第93話:奇策兄さん
オワコンギルドの自動ドアをくぐると、
「あれ? お帰りなさい……?」
佐藤さんのキョトン顔に出迎えられる。まあ、午前中潜って、また昼下がりに来るとは予想してなかったんだろう。
「ご飯食べて……まだ潜り足りないから来ちゃいました」
ということにしておく。佐藤さんも堀川さんも顔を綻ばせた。まあ現状、唯一といっていい利用客が熱心なのは、彼女らとしても喜ばしいことなんだろう。
「今日は他には……利用者の方は居ますか?」
菜那ちゃんが、おずおずと訊ねる。途端に目が泳ぐ職員2名。誤解しないで欲しいのは……ウチの妹は意地悪をしたいワケではないんですよ。どうしてもダンジョン内での行動を、誰にも見られる心配がないということを確認、確定させておきたい事情があるんです。今日に限っては。
「えっと……今日は空いてるみたいで、お2人が帰られてからは……その……誰も?」
佐藤さんが言いにくそうに答える。最後は俺の方を見た。言外に「妹さんにもウチがアレな状況なのはそれとなく伝えといてよ」といった目だ。ごめんなさい。伝えてるんだけど、敢えてなんです。
菜那ちゃんにも嫌な役をしてもらった。ただ何度も来てる俺より、2、3度目の菜那ちゃんだったら、悪気なく知らなかった体で質問しても不思議じゃないかな、と。
取り敢えず、聞きたいことは聞けたので、俺は話題を変えることにする。
「今日中に5層到達は難しいかもですけど、スケルトンナイトの攻略法だけは確立しときたいな、と」
午前中は、苦労して1体しか倒せなかったという設定だからね。
「な、なるほど。それは良いですね」
「うんうん、勤勉で良いと思う」
職員2人も乗ってくる。
「ということで、行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい」
菜那ちゃんを連れて、ギルドの建物を出る。そしてそのままオワコンダンジョンへと突入。
「ごめんね。嫌な役させちゃったね」
「いえ。兄さんがやるよりは嫌味じゃないですから」
適材適所と割り切ってくれてる模様。賢い妹で助かるよ。
「その代わり、今日のエンゲージのためのスキンシップは兄さんからして下さい」
……賢いなあ。断れない状況で、絶妙なラインを突いてくる。まあいつも、彼女の方からしてもらってるのが甘え過ぎって話でもあるか。俺のための幸運付与なんだしな。
ダンジョンに入るとすぐに、菜那ちゃんが立ち止まる。手を伸ばしてくるので、そっと繋いだ。と、そのまま腕を取って組まれてしまう。彼女の胸が、肘の辺りに押し付けられた。柔らかい。以前も揉んでしまったけど、意外とあるんだよな。着痩せするというか。
……って、何を考えてんだ。実の妹の胸だぞ。
「……」
もういいでしょう、と目で訴えると、菜那ちゃんはゆっくりと離れた。なんか結局、彼女の方からしてもらったのと大差ない感じになってしまったよね。
軽く咳払いして、空気を変える。
ここで改めて作戦内容のおさらいだ。
なぜ大穴の4層を攻略したい俺たちが、このオワコンに来ているのかも含めて。
「手順は分かってるね?」
「はい。まず農園と繋げて銃とスズランを回収」
「その後、オワコンに戻って3層まで進んで」
「そこでオワコン3層と、大穴4層を繋げます」
「そしてワームを大穴側に落とす。コイツは速きモコ道対策だね」
「はい。そして我々も降りて、スカボロフェアーを流し、セミを無力化」
「菜那ちゃんの炎でセミたちを焼き殺した後、ワームに追い詰められたモコ道を叩く」
これが作戦の骨子だ。
どうやって有効活用すべきか考えあぐねていた、オワコン→大穴の直通接続だったが、ここで役に立ちそうだ。閃いた時は脳汁ドバドバだったよね。
まあ、これが上手くいってくれなければ、考え損になるワケだが。
「良い作戦ですよね、これ。少なくとも4層のモンスターたちを追い詰めるところまではいけると思います」
菜那ちゃんも手応えアリと思っているらしく、珍しく勝ち気な表情をしている。
「じゃあ……やろうか」
いつだって、大穴のボス戦は緊張する。
菜那ちゃんが頷きを返したのに合わせて、大きく息を吐いた。
転移の魔石を使用。次の瞬間には、2層から3層へと降りる階段の中腹に俺たちは立っていた。初ワープの菜那ちゃんは、掌を閉じたり開いたりしてる。存在を確かめてるみたいな。最初は確かに不安になるよね。
少し待ってから、
「……農園展開」
作戦通り、ここオワコンと農園を繋げる。2人で降り立った。
先に作っておいたおじもちシールド(剥離剤も手に入ったし、気軽に使える)、スズランの鉢、ダンジョン銃、金属バットを回収。
農園展開を終了し、再びオワコン側へ戻る。
「後は……この下の3層のワームたちを、大穴の4層に落とすだけですね」
そう。そしてそれが同時に開戦の合図となる。
ふう、と一度大きく深呼吸して。
「下りよう」
言いながら、菜那ちゃんの前に出て階段を下りる。そして4層の広間に出ると、すぐさま農園を展開。いつもの何倍もの大きさの穴が地面に開き……
「!?!?」
驚きに硬直したビッグワームが、そのまま穴の中へと落ちていく。ドーンと大きな音。
「残りは追い落とすよ」
「はい」
菜那ちゃんと2人で、懐中電灯を持って、ワームたちを追い込んでいく。そうして穴の中に、全6体ぶち込んでやった。
普段は抑え気味に発動している農園への穴だが、今回は全力展開した。それを6体落とすまで維持してたワケだから、少しだけクラッとした。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫、大丈夫」
ただ、全力展開は体力使うということは覚えておこう。
「行こう」
「……はい」
いざ、決戦だ。