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15-290 診察

 ヤマカガシがその部屋の扉を開けた時、男たちは件の異形を取り囲んで睨みつけていた。


 ジュウゴとワンが戻ってきたと喜んだのも束の間、問題を起こすのが得意な元夜汽車は、あり得ない者を運んできた。


 ジュウゴが連れてきた異形の男は見れば見るほど異常だった。皮膚が変質していた。腕は七本で脚は三本あった。目も一つ多い。瞼は乾燥し、ほぼ半開きが全開の状態のようだったが、その隙間から覗く眼光だけはいつまでたっても鋭かった。しかし何より。


「何なんだよこいつ……」


 イシガメが漏らした。鎚を握りしめた右手は小刻みに震えている。筋痙攣だろう。


「ネズミだろ?」


 クサガメが言った。こちらは鎚を左手に持ち替えて、右手首を振っている。


「トカゲも言ってたしの」


 ヤマカガシも歩み寄りながらクサガメに同意すると、クサガメは驚いた顔で振り返った。自分の入室に全く気付いていなかったらしい。


「あいつは?」と尋ねてきたが、


「俺はこんなネズミ知らんぜ」


 タカチホヘビの声がうるさくて答える機会を逸する。


「誰も知らんかろう」


 ジムグリがそれを窘めるように言い、


「なんで死なねえんだよ!!」


 イシガメが悲鳴じみた声で叫んだ。


 そうなのだ。四肢や眼球の異常な数も目付きの悪さも怖ろしい点は多々あったが、ヤマカガシたちを最も困惑させ、恐怖させたのは、男の不死身だった。


 *


 ヘビとカメはカエルのように男を集団で暴行した。


 トカゲが「ネズミだ」と言ったから。単体で死にかけのネズミを生かしたまま逃がす必要などなかったから。だからヤマカガシたちは男の殺害を即決し、その場で決行した。


 だが男はどれほど傷つこうとも全く動くことなく息をし続けた。死ぬ気配がないのだ。呼吸が止まらない。出血しても流血はほとんどなく、首が折れるほど殴りつけても顔色一つ変えず、痣が破裂しても膿んだ箇所を狙っても呻き声一つあげやしない。それでいて反撃の姿勢も抵抗する意思も見せない。ただ、死なない。

 

 目的を達成することは現段階では不可と判断したヒバカリが暴行を中断させ、リュウキュウヤマガメの提案で無抵抗の男は厳重に拘束された。無抵抗だから容易かった。


 手こずったのはむしろジュウゴの方だった。同じく死にかけと思われていた男は、ヘビを殴り、カメ蹴り、肘打ち裏拳頭突きのちゃんぽんで殺気立って暴れた。こちらも後ろ手に拘束したが、あまりに暴れるのでアカマタが鎮静剤を使った。シマヘビがシュウダを連れてきたから異形の男はそちらに任せ、ヤマカガシはジュウゴとワンの治療に当たった。


 ジュウゴは重度の脱水症だった。手や顔はひどい火傷で、話すことさえ辛かったに違いない。にも関わらず先の奇行、発狂していたとしか考えられない。


 しかしワンの方が重傷だった。全身打撲でいたるところに瘤があり、深く抉れた切傷も、既に膿んでいる箇所もあった。だがそれ以上にヤマカガシが驚いたのは彼の眼球の方で、一刻も早く手術が必要な状態だった。

 だがワンの、『けもの』? の手術などヤマカガシはしたことがない。どうしてやるべきかわからず、とりあえず安静にさせておく以外、ヤマカガシがしてやれることはなかった。




「あいつは?」


 頃合いを見計らっていたのだろう。クサガメが再び尋ねてきた。


「ジュウゴは寝とる。日焼け(やけど)以外は大した怪我もない。問題はワンの方やちゃ。怪我よりもあいつのりょう……」


「どう見る」


 シュウダが言った。今こっちで話しとるやろ、と言い返そうとしたが、部屋中の男たちが自分を見つめていることにヤマカガシは気付いた。シュウダと目が合う。所見を尋ねられている。こんな時に皆の前で自分を測ろうとしている。自分はどうなが? という言葉を呑みこんで、ヤマカガシは改めて異形の男を診た。


「新種の皮膚病? ……多分」


「病気? これが!?」


 セマルハコガメが素っ頓狂な声で言った。


「ジュウゴは酷い火傷でした。多分、昼間の地上を歩いとったんやと思うがです。でもこいつはどこも火傷しとらんでしょう。露出部分も隠れとった部分もおんなじ状態……、火傷いうよりは乾燥肌の酷いやつ言うか。多分、こいつ自身の皮膚病かなんかやと思うがです」


 ヤマカガシは年上のカメに敬語で説明したが、


「『多分』ばっかりやにか」


 年下のシロマダラからは鼻で笑われた。いらっとしたが構う価値もない。


「腕と脚は?」


 シュウダが男の体を顎で指す。


「……移植?」


「『い』?」


 イシガメが振り返って怪訝そうな顔を向けた。聞きとれなかったのか単語を知らないのか。判然としなかったからヤマカガシは後者でもいいように別の言葉で説明する。


「誰かの腕と脚を根っこからむしり取って丁寧に縫い付けたんやないかって…」


「目は」


 シュウダがさらに言った。「頭蓋骨に穴開けて脳味噌に繋いだが?」


 だからお前はどう見とん!! という怒りをヤマカガシは顔を逸らして抑えこむ。


「飾り?」


 半ばやけくそだった。


「飾りって……」


 リュウキュウヤマガメが失笑した。しかしシュウダは真面目な顔で男の顔を持ち上げ、まじまじと見下ろしている。


「死なないのは?」


 クサガメが言って全員が息を呑んだ。注目される。そんなこと聞かれても困る。ヤマカガシが答えあぐねていると、シュウダがセマルハコガメの手から工具を取り、男の左胸に突き刺した。男は衝撃で全身を揺らしはしたものの、わずかな血液を滴らせただけだった。しゅう、しゅう、という消え入りそうな呼吸が続いている。


「これも病け」


「自分はどう見とんがけ!!」


 ついにヤマカガシは言った。全員が静まりかえる。クサガメはごくりと喉を鳴らし、タカチホヘビはシュウダとヤマカガシを見比べた。


「化け物やの」


「何けえ、それ!」


 ヤマカガシは鼻先で笑った。他は誰も笑わなかった。クサガメが気を使って何かを言おうとした時、


「父ちゃん! 『煮物ば焦がした』!」


 スジオナメラが駆けこんできてシュウダを呼んだ。だが部屋の雰囲気は最悪だ。シュウダも「待っとってもらわれ」と背中で息子に言い放つ。


「でも…!」


「そんなが後でよかろう」


 ヤスリヘビが皆を代表して、呆れ声で子どもを窘めた。


「く、黒焦げなが! 『においが強い』!!」


 だがスジオナメラも引き下がらない。


 料理の失敗ごときでそこまで必死になるスジオナメラに、ヤマカガシは呆れよりも違和感を覚えたが、


「移植にしろ病にしろ死なん体なんやろ?」


 男の胸から工具を引き抜きながらシュウダが言った。


「死なんがなら死なんがで使い道もあろう。生きとる状態で開けるなら子どもらの勉強にもなるにか。

 閉じんでいいぜ、後で俺も見っちゃ」


 そう言い置くと、シュウダは息子を伴って部屋から出ていった。自分がやれま! とヤマカガシは扉の向こうに去った背中を睨みつける。


「おい、聞こえとんがけ自分。何か言えま!」


 イエヘビが男の前髪を掴んで顔を持ち上げた。男は蒸気の抜けるような音を立てながらイエヘビを睨みつけるだけだ。


「ジュウゴは?」


 イシガメが思い出したように尋ねてきた。さっき話したにか、と思いながらヤマカガシが改めて答えようとすると、


「あいつ何なが!?」


 アミメニシキヘビが振り返って怒鳴り散らした。その声量にオナガヤマガメが驚いて体を揺する。


「部屋の大きさ見えないかなあ? でかい声出さなくっても聞こえるってわかるべや、普通」


 リュウキュウヤマガメが露骨に嫌味を口にする。自分の声の大きさは除外されるらしい。


 「ああ?」とリュウキュウヤマガメに睨みを利かせたアミメニシキヘビとその他数名のヘビたちに、


「ジュウゴだよ、リクガメ班の。アミメくんだって知ってるっしょや」


 イシガメがリュウキュウヤマガメよりも前に出てヘビたちに答えた。しかし、


だら(・・)んとこの仲間なんちゃあ覚えとらんわ」


 アミメニシキヘビは明後日の方を向いて嘯いたから、イシガメの顔から冷静さが消える。


「イシ、」


 キボシイシガメが仲裁を試みたが、


「ここ連れて来られ。吐かせてやっちゃあ!」


「せやのう。あれ(・・)にも話聞かんなん」


 ヘビの若い衆が調子に乗ったから、イシガメはキボシイシガメの制止を振り払った。


「誰のこと言ってんだ? おい、もっぺん言ってみろごらあ!!」


 イシガメが眼前で凄むと、途端に若いヘビたちは視線を泳がせて無関係を装う。しかし、


「こんな得体のしれんもん連れて来るがをいつまで客扱いしとんがけ!」


 タカチホヘビが正論で怒鳴ったから、イシガメは言葉に詰まった。


「俺が聞いとくちゃ」


 堪らずヤマカガシは歩み出た。


「ジュウゴは治療中や。ここに連れて来るがは難しかろう。俺が聞いて全部教えるからそれで済むんじゃないがけ」


 タカチホヘビの目を見据えながらヤマカガシは口元だけは微笑んだ。タカチホヘビはしばらくイシガメと睨みあっていたが、ヤマカガシをちらりと見て踵を返す。こういう時だけはシュウダの後ろ盾がありがたく、それがまた腹立たしい。


「行くぞ」


 タカチホヘビが言って取り巻きたちがそれに続く。ほっと胸を撫で下ろしたヤマカガシだったが、


「自分、カメけ」


 シロマダラの一言に息を止めた。

 


 * *



 異形の男の解体を準備するようジムグリが号令をかけ、ヘビたちは動き始めた。カメはカメでやることがあるからとキボシイシガメが指示を出す。いつの間にか姿を消したヒバカリとリュウキュウヤマガメの行方は、いつものように誰も知らないようだ。


「お前ら、あの夜汽車の顔見に行っちゃれよ」


 セマルハコガメがクサガメに言った。


「気になってんだべ? 作業の続きはうちの班だけでも手ぇ足りるしさ」


「いいかい? したら頼むわ」


 不機嫌に無言を貫いている兄に代わってクサガメが答えた。


「ヤマ、あいつらどこにいる?」


 クサガメが振り返って自分に話しかけてくれたから、カメの中に取り残されていたヤマカガシは内心、胸を撫で下ろす。


「ワンは検査もしたくてのう、うちの近くにおってもらうことにしたわ。ジュウゴは個室に入れといたがやけどそろそろ目ぇ覚ますころ…」


 クサガメと言葉を交わしていると、イシガメが部屋を出て行った。ヤマカガシとクサガメは互いに目配せしてから、その後を追った。

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