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00-235 嫌な奴

 オオアシトガリネズミは洞窟の中を見回した。入江から射しこむ月明かりなど必要なかった。なぜなら洞窟内はいくつかの電灯が塔内のように辺りを照らしていたからだ。地面を這う導線が奥に続いているところを見るかぎり、発電機でも使っているのだろう。潮位が上がっても水に浸からないようにとの対策か。


「こんなとこに潜んでたんすねぇ」


 磯臭いし小汚いが、野営よりは快適そうな空間だ。


「塔を離れて何やってんのかと思えば、後ろ盾までいましたか。オリイジネズミを見張ってたけど、まさか生産体さま(・・)が噛んでたとは思いませんでしたよ」


 オオアシトガリネズミの視線を受けたコジネズミは舌打ちした後で、首を絞めていたヤチネズミの尻を膝蹴りした。汚い音を発してヤチネズミは跳び上がり、臀部を押さえてのた打ち回る。


「なんで……」


 カワネズミ呟いた。訳が分からないと言いたげに首を小刻みに横に振りながらヤチネズミを見下ろす。


「ネコに襲われた時にオオアシもいたんだよ」


 臀部を擦りながら起き上がって、ヤチネズミは言った。


「大怪我してたし生き残りはあいつだけだったし置いてく訳にも行かなくて」


「だからって…」


 どうして連れてきた、という本音は辛うじて飲み込んだカワネズミだったが、


「何連れてきてんすか!!」


 タネジネズミが隠す気もなく叫んだ。


「あんたほんっとバカだな! オオアシっすよ! 裏切り者っすよ!? 本線付近に置いとけば勝手に義脳んとこに帰っただろうに…!!」


「タネ!」


 ジネズミが怒り狂う相棒を止めようとしたが、


「『義脳』って」


 オオアシトガリネズミが鼻で笑ったから、タネジネズミの怒りはさらに燃え上がる。


「なんだよ裏切り者。何笑ってんだよ」


「裏切ったのはそっちでしょう」


 全く悪びれずにオオアシトガリネズミはタネジネズミに言い返す。


「笑うなっつったっておかしかったら笑いますって。俺がいつ笑おうがタネジさんには関係ないじゃないすか」


「だから何が可笑しいんだって…!」


「タネ!!」


 ジネズミとカワネズミに左右から止められてタネジネズミは顎を引く。肩で息を整えながら引き攣る眉根の下からオオアシトガリネズミを睨み上げる。


「……相ッ変わらず性格悪いな」


「タネジさんには言われたくないっすね」


「ぁあ!?」


 半笑いの元部隊員に挑発されて、タネジネズミは今度こそオオアシトガリネズミに掴みかからんばかりに踏み出した。しかし、


「待てってお前ら」


 間に入ってきたのはヤチネズミだ。


「なに熱くなってんだよ。元々は同じ部隊の仲間だったじゃん。タネジもそんなに怒んなよ」


 ヤマネが唖然としてヤチネズミを見つめる。


「オオアシも憎まれ口叩くな。さっきまで普通だったじゃん。それよりハツとカヤは…」


「ヤチさんには危機管理能力というものが無いんですか」


 ドブネズミが低い声で言った。ヤチネズミは怪訝そうにドブネズミに振り返る。


「ブッさ~ん、ヤチ先輩にそんなもの期待しちゃだめですってぇ~」


 しかしオオアシトガリネズミの朗らかな笑い声に、ヤチネズミは再びそちらに向き直る。


「お前ら、何のはなし…?」


「そいつのどこに怪我なんてあるんですか」


 誰にともなく状況の説明を求めたヤチネズミに、ドブネズミが質問した。ヤチネズミはドブネズミを見た後でオオアシトガリネズミを見て、それからまたドブネズミに向き直る。


「足だよ、太腿。今は隠れてるけど前は骨も見えててしばらくまともに歩けなくって…」


「今は走れますよ?」


 オオアシトガリネズミの怪我の説明をオオアシトガリネズミ自身に否定されて、ヤチネズミは元部隊員を二度見する。


「え? だってお前、まだ治ってないって…」


「完治はしてないって言ったんすよぉ~」


「え? じゃあ、え? お前いつから…」


「俺、受容体なんでぇ、ヤチさんよりは薬の副作用が弱かったのかもしれませんねぇ」


 質問に対して全く回答になってない言葉を返され、混乱するヤチネズミに、


「だからもう走れますって」


 言ってオオアシトガリネズミが動いた。セスジネズミとコジネズミが踏み出す。遅れてドブネズミも気付いたが手が届かず、オオアシトガリネズミの長い腕がヤチネズミを掴み引き寄せ、後ろ手に左手を捩じりあげて捕らえた。


「ヤッさん!!」


 全く一歩も動けなかったヤマネが悲鳴を上げる。ドブネズミがオオアシトガリネズミの名を叫び、コジネズミが奥歯を鳴らした。


「オオアシ! お前何して…」


 肩の痛みに身を捩りながらも後輩を叱責しようとしたヤチネズミだったが、頬に押し当てられた冷たい感覚に目を見開き、息を飲んだ。


「はいはい、動かないでくださいね~」


 にこやかに警告するオオアシトガリネズミの手には拳銃。


「お前、何もかもネコに取られたって……」


「盗られましたよぉ? 色々と。でも拳銃が一丁も無いなんて言ってませんよ」


 まんまと騙されたヤチネズミは歯噛みするしかない。


「ヤチさん盾にしてどこまで行くつもりだよ」


 タネジネズミが凄んだ。


「走れるっつったってここから塔まで距離あるぞ? こっちの乗り物(あし)奪おうってんならついてなかったな、今全部整備中なんだよ」


 タネジネズミの言葉にジネズミがはっとして、四輪駆動車の車軸を掲げて見せた。


「積んでんだよ、お前。わかったらさっさと…」


「応援呼べばいいだけっすよ」


 タネジネズミの指摘を、笑顔のオオアシトガリネズミはかわす。


「俺のずぼんの隠しに通信機あります。しばらく使ってないっつってもタネジさんだって使い方は忘れてませんよね? 一言アイちゃんに呼びかければ、あとはアイちゃんがここの場所を特定してくれて、他部隊(だれか)を寄こしてくれます。別に俺が歩く必要も、ヤチ先輩を運ぶ必要もないってことでわかってもらえましたあ?」


「お前、端末は全部壊されたって…!」


 堪らずヤチネズミが叫びかけたが、


「壊れたら直すじゃないですかあ」


 左腕を固めたまま首をねじるヤチネズミに、幼子を諭すように顔を近づけてオオアシトガリネズミがからくりを教えた。


「こんのくそやろ…!」


「積んでるんですよ」


 ヤチネズミをまるで見ないで、オオアシトガリネズミは他の面々に笑みを向けた。


 コジネズミが指を鳴らす。目障りな部外者を黙らせようと決める。助走を取る時間と場所は無いが隙を突いて踏み込めば一秒かからない。下手なことを喋る前に息の根ごと止めてしまった方が確実だ。ヤチネズミも死ぬだろうが不可抗力だ。セスジネズミが連行されることだけは避けねば…、


「やめろ、コージ」


 セスジネズミだった。コジネズミはちらりとセスジネズミと目を合わせ、舌打ちして構えを解く。


「随分幅利かしてんすねえ~、副部隊長さん」


 顎を引き上げて斜め上から見下ろすようにしてオオアシトガリネズミが言った。


「あ、違いましたっけ? ムクゲは死んだから部隊長さん? いや、部隊ですらないから…」


「今も副部隊長だ。部隊長はハツさんが務めている」


「セージ??」


 ヤマネがセスジネズミを小声で呼んだ。部外者に部隊の詳細を教える理由が分からなかったのだろう。


「なんて!?」


 オオアシトガリネズミは聞かされたばかりの事実を復唱すると、腹を抱えて笑い始めた。スミスネズミの無表情が険しくなる。


「ハツさんてハツカネズミ?? え? あれ(・・)に部隊長が務まんの!?」


 涙まで浮かべて腹を抱えるオオアシトガリネズミに、ハツカネズミ隊の目が据わっていく。タネジネズミを制止していたはずのカワネズミが真っ赤な顔で拳を握りしめ、それを無言で止めたセスジネズミが一歩前に出る。


「その部隊長さんはどこに…」


「カヤさんがワシに捕らえられている」


 笑い泣きしているオオアシトガリネズミにセスジネズミが言った。ヤチネズミがぎょっとした顔を突き出したが、オオアシトガリネズミは「ああ、はいはい」とすぐに受け入れる。


「さっきの通信っすね?」


「傍受か」


「偶々っすよぉ~。故意じゃないですって」


 「絶対故意だろ」というタネジネズミの指摘がもっともだと思いつつ、セスジネズミは続ける。


「今からカヤさんを迎えに行くがそいつが必要だ。返してくれ」


「『はい、いいっすよ~』とでも言うと思いました?」


 突然真顔に切り替えて、オオアシトガリネズミはセスジネズミを睨みつけた


「大体なんであんたの言うこと聞かなきゃならないんだよ、副部隊長さん。お前が俺らの頼みを聞いてくれたことあったか?」


 目付きだけでなく声色も変えたオオアシトガリネズミを、ヤチネズミは首を捻って見上げる。オオアシトガリネズミはおそらく、あの頃のことを指している。ムクゲネズミがまだ生きていた頃、セスジネズミが鉄面皮を演じていた頃を。


「オオアし…」


「いつの話だよ!!」


 ヤチネズミよりも先に口を挟んだのはタネジネズミだった。


「ムクゲが生きてた頃からこいつはちゃんと働いてたんだよ! なんにも知らないで知った口聞くなよ! 逆恨みもほどほどにしろ、がきが!」


「タネジさんも随分ほだされちゃったんですねえ」


 しかしタネジネズミの怒りもオオアシトガリネズミにはどこ吹く風だ。


「そいつがムクゲ殺しちゃったから俺らはとばっちり受けたんじゃないですか。忘れました? 年とると頭も錆びるんすかねぇ」


「お前の頭が更新が出来てねぇんだろ! ムクゲが死んで喜んでたのはどこの誰だ。俺らができなかったことをセージがやってくれたんだろうが! こそこそ逃げ回ってたお前とは格が違うんだよ!」


 思わず顔を向けたセスジネズミの鼻先を、タネジネズミは指差して、


「こいつは今も昔も立派な副部隊長だよ!!」


 洞窟内に余韻を残して、肩を上下させた。


「俺からも頼む」


 ドブネズミが前に出た。


「カヤさんが危険なんだ。一刻を争う。ヤチさんが必要なんだ、頼む」


 ドブネズミはそこで地面に膝と手の平をつけ、


「ヤチさんを返してくれ」


 かつての後輩に土下座をした。


「カヤさんのためだ、お前だってカヤさんは助けたいだろう? お前カヤさんに懐いてただろう。

 ヤチさんを離してくれ。塔に手土産を持っていきたいなら俺にしてくれ。検査でも刑罰でも何でも受けるから」


「ブッさん……」


 ドブネズミのカヤネズミに対する思いに、カワネズミとジネズミが胸を打たれた。しかし、


「すみませんブッさん。ブッさんじゃあ力不足です。手土産の『て』の字にもなりません」


 オオアシトガリネズミが憐れむような表情で言った。愕然としたドブネズミはすぐにそれを怒りに変えたが、


「俺を連れて行け」


 セスジネズミが名乗り出る方が早かった。


「俺はムクゲさんを殺した実行犯の死刑囚だ。塔は俺を殺したがっているだろう。死刑に時効はない。俺を連れ帰れば十分お前の功績になるはずだ」


「セージ!」


 コジネズミが慌ててその肩を掴んだが、


「あんたもいらないよ」


 オオアシトガリネズミは白い目でセスジネズミに言い放った。ハツカネズミ隊は揃って目を見開いたが、一番驚いていたのはセスジネズミだった。


「俺は死ななくていいのか?」


 すっかり死ぬ気だったのだろうか。セスジネズミがオオアシトガリネズミにそう尋ねると、


「塔がほしいのは生産体なんです」


 言ってオオアシトガリネズミが、ヤチネズミの腕をさらに捩じりあげた。

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