第87話:腹ペコ兄さん
慎重に階段を下り、オワコン4層の大地を踏んだ。草1本と生えていない灰褐色の土が広がり、少し先には墓石が幾つか並んだ場所がある。墓石の近くには卒塔婆に似た札板なんかも建っていて、まるきり霊園の様相だ。
「あれらも非破壊オブジェクトでしょうか?」
「どうだろう。いくらダンジョン内の物と言っても墓地を攻撃して確かめてみる気にはならないなあ」
菜那ちゃんも言ってみただけのようで、苦笑しながら頷く。
「残りの3匹は……」
「向こうだね。逆側、5層前の階段辺りに陣取ってるっぽい」
こちらに気付いた様子はない。今のうちだな。
俺たちは急いで剣を回収する。最初の1体の分は、時間切れらしく、もう魔素になって消えていた。残り2本を抱えて安地の階段へ戻る。そこで鑑定。まずは消えかけてる骨に向かって。
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名前:スカルソルジャー
レベル:8
素材:スカボロの剣(高確率)
ドロップ:〃
備考:
主にダンジョンの3~5層あたりに出現するモンスター。体のつくりは成人男性の平均的な骨格のみで、肉もついていないのに動き回る。
戦闘:
剣を使って戦う剣士であり、魔法耐性もそこそこ高い。だが知能は低く、遠距離攻撃には成す術を持たないうえ、避難行動も取らない。弓矢や銃などで戦うのがベターである。
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まあ、普通に予想できる範囲の攻略法だな。付け加えるなら、想像以上に骨が脆いから、ワンチャン投石とかでもいけるかもってところかな。
次いで剣の方だが……
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<スカボロの剣>
主にスカルソルジャーなどが持つ、斬れ味の鈍い剣。スカルの柄に、ボロい鉄の刃で構成されている。武器としての価値は低い。
時価:500円/1本
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知ってはいたけど、渋いな。3体倒すのに使ったカロリーで腹がペコペコなんだよな。1体分の剣が消えてしまったので、しめて1000円。ガッツリ牛丼の大盛とか食ったら、残り200円くらいか? ダンジョンに来るまでのガソリン代を考慮すると余裕で赤っすね。そりゃ誰も採らんわ。
――ぐううう
腹減ったわ、マジで。
「まさに骨折り損のくたびれ儲けですね」
菜那ちゃんの総括は笑うに笑えん。
「ただ帰る前に、農園に繋げてみませんか?」
「ん? というと」
「この剣を先に交雑表で確認するんです。それで何も該当がなかったら、戻って売る。逆にあるなら、最低でも1本は向こうに置いておかないと」
ああ、なるほど。頭良いね。先に2本持ってギルドに戻ってしまうと、その内の1本を持って帰ると言い出すのが(持ってて役立つアイテムでもないので)難しい。先に交雑で確認して、必要なら農園に1本置いてきて、戻ってからギルドで1本売ると。それなら最初から1体分のドロップしか出ませんでしたとか、いくらでも言えるもんな。
というワケで採用。農園に繋ぐ。降り立つと、早速、交雑表を起動した。
『スカボロの剣×スズラン=???』
お、おお。あったよ。ただ何か作れても、字面的にショボそうだけどな。ボロボロの鈴、か。菜那ちゃんも横から覗き込んできて、微妙な顔をする。とてもじゃないけど、七色ゼミや速きモコ道を倒す切り札にはなりそうもない。
「まあ一応、1本は置いて行こうか」
「そうですね」
ということで、1本だけ持って地上に戻った。500円の買取をしてもらったが、俺たちも佐藤さんも苦笑交じりだった。
オワコン談話室で弁当を食べる。唐揚げ弁当を貪るように平らげたけど、やや足りない。帰りに何かつまめるモンでも買うか。なんか探索者始めて、食う量が増えてるよな。
そんな益体もない話を菜那ちゃんと繰り広げている時だった。2階に上がってきた佐藤さんが、ひょこっと談話室に顔を覗かせる。
「ご歓談中、すいません。今、お時間いいですか?」
「え、ええ」
なんだろう。と訝しむ間もなく、佐藤さんがスッとカードを差し出してくる。あ、探索者カードか。受け取ると確かに『Eランク』の文字。
「ありがとうございます」
「ちょうど良かったです。4層も、次に潜った時に攻略できそうな感じですもんね」
5層からはFのままじゃダメなんだったよな。ということは、
「妹の方もランク上げてもらうって出来ませんか?」
当然、こっちも必要になってくるんだよね。
「……あんまり条件は明かせないんですけど、実は潜った回数も考慮されたりするので……申請はしてみますけど、もしかしたら」
「ああ、それでも大丈夫です。お願いします」
多分、この言い方からして、4層モンスターのドロップ提示の実績があれば、実力的には交付できるんだろうな。まあ実際に倒したのは俺の方だけど、パーティーは一蓮托生だしな。
「分かりました。それではお手続きしておきます。あと、拓実さんの方の古いカードは回収となりますので」
「あ、はい」
財布から取り出し、佐藤さんに渡す。「はい、確かに」と頷いた彼女はそれで1階へと戻って行った。
「じゃあまあ、一旦戻って、ダンジョン本舗なる店を呼んでみようか。鬼が出るか蛇が出るか」
「…………」
「菜那ちゃん?」
「今、佐藤さん……兄さんのこと、名前で」
「え!? あ、いや。違うでしょ。菜那ちゃんと居るから、どっちも新田だし、それで名前の方で区別するためにアレで……」
何故か背中に冷や汗が伝っている。
「いや、前も言ったけど、今はそんな場合ではないのは分かってるし。ていうか本当に何もないからね?」
まるっきり浮気を疑われてるカレシそのものだ。
「……」
「菜那ちゃん?」
「ふふ」
「え?」
「冗談ですよ」
「な、なんだ。やめてよ、そういうの」
「すいません。つい」
顔を上げた菜那ちゃんは笑っていた。けど、なんだろうな。目の奥は笑ってないような……いや、気のせいだと思う。思おう。
そうして俺たちは土曜日午前の部の活動を終えて、帰路についた。




