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15-311 選んで

 ジュウゴは砂埃を撒きちらしながら、原動機付自転車を走らせていた。



  * *



 イシガメたちの駅から借りてきたものだ。保管場所は聞いていたし、以前の滞在時に駅の間取りもそれなりに把握していたから、すぐに見つかった。


「何それ……。自動二輪(にりん)四輪駆動車(よんりん)を足して二で割ったあまりみたいの……」


 ハツカネズミは地下製の乗り物を蔑んでいたが、ジュウゴは聞かずに原動機付自転車を手押しで地上に運びだした。空が明るみ始めていて、地平線を睨みつける。


「ハツ乗って!」


 砂の上に車輪を置いてから座席に跨り、ハツカネズミに振り返った。


「乗れるの? これ……」


 顔をしかめて機能を疑い乗るのを渋ったハツカネズミに、


「いいから早く!!」


 ジュウゴは大声で急かす。


「でもぉ…」


「ジュウゴッ!」


 呼ばれた。振り返った先にいたのは、


「と…」


 トカゲ。


 トカゲは白い息を纏わりつかせ、肩を上下させて大きな目でこちらを見ていた。普段の刺々しさは影を潜め、今にも怒鳴りだしそうな、それでいて泣きだしそうな視線がジュウゴを捕らえる。


 先の言葉が耳の奥で再生された。あの声が思い出される。応えられなくて視線を落として、ジュウゴは動きを止めた。胸元が少し肌蹴ていた。


「女だ」


 ハツカネズミが呟いた。ジュウゴはがばりと振り返る。腹の底から煮えたぎるような不快感と憎悪が沸きたち、怒りのままにハツカネズミの腕を掴むと無理矢理引っ張って後部座席に座らせる。


「痛いよ、ジュウゴ…」


「黙れよおッ!!」


 目を丸くするハツカネズミに背を向けると操縦桿を握りしめ、それ以降はもう振り返ることなく原動機付自転車を走らせた。



  * *



「ジュウゴ?」


 後ろからハツカネズミに呼ばれる。もう何度目だろう。何度も呼ばれているのにジュウゴは一度も返事をせずに、運転に集中するふりをして無視し続けていた。


「ジュウゴぉ~」


 徐々に減速し始める。


「ねえって呼んでるのに」


 ハツカネズミが諦めて空を仰いだ時、原動機付自転車はついに停車した。


 ジュウゴは再起動を試みる。何度も何度も動けと念じる。だが原動機は完全に沈黙した。電池切れだ。


「だから言ったじゃん。そろそろ止まりそうだよって」


 確かに何度も言われた。


「音でわかんない? 『あ、止まりそう』とか『だめだ、これ』とか」


 それくらい、言われなくてもジュウゴだって気付いていた。


「それにさあ、」


 ハツカネズミは空を見上げて、


「そろそろ昼だよ? 日陰(かげ)探さない?」


真上にあるどんよりとした雲の塊と、彼方に見える隙間の青空を見比べる。


しかしジュウゴはまだ無反応だ。それまで後部座席でふんぞり返っていたハツカネズミはそこで上体を起こしてきて、運転席のジュウゴの顔を覗き込もうと首を伸ばした。


「ジュウゴお…?」


「どうしてあんなことしたんだよッ!!」


 しかし突然ジュウゴが大声で怒鳴ったから、ハツカネズミは驚いて身を引く。


「あんなことって…?」


「イシガメたちのことだよッ!!」


 ジュウゴは操縦桿を握りしめて前を向いたまま唾を飛ばした。


「イシガメが動いていなかった、クサガメも倒れていた、みんな酷い損傷で血液がすごくてまだ動いていたヤマカガシまで君は動かなくしようとして!!」


 イシガメは目を覚ましただろうか。


「確かにイシガメたちは酷かったよ! 無抵抗な君を何度も殴ったたよ。でも君はまだ動いていたじゃないか! まだこうして生きているじゃないかそれなのに君は!」


 イシガメ、イシガメは、


「あそこまですることないじゃないかあッ!!」


 まだ生きているだろうか。



 堪らなくなって原動機付自転車から飛び降りた。数歩進む。地団太を踏む。頭を掻いて体を揺さぶり、腰を折って叫んだ。


 頭を掻き毟りながら叫んだ。腹筋が限界を迎えるまで、肺が押し潰れて眉間と後頭部に痛みを覚えてもなお、自分の喉を自分で痛めつけながらジュウゴは叫び続けた。


 ぐちゃぐちゃだった。思考と挙動が連動しない。ハツカネズミを直したかっただけなのに、ハツカネズミは酷く損傷させられた。イシガメたちに謝罪したかっただけなのに、イシガメたちは動かなくなっていた。


「酷いよハツ、あんまりだ! あんなだって、なんで…!」


「お前が撃たれたからだよ」


 ハツカネズミが反論してきからジュウゴは勢いよく振り返った。


「お前のここ」 


 ハツカネズミは自分の眉間を指先で軽く叩く。


「お前が倒れた後もあのごみ(・・)、さらに撃とうとしてた。だから先に掃除した、当然じゃん」


「でも!!」


「仲間撃たれて黙ってられるわけないじゃん」


「それは…!」


 そうなのだけれども。


「仲間を守っちゃ駄目なの?」


 ジュウゴは息を飲む。飲んだはずなのに飲み込めず、息を止めたまま顔を歪めて下を向く。


 肩を震わせ歯を食いしばる子どもを見つめていたハツカネズミは、冷たい目のままさらに続けた。


「お前だって俺を助けてくれたじゃん。ごみども蹴散らして黙らせて俺の縄、解いてくれたじゃん」


 イシガメもヤマカガシも対話を試みていた。何度もいくつも言葉を重ねていた。暴力以外の解決方法を模索していた彼らに刃を向けたのは、他でもないジュウゴだった。


「お前のやり方と俺のやり方と何が違うの?」


 ハツカネズミの所行に腹を立てながらも、自分こそがその否定した手段を用いていた事実を突きつけられて、ジュウゴは押し黙る。


「やられた後じゃ遅いんだよ。死んだ奴は戻って来ない」


 ジュウシ、リクガメ、ハチ、コウ。


「だから先に殺さ(掃除し)なきゃ…」


「でも、」


 低く響くハツカネズミの言葉をジュウゴは遮る。


「でもやっぱり、飲みもしないのに無駄に狩るのは……」


 遮りかけて左腕を見下ろして、まだ刻んでいなかった瓶詰の中身たちを思い出した。ワンを助けたくて、ワンから引き離すことに夢中でそれしかなくて、飲みもしないのに無駄に死なせた複数の者たちへの罪悪感。


 自分が彼らにしたことと、ハツカネズミがイシガメたちにしたことと、どこに違いがあるというのか。


「………でも、」


 それでも左腕を握りしめて奥歯を噛みしめ絞り出す。


「でも、イシガメたちは仲間だ……」


「じゃあなんで来たんだよ」


 途端に声色を変えてハツカネズミが言った。それまでも諭すように真剣に話していたが、明らかに一変した様子にジュウゴは顔を上げる。そしてその顔を見てびくりと固まる。


「あいつらが仲間だったんだろ? だったらあいつらんとこにいればよかったじゃん、俺なんか助けに来ないでごみと仲良くごみにまみれてればよかったじゃん」


 真顔ではなく冷徹に、掠れているのに腹に響く声で、原動機付自転車の後部座席にだらしなく腰かけたままハツカネズミは恫喝した。ハツカネズミからそんな感情を向けられたことが無かったジュウゴは、恐ろしさよりも驚きで目を見張る。


「ハツ……」


夜汽車(おまえ)にそんなこと言われたらジャコウは何のために死んだんだよ。シチロウだってヒミズだってみんな、みんな夜汽車(おまえら)のために……ッ!!」


 ハツカネズミの複数の拳から飛沫があがった。それが彼による自傷行為だと気付くのにジュウゴは数秒を要した。


 ハツカネズミが長く息を吐く。流血する複数の手で頭を搔き、別の手の平で顔を覆い、その中で閉じた瞼をゆっくりと持ち上げる。


「……さっきさあ、」


 そして努めて冷静に、抑えた声で語り始めた。


「お前、俺の縄ほどきにきてくれたじゃん?」 


 顔を覆った手指の隙間から覗く虚ろなハツカネズミの目を、ジュウゴは見つめた。質問されているのに答えもせずに、唇を閉じてただただ観察していた。


「ありがとう」


 しかし思ってもみなかった言葉に驚いて、ジュウゴは我に返る。


「嬉しかったよ、『もう大丈夫だよ』って来てくれた時」


 そして初めて、自分の言動がハツカネズミを傷つけたことを思い知らされて、後ろめたさを覚えた。


「お前言ってたじゃん? 『俺は夜汽車だ』って」


 聞いていたのか、と突っ伏して動かなかった間もハツカネズミは意識があったことを今更ながらに気付いたが、


「だからお前は殺したくない」


 次に告げられた言葉に、いろんなものが霧散した。


「………え?」


「お前を殺したくない。お前は夜汽車だから」


 ハツカネズミは繰り返す。


「僕もそれはいやだよ」


 ジュウゴも即答する。


「なら選んで」 


 言ってハツカネズミは顔を覆っていた手を下ろし、


ネズミ(おれら)地下の連中(あいつら)と、どっちか選んで」


 血塗られた中から暗い目を向けてきた。



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