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崖っぷち兄妹のダンジョン攻略記  作者: 生姜寧也
2章:兄妹雪解編
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第51話:近すぎ兄さん

 2人の昼休憩(12時から)に合わせて、昼食会という運びになった。太田の方で安い弁当を買って入ってたんだけど、オカズにステーキが増えて一気に豪華になる予定。ちなみに2人も似たような感じらしい。いつも安い仕出し弁当を頼んでるらしいので、今日はそれ+ステーキになる。


 現在11時。約1時間のエアポケットが出来たので、談話室で調べもの(ただのネット掲示板巡りだが)をしようと思ってたけど、いつの間にかソファーの上でうたた寝してしまっていた。自分で思っていた以上に疲弊してたようだ。


 結局、佐藤さんに起こされて、昼飯に向かう体たらく。

 彼女の先導で階段を下り、ギルドの建物を出て……ダンジョンへ。えっと?


「佐藤さん?」


「ええ、実はですね。そのまま頂戴すると、準公務員のような立場としては、色々マズいんですよ」


「あ、ああ、そうですよね」


 完全に失念していた。っていうか、ダンジョンの受付って準公務員なのか。普通に地方公務員だと思ってたわ。


「まあ本物の公務員じゃないから、バレても始末書くらいで済みますが」


 でも、と付け足す佐藤さん。


「更に画期的な方法があって。なんとダンジョン内は準公務員の服務規定が適用されないんですよ」


 うわ、マジか。


「講習でも説明しましたが、日本国と全く同じ法律運用がなされるのは刑法のみ。拾得物、占有権などの規定は地上と同じくは出来ないですからね」


「……その一環で?」


「はい」


 服務規程はダンジョン内でも守れるんじゃないのか? と思うんだけど。


「多分ですけど、4年前の突貫法整備のドサクサに、わざと穴を開けたんじゃないかと。探索者からの恩恵を受けられるように」


「うわあ、いやらしい」


 表向きは公務員・準公務員の服務規定を適用してると言うけど。それには抜け道があってダンジョン内での授受は適用外と。なんか実に日本らしい構造だなあ。

 例えば、不老不死の桃が見つかりました。お裾分けします。政治家の先生は公務員なのでダメです。これで納得するワケないよね、彼らが。まあ元々、政治家が公務員と定義されるかは解釈の分かれるところらしいけど、欲しいアイテムが発見された時に、そういう議論も待たずに、迅速かつ確実に手に入れたいという事じゃないかな。


「まあそんなワケで……入りましょうか」


 佐藤さんはランチボックスを目の高さまで持ち上げて軽く振る。その行く手、ダンジョンへの階段が地下へと伸びている。俺は肩をすくめ、石段に足を掛けるのだった。




 ◇◆◇◆




 新田菜那は、ほうっと安堵の息をついた。なんとか今日のカリキュラムを折り返した。ここまで体に異変は無し。このまま放課まで何事もなく終わってくれることを彼女は切に願う。

 まあ取り敢えず。菜那は自身の無事を伝えるため、そして兄から自分を気遣う内容のレインが来ていないか確認するため、スマホの電源を入れる。

 と、同時。


「お昼、お昼♪ 新田さん、一緒に食べない?」


 菜那の近くの席、辻佳織つじかおりが声をかけてきた。ただ、気さくな彼女をして、新田さん呼びである。

 どこか、菜那には近寄りがたい空気があるのだ。


「ぎゃははは!」

「きゃはははは!」


 周囲の喧騒。女子高とは、男性が夢抱くような花園では決してない。むしろ男の目という抑圧がなくなる分、野性が解き放たれる場である。椅子の上に膝を立てて座りガハハ笑いする者。シャツの中に手を突っ込んでブラで蒸れた胸元をボリボリ搔いている者。シンバルを叩く猿のオモチャよろしく爆笑しながら手を打ち鳴らしている者。

 

 端的に言って非常にやかましい。だがその中にあって、本当にひっそりと咲く月下美人のような少女。それが新田菜那の周囲からの評価だった。嫌われているワケではない。むしろ逆。その美貌もあって、憧憬に近い感情を抱かれているというのが実際だ。


 辻はただ、そういった色眼鏡で人を見るのが好かない性分で、分け隔てなく接したいと考える故、菜那にも折を見て声をかける。なので今日もそうしたところだが……


「近すぎませんか……?」


「ええ!? ご、ごめんなさい」


 菜那に距離感を注意されたと思った辻が慌てて数歩下がる。

 だが菜那は周囲など全く見えていなかった。彼女が見ているのはスマホの画面。つい1時間ほど前に送られてきていた、兄のレイン。写真が添付されていて、兄とオワコンダンジョン付属のギルド職員、佐藤が肩を寄せ合って食事をしているシーンを撮ったものだった。


『ファットボアーに遭遇。何とか倒したので、職員の2人にもお裾分け。菜那ちゃんの分もあるので、帰ったら一緒に食べましょう』


 そんな簡素な文章が添えられている。


「……」


 楚々とした彼女らしからぬ、感情を抑えきれない《《幼児のような》》ムスッとした顔。たまたま傍を通りかかった別のクラスメイトも何事かと目をみはる。

 

 だがそれにも気付かず、菜那はレインのトーク画面を上に下に忙しい。9時前くらいに送られてきた体調を気遣う内容の文面に頬を緩ませ、もう一度12時台のメッセージを見て歯噛みする。


(私は不安に耐えて授業を受けてるのに……!)


 周囲の女子たちの野性に影響されたワケではないだろうが。普段は抑え込んでいる感情や欲望が、理性のコトントロール下から外れてしまったかのようだ。


(そもそもこの佐藤という人、にいに……兄さんの守備範囲なの? 5~6は年上に見えるけど。顔は普通より少し良いくらい。でも出会いの少ない兄さんでは、何割か増しに見える可能性も)


 今度は思いっきり額に皺を寄せ、画面に喧嘩を売るような表情を見せる菜那。


「な、なにがあったの?」


 通りかかった先程の女子が、辻に耳打ちする。が、辻も当然なにも分からず、首をかしげて返答とした。


「どう見ても私の方が上ですよ」


 突然、勝利宣言を始めた菜那に、2人の困惑は深まるばかり。


 その日「深窓の令嬢・新田菜那ご乱心」の報は密かにクラス内でシェアされ、病み上がり故、情緒不安定なのだろうという結論の下、そっとしておかれるのだった。 

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