第72話:手繋ぎ兄さん
家に戻ると、午後の18時半過ぎだった。さっきオペラグラスを取りに戻った時、菜那ちゃんがチキンライスを炊いておいたので、後は卵でくるめばオムライスの完成という運び。冷凍のホウレンソウも解凍し、味噌汁にしてくれるらしい。
ちなみに俺の手伝いは、またも断られてしまった。うーん。今は俺も無職だから、家事分担は均等で良いと思うんだけどな。
「お待たせしました」
菜那ちゃんが皿を持って台所から戻ってくる。配膳までやってもらって、本当に兄貴関白だな。家事が手伝えないなら、なんかプレゼントでも考えておくか。
チーズインの激うまオムライスを頂いた後、改めて作戦会議。先ほど見たおデュラはんの一連の様子から、攻略法を組み立てていく。
「まず初戦も途中までは正解だったということなんだよな」
「そうですね。兄さんが前衛で戦いながら、内部のお茶漬けを削る。隙を見て私も炎魔法で釜茹でにして中をオコゲに変える」
「それでお茶漬けが減れば動きも鈍くなるから、隙をついて転倒させてやって、更に中身をブチまけれたら理想か」
「実際、中身が空になったらどうなるのか、ですけどね」
エネルギーの源みたいな感じだから、上手くすればそれだけで活動停止=消滅となるのでは、と睨んでるけど。追い詰められて第二形態とかは……流石にないと信じたい。
「まあ、いずれにせよ、その戦法でやってみるしかないよね」
「はい。そうなると、炎の魔石が必要ですよね。出来れば備えとして2~3個」
痛い出費だ。特上薬草の貯金がゴリゴリ削られていく。早く2本目、生えてくれないかな。
「取り敢えず明日。チビッ子菜那ちゃんと一緒に買っておくよ」
「……私も行きたかったな」
「え?」
「あ、いえ。なんでもないです。お願いしますね」
小さくなってても、間違いなく菜那ちゃんと一緒に買いに行くんだけどな。
「けど、オワコンで買うと少し怪しまれないですかね?」
「ん?」
「ほら、つい最近、2個買ったばかりなのに」
「ああ、そうか」
1つは銃身&クルミの木と一緒に埋めたんだよな。で、残り1つは先程のおデュラはん戦で使い切ってしまった。交雑の件は佐藤さんたちは知らないワケだから、一気に2つとも使うような強敵と戦ったと思われるだろうな。
「どこで、なんていうモンスター相手に使ったのかと、不思議に思われるか」
俺は現状、オワコン2~3層をウロチョロしてる初心者。その連れである妹も、もちろん大差ない実力と認識されているワケで。そんな2人が、魔石を瞬く間に2つも消費するような強敵と遭遇するとは、とても思えない。ファットボアーですら運が悪かったと言われたくらいなのに。
「じゃあ高崎か大宮あたりに行って買おうかな」
あるいは他ギルドで買った履歴とかも残るんだったらアレだけど。まあいくら彼女たちが暇でも、流石に俺たちのアイテム購入履歴までは調べないだろう。
ちなみに伊勢崎はナシだ。前回のギルドの印象が悪すぎた。とはいえ、恐らく探索者は高崎もハシゴしてるだろうし、客層はそう変わらん気もするけど。
いよいよ就寝という段、菜那ちゃんの表情は冴えなかった。
クロノスの祝福がレベル2に上がったことで、少し時間異常に干渉できるようになった際、彼女自身が口にしていた。今回も4歳児になるだけ、と。
「……」
とはいえ、眠ってる間に自分の体が縮むと分かっていて、何も気にせず入眠できる人は恐らく居ないだろう。
「兄さん……」
「うん」
菜那ちゃんに請われ、彼女の部屋の床に布団を敷いて寝ている。もちろん同衾ではなく、彼女は自分のベッドに入っている。
「……昔、私が怖い夢見た時も」
「あったね、そんなことも」
昔から菜那ちゃんは俺に一等懐いてくれていた。父さん母さんに嫉妬されるほど。俺もそんな彼女が可愛くて、甘やかしまくった記憶がある。怖い夢を見て寝られないと言われれば、自分の睡眠時間を削って、お喋りに付き合ってあげるくらいには、まあ溺愛していた。
「……甘えすぎていました。兄さんだって私と4つしか変わらないのに」
「……」
「そして今また、甘えてしまっています」
「いや。これは俺を助けるために理を曲げた反作用なんだから……むしろ、俺が負えないのが心苦しいくらいで」
借り、という表現が適切かどうか分からないけど。
「だから俺なんかに甘えて、それで少しでも心が軽くなるなら、なんでも言って欲しい」
「なんでも……」
「あ。も、もちろん、出来る範囲のこと、公序良俗に反しないことでお願いね」
そこはかとない不穏な気配を感じて、慌てて付け足す。
「公序良俗……」
え、そこ引っかかるの。怖いんだけど。
「じゃあ、手を。繋いでいてもらえませんか?」
「あ」
俺から触れる行為。こうして再び距離が縮まってきているここ数日、その中でも、ほとんど無かった、自発的なスキンシップ。
「ダメ、ですか?」
今までは彼女からの一方通行(きっと表に出さないだけで、かなり勇気を振り絞ってくれてたハズだ)ばかりだった。
でも1敗した後には抱き合えた。あそこがターニングポイント。今更、躊躇する理由なんてない。
「……」
すうと小さく息を吐く。ゆっくり、ゆっくり手を伸ばし、彼女の指先に触れた。互いの指が鉤のように曲がって、もつれ合う。ベッドの上、菜那ちゃんが体勢を変えてこちらを向いた。潤んだ瞳で俺を見つめる。
「兄さん……」
「……うん」
「……あったかいです」
俺の手を、キュッと握り締めてくる。俺からも握り返した。
そうして、睡魔に身を委ねるまでの間、兄妹でぬくもりを確かめ合った。