第53話:隣市兄さん
国道39号線を突き進み、伊勢崎市を目指していた。車だと30分程度で着く距離だ。
その間に、菜那ちゃんと2層での出来事をシェアする。
「ゴブリンはキツイですか……」
「贅沢言ってられないのは分かるんだけどね。どうしてもね。せめて遠距離武器なら違うんだけど」
流石に菜那ちゃん(4歳)を彷彿とさせるとは言えないけど、まあ何となく察してそうではある。
「いえ。余裕がないのは事実ですが、人間性まで失っては、元も子もないです」
「そう言ってもらえると助かる」
「はい。で……伊勢崎の第2ダンジョンですか」
「うん。あっちは2層がキャタピラーらしいからね。人型じゃないだけマシじゃないかと」
「なるほど」
それにまあ、オワコンダンジョン以外のマトモな所も見ておきたいというのもある。ついでに放置しっぱなしだったキャタピラーの糸も売り飛ばせるし。
「……問題は人だよな」
当然だけど、刑法はダンジョン内でも適用されるので、滅多なことは起こらない。けどまあ、荒くれ者も多い探索者たちと密閉空間で過ごすというのは怖いものだ。菜那ちゃんみたいな若くてキレイな女の子だと尚更。
「一応、平日の夕方ですから、割と人の少ない時間帯なんですよね?」
「調べた限りではね」
副業組も、夜6時とか過ぎてから増えだすそうだから、それまでは比較的空いてるとは書いてあった。
「まあ最悪、凄いのに絡まれたりしたら、農園を展開して逃げよう」
特殊なスキルを持ってるのがバレるのは嫌だけど。或いは、輩の方を落として、おじもち作戦パート2もアリか。殺すのはアレだけど記憶が飛ぶくらい殴ってから、ダンジョンに戻すという作業。
「改めて、農園の使い道が色々分かったのは収穫ですよね」
「うん」
「菜那ちゃんは何があっても、にいにが守るからね……」
「それは、ちょっと。それを今持ち出すのは反則だから」
「ふふ」
小さい菜那ちゃんにも迂闊なこと言えないな。
まあでも。大きくなった菜那ちゃんだって、守るさ。最悪は手を汚してでも。
伊勢崎市の北側、これまた大きな道路が走ってるんだが、その脇に群馬第2ダンジョンと附属ギルドの建物はあった。
これは……トラックの運ちゃんが寄るとかなら兎も角、一般の人は意外と近寄りにくいかも。少なくとも車持ってないと無理だ。高崎は電車のアクセスも良い場所に生えたって話だったから、やっぱ向こうの圧勝なんだろうな。まあそもそも人口からして、高崎には敵わないんだが。
駐車場に車を止めたけど、ここも微妙。なんか驚くほど狭くて、奥の方の駐車スペースは向かいのスペースと近くて、何回も切り返さないと入るのも出るのも、ままならない感じ。現に先客は全部、手前側から埋まってるし。まあそこも広いとは言い難いんだけど。
「……オワコンダンジョンよりは、だいぶマシな立地だけど」
「窮屈な感じですよね」
車でしか来られないのに、止めにくい&駐車台数が少ないのはキツイ。
「なんでも、周囲一帯は私有地らしく、その地主が反ダンジョン思想で、土地を売るのを拒んだそうですね」
菜那ちゃんがスマホで調べた情報を読みあげてくれる。まあダンジョンに対する考え方は人それぞれだわな。強制はできない。
車を降りて、ギルドの中へ。受付には女性と男性が2人ずつ居た。中央には待合のソファーが幾つか並んでいて、その奥にはモニターがあった。画面には番号が10ほど映し出されてる。
「すごい。人が居ますよ。モニターも活用できてますし」
菜那ちゃんの感想は尤もなところだけど、間接的にオワコンダンジョンをディスる感じになってしまってる。
「ようこそ、群馬第2ダンジョンへ。本日はどういった御用向きでしょうか?」
どこか伺うような声音で、総合案内みたいな受付嬢さんが話しかけてくる。もしかすると、俺たちが余所者だというのに気付いてるのかも知れない。
「えっと。僕たち、他のダンジョンで登録してる者で」
「ああ、なるほど。転属のお手続きですか? 一時利用のお手続きですか?」
「一時利用でお願いします」
というか、わざわざ転属する意味って何かあるのかな。最初に登録した場所に籍を置いておいて、こうして他のダンジョンは一時利用という形でも、不自由が出るとも思えないんだが。
「かしこまりました。それでは、一時利用申請をタッチ頂きまして」
と言いながら、受付嬢さんは自分でタッチして発券してくれる。白い手袋までしてて、デパートや百貨店を彷彿させる。キッチリしてんなあ、と。
それから3分ほど待ち、4番窓口から呼ばれたので、そちらで探索者カードを提出。認可が下り、いざ出陣。ギルドを横断するように移動して西側に出ると、すぐに一風変わった景色が出迎えてくれる。
何故か白い門構えがあって、その先に白いタイル張りの部屋。中央に白色の下り階段がある。なんとなく小さなパルテノン神殿みたいな雰囲気。
二人で少しの間「へえ」と眺めていたけど、ずっとそうもしてられないので。
「行こうか」
「はい」
階段を並んで下りていく。大理石とかではなく、白い石で組まれた物らしい。黙々と進むと、プツッと不可視の膜を破ったような感覚。(大穴以外の)ダンジョンに入る時特有のヤツ。菜那ちゃんは初めての感触に少しビックリしたようで、変装用のダサメガネの奥で目が丸くなっていた。




