第83話:蝉しぐれ兄さん
これは……敵の数がヤバい。囲まれたら袋叩きに遭いそう……いや、でもセミか。虫のセミで良いんだよな。だったら大きさとしてはそうでもないのか。ただ七色ゼミ、という名前。派手な色の昆虫は毒を持ってるケースが多いけど。もしそうだとしたらマズいよなあ。155匹の毒虫は笑えない。
「どう、思う?」
「そうですね。セミなので、木を燃やせば……あるいは」
「ああ、なるほど」
キャタピラー戦の焼き直しか。それが通用するなら、何匹いようが、あんまり関係ないな。まあセミだと飛んで逃げられる可能性はあるけど、少なくとも止まり木を潰せるなら、それだけでも戦いを有利に運べるだろう。
「うーん。どうしようか。一瞬だけ見てみる? 今日は戻って、オワコンの方を進めてみる?」
ただ自分で言いながらも、微妙。オワコンの4層も強敵なんだよな。おデュラはんよりは流石にレベルは低いけど、同じ剣使い。しかも複数いるのも厄介だ。
ダンジョン全体に言えることだけど、意外とレベル差補正は少ないんだよな。正直、相性がモノを言うっていうか。
「悩みどころですね」
「……そうだなあ。数歩進んで、ヤバそうなら戻る、が正解か」
菜那ちゃんが扉付近の安全は確保してくれたし。遠望して姿を発見できたら、慎重に近づいて鑑定。そういう作戦もとれるかも知れない。
結局、その方向で菜那ちゃんともコンセンサスが取れた。米俵などのドロップは、「獲得する」と宣言。これをすると、放置してても魔素に戻って消えない、とのネット情報。
まずは俺がそっと4層フロアに足を踏み入れる。腐葉土のような柔らかい土。扉の周りにはあまり植物がないが、奥には鬱蒼とした森林が広がっている。取り敢えず、360°見渡した感じ、敵の気配はなさそう。
「どうですか?」
「うん。やっぱり、この扉付近は大丈夫そう」
俺のその言葉を聞いて、菜那ちゃんもフロアへ入ってくる。
「完全に森のステージですね。3層より少し寒いような気もします」
森は涼しいからね。荒野から来ると尚更かも知れない。とはいえ、何か上に羽織りたいって程でもない。オワコンでもそうだけど、大きく気温が変化するような層には今のところ出会ってないな。
「……入って、みますか?」
「いや。視界が悪そうだからね。まずは森の外周を行ってみようよ」
「分かりました」
そういうことでまとまった。
そして歩き出して……15分。ひたすら変わり映えのしない景色が続く。木立を外から眺めているだけ。何というか、
「無限生成マップって感じですね」
菜那ちゃんの言葉に頷く。
「どうも入らないことには何も始まらないみたいだね」
ということで。扉の前まで戻り、退路を確保しながら森へ数歩踏み入った……その時。
『『『『みーんみんみんみん!!』』』』
突如、凄まじい鳴き声が響き渡る。
『『『『みーんみんみんみん!!』』』』
『『『『みーんみんみんみん!!』』』』
『『『『みーんみんみんみん!!』』』』
沢山の音源……155体だったか。とんでもないな、これは。
「ぐ、ああ……耳が」
「に、にい、さん」
菜那ちゃんが木を指さす。幹や枝にビッシリとセミが止まっている。金色のセミ……どこか管楽器を思わせる。
「か、鑑定!」
====================
名前:七色ゼミ(爆音ゼミ)
レベル:11
素材:虫の羽
ドロップ:転移の魔石(中確率)
備考:
かなり出現率の低いレアモンスター。普段は無色のセミだが、何らかの性質を与えられると、体色や体長、生態まで変化する。
====================
なるほど。ということは、この爆音と金色の体色も、何らかの性質を与えられているからってことか?
『『『『みーんみんみんみん!!』』』』
『『『『みーんみんみんみん!!』』』』
『『『『みーんみんみんみん!!』』』』
とにかく、うるさくて敵わない。
「戻ろう!」
「え?」
「退却!」
「すいません、聞こえません」
菜那ちゃんからの返事が聞こえないが、通じていなさそうな事だけは分かる。俺はジェスチャーで元来た道を指し、先行する。これで意図が伝わるハズ。
と、そこで。背後からドサッという音と、菜那ちゃんの「きゃっ!」という鋭い悲鳴が、大音響の中でも辛うじて聞こえた。慌てて振り返る。
地面が盛り上がり、それにつまずいて菜那ちゃんが転んでしまっているようだ。一瞬、思考が固まる。地面は恐ろしいスピードでモコモコと隆起していく。菜那ちゃんが立ち上がり、こちらへ駆けてくる。俺はその地面に向かって、破れかぶれ鑑定を発動した。正直、捉えられる気はしなかったが、これが非常に運良く(エンジェルラックとエンゲージのおかげか)ヒット。
====================
名前:速きモコ道
レベル:16
素材:モグラの皮
ドロップ:料理の本
備考:
地中を素早く移動するモグラのモンスター。移動の際に地表も隆起させるため、このモンスターが通った後は地面が畝のようになる。
====================
またも常軌を逸したのが出て来たな。取り敢えず菜那ちゃんを先に森の入口へ走らせる。俺は追いかけてきた『速きモコ道』に向かって、思い切りゴルフクラブを振り下ろした。ボコンと音がして……しかし土を打った以上の感触はない。敵は逃げおおせたようだ。元来た方向へモコモコと道を荒らしながら爆速で逃げていく。戦闘力は、そうでもないのか。だがそれでも、このけたたましいセミの声の中を追っていく気には、とてもなれない。
……潮時だ。
俺も菜那ちゃんを追って、森の入り口まで退却した。