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15-316 顧問の仕事

「アイが消えた理由に塔も気付いてる。特にアズミさんは血眼だ。お前が守れ、お前の部隊だろ」


 コジネズミの正論と真剣の前で、ハツカネズミは唇を固く結ぶ。


「おい夜汽車!」


 コジネズミがジュウゴを呼んだ。ハツカネズミがその存在を思い出してジュウゴを解放すると、ジュウゴは水中から浮上したように息を吐き、肩を上下させながらハツカネズミとコジネズミを見比べた。


「アイが何? 死ぬって何!? 塔は危険なの?? ジュウイチは…!」


 ネズミたちの会話をほとんど理解できなくとも、塔とその中にいる者たちが危険という事実だけは感じ取ったらしい。先のハツカネズミ同様に動揺していたが、


「大丈夫だ。大丈夫だから、な?」


 コジネズミがその頭を押さえつけて、その目を見つめて凄むように言い含めた。


「コジネズミ…!」


 ハツカネズミがすぐさまジュウゴから手をどかせようとしたが、


「……うん」


 ジュウゴはコジネズミを見つめて頷いた。ハツカネズミは驚いてジュウゴを見下ろす。


「あの星見えるか?」


 コジネズミが声色を変えた。ジュウゴの肩に腕を回して連れ回すようにして一方向を向かせる。


「あそこの砂丘の近くの……、もちょっと右。そうあれ!」


 コジネズミは彼方の星を指差してジュウゴに入り江への道筋を教え始めた。「俺に言えばいいじゃん!」とハツカネズミは腹を立てたが、「時間ねえっつってんだろ」と一蹴される。


「あの星だぞ? あの星目指して一直線に飛ばせ。そのうち海岸線に出る……海ってわかるか? そうそう、そのうるさい水たまり! その海に出たら回れ左して海を右手に海岸沿いを歩け。途中崖もあるけどばけもんが何とかしてくれんだろ。とにかくお前は今俺が言った道筋だけ覚えろ、いいな?」


「まっすぐ行って左をまっすぐ、だね?」


 ジュウゴが確認すると、コジネズミは「左()、な?」と言ってジュウゴの頭に手を置いた。その顔が自分は全く見たことの無いものだったから、ハツカネズミはコジネズミの体調を疑う。


「頭打った?」


「十五番目か。優秀な方じゃん」


 完全に無視される。


「優秀? 僕が?」


 自分を指差して右目を見張るジュウゴに、


地上(ここ)にいるっつうだけで十分優秀だよ」


 乱暴にその頭を撫で回してコジネズミは笑みを向けた。


 ジュウゴがはにかむ。「そうかな?」と褒められた理由は大して理解していない癖に、『優秀』と言われた初体験が嬉しくてたまらなくて、頭を撫でられながら笑っている。すっかり手懐けられている。


「コジネズミ!」


 面白くなくてハツカネズミは声を荒らげたが、


「ジュウゴ、こいつは真性のバカだからお前がきっちり今覚えた道を進ませてやるんだぞ? このバカが何か言ってもお前は自分の感覚と俺が教えた道順を信じろ、いいな?」


「うん! わかった」


 コジネズミの柔和な視線とジュウゴの笑顔が、ハツカネズミは面白くない。


「ジュウゴ行くよ! 早く乗りな!」


 ハツカネズミはむすっとしながら自動二輪に跨り、ジュウゴに向かって声を荒らげた。


「行くってどこに?」


 ジュウゴのすっとぼけた返事にハツカネズミは頭を掻きむしる。


「さっきお前に教えたじゃん。あの星目指して海出たら左」


 無言のハツカネズミとは対照的に、コジネズミは懇切丁寧にジュウゴに答えた。ジュウゴも「ああ、そうか!」と自分の役割を思い出したようだ。


「でも君は? 君は一体どこに乗るんだ?」


 そしてやはりコジネズミのことを気遣う。


「そいつはいいんだって」


 ハツカネズミは自動二輪の操縦桿に前傾でもたれかかって言った。


「コジネズミは徒歩なのか?」


 ジュウゴはハツカネズミに振り返る。


「俺は後から行くから、」


 コジネズミは外套を脱ぎながら言い、


「お前はこの馬鹿に道案内頼むな?」


 ジュウゴの肩にそれをかけてやった。


「包帯素っ裸よりはましだろ」


 コジネズミに微笑みかけられたジュウゴは「うん!」と力強く頷く。


「ありがとう! 少し腕が短いけど無いよりはましだよ!」


「お前、地味に腹立つな」


 コジネズミの笑顔が若干引き攣ったところで、


「行くよ!」


 ハツカネズミは不機嫌なままジュウゴに発進を告げた。しかし、


「待て」


 コジネズミが絡んできた。ハツカネズミはむしゃくしゃして頭を掻き毟る。


「お前のずぼんならいらないよ! 膝上よりも短くなるし!」


「誰がお前なんかに服貸すかよ」


 断るつもりではいたが断られると腹が立つ。


「時間無いんだろ!?」


 口惜しくてハツカネズミは散々言われたことを言い返してやったが、


「時間無いんだから黙って聞け」


 全うな理由で言い返さて、さらに苛々が募る。


「聞いてやるから早く言えよ!」


 ハツカネズミがそっぽを向いて催促すると、


「殴れ」


 コジネズミが白い目で左頬を向けてきた。


「………は?」


「早く殴れ」


「馬鹿なの?」


「お前だろ」


「あ?」


 本気で喧嘩腰に凄んだハツカネズミに、


自動二輪(にりん)奪われてやりあった痕跡(あと)もなかったら、俺がお前らに肩入れしてるってばれるだろが!」


 コジネズミは心底見下した顔で吐き捨てるように言った。


 なるほど。言われてみればそうかもしれない、とハツカネズミもその案に賛成したが、


「いいの?」


 そんな自分だけが得することを。


「時間無いっつってんだろ!! あと一発だけな!」


 コジネズミも出来れば避けたかった不名誉に、全奥歯を折りそうな形相で言う。


「なら、」


 堪えきれない笑みに口元をもぞもぞさせながら、ハツカネズミは自動二輪から下りた。


 積年の恨みとかつらみとか腹立ちみとか、全てを乗せるには一発では全然足りない。けれども半年分くらいの大嫌いなら余裕で拳に込められる。一本の拳を祈るように眼前に持ってくると、軽く膝を曲げて腰をいれて突き上げるようにコジネズミを殴った。


 衝撃。骨と骨がぶつかり合う音。遅れてやってくる摩擦感。ハツカネズミの拳を顎で受け止めたコジネズミは、上の歯と下の歯で軽やかな音を鳴らし、頬の皮膚は揺れ、爪先を浮かせて背中から地面に沈んだ。本体を追いかけるように跳ねた白い物体は、抜けた前歯だ。


「ぇえっ!?」


 ジュウゴが驚く。突然眼前で繰り広げられた一方的な暴力に、驚き混乱し動揺を隠しきれずに慌てている。


 しかしそんな外野の雑音が響かないほど、ハツカネズミは幸福感を噛みしめていた。


 殴った。殴れた、コジネズミを!

 嫌いになる要素しかない大っ嫌いなコジネズミを、初めてちゃんと殴れた。

 軋んだ指、骨、痺れる痛み。殴った感触が残る手指を広げて、その痛みに酔いしれる。


「は、ハツ!」


 感覚万歳、 あー痛い! 生きてるって超痛い!!


「ハツーッ!!」


 気が付くとジュウゴが後部座席から下りて、コジネズミの傍らに膝をついていた。


「コジネズミが、コジネズミが!!」


 青い顔でコジネズミを揺さぶっている。


「返事をしないんだ!」


 失神したようだ。


「何をしているんだよ、君は!! 狩らないって言ったそばから…!」


「これくらいで死ぬ奴じゃないよ」


 混乱中のジュウゴを下がらせると、ハツカネズミはコジネズミから当たり前のように追い剥ぎして、それらをジュウゴに持たせると強制的に自動二輪に座らせる。


「コジネズミは? 彼をあのまま捨て置くのか!?」


「後で来るって言ってたじゃん」


「そうだけど……」と言いながらジュウゴは不安を隠さない。


「そのうち起きてくるよ。そのまま死んでもいいけど」


「え? なに!?」


 聞き返したジュウゴに答えないで、ハツカネズミは自動二輪を走らせた。



* * * *



「ハツ、さっきの話だけど、」


 風の中で後部座席からジュウゴが話しかける。


「コジネズミはいいって」


 ハツカネズミは前を向いたままそう答えた。だが、


「アイが消えたってどういう意味?」


 ジュウゴの疑問が別のところにあったから口を閉じる。


「ハツ?」


「急ごう。ちゃんと掴まってるんだよ」


 言ってハツカネズミは自動二輪の速度を上げた。

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