00-233 副部隊長の仕事
「無理です……もう、無理なんです……」
その場で蹲ってヤマネは突っ伏した。
「まあ、こいつの言い分も一理あるな」
腕組みをして事の成り行きを静観していたコジネズミが言った。眉を吊り上げ振り返ったドブネズミを一瞥すると、「責任なんて取れねえよな」と凄む。
「俺はどっちでもいいと思うぞ。お前らのバカ部隊長はほっといても死なないだろうし、その通信が偽物だっつってほっといてもお前らには何ら問題無いだろ」
「ありまくりです! カヤさんが…!」とコジネズミの持論に割って入ったドブネズミは、コジネズミの真顔の前で唇を結ぶ。
「部隊としてはそっちのが正しいと思う」
これ以上被害を広げないために、今ある戦力を保持するために。
カヤネズミ救助派だったタネジネズミとジネズミも、コジネズミの説教の前では何も言えなくなっていった。しかし、
「でもお前らって部隊なの?」
次の言葉にカワネズミとタネジネズミが顔を上げる。
「お前らの中に『正義』とか『正しい判断』とかあったことあったか?」
ジネズミがコジネズミを見上げ、ワタセジネズミが首を傾げる。
「お前らのやってることってさ、だいたいいっつも行き当たりばったり無計画の欲望に忠実なバカ騒ぎじゃん」
「一応作戦会議はあります」
ドブネズミの負け惜しみじみた一言は誰にも拾われず流される。
「やりたいようにやれよ。どうせお前らなんて単なる犯罪者集団じゃん」
コジネズミはそこで半笑いの顔を斜めに上げて、
「尻拭いはオリイさんにでも任せとけ」
言って不遜にハツカネズミ隊を見下した。
ヤマネが啜り泣く。しかし先より声量を落としている。タネジネズミとジネズミはもう腹を決めたようだ。ワタセジネズミはカワネズミを盗み見し、カワネズミが頷いてヤマネに話しかけようとした時、セスジネズミが動いた。セスジネズミはヤマネの前に片膝をつき、静かな声で語り始める。
「俺が処刑された時、ヤマネは助けに来てくれただろう」
ヤマネは突っ伏したまま反応を示さない。
「あの時は義脳が動作不良を起こして、何度も何度も処刑を宣告されて、いい加減うんざりしてきた俺はとっとと殺してくれと思ってた」
コジネズミがぎょっとしてセスジネズミに駆け寄りかけた。しかしそれを止めたのはカワネズミだ。カワネズミは腕力では絶対敵わない相手を、全身で押し止めて全力で頭を下げる。今だけは同室の同輩たちの時間を邪魔しないでくれ、と平身低頭懇願する。
セスジネズミは続ける。
「でもお前、言っただろう」
―仲間を守るのが仕事って言うなら、自分のこともちゃんと守れよ!―
―お前だって仲間だろうがあー!!―
「嬉しかった」
コジネズミを押し止めていたカワネズミが振り返る。
「だから今度は俺から言わせてほしい」
ヤマネが真っ赤な目をちらりと覗かせる。
「俺の仕事は仲間を守ることだ。仲間を死なせないことだ。だからお前にも生きていてほしい」
ヤマネが怪訝そうに瞬きする。セスジネズミは赤い目を真っ直ぐに見つめて、
「自分を殺すな、ヤマネ。ジャコウは死んだけど、ジャコウは守れなかったけどお前まで死ぬな」
「お、れ…は、しんでな……」
「お前だって仲間だろう」
静かだが凄みのあるセスジネズミの一言に、ヤマネはびくりと肩を上下させた。ヤマネだけではない。副部隊長の怒鳴り声など滅多に耳にしない部隊員は皆、目を丸くしてセスジネズミを見つめる。誰もが少なからず動揺した、カワネズミとコジネズミを除いて。
「だったら生きてくれ」
セスジネズミは顎を引く。
「頼む。生きてくれ」
引いた顎をさらに引き、背を丸めて頭を低くした。
涙目のヤマネはセスジネズミの後頭部を見つめる。なかなか収まらないひくつきを止めようと、長い呼吸を繰り返す。
「ヤマネさん…」
ワタセジネズミが言いかけた時、その傍らを何かがすり抜けた。スミスネズミだ。無言で睨み下ろしてくるスミスネズミをヤマネは見上げる。と次の瞬間、
「ぃだっ!」
スミスネズミはヤマネを蹴り始めた。相変わらず憤慨した無表情で、岩肌をへこませた脚力をもって、何度も何度もヤマネを蹴りつける。
「スミ痛いよ。やめて…」
「子どもに説教させんなよ」
コジネズミが言った。「説教?」と見上げてきた涙目に、
「そいつの保護者も自分だって、お前が言ったんだろうが」
そんなことは言っていないのだが、コジネズミの一喝はヤマネに何かを気づかせたらしい。
ヤマネはスミスネズミの蹴りを防ごうとしていた手を下ろし、次の蹴りが当たる前にその足を掴み取った。足を掴まれ、身動きが取れなくなったスミスネズミはヤマネの手を振り払おうと何度か身を捻ったが、
「そうだね」
ヤマネの鼻声で動きを止める。
「行こうか、」
鼻水を啜りあげたヤマネは顔を上げる。
「ジャコウの仇討ちに」
スミスネズミが足を下ろした。
「仇討ちじゃなくてカヤさんの救出な」
カワネズミが訂正する。
「場合によっては掃除もする」
言いながらセスジネズミが顔を上げる。
「スミはジャコウと仲良かったもんね」
スミスネズミの頭を撫でたようとしたワタセジネズミは、スミスネズミの回し蹴りを太腿に食らい、
「手間かけさせやがって」
ほとんど何もできていないジネズミは自分の功績のような顔をして笑った。
セスジネズミに苦笑のコジネズミが目配せし、そのコジネズミに正気に戻ったドブネズミが頭を下げる。
しかし盛りあがる部隊員たちの中でにタネジネズミだけが難しい顔をして腕組みをしたままだった。何かを忘れている気がするのだ。
「作戦を変更する」
セスジネズミが副部隊長の顔になって声を張った。
「ワシの駅への進攻は一時中断、通信の指示通りカヤさんの救助を最優先とする」
一同が声を揃えて返事をする、戸惑いがちなタネジネズミを除いて。
「だがワシがどう出て来るかは予測不能だ。カヤさんに万が一のことがあった場合、または通信が偽情報だった場合は予定通り当該駅への攻撃を始める」
「他の部隊の妨害も考えとかないとな」
カワネズミが腕組みして呟き、セスジネズミが「わかっている」と答える。
「妨害って?」
タネジネズミに小声で尋ねたジネズミの質問もセスジネズミは拾い上げ、
「義脳もこの通信を受信していると考えておいた方がいい。通信は『カヤネズミ』と名乗っているし、義脳が他部隊をワシの駅周辺に潜ませている可能性も多いにある。カヤさんとじじいが交換されるとして、その時を狙って他部隊が俺たちを捕獲、連行しようとしているとしてもおかしくない」
ワタセジネズミが喉を上下させる。
「その件については任せとけ」
しかしコジネズミが口を挟んだ。
「そうだな、頼む」
振り返らずにセスジネズミもコジネズミに応える。
「だが俺たちもなるべくコージに頼らないでいけるよう、備えをしておく」
「具体的には?」
カワネズミが同輩の上官に尋ねた。質問を受けてセスジネズミはタネジネズミに顔を向け、
「タネジは引き続き作業を進めてくれ。発射装置の威力は夜汽車の時より上げてくれていい」
「ん? あぁ…」
タネジネズミは慌ててセスジネズミに向き直り頷く。
「カワは医療器具の確認。足りない物はエゾヤチネズミさんにせびってくれ。ワタセはカワの手伝い」
「わかった」
「はい!」
カワネズミとワタセジネズミがほぼ同時に返事をした。
「ジネは自動二輪と四輪駆動車の整備。特に自動二輪を多く使うことになると思う。乗り捨て用も二台ほど持っていきたい。あと弾薬と出来れば皆の小銃も見ておいてくれ」
「すぐ終わるわ」
ジネズミが笑顔で答えた。
「俺は?」
自分を指差してドブネズミが尋ねる。
「ブッさんは寝てください。カヤさんのためです。体調を万全にしておいてください」
「すぐ寝る」
カヤネズミの名を出されたドブネズミは後輩の上官命令に素直に従う。それを確認したセスジネズミは最後にヤマネを見下ろした。
「ヤマネ、」
ヤマネが顔を上げる。
「お前は少し体を慣らそう。出来るか」
ヤマネは青い顔で頷く。セスジネズミは頷き返すと、
「スミにもどう動くかを教えておきたい。保護者として通訳を頼む」
戦闘可能になった同輩を頼った。
各々が指示に従い動き出す。カワネズミとワタセジネズミが作業分担について話し合い、ジネズミが早速四輪駆動車の機械部を開けはじめ、ぎんぎんの目をしたドブネズミが寝床を整えた時、
「あ!」
タネジネズミがついに思い出した。振り返った面々を見回して、
「ワシの駅に行くにしてもヤチさんいないじゃん」
もっとも過ぎる問題を口にし、すっかり失念していた部隊員たちの目を覚まさせた。
「そうだよ! ヤチさん連れてかなきゃ!」
ジネズミが叫び、それをきっかけにスミスネズミが直立不動で唸りだして、
「ヤッさんいなかったの?」
その不在すら気付いていなかったヤマネが周囲を見回し、
「どこいんだよ! っつうか何してんだよ!!」
カワネズミが頭を掻きむしる横で、
「あのクソじじい!」
セスジネズミが凶悪な顔で歯噛みする。
「探してくる」
寝具を放り出して駆けだしたドブネズミの襟首を、「お前は寝てろ」とコジネズミが掴んで、
「おいバカ、お前でいいじゃん。ヤチの代わりに行ってこいよ」
とワタセジネズミに命令し、
「いぃ!? やですよ!!」
ワタセジネズミは大仰に首を横に振って、
「もう! ヤチさんっ!!」
と地団太を踏んだ。
「ヤチさんがいないのはヤチさんのせいじゃないんじゃね……?」
はぐれてしまった上官を唯一まともに気遣ったタネジネズミに、
「何が俺のせいだって?」
息を切らせたヤチネズミが声をかけた。ぎょっとして振り返ったタネジネズミとそれ以外は、全身垢と砂と怪我で汚れた帰還者を凝視する。
「や…」
「ハツは? ……カヤもいねえのか。ハツのゆびは…」
「「「ヤッさん!!」」」