プロローグ
いつもの日々。聞こえてくる音と肌で感じる感覚で家を出た。
いつもの道。長年の愛用杖で路上の点字を付く。
いつもの横断歩道。パートナーの合図で足を止める。
身体に当たる強い風によって、目の前の道路を車が沢山通り過ぎるのを感じる。通勤時間もあり、沢山通っているようだ。
「今日も同じ時間に迎えに行くね」
「うん、ありがとう。わざわざごめんね」
「僕が君と一緒に居たいんだ。ずっと横をこうやって歩いていたい、そう思うのは君のお陰なんだよ」
パートナーは家の中は勿論、外ででも平気で恥ずかしい事を平然と言ってのける。お陰で顔が熱い。
「歩くよ」
信号機が変わった合図を出してくれたパートナー。そんなパートナーの片腕にしっかり手を回しながら杖で横断歩道を付きながら歩き出す。
「これからも、ずっと一緒にいようね」
何気ない日常の一時。
パートナーの呟きに照れ笑いを一つ。顔は見えないが、パートナーは余裕の笑みなのだろうか。
「うん、ずっと一緒ね」
いつもの日々、だった。
大きく響いてきた車のエンジン音。次いでクラクションの音。
突然の大きな音に、横断歩道を渡りきる前に身体を硬直させて立ち止まってしまう。
「な、なに、何かあったの?」
パニックになり、パートナーの腕に縋り付く。
「だ、大丈夫だよ。車が……」
またクラクション。
「ひっ……」
エンジン音が近付いている。
見えない、うるさい、怖い。
「あっ……」
突然腕を引っ張られて硬直していた足が絡まり、その場に転んでしまった。道路に着いた手がヒリヒリ痛む。
「っ!」
パートナーの息を飲む音。すぐ近くに車のエンジン音。
駆け寄ってきたパートナーが腕を掴んで立ち上がる補助をしてくれた時―――
何かがぶつかってきた。
「きゃぁああ」
女性の叫び声。
「はい、人が数人ひかれて」
男性の切羽詰まった声。
「早く救急車呼んでっ!」
女性の切羽詰まった声。
身体が動かない。目が開かない。何でだろう。
「轢かれた人は全員で3人です!一人は意識ありで二人が意識なくて、動かなくてっ……とにかく早く来て下さい!」
数メートル離れた所から聞こえてきた声。
ああそうか。轢かれたんだ。
パートナーの声が聞こえない。嫌だ、パートナーには死なないでほしい。
私のことはいいから、パートナーを助けてください。私みたいな目の見えない人にも優しく声を掛けてくれる、私の大切な人なんです。
声が聞こえなくなってきた。
一つだけ願えるなら、生まれ変わったら目が見える健常者になりたい。そして、パートナーの顔を見たい。
パートナーの顔、見たかったなあ。




