍しいのだろう。

 だから固まる位にコフィンは動揺している。


「リリィちゃんがコフィンのことを好き……」


 事実を受け入れようとコフィンは自分に言い聞かせているようだ。

 コフィンの顔は真っ赤になって、恍惚な瞳をリリィに向けている。

 何度か同じ言葉を呟いて、言葉の意味を理解したのか、コフィンの身体は大きく跳ねた。

 コフィンは興奮するとよく身体を震わせる。

 だけど、今まで見たことがないくらいに震えていて、見ているのが不安になってしまう。


「コフィンもッ、リリィちゃんのコトッ、大好きだよッ!」


 コフィンの身体は震え続けていて、身体の中で何かがうごめいているようにも見える。

 それを促すように、リリィはコフィンの瞳に映るように顔を覗き込みに行った。


「そんなにッ、見られるとッ、抑えられないよぉっ!!」


 コフィンの身体が棺の上に当たるほど震える。

 やはりコフィンの身体の中に何かがある。それがコフィンの中から出ようと暴れている。

 棺に身体をぶつけながら、コフィンはその何かを生み出そうとしているのだろうか。

 メルルの歌声に共鳴するように、コフィンの身体が棺に当たる音とコフィンの声が響き出す。


「リリィちゃんッ大好きッ!!」


 コフィンの身体が大きく跳ねて、棺が割れる。

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