第76話:再会にいに
平日のフードコートはガラ空きで、どこでも好きな場所に座れた。俺の方はラーメメン屋で、お好きなラーメンと炒飯のランチセット。菜那ちゃんは洋食屋の、キッズプレートに乗ったお子様ランチ。オムライスとナポリタン、プリン、エビフライ、大きなレタス1枚。昨夜オムライスは食べたんだよ、と2回くらい念押ししたんだけど、
「これがいいの!」
と聞かなかった。まあ結局、フツーに平らげてたから、本人の言うように問題は無かったんだけどね。たまに回転寿司とか行くと、たまごとマグロばっかり食べてるチビッ子を見かけたりするから、意外と幼児あるあるなんだろうか。
食後はゲームセンターに連れて行った。いま菜那ちゃんが履いてるおパンツの柄になってる魔法少女、そのアーケードゲームでもあればと思ったのだが。
「う~ん」
これかと思って近寄ると、『フラッシュ・ハゲキュア』とかいう、よく分からないゲームだった。謎のサイコパス忍者を操り、腹立つオッサンたちをハゲしめていくという内容らしいが、菜那ちゃんの教育にすこぶる悪そうなのでスルーした。
「あ、あれ!」
今度こそ魔法少女モノを見つけたのかと思ったが、その小さな指がさすのは女子中高生に根強い人気を誇るプリント機だった。
プリか。う~ん。
「菜那ちゃん、あれ撮りたいの?」
「うん!」
そう言うなら、まあ。俺は菜那ちゃんを抱っこして筐体の中に入った。慣れない操作に手間取りながらも、無事に撮影までのカウントダウンに漕ぎつけた。
3・2・1。ゼロのタイミングで、菜那ちゃんが俺の肩に手を置いて、
――ちゅ
頬に柔らかい感触。同時にフラッシュが焚かれ、撮影完了。ビックリして菜那ちゃんの方を振り返ると、少し赤くなった顔が見えた。
「ん~」
恥ずかしくて顔を見られたくないのか、両手で俺の頬を押して前を向かせる。
「なんでチューしてくれたの?」
「にいに。ななちゃんの、おかたづけしてくれたから」
「……」
あ、ああ。おねしょのことか。
「にいに、だいすき」
小さな声で。聞こえたそれは、俺の胸の中で爆発を起こした。可愛い、愛おしい。そんな言葉では片付けられないような気持ち。とても言語化できない。
「菜那ちゃん……」
首を倒して、その小さな頭に頬をつける。サラサラの髪が心地いい。守らないとな。この子の生活も。17歳のこの子の生活も。
2階、暮らしのフロアに下りた時だった。何の気なしに通り過ぎた特設ブース。視界の端に捉えた文字と、違和感にパッと振り向いた。『株式会社D・クリーン』と書かれたのぼり。植物の鉢が幾つも置かれた平台ワゴン。
そしてそのワゴンの近くに、うだつの上がらなそうな中年男性。よく見知った顔だった。
「や、安諸さん」
俺の声に、向こうもこちらを見た。半開きになった口から、黄色い歯が覗いている。間違いなく、前職場の先輩の安諸さんだった。
「た、拓実……」
再会を喜ぶという風でもない。安諸さんはむしろバツが悪そうな。今朝おねしょを見つけられた菜那ちゃんのようだった。
ワゴンの隣に立つのぼりには『清掃植物販売中!』の文字。
「安諸さん……清掃植物の販売会社に?」
「……いや、その」
口ごもる安諸さん。俺に責められるとでも思っているのか。確かに、自分たちを失職に追いやったライバル(いや、ライバルにもなれなくて蹂躙されたが)企業に尻尾を振った、そう思われても仕方ない状況ではあるだろうけど。
「……」
とはいえ、俺も清掃植物の産みの親、ダンジョンに潜って糊口を凌いでいるような状況。彼を責める資格はないし、元よりそんなつもりもない。
「娘を……養わなアカンからな」
罪を告白するように絞り出す。気持ちはよく分かる。娘は可愛い。生きる意味と思えるほどに。まあ俺の場合は娘みたいな妹なんだけど。
「わかります。仕方ないこともあります」
本心だった。そこで安諸さんが俺の足の後ろに隠れている菜那ちゃんを見つけた。少し驚いたような顔。
「親戚の子です。でも娘が出来たみたいに可愛くて」
「そうやろうな。一番可愛い年頃やな」
安諸さんの娘さんは、中学生くらいだったか。可愛い盛りは過ぎたんだろうが、それでも娘は娘ということだろう。魂を売ってでも養いたいと思うほどには、生きる意味なのかも知れない。
「やす」
「安諸さ~ん! なにやってんすか~?」
何か励ましの言葉を掛けようと思った俺の声に、被さってくる軽薄な声。振り返ると、ホストみたいな格好をした20代後半くらいの男が立っていた。俺の傍を通り過ぎて、安諸さんの方へ歩いていく。すれ違った時、タバコと香水の混じった嫌なニオイがした。菜那ちゃんも小さな手で自分の鼻をつまんだ。
「頼んますよ、それ今日中にハケさせないと~」
バカにしたような笑みを浮かべたホスト風は、安諸さんを見下ろした。
「……す、すいません」
頭を下げた安諸さん。瞼がピクピクと痙攣するように動いている。ストレス、だろうか。
「……ホントさ、歳だけだよね、安諸さんって」
「すいま……せん」
頭を下げたままの安諸さんが、チラリと俺を見てくる。行ってくれと目が訴えていた。俺は素直に従い、菜那ちゃんを抱え上げて、その場を後にする。
フロアを横切り、エスカレーターの踊り場まで退却。
「……」
菜那ちゃんもシュンとしている。子供ながらに、嫌なヤツが弱い者イジメしている場面というのが分かったんだろう。
一瞬、俺が1株くらい買おうかと思った。けどそれもまた、安諸さんのプライドを傷つけそうで言い出せなかった。売値は99800円、まあほぼ10万円だ。安い買い物じゃない。俺が無理したとも思うだろうし、後輩にそこまで気を遣わせてしまった罪悪感も彼を苛むと思う。結局、黙って立ち去ることだけが、あの場での正解だった。
「……ななちゃん、おくついらないから、おじちゃんたすけてあげて」
おパンツとお揃いのキャラクタープリントの靴を買いに来たハズの菜那ちゃんが、そんなことを言い出す。
「菜那ちゃん……優しい子だね」
世界中の人間が、この子のようになればいいのに。小さな頭を撫でながら、そんな絵空事をつい願ってしまうのだった。




