第52話:ヤキモチ兄さん
昼食を終えると、俺はオワコンダンジョンを発った。正直、2層のゴブリン相手にレベル上げする気にはならなかったからだ。こうなると、高崎と伊勢崎にあるという第1、第2ダンジョンに足を伸ばすことも考えないといけないか。それかオワコンダンジョン3層のビッグワーム相手に腕試しするか。
結局、決めきれないまま太田まで下りてきて思い出した。そうだった。カオス続きで失念してたけど波浪ワークに行かないといけないんだった。路肩に車を停めて地図を確認後、出発。就職した時は、まさかこんなに早くハロワのお世話になるとは思ってなかったけどな……
取り敢えず、失業保険の申請だけを済ませて建物を後にした。
スマホを確認。菜那ちゃんに送った『変わりないですか?』というメッセージ。昼以降、2回ほど送ったそれが何故か既読スルーされる事態が発生している。多分、何事もないからスルー出来てるんだろうけど。心配ではある。
午後3時前。敬天女学院の校門前にやってきた。菜那ちゃんは既に待っていて、その姿は朝に見た時と全く変わりないようだった。ホッとする。
助手席の傍まで来た菜那ちゃんに「おかえり」と言う準備をしていたところで、
「あれ?」
彼女は助手席は素通りして、後部座席のドアを開けて、そっちに乗り込んできた。今までこんなこと、一度もなかったのに。
「な、菜那ちゃん?」
「……」
「おかえり、菜那ちゃん」
「…………ただいま」
かなり間があったけど、返事が返ってきて、ホッとする。
「今日、大丈夫だった……みたいだね?」
「はい」
「……」
「……」
「菜那ちゃん? えっと。俺、何かやっちゃいました?」
「……ななちゃん以外の女の子と遊ぶのやめて」
「え……?」
「っ!?」
言った菜那ちゃんの方も驚愕に目を見開いていた。兄妹で硬直し続けていると……
――ピ
後ろから控え目なクラクション。流石は女子高、子供の送り迎えをしてる家庭はそれなりにある。今日は特に多かったみたいで、終わったんなら早く出てねということらしい。
俺はウィンカーを出し、すぐに車を発進させた。道なりに進んでいく。
「……」
「……」
「……ちょっと」
「う、うん」
「ちょっと情緒面が変というか、本調子じゃないんです」
「そ、そうなんだ」
ついさっきの言葉を思い浮かべる。自分の事を「ななちゃん」と言っていた。4歳の意識が混じっている、抜けきっていない、ということなんだろうか。
「学校でも、周囲の状況が見えてなかったり。なんというか、微妙に理性が働いてなかったり」
「理性が」
「あ! えっと、さっきの言葉はその……」
理性の働かないまま放たれた言葉は、あれが本心ということ? 自分以外の女の子と遊ばないで欲しい。
「……」
ミラー越しに菜那ちゃんを見る。赤くなった顔で俯いていた。チラリと上目遣いにミラーを見上げ、そこで俺と目が合うと、彼女はまたすぐ目を伏せた。
そ、そんな反応。いやいや。俺と菜那ちゃんは実の兄妹だぞ。
4歳の頃の独占欲がおかしな混じり方をしてるだけだ。小さい頃に父兄に向かって、大きくなったら結婚すると言ってしまうようなモノだろう。
「……ちょっと店に寄ろうか」
空気を変えたかった。というか、照れた菜那ちゃんがキレイすぎて、ミラーで何度も見てしまうもんだから、事故を起こしそうだった。いや、俺も何を考えてんだよ。落ち着け、マジで。
車を走らせ、怒涛流コーヒーのドライブスルーを利用した。菜那ちゃんにカフェオレ、俺はブラックをテイクアウトする。だだっ広い駐車場に止めて、2人でチビチビ飲む。
「昨日もこうして、甘いのと苦いのを飲んだよね」
「そ、その節は……緑茶は4歳にはまだ早かったみたいで」
「あはは」
玉露入りとか書いてたしな。
「……」
「……」
「今はさ」
「はい」
「今は俺もキミも、というか我が家の危機なワケじゃん?」
「はい……」
「そういう状況で、遊び惚けるほど薄情ではないよ、俺は」
「そう、ですね。すいません」
「気持ちは分かるけどね。俺も今の状況で菜那ちゃんが知らない男の子と遊び回ってるとかあったら、良い気はしないから」
女子の友達と気晴らしなら、普通に許せるんだけど。なんか父親じゃないけど、やっぱ異性と遊んでるとなると心理的な抵抗感が強いよな。より不謹慎というか。菜那ちゃんも同じ気持ちなんだろうな。
……恩着せがましいから本当は言いたくなかったけど、
「実はさ。菜那ちゃんがチビッ子になってしまった時に、それでも火急でダンジョンに潜らなくちゃいけなくなった場合、頼れるのはオワコンダンジョンかなって。そう思ってさ」
会食の意図を説明する。
「兄さん……私のためだったんですね」
まあ当然、職員の二人と仲良くしておくメリットは、それ以外にもあるけどね。
「私、なのに嫉妬して……すいませんでした」
嫉妬ってハッキリ言っちゃったな。
「俺も考えが足りなかった。だからさ、約束するよ」
半分ほど中身を減らしたプラスティックカップをドリンクホルダーに立てて。
「この状況下で、菜那ちゃんに相談なしで、女性と遊んだりは今後しないようにする」
「えっと、その。ありがとう……ございます。私も兄さんの許可なしに男性と遊んだりはしません。まあ私の場合は、そもそも出会うこともないですが」
「うん、ありがとう。お互い、今はそんな事してる場合じゃないもんね」
なんか、付き合いたてのカップルみたいな取り決めだけど、気にしたらドツボに嵌まるのは目に見えてる。
大丈夫。家族間でも、これくらい普通だから。同性の友達同士ですら、相手が自分以外の友達と遊んでると嫉妬する人とかも居るし。そんなもん、そんなもん。恋愛感情とか、そういうのじゃなくても、人って意外と嫉妬するから。
「取り敢えずさ、今日の晩御飯はステーキにしようか」
「兄さん、お昼も食べたんじゃ?」
「あんなん、いくらでも食えるから」
ようやく、ぎこちないながらも兄妹で笑い合った。




