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篠宮夏美


 陸上部の部室に仕掛けた盗撮用のカメラを回収して中身を確認したら、篠宮夏美が平沢あかねを刺し殺すところが映っていた。

 平沢は陸上部のボスで部長やってて県大会いくくらいには足が速くてそんな自分を鼻にかけて高圧的な態度をとっていて、他の部員を巻き込んで篠宮のことをいじめていた。足手まといだとかバカにして本来下級生にやらせるような雑用を押し付けて私物をこっそり盗んで捨てたり売りさばいていた。平沢にはパパ活に手を出してておっさんとメシ食いにいって金貰ってるとかそんな噂まであった。だから二日前から連絡がつかないことを心配してるやつは家族くらいだったのだがこんなことになってたんだな。

 映像を巻き戻してもう一度そのシーンを見る。バッテリーの問題で画質のよくないボールペン型カメラの映像が女子更衣室の棚の上の紙袋の中から篠宮の引き攣った顔と平沢の茶髪の後頭部を見下ろしている。音声がないので起こった出来事が正確にわかるわけではないが、絡んでいったのはどうも平沢の方かららしい。そりゃ薄暗くて陰気なあの篠宮って女が、かん高くて威圧的な平沢に自分から絡みにいくはずがない。

 平沢が二度篠宮を小突いて、そのあと突き飛ばす。篠宮が倒れる。ポケットに手を入れて小さなナイフを取り出して平沢に向ける。威嚇目的に見える。だってそれはほんとうに殺傷能力があるかあやしいくらいのほんの小さな、おそらくはペーパーナイフで、少なくとも殺傷が目的ならもっと大きな刃物を用意していたはずだ。「ちかづかないで」と篠宮の唇が動いたのがわかった。「はんっ」と、それを平沢が鼻で笑ったのも、肩の動きでなんとなくわかった。平沢が無造作に近づいていく。その歩調は(そんなもの持ち出してもあんたには何も変えられないのよ。この愚図)と声高に語っている。篠宮よりも一回り背が高い平沢の影が篠宮を覆う。

 でも映像は平沢の予想を裏切って、恐怖が臨界点を迎えた篠宮がペーパーナイフを手にしたまま平沢の身体に体当たりして、手の中のそれはお互いの身体に隠れて一瞬映像から消える。篠宮が後退る。ずるりと腹部からペーパーナイフが引き抜かれて、血が床と篠宮の手を濡らす。傷から平沢が手で傷口を抑えようとして、痛みに貫かれて膝をついてうつ伏せに倒れる。篠宮が自分のしたことに驚いて三歩、後退る。逃げ出す。映像はそのあとしばらくうつ伏せの平沢を映し続けていた。血だけがとくとくと溢れ続けていた。そのうちバッテリーが切れて終わる。

 僕は小さく拍手をした。

 あの篠宮にこんな真似ができるとは思っていなかったのだ。ちょっと見直した。

 さて、どうしようか。

 椅子に深く座り直して、気分を変えるためにぐるりと自分の部屋を見渡す。

 物の少ないマンションの一室。パソコン、本棚、ベッド、ラックには少しの服。最小限の物しかなくて、それらを自分のコントロールに置いていることを僕は気に入っていた。

 パソコンの画面に視線を戻す。

 この映像は元々女子の着替えの映像を売りさばくために撮っていたものだ。おおやけにしたくはない。匿名で通報することはできるかもしれないが、そんなことまでして篠宮を警察に捕まえてほしいだろうか。そもそも僕は平沢が好きではなかった。比較的よく売れていたのは平沢のシーンがあるものだったが。平沢の死体は発見されていない。彼女の両親はさぞ心配していることだろう。

 うん、決めた。

 無視しよう。

 僕が何かしなくてもそのうち解決するだろうし。面倒なことに巻き込まれたくはなかった。

 次の日から僕は篠宮の様子を何気なく観察し始めた。篠宮はびくびくおどおどしていた。数学の西園に黒板まできて問題を解くように言われて机に足を引っ掛けて転びかけ、チョークを何度も取り落とした。が、篠宮がびくびくおどおどしていることはいつものことなので誰もあいつの異常に気づいていなかった。篠宮は蒼白な顔で自分の席に戻り、幽霊のような微かな気配を漂わせている。元々存在感が希薄なやつなのだ。

 とくに何事もなく授業が終わって帰り道で藤野が僕を追いかけてきて、肩を叩いた。「ん」手を出してくる。藤野詩織は僕の協力者で具体的には男の僕が入れない陸上部の部室へのカメラの設置を担当している。この手はどうやら協力料の要求をしているらしい。「今月はないよ」僕が言うと、「はぁ?」元々鋭い目つきをさらに歪ませる。ショートの髪の毛をがりがり引っ掻く。黙ってれば悪くない顔をしてるのに、もったいない。

「うまく撮れてなくて、売り物にならなかった」

「んなわけないでしょ」

 実際には着替えのシーンも殺人の現場もきちんと撮れてはいたので藤野の設営は彼女の言う通り文句のつけようがなかった。「あたしだって危ない橋渡ってるのよ。そっちの都合で渡さないんなら出すとこ出してもいいんだよ?」、「おまえだって道連れになるだけだろ」藤野は似合わないしなを作って「“最初に着替えの映像を撮られて脅されて協力させられてたんですぅー。わたしも被害者だったんですぅー”、性犯罪絡みで男のあんたの言う事とあたしの言うこと、どっちが信じられると思う? あんたが退学、あたしは停学一か月ってところでしょうね」と言った。僕はため息を吐いた。

 財布から一万円を取り出して、藤野の手に握らせた。

「これきりにするよ」

 藤野が舌打ちする。「どんな心境の変化?」、「同級生の着替えを売りさばくことに罪悪感が芽生えてきたんだよ。正気じゃなかった」、「嘘」即座に指摘される。正解、僕のことをよくわかってるじゃないか、とは言わなかった。

「あたしよりもっと使いやすそうなやつを見つけたってところ?」

「そんなんじゃないよ。それじゃあね」

 マンションに入る。

 自動ドアが閉まって藤野は追いかけてこれなくなる。

 ガラス越しに僕を睨みつけて、もう一度舌打ちして帰っていく。



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