第43話:朝の生理兄さん
ようやく頭が冷え……股間も鎮まった(猛っていたのは朝の生理現象のせいだけだと思いたい)頃、2階から菜那ちゃんが下りてきた。
気まずそうな顔。俺も多分おんなじような顔してるんだろうけど。
ていうか。何故か、菜那ちゃんは少し胸元の開いたインナーを着てる。あんなの持ってたのか。てか、よりにもよって、今着ることはないだろう。いくら実の兄妹とはいえ、生で、その、触れてしまったら、全くの平常心とはいかないんだから。
とはいえ、服装に触れるのは得策じゃない。キミの胸元を見てますと言ってるようなもんだし。なので、そこはスルーして、
「その、さっきは本当にゴメンね」
ただもう一度頭を下げた。
「いえ、先程も言いましたが、大丈夫です。あんな、他人に触られるのは初めてでしたので、ビックリしただけというか」
「そ、そうなんだ」
まあ奔放なタイプでは決してないし、女子校に通うことになった経緯も考えれば、十中八九そうだとは思ってたけど。
「に、兄さんは誰かのを触ったこととか……」
「な、ないよ。ないない」
妹相手に見栄張っても仕方ないし、正直に言ってしまう。
「そ、そうなんですか」
少し嬉しそうな表情。ハンバーグ屋の親父に俺が女日照りだという事実を聞いた時と同じような。
実際のところ、一般論として、家族の異性関係に潔癖は求めなくとも、まあ節度はあって欲しいと思うのは自然なことだよな。例えば、母親が元カレ沢山いたとか、父親が会社の若い女の子にデレデレしてるとか、聞きたくないもんな。
「えっと。それで……17歳に戻ったんだよね?」
「はい。何と言っていいのか分からないですが、体も高校生に戻りました」
「その言い方だと、やっぱ子供になってた時のことも覚えてるんだ?」
寝起きの時に、「私のお世話ずっと頑張って~」という発言があったから、予想はしてたけど。
菜那ちゃんは首肯して、
「不思議な感覚なんですが……体と思考力だけ退行したような」
自分の掌を開いて、それを見つめながら言う。もみじ饅頭みたいな小さな手だったのが、今は立派な女性の手だ。
「嗜好も幼児化してたようにも思うけどね。ほら、おパンツの柄が……あ」
俺はバカなんだろうか。何故こうもデリカシーがないのか。
菜那ちゃんは恥ずかしそうに俯いてしまった。
「その節は、あ、ありがとう……ございました」
「いや、ごめん。あ、でもオレンジジュース好きなのは……アレも子供時代に戻ったからかな」
「13年間、変化のない嗜好については……戻っているのか、17歳時の名残なのか、判断はつかないですね」
「うん、そうだね」
あ、とそこで気付く。
「菜那ちゃん。今更だけど、体は大丈夫なの? いきなり縮んだり伸びたり、マ〇オワールドみたいな事になって、痛みとか軋みとか」
「いえ。大丈夫みたいです。あるいは実際に肉体が変化したというより、時間軸がズレたり戻っただけ、とか」
「そっか。クロノスだもんな」
ただその仮説なら、脳内の記憶が引き継がれているのは、おかしい気もする。まあ今の状況を正しく理解できるワケもないから、考えすぎても無駄か。
「時間を巻き戻す……とんでもないスキルですよね。多分ですが、おじキャタ戦の時に、兄さんが危ない場面があったハズなんです」
「え? そんなのあったかな? あ、いや」
引っかかるものがあって、スマホのメモ帳を起こす。案の定、そこには彼女が今言ったような考察が書かれている。メモを菜那ちゃんにも見せると、
「恐らく、書き換えが終わると、それが正史になるので、元あった枝の方の記憶は薄れてしまうんじゃないかと」
そんな推測を立てた。彼女は行使者だし、感覚的に分かるのかも知れない。
「平行世界っていうのか、量子力学っていうのか」
詳しくないので、曖昧な物言いになるけど。
「ちなみに、私はおじキャタ戦の前にレベルアップした時に、このクロノスの祝福については認識していませんでした」
「なら戦闘中に覚醒したとか?」
俺も鑑定を使っているうちにレベルが上がったり、農園に来ただけで交雑表のスキルを貰えたし。必ずしも本人のレベルアップとスキル関連は連動してるワケじゃない。
だけど、菜那ちゃんは首を横に振った。
「いえ、ナビはなかったですね。おじキャタを倒した後、ちゃんとステータス画面を確認しておくべきでした。すいません」
「あ、いやいや。俺の怪我を治すのに一生懸命になってくれてたし、それは気にしないで」
今になって思えば、酸で焼かれてる足とか、菜那ちゃんから見ても動転モノだったろうしな。
「まあそれに、もう起こった後だし、これからの対処を考える方が先だ」
「そう、ですね。3日に1回、幼児化するということなら……」
「え? ああ、そうか。そういうことだよな」
菜那ちゃんが顔に疑問符。
「いやね。幼児化に加えて、2日おきに更に時間の異常が起きるのかと」
「ああ、なるほど。私は勝手に、あの異常が3日ごとに訪れるという解釈でいました。何となくそんな気がして」
「いや、現状は菜那ちゃんの勘は十分に判断材料だからね」
スキルって、持ってる人の精神と無関係ではなさそうだし。
「そうですね。何となくですが、そう悪いスキルではない気がするんですよ。なんせ祝福ですし」
「まあ……そうなのかな」
決めつけてかかるのは抵抗があるけど、今のところ、あの黒い煙文字の内容に嘘はなさそうだし。
しかしまあ、凄まじいスキルなのは間違いないよね。時間を戻して俺の致命的な危険を回避したんだもんな。そう考えると、クロノスに感謝しなくちゃなのか。
「じゃあ取り敢えずは3日に1回、4歳児菜那ちゃんになってしまう前提で、方針を考えようか」
菜那ちゃんも大きく頷いた。