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篠宮夏美

 どうせあんたが誘ったんでしょ! と言い放ち、母が私の頬を平手で叩いた。

 私は「そんなことない」と叫び泣きじゃくりながら、内心で暗い笑みを浮かべていた。母の言う通りだった。継父とセックスしたとき、私から誘った。でもべつに母が考えているように継父に対して欲情があったからじゃない。こいつらの人生を粉々に破壊してみたかったからだ。自分が浮気していたのに、父の浮気をでっちあげて篠宮という苗字から追い出した母と、その後釜としてのうのうと私の人生に入り込んだ継父の人生を。でも私に使えるカードは限られていた。高校生でしかない私にはお金も何もなくて。興信所なんてとてもじゃないけど手が届かなくて。そもそも手に入った情報をうまく使う手段も思いつかなくて。頼りになりそうな父はもう私の知らないところへ行ってしまっていていた。ほんとうのことをなにもしらずに父の浮気を信じていた私は父をなじってしまった。父は私に連絡先を告げなかった。私に使えるカードは自分の身体一つだけだった。

 三か月ほど前に同級生から「これあなたのお母さんじゃない?」と言われてラブホテルに入っていく母と継父の写真を見せられたとき、その同級生を単なる趣味の悪いやつだと思った。すこしちがった。藤野詩織は「趣味の悪いやつ」ではあったけれど「単なる趣味の悪いやつ」ではなかった。凄まじく趣味の悪いやつだった。

 なんでも藤野は暇なときにラブホテルに入っていく人間を観察しているらしい。

 学校関係者が入っていくのを見つけて私生活を暴いてほくそ笑むのを趣味にしているのだと言う。最悪な人間だった。「去年の九月に撮ったんだけど、最近まであんたの親の顔知らなかったのよね」藤野が何気なく言った。

 去年? と私は思った。そんなはずはなかった。去年ならばまだ離婚前のことで。

 母が私に話した「離婚後に色々と相談に乗ってもらって、そこから」というシナリオが成立しなくなる。

 粛々と準備を進めて父を追放したしたたかな母が普通に問い詰めて口を割るとは思えなかった。だから私は継父の方を篭絡することにした。継父は頭の悪い人間だった。なぜ母がこんな人間を伴侶に選んだのか疑問に思うくらいに。私が「好きだ」というとすぐにセックスしたがるくらいに。さして抵抗もなく四十を越える母を裏切って十六の若い娘の身体を抱きたいと考えるくらいに。

 行為が終わって口の軽くなった継父はすこし尋ねると訊いてもいないことまでぺらぺらと喋った。離婚前からの関係であること。父を追い出して慰謝料をせしめることを計画していたこと。そのために女性の知人を用いてホテルの前で騒ぎを起こして父と女性が映った写真を撮ったこと。継父は煙草を吸い、笑いながら話した。私は悲しくなった。一番悲しかったのは、この茶番劇のすべてを私はつい先日まで信じ切っていたということで、父の追放に私もまた加担したということだった。

 私の中には年頃の娘らしい父親への反発心があった。思春期らしい男親への嫌悪があった。それが「浮気」というワードで弾けた。必死に否定する父を責めた。私もまた加害者の一人だった。もはやすべてが虚しかった。

 警察にレイプを訴え、継父を逮捕させ母親と別居を申し出るとそれはあっさりと叶った。

 私は叔母のところへ預けられた。

 全部が終わったいまとなっては、あんなやり方をするべきじゃなかったんだろうなと思う。ある程度上の年齢の孤独を抱えた男はセックスを通じて操ることができるのだと覚えてしまったとき、自分で何かすることがばかばかしくなってしまった。そこそこの成績を維持していた私のテストの点数はそれ以降壊滅的になった。ぼーっとしていることが増えた。叔母はトラウマになっているのだろうからゆっくり休めばいいと私を応援してくれたが、おそらくそうではなかった。私の行動はすべて裏目に出た。自身の待遇をなんとかしなければならないと奮起した平沢との対決は最悪の結果に終わった。私は怯えと不満を爆発させてそれを平沢に叩きつけた。あんなことをするつもりではなかったのに。“セックスを通じて操った”田沼誠二に死体の処理をさせたら、田沼は増長して要求がエスカレートした。学校内での行為を求められて、わたしはどうすればいいのかわからなくなった。藤野詩織がそれを嗅ぎつけてきて私を脅迫し。脅迫を田沼に相談したら田沼は藤野を拉致しようとして返り討ちにあって。田沼は埋められて。

 そしてなぜかいま私の手元には、井上聡から渡された六万円だけが残っている――



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