孵りみち 〜邪卵胎動〜
小学校の帰り道、ぼくは卵を見つけた。
うすい青色で、ニワトリのよりちょっと大きい。
道ばたでカラスがつついてたのを追っぱらって拾いあげると、ほんのり温かかった。
卵のカラはけっこう硬く、つるつるの表面は傷ひとつない。
まだ空にカラスが見えたので、体操着袋のなかにていねいに包んで、家に持ち帰ることにした。
お母さんが動物ギライだから、体操着袋は忘れたと嘘をついて、おしりに隠しながら子供部屋まで運んだ。
その夜は体操着袋を抱いて寝た。ひさびさに朝までぐっすり眠れた。
次の日も、体操着袋をおしりに隠しながら家を出た。
机の横にぶら下げて授業を受けた。
後ろの席のりょうすけ君が、いつものように消しゴムやペンを投げつけてきたけど、今日はすこしも嫌じゃなかった。
ななめ後ろの席のゆりちゃんが「やめなよ」と言ってくれるのはうれしい。けど、りょうすけ君はゆりちゃんが好きだから、ますますぼくをいじめるんだ。
帰りの会で先生が、外で変な物を見たら、さわらずに大人に知らせるようにと言ってた。
きっと卵のことだと思った。
おとといの夜の火球がどうとか、いん石がこうとか説明されたけど、心臓のドキドキのせいでよく聞こえなかった。
その日の帰り道、りょうすけ君がぼくを探していたけど、体操着袋を抱えて逃げ帰った。
いつもは次の日が怖くてそんなことできないけど、卵を守るためだと思ったら勇気が出た。
りょうすけ君がぼくをいじめるようになって、ともだちは居なくなった。みんな、巻き込まれたくないよね。
先生も、りょうすけ君のおじいちゃんがどこかのエラい人だから、知らないふりをしてる。かわいい奥さんがいるし、しかたないよね。
だいじょうぶ、ともだちなんか居なくても、先生が助けてくれなくても、今のぼくには卵がある。その夜もぼくは、体操着袋を抱いて寝た。
「なんだこれ? 卵?」
──次の日の帰り道、最悪なことがおきた。
りょうすけ君と子分の二人に待ちぶせされ、人のいない公園に連れこまれた。
ぼくが必死に抱えて手放さない体操着袋を、怪しんだりょうすけ君は、三人がかりで引きはがして中身を地面にぶちまける。
そして体操着の中から転がりだした卵を、拾いあげた。
「おねがいやめて! ぼくのことはいくらぶってもいいから!」
「……ふうん……」
それを聞いて、りょうすけ君はニヤリと意地悪く笑った。
「やめてっ!」
飛びかかろうとして子分二人におさえ付けられたぼくの、地面すれすれの目線から、鉄棒のほうに歩いていくりょうすけ君の高そうなスニーカーだけが見えた。
──きっと卵を鉄棒にたたきつける気だ。
ガンッ! ……パキッ……
かわいた音がして、涙があふれた。
卵のカラが、ぱらぱらとりょうすけ君の足もとに落ちた。
「えっ、なん……ッうわあああああ!?」
そのとき、りょうすけ君のものすごい声がした。
叫びながら腕をめちゃくちゃにふり回しているようだ。
目線にぎりぎり見えた右腕には、細長い緑色のミミズっぽいなにかが、びっちりとからみついていた。
「いたい、いたいっ! とって、これとっ……ぐっ……むぐ……ッ……!」
りょうすけ君の声は、だんだん口をふさがれたみたい聞き取れなくなって、それからへなへなと座りこむのが見えた。
その体じゅうを、緑ミミズが包んでうねうね動いている。
ぼくは怖くなって目をそらした。
「あのっ、大人を呼んでくるから!」
「おれもっ!」
ぼくをおさえ付けていた子分二人は、ふるえる声でそう言って、走り出した。ほとんど同時に、しゅるしゅると何かが空を飛ぶような音がした。
「いいやああああ!」
「たすけてっ、たすけてっ!」
二人は泣き叫びながらぼくの左右を、りょうすけ君の方へずるずると引きずられていった。
──ぱちゃん。ぱちゃん、ぱちゅん。
水ふうせんが割れるみたいな音がつづけて三回。そして急に静かになった。
くらくらする頭をふりながら立ち上がる。
見回すと、鉄棒のそばにひとつ、その手前に二つ、ぜんぶで三つの大きな赤黒い水たまりができていた。
りょうすけ君も、二人の子分も、どこにもいなかった。
かわりに鉄棒の近くの、水たまりのまんなかに、緑色の小さな生き物が立っていた。まわりに割れた卵のカラが落ちている。
ぼくはゆっくりと、近付いた。
ハムスターぐらいの大きさで、ずんぐりして手足が短い。
口のあたりにはおヒゲみたいに、さっき見た緑ミミズの短いのが生えてうねうねしている。その先から、赤いしずくがポタリと落ちた。
ぼくがしゃがんで手のひらを差し出すと、背中のちいさすぎるコウモリっぽい羽をパタパタさせながら、よじのぼってきた。
つぶらな瞳が六つ、おずおずとぼくを見上げている。
「だいじょうぶ、ぼくはきみの眷属だよ」
つるんとした頭を指先でなでると、どんな生き物にも似てない声で、甘えるように鳴いた。
──そうだ、明日ゆりちゃんにも見せてあげよう。動物好きだから、きっとよろこんでくれるはず。
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