盛りすぎる創造神
『起きなさい』
聞き覚えのある声。何処かで聞いたことがある。
『起きなさい』
そうだ。パラレルワールドを作ったという創造神だ。
草の匂いが風に乗って鼻を掠める。
神様に生まれ変わらせてもらって、いつの間にか眠っていたらしい。目を開けようとしたが、何だか怖い。
「神様、居ますか?」
目を開けずに神様へと問い掛ける。それにより、目が覚めたと認識したようだった。
『居る。どうした、目を開けるがいい。無事に生まれ変わり成功だ』
目を開けていいという神様だが、目を開けて真っ暗だったらどうしようと恐れてしまう。
「怖いんです。目を開けたら真っ暗で、また私の世界は黒一色になる。それが、怖いんです」
思ってる事を口に出すだけで少しは和らぐかと思ったがそうでもない。神様は何と答えるのだろう。
『恐れるな。主の目は見える。嘘も真実も、その目で見届ければいい。第一、目が見えないと主のパートナーを見つけることは出来ん』
神様のその言葉を聴いて、静かに深呼吸をして目を恐る恐る開ける。
最初に目に入ったのは清々しくてスッキリした色。恐らく今見てるのは空なのだろう。どこまで続いているのか分からない。
風になびいて柔らかく揺れているのは緑色の草だろうか。
草に寝そべっていたらしい身体を起こして、周りを見渡すと黒色ではない色んな色を認識する。
「すごい……」
思わず口に出すほど、今までに認識ない色が視界を埋め尽くされる。色の名前は何種類か知っているが、今視界を埋め尽くす中にあるのだろうか。
「目が、見えてる……」
周りを見渡しながらそう呟いて思わず笑ってしまう。
「すごぉい!何これ!素敵な色の数々、初めてみた!」
前世ではあまり声を大にして話さないが、こんな経験は初めてで興奮していた。
『主よ、あまりはしゃぐでない。これから主について詳しく話そう』
前世では目が見えないからと走ったりすることも苦手だったが、不思議と寝そべっていた所から足を動かしていた。
「すごい!こんな景色初めて見た!神様っ、ありがとうございます!」
何処に居るかも分からない神様に対してお辞儀と共に感謝を述べる。神様の反応を無視して、あちらこちらへと目移りしてしまう。
『あ、ああ。落ち着け、我の話を聞け!』
落ち着かなかったのは自覚していたが、神様のきつい口調によって足を止める。
「す、すみません。はしゃぎすぎました」
目を伏せて謝ると、服が変わっていることに気がつく。思わず顔を上げて神様に服について質問しようと口を開くが、神様が先に先手打ってきた。
『今から一つずつ今の主について話していくから、質問はその後受け付ける。いいな?』
「……はい」
再び目を伏せて、神様に心の中で謝っておく。
『まず、主の名は“レゾナ・フォーサイス”。この地は我の作った世界の最北端。3キロメートル程歩くと小さい街がある。主の家はそこの畦道から100メートル。まずはそこまで行くぞ』
名前と場所が簡単に説明される。神様の言葉が一区切り終えると、辺りを見渡してしまう畦道を探す。
「ここは何かを作ってるたんぼなんですか?走り回っちゃった」
畦道まで移動して、誰だか分からない所有者に謝ろうとすると、
『気にするな、ここでは何も作っていない。昔、住人が何かを作ろうと試作した所で、今は何も植えず、自然に生えた草だ』
そう答えられた事でホッとしながら歩く。
恐らく緑色だと思われる草は、風になびいてユラユラと揺れている。
「そうですか。あの、“レゾナ”って名前になりますよね。ここは海外なんですか?私英語は分かりません」
神様にどうしたらいいのかと問うと、明らかに呆れた溜息が聞こえた。
『はあ……大丈夫だ。設定で主もこの世界の住人になっているのだから、分からない言語は飛び交わない。安心しろ』
呆れながらもしっかりと答えてくれる神様に、ほんの少し口角を上げてしまう。
「因みに、“レゾナ”ってどういう意味があるんですか?」
外国人の名前として聞いたことがない名前だ。キャサリンとかメアリーとか、聞き覚えのある名前の方が覚えやすいのだが。
『“レゾナ”とは、共鳴という意味の“レゾナンス”から取っている』
はっきり言って、変わった名前だと思った。でも生まれ変わらせてくれた神様に、文句なんか言えないので心の中に閉まっておこう。
気付くと建物がポツンと建っていた。
『主の家だ』
神様からの言葉に数回瞬きをして、キョロキョロと周りを見渡す。見つけた建物以外何も建物は建っていない。人気する感じない。
言われてみれば屋根もついて窓もついて、玄関らしきドアも着いていて、家だと言われれば家なのかもしれない。
「え、これ?」
家らしき建物を指す。
鮮やかな屋根の色は、爽やかで落ち着きのある色をしている。これが青色なのだろうか。そんな屋根構えの家らしき建物。2階建てなのか、窓らしきものが上下に同じ間隔で付けられている。
「我が一つひとつ設定して作った家だ。とはいえ、この建物は家兼、店でもある。2階建ての住居スペースありの店、ということだ」
生まれ変わった今、歳が分からないのに店をしろというのが神様。
「店?あの神様、私は今何歳の設定なんですか?」
『主は今17歳、独り立ちには十分な年齢だ』
若返っている。
盲目で生まれ二十数年。死んで生まれ変わったと思ったら、微妙な年齢に若返っているという事実に頭がこんがらがる。前世ではまだ高校生だ。盲目だった前世では、親の見守りがまだ必要だったりする。
それが、神様の作ったパラレルワールドではもう独り立ちには十分な年齢らしい。ついていけない。
『とりあえず中に入れ。話はまだまだあるから、中で話すぞ』
フリーズしていた所に神様から指示が入る。返事をしてから徐に建物のドアに近付いて、ドアノブに手をかける。
捻ったそれが思いのほか軽くて拍子抜けしながらもドアを引いて開ける。
開けて直ぐに見えたのは階段だった。前世の学生の頃に、クラスメイトに補助してもらいながら上ったり下りたりしたものだ。今はそれが見えているとは、あの頃には到底思いつきもしない。
「おじゃましまーす」
『ただいま、だろう』
「あ、そうですね。ただいま」
自身の家だというのに、間違えた挨拶をして神様に訂正される。そのまま中へと足を踏み入れる。外面は木で造られた弱そうな建物に見えたが、中身はそうではない模様。しっかり頑丈で電気も通っているらしい。床の軋む音もしない。
恐らく2階へ続く階段。それが建物の右側奥にあり、その手前にドアが2つ、間隔を空けて並んでいる。
「神様、階段横のドア2つはなんなんですか?」
玄関のドアを閉めて、気になる二つのドアへと進む。
『奥がトイレで、手前が風呂だ』
神様の答えを聴きながら、確かめるように奥のドアを開ける。手探りで電気を付けると、暖かい色の光が使われていない便器の蓋を照らす。
「へえ、綺麗ですね。ここは私の世界に近い感じのパラレルワールドなんですか?」
スイッチで電気を消しながら神様に問う。トイレのドアを閉めてもう1つのドアへと向かいながら、天井を見上げる。天井も2階建てとは思えない程高い。
『ああ、そうだな。我がこの世界を作り始める切っ掛けは、主の世界の創造神と話したからだ』
トイレのドア同様、お風呂のドアを開けて電気を付ける。神様の答えを聴きながら、軽くお風呂内を物色する。トイレ同様、暖かい色の光が優しく浴槽を照らしてる。
電気を消し、お風呂のドアを閉めると洗面台のような手洗い場が小さく設置されている。鏡も付いているのか、生まれ変わり後の自分自身が映る。
「あ、これが私……」
真っ先に目を見張る程のインパクトが髪色だった。鏡の近くまで移動して髪を手で梳く。肩にギリギリ付く程度の長さで、サラサラと触り心地は快適。しかし髪色ははっきり言って認識しづらい色味。
「これ、何色?」
『紫色と灰色だ』
小さく呟いた言葉のはずが、神様には聞こえていたらしい。2色髪だったから認識しづらいのだろうか。
神秘的でいいが、上品さや冷たさも感じる。街に出て印象悪かったら、どうしたらいいのか分からない。
鏡の間近で頭を振ると、灰色の毛先が光を反射しているようで綺麗だ。
「この服は、この世界では当たり前なんですか?ていうか足が痛いんですが、これは脱いじゃ駄目ですか?」
髪色が映えるような清潔感のある服は露出が多くて、とても街に出掛けられるような服ではない。歩くにしても、踵の高いサンダルでは直ぐに足が痛くなってしまう。
ずっと思っていた事を口にすると、突然部屋の中で眩しい光が灯る。
『それは正装だ。付属のマントもあるぞ。足が痛いなら、ヒールの低い方に履き替えるが良い』
光が収まり床に無造作に物が落ちた。
“正装”の意味を理解しながら、神様に授かったらしき物を拾い上げる。今履いているサンダルらしき物は、踵の位置が高くなっていてバランスが取りづらい。
見慣れた重苦しい黒のマント。デザインはほぼ変わらず、ヒールの低いサンダル。
「あ、サンダルありがとうございます。あの、マントじゃなくて別の普通の服はないんですか?」
神様に前世のような服をねだりながら、出してもらったサンダルに履き替える。一度手に取ったマントは、申し訳ないが羽織ることはせずに畳んで腕に掛ける。
『む、なんだ主よ。我の渾身のドレスに文句か?我がどれだけ考えぬいて作ったと思ってる』
神様の怒ったような声色に鼓動が強くなる。思わず俯くと、神様は呆れたようにため息を零すような音がした。
『はあ……分かった。主用に普段着としても着れるような服を見繕う。明日渡そう』
呆れ声だったが、そんなこと気にならず、神様の言葉に顔を上げてつい口角を上げてしまう。
「神様、ありがとうございます!」
ホッとしたように感謝を伝えると、神様の鼻息のような音が聞こえた。
服の心配はなさそうで安心しながら部屋全体を見渡す。
「あっちの椅子みたいなのは、何の為に置かれてるんですか?」
手洗い場からグルッと見渡した時、建物の反対側が気になった。
途中が曲がってる長いテーブルと、その横に椅子みたいなの物が置かれていた。
『店のための受付カウンターだ。主が座るのはカウンターの内側だ。そこに座って客のリクエストを聞けばいいだろう』
徐にそこへと歩み寄ってテーブルに触れてみる。大地のような手触りで、これが茶色であってほしい。引っ掛かりのないつるつるな手触りで、目が見えている事を強く実感する。
『そこの椅子に座れ。話の続きをするぞ』
神様の指示を聴いて、客側として置かれた椅子に座る。辺りを見渡しながら、大きく手を叩くと神様にどうしたのかと問われる。
「あ、前世では部屋の広さとかはこうやって手を叩いて反響するのを聴いて把握していたんです。ここは、前世のリビングより広いです。突然すみません」
説明と共に軽く謝罪してみると、神様は納得したのか話を始めようとして話を遡る。
『え~、では、次は主の能力についてだ』
姿勢を整えて神様の言葉に耳を傾ける。
「お願いします」
『主の能力は“レゾナンス”だ。先ほど主の名前の由来を教えたが、これもその一つである。設定するに当たり、基本名前から考えて能力を設定するが、主の場合は逆だ。能力を決めてから名前を設定した。よって、名前の“レゾナ”は能力“レゾナンス”が由来と言える。ここまで質問はあるか?』
“レゾナンス”――先ほど意味を聞いた時、“共鳴”と答えていた神様を思い出す。
共鳴とは、物理現象の一つだ。一つの振動によって、他の物も振動して、振動幅が増大する現象。
「はい、“レゾナンス”とはどういった能力なのですか?先ほど教えてもらった“共鳴”という意味は分かりますが、どういう能力なのか分かりません」
手をあげて神様に質問してみる。
『共鳴という言葉には意味が2つある。1つは振動による物理現象。もう1つは人間心理だ。相手の気持ちを理解したり、同感するという意味を持っている。ここまで分かるな?』
「ああ、はい」
神様の言葉を聴いて、共鳴には意味が2つあることを思い出す。
『主の前世の名前――詩子と、前世の趣味――音楽鑑賞。それを鑑みて主の喉に特殊な設定を施した。それで周りを共鳴させる事が出来る』
「喉……?」
自身の喉を触ってみるが、何かが付いていたりすることはない。先ほどの手洗い場の鏡で見てみるが、特に何もなく不思議に思う。
「“特殊な設定”って、何をしたんですか?」
神様に尋ねながらゆっくり椅子へと座る。予想してみるが、“歌が上手に歌える”とか、“高音が綺麗に出る”とか安易な予想になってしまう。
『目に見える設定ではない。歌のテクニック、音域、表現力を付け足した。主の歌声を耳にした者は、主の感情の赴くままに動く人形のようになる。それは自然界にも影響を与えてくれる。それが主の能力“レゾナンス魔法”だ』
自分自身の考えが幼稚だったようで神様の説明に呆然とする。
歌を聴く事が唯一の楽しみで、良く家族には覚えた歌を披露していた前世。それが活かされたようで、少しだけ優越感に浸ってしまう。
『主よ、試しに今の心境でも歌ってみたらどうだ』
神様の突然の無茶ぶりに、首を横に振ってやらない意思を伝える。
「えっ、無理ですよ。そんな直ぐに今の心境を表す歌なんて出てこないです」
今の心境に合う歌なんてきっと無いはずだ。死んだと思ったら神様に生まれ変わらせてもらった心境の歌、絶対にない。
『なら、直ぐに歌を歌えるように主の記憶力にも設定をしてこよう。直ぐに設定してくるので、外に出て歌う準備をしておけ』
「え、神様?何を言ってるんですか!……ちょっと神様?!」
反論したのにも関わらず返事が来ない事で、神様が居なくなってる事に気付く。焦りながらも、神様に言われた通りに建物の外へ出ようとドアノブを捻る。
普段着用の服は直ぐには用意出来ないのに、記憶力に対する設定は直ぐに出来るのだろうか。
「いきなり歌えだなんて、なんて横暴な神様なの……」
『横暴で悪かったな』
外に出てドアを閉めながら小さく呟くと、神様の声が聞こえてきた。居なくなったと思ったら直ぐに帰ってきたのか。そもそも神様に“帰る”という概念があるのか。
瞬間移動?神様ならありえるのだろうか。
などと考えながら、先ほど居た草むらの前まで歩いて神様が声を出す。
『ここら辺で良いだろう。主よ、さあ今の心境の歌を共鳴させよ』
「そんな簡単に言われても……」
今の心境に合う歌なんて見つからない。そう思って神様に反論しようと口を開いたが、何故かある楽曲を思い出す。
数分前には思い付かなかった楽曲。思い出すと、何故か歌いたくなってくるのが不思議だ。
「神様、急にある歌を思い付いたんですけど、何をしたんですか?“記憶力に設定”って言ってましたよね?」
何だか生まれ変わってから質問ばかりしてる気がする。
『人は思い出さなくなると、物事を忘れていく。我の権限で、主は記憶力を維持出来て物事を忘れないように設定した。これにより、前世で主が聴いた楽曲は忘れないだろう。そして、瞬時に歌えるように歌詞も忘れない』
些細な物事は簡単に忘れていく。神様はそう言っているのだろう。生まれ変わった事で、前世の出来事も忘れていくのだろうか。そう思うと怖かった。
神様に言われた通り、確かに歌おうと思えば直ぐに歌詞も思い出せる。凄い記憶力になったようだ。
『さあ、今度こそ歌ってもらうぞ。複雑で高度な能力を施すのは久方振りだから、しっかり出来ているのか見届けさせてもらう』
恥ずかしさもあるが、幸いなことに周りに人の気配はないようなので渋々歌うことを承諾する。
「分かりました。今の心境、歌わせてもらいます」
目を閉じた。




