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崖っぷち兄妹のダンジョン攻略記  作者: 生姜寧也
1章:兄妹受難編
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第2話:傷の舐め合い兄さん

「それじゃあ、兄さん。行ってきます」


「うん。いってらっしゃい」


「お仕事の話とかは、放課後にしましょう」


「……はい」


 なんでか、怒られ待ちのような気分になってしまう。社会の変革による失職なんだから、俺に落ち度がないってことは頭では勿論わかってる。菜那ちゃんもそう言ってくれた。なのに気持ちが暗澹としてるのは、つまり。俺自身が申し訳なさや、やるせなさと折り合いがついてないって事だろうな。


 ただ、だからといって立ち止まってる余裕は、俺にはない。というか我が家には。


「……さて」


 取り敢えずは、寮の部屋を引き払わないとな。しかし多分だけど、俺たち社員からの寮費もギリギリまで取ってないと立ちゆかなくなってたんだろうな、今になって思えば。


 車を走らせ、トンボ返り。

 寮の内階段、赤錆だらけのステップをカンカンと音を立てながら上っていると、不意に何とも言えない気持ちが込み上げてくる。


 高卒から3年、世話になった会社だ。良い人ばかりだった。社長に飯を奢ってもらった事も何度かある。先輩は丁寧に根気強く仕事を教えてくれた。清掃機器の操作の仕方、清掃のコツ、消耗品の調達に至るまで、全部全部、ここで習った。


 だけど……もう何の役にも立たない知識・技術となってしまったんだ。俺の3年間は、そして先輩たちのもっと長い時間は、たった1つの植物の発見で、唐突に、そして無慈悲に、無へ帰した。


 ダンジョン油田を見つけた冒険者は銃で殺された。犯人は、油田発見を機に職を追われた失業者だったという。石油を輸送する仕事をしていたとか。


「正直」


 気持ちは分からないではない。全く分からないではない。もし俺もこのまま次の仕事が見つからず、妹が学校を辞めて働くことになったりしたら? 清掃植物の発見者を殺したくならないか、と聞かれて首を横に振る自信はない。


 部屋に着いた。

 荷物の整理に着手する。コップ、皿、鍋、フライパン。季節ごとの衣類、下着、カバン。ダンボールに淡々と詰めていく。資格の勉強用にと先輩がくれた参考書を前にして、手が止まる。捨てるのも忍びないけど、最早これは……


 と、その時。部屋のチャイムが鳴った。誰だろうと訝しみながらドアを開けると(モニターとかそんな贅沢品はついてない)、安諸やすもろさんが立っていた。俺が新人の頃、教育係をしてくれた人だ。バツイチでワキガだけど、とても優しい。


「おう。拓実たくみ、やっぱおったか」


「どうしたんですか?」


 安諸さんは寮住まいではない。誰かに用があって来たのか。


「いやな、俺ら、もう解散やんか?」


 解散というか、まあ。


「ほんで、多分もう会わんヤツもおるやろうし、最後に飲みに行こうってなってな」


 なるほど。話が読めてきた。


「それで寮の連中にも声かけに来たんや」


 安諸さんが黄ばんだ歯を剥いて笑った。結局、最後までタバコやめなかったよな、この人。


「あ、拓実は妹さんの送り迎えがあるから、飲まんでええよ? 飯食うだけでな」


「そういうことなら、はい。是非行かせてもらいます」


 俺としても、このまま皆とお別れは寂しくもあった。そこで、俺のスマホが鳴った。見ると部長からのレインで、安諸さんの提案と同じ文面だった。これで非番の人たちも(起きてたら)来てくれるだろうか。












 ささやかな宴会。24時間営業の海鮮料理屋に集まって、オッサンたちとクダを巻いた。1時間もすると、みな出来上がる。


「くそっ! ダンジョンなんざ滅べ!」


「そうだそうだ!」


「そもそも得体の知れない植物なんて、この先、どうなるか分かったモンじゃねえだろうに」


 行き着く先は、やはりダンジョンへの恨み辛み。まあ、仕方ないよな。


「こうなったらよ! 俺たちも潜るか、ダンジョン!」


「やめとけ、やめとけ! 死ぬぞ! そうやって食い詰めたヤツが入って行って何人も死んどるやないか」

  

「けどよぉ」


「まあ新田くんなら若いし、潜れるかも知れないぞ?」


「おい! ホンマやめとけや! 若いからこそ、命大事にせなアカンやろが! 妹さんもおんねんぞ!」


 安諸さんが、割とマジトーンで怒鳴ったせいで、一瞬、場に静寂が訪れる。あ、マズイ。


「まあまあ! 言われなくても潜りませんよ! 最初、洗浄機すら持てなかったくらいですからね? 覚えてます?」


 割って入って場を和ませる。


「あったなぁ、そんな事も。皆こりゃ続かないかもって思ってたよ」


「ひでえ! そんな風に思ってたんすか!?」


 少しオーバーリアクションして、更に場を温める。良かった。なんとか丸く収まりそうだ。安諸さんも俺のために怒ってくれたから、悪者にはしたくないし、さりとて最後の会で気まずくなって終わるのも嫌だったから。


 会はその後、俺以外の全員がグデングデンになるまで続いた。店の人には大迷惑だったろうけど、どうか今日だけは大目に見て欲しい。だってもう、この面子で集まる機会は……きっとないから。


「ほら、立てますか?」


 テーブルに突っ伏す酔っ払いたちの肩を順に揺する。


「ん~、タクシー」


「俺も~」


 失職したってのに、贅沢なことだ。

 こうして、俺たちの送別会(全員が送られるという悲しい会だが)は幕を閉じた。


 そして俺は寮に戻り、泥のように眠った。不条理への怒りも、将来への不安も、気心の知れた人達と別れる寂しさも、全て一時だけ忘れられた。


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