15-276 言伝
「……ええとつまり…」
「ごめん、何?」
アカネズミはジュウゴの説明を理解出来なかったらしい。ジュウゴとジュウイチを見比べて困った目をしている。
「だから彼は夜汽車だけど夜汽車じゃなくて…!」
「コバチ! コバチは? コバチを探しに行かなきゃ!!」
喚き続ける子どもたちを抱えて困り果てたアカネズミだったが、
「お前が着てるのって最終列車の制服だよね」
ジュウイチの着衣を指して言った。
「君、聞かれているよ」
ジュウゴはジュウイチに教えてやる。ジュウイチは振り返り、そしてジュウゴよりも自分の近くに迫るアカネズミの視線の重圧に悲鳴をあげて再び目を瞑りかけたが、
「最終列車の連中は車庫で集まってるけど、お前はここにいていいの?」
アカネズミが仲間の所在を教えてくれたから、「え?」と言って目を開けた。
「もう影響出てるみたいだね」
「何かの相談してる…」
「お前、名前は?」
アカネズミがいくつかの目でジュウイチを見た。
「……んみ、ツバ…チ」
ジュウイチは恐るおそる素直に答えた。
「探されてるよ」
「ええ!?」
ジュウイチは身を乗り出す。
「ここコバチは!? コバチはちゃんと皆といる?」
「小さな女子だよ」
あまりに説明不足なジュウイチに、ジュウゴは横から追加情報を告げる。「ちょっと待って」と言うとアカネズミは瞼に力を入れて目を細めた。目の前の景色ではなく頭の中の映像を見つめるように、瞼は開けているのにジュウゴたちのことなど見えていないように。
「どんな見た目?」
アカネズミが尋ねる。
「一番かわいい子!」
ジュウイチが叫ぶ。
「髪の毛は茶色がかっていたかな。顔はぽっちゃりしているけれども体はわりと細くて……」
ジュウゴは少女の特徴について追加情報を述べていく。
「お前、この子の保護者?」
アカネズミが目を開いてジュウイチを見た。
「この子もお前を探してるよ」
「ええっ!?」
噛みつかんばかりにジュウイチが叫んだ。
「地下二階の通路で『おにいちゃーん』って」
「迷子だ、これ」
アカネズミのいくつかの口が「あちゃあ」と言って歪んだ。
「コバチッ!!」
ジュウイチはするりぬるりとアカネズミ手を抜け出して床に着地した。相変わらずの運動能力の高さに感心するジュウゴをよそに、元来た道へと駆けて行く。しかし、
「待って」
アカネズミの声と共に、ジュウイチの行く手は阻まれた。階段への扉が閉ざされたのだ。ジュウイチは寸でのところで立ち止まり、手探りで扉の取っ手を探したが、
「こっちの方が早い」
アカネズミが言うと同時に、天井の一角が開いた。よくよく見るとその穴の下の壁には突起物の列。梯子とも呼べない危うい足場を登れと言うのかとジュウゴは思ったが、アカネズミのやり方は少し違った。
アカネズミの声に振り返ったジュウイチは三度悲鳴をあげる。先と同じ要領で無数の手でジュウイチを捕らえると、アカネズミはそのまま天井の穴までジュウイチを運んだ。
「そこ昇って」
「地下二階に着いたら左側の扉を出て」
「照明点滅させるから」
ジュウイチは肩を竦めながらも目を丸くしてアカネズミを見下ろす。
「に、二階? ってどっちの……?」
「地下二階」
おずおずと質問したジュウイチにアカネズミは補足して説明する。
「梯子が切れるまで登ったところ」
「通路出て曲がり角までいたら」
「声かけてやりな」
「女の子どもの方は足止めしとくから」
「あっちもお前に気付くと思う」
自分の行くべき順路を懇切丁寧に教えてくれる塊に戸惑っていたジュウイチだったが、
「あ、ありがとう……」
最後はしどろもどろながらも感謝の言葉を口にした。
ジュウイチが背を向ける。しかし何かを思い出したように動きを止め、再び穴の中から顔を覗かせた。ジュウゴは目が合う。ジュウイチは気まずそうな、申し訳なさそうな顔をしながらも穴の奥を気にした。
「行け、ジュウイチ!」
ジュウゴは叫んだ。約束通りにハツカネズミを探し当てるまで付き合ってくれた、もう十分だった、嬉しかった。
「でも…」
「『げんきで』!」
ジュウゴは手を上げる。ジュウイチは唾を飲み込む。それから大きく頷くと「君も!」と言って穴の奥に引っ込んだ。
「お前らも急いで」
お前ら? 言われてジュウゴは思い出す。
「ワン!!」
「獣ならここだよ」
アカネズミは言うと、ジュウゴの目の前にワンを掲げて見せた。ワンもジュウゴ同様、アカネズミの無数の手に包まれていたらしい。しかしジュウゴやジュウイチと違って、すぐにアカネズミと打ち解けたのだろう。ワンはアカネズミの複数の手の上で、完全に四本の足を脱力してくつろいでいた。腹を擦られ首元を撫でられ、至福のひと時を過ごしていたようだ。その緊張感の無い姿にジュウゴは呆れる。
「ジュウゴ急いで」
床に下ろされた。ご丁寧にジュウイチが投げ捨てていった小銃まで手渡してもらう。
「これに乗って」
壁が開き、中から四輪駆動車が現れた。アカネズミは自動で近づいてくるそれの後部座席にハツカネズミを乗せる。その隣に乗ろうとしたジュウゴは肩を掴まれて、
「何やってるの」
「お前は前じゃん」
強制的に運転席に座らされる。
「僕が運転するの!?」
ジュウゴは驚愕した。乗ったことはあるけれども運転はしたことはない。イシガメたちから譲り受けた原付は乗れたけれども、こちらはもっと速度が高かったはずだ。
「ハツは寝てるし獣には無理だろ」
アカネズミは言いながらジュウゴを座駅に固定していく。なすすべもなくジュウゴは操縦桿を握らされる。
「急いでと言ったって……」
「俺でも乗れたから大丈夫」
「君が!?」
驚いて振り返ったジュウゴに、「昔はもっと身軽だったんだよ」と苦笑するアカネズミ。
「でもさすがに階段は登れないじゃないか」
続いて隣に乗せられ、固定具で座席に縛りつけられているワンを見遣りながら言うと、
「それは大丈夫」
アカネズミはしれっと答えた。駄目じゃないのか? とジュウゴが言おうとした時、四輪駆動車が宙に浮いた。
ジュウゴは驚いて操縦桿にしがみ付く。ワンは頭を低くして座席にへばりつく。
「な!?」
下を覗きこむとアカネズミがいた。違う、アカネズミに車両ごと持ち上げられていた。
「アカネズミ?」
「着地と同時に踏み込んで」
「右側の。そうそれ」
「手、離しちゃ駄目だよ」
アカネズミの口は口々にジュウゴに忠告する。
「着地って??」
ジュウゴは何のどこを指示されているのかわからない。
「車体を自分の一部だと思えばいい」
「合わせるんだよ」
「息吐く感じって言えばわかる?」
わからない。
「アカネズミ??」
もう一度理路整然とした簡易な説明を欲したジュウゴだったが、四輪駆動車がぐらりと揺れたから慌てて車両にしがみ付いた。首を伸ばして下を覗きこむとアカネズミの息が上がっていた。あちこちから血を噴き出して…違う、複数の唇が喀血していた。
「アカネズミ!!」
ジュウゴは車両から身を乗り出す。しかし、
「「「来るなッ!!」」」
突風を伴う怒声に思わず身を引き右目を瞑った。それから恐るおそるもう一度下を覗きこむ。アカネズミは汚れた唇をそれぞれの最寄りの手の甲で拭っていた。
「……アカネズミ?」
「ごめんね」
「びっくりしたよね」
アカネズミは再び優しげな目に戻って謝罪してきた。いくつかの唇は苦しげに呼吸しながら、また別の唇は苦しげに咳こみながら。
「それはびっくりもしたけれども君の方が…」
アカネズミの体調が懸念されて身を乗り出すジュウゴに、
「駄目だ」
「触っちゃ駄目だ」
アカネズミは再三注意を繰り返した。
散々全身を押さえつけてきた癖に何を今更、とジュウゴは思う。全ての接触が危険ではないということくらい、ジュウゴだって既に知っているのに。
「アカネズミ…」
「危ないからね」
「出来れば息も止めておいて」
ジュウゴはアカネズミを呼んだが、アカネズミはやはりジュウゴの接触を拒絶する。
「君が嫌だと言うなら行かないけれども、」
ジュウゴは唇を尖らせながらも、
「君の体こそ大丈夫なのか? 僕の危険よりも君の方が気がかりだ」
思ったことを口にした。
アカネズミが一斉に目を丸くする。丸くした目でジュウゴを見つめる。それからくしゃりと全ての目を細めて、声を上げて笑った。全身を揺すって、車両を揺らして、空間が揺れて暴風のような音が鼓膜を揺らした。
「アカネズミ?」
ジュウゴは何故笑われたのかが分からない。サンもチュウヒもリクガメも、どうして皆、意味不明に突然僕を笑うのだろう。
アカネズミはひとしきり笑ってから息を吐く、笑い過ぎて濡れた目尻を拭いつつ、
「ハツが起きたら伝えて。『やっぱり俺も行く』って」
爽やかな表情で言伝を託した。
「別にいいけど…」
「「「ハツを頼んだよ」」」
それ以上の会話は許されなかった。
アカネズミが巨体を揺する。四輪駆動車がすごい傾斜で後ろ向きに下がる。膨大な鼻息と共に、アカネズミはジュウゴたちが乗った四輪駆動車を天井目がけて投げた。血まみれの体で力強く、苦しそうに息を切らして楽しげに。
アカネズミへの気がかりなどジュウゴはすぐに忘れた。全身が座席の背もたれに押し付けられる。歯を食いしばらなければ舌を噛み切りそうな空気の流れに頬の肉が揺れて、ただただ操縦桿にしがみ付くしか出来なかった。
壁が迫る。叫ぶ、叫ぶ。叫んでみたとて回避のしようもない。
開くか? 開いてくれ! 四輪駆動車を用意したりスズメの居場所を見つけたりしたアカネズミだ。きっと何でも出来るのだ。だからあの壁も何らかの方法で開くんじゃないかなぁあ? などと願ってみたが無駄だった。
四輪駆動車が壁に激突する。全身に衝撃。駄目だ、潰れた、僕死んだ。ジュウゴは叫びながら目を瞑ったが自分の叫び声はまだ続いている。
生きている? 恐るおそる目を開ける。そしてすぐさま後悔する。
望み通り生きてはいた。四輪駆動車は影に衝突して大破するどころか壁に打ち勝って突き破っていた。アカネズミの腕力のおかげだ。いや、そのせいだ。弾丸のごとくジュウゴたちを乗せた鉄の塊は、同じく鉄の壁を何枚も突き破っていく。何枚も何枚も。
「ワン!!」
ワンは先のジュウイチのように、全ての器官を閉じきって全てが過ぎ去るのを待っている。
「は、ハツッ!!」
後部座駅に呼びかける。ハツカネズミは鼻を鳴らしただけだった。
とりあえずワンもハツカネズミも生きている。生きているなら良かった。よかったのだけれども良くなくて!
最後の壁を突き破り、ついに四輪駆動車は壁の外に飛び出した。全身を揺らして軋ませ死を覚悟させた衝撃から解放されたジュウゴはほっと息を吐いて頭を上げたが、次の瞬間には目の前の光景に瞬きもしないで二度見した。
―着地と同時に踏み込んで―
着地って何? 『地』ってちゃく…ぢ、地面どこ!?
塔の壁を突き破って弾丸のごとく地上に飛び出した四輪駆動車は、夜空の中に放物線を描いた。星が横に見える。風が冷たく気持ちいい。束の間の現実逃避の先に待ちかまえる次なる衝撃に備えて、ジュウゴはやはり絶叫し続けた。
* *
「何か聞こえない?」
懐中電灯を片手に佇んでいたタネジネズミが後ろを振り返りながら言った。




