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15-273 宣告

「最初に増えたのどこ?」


「ええと……、右手?」


「いつ?」


「いつだったかなあ? 時計も端末も無かったしわかんないよ」


 アカネズミの質問に、ハツカネズミは右側の手で後頭部を掻く。


「多分二月ふたつきは経ってるような気がするけど」


「ふた月………」


「もうちょっとかな? ヤチたちが俺についてこれなくなった日が新月だったから…、あれ?」


 頭を掻きながら思い出そうとしたが、無理だとすぐに諦めてハツカネズミは顔を上げる。


「でもこれあれだよ? 無かったら無かったで困らないけど、あったらあったでそれなりに使えるからあってもあったでもいいっていうか…」


「便利?」


「そうそれ! うん、便利、便利」


 アカネズミの助言で、ハツカネズミは自身の今の体の状況を伝えた。


「俺でもそれなりに使えてるから、アカならもっと使いこなせると思うんだ。だってアカって昔から器用じゃん? 要領がいいっていうかずるいって言うか」


 励ましているようで貶しながら、ハツカネズミは七本の腕を伸ばしたり曲げたりして見せて、


「だから、ね? 大丈夫だって。そう思わない?」


 全ての腕で力瘤を作って見せて満面の笑みを向けた。


 その姿にアカネズミは目を細める。微笑んだようにハツカネズミには思えた。しかしそれは喜びによるものではなく、アカネズミの目は暗く濁る。


「アカぁ……」


 ハツカネズミは後頭部を四本の手で掻き毟りつつ次の一手を探しながらため息を吐いた。


「ハツ、」


 アカネズミに呼ばれた。ハツカネズミは笑顔を作り直して顔を上げる。


「やたら水飲んでない?」


「水?」と言ってハツカネズミは首を傾げる。


「飲んでないよ。俺、ヤチの薬で飲み食いしないから……」


 そこまで言ってから最近のことを思い出した。飲んではいないが浴びている。全身の皮膚を以て吸水している、と。


「心当たりあるんだ」


 無言になったハツカネズミを見て、アカネズミが呟いた。


「なに?」


「ハツに隠しても意味無いから言うよ」


 何を? と子どものような顔できょとんとするハツカネズミを一瞥してから、アカネズミは視線を落とす。


「ハツはもう長くないと思う」


 一つの唇でぼそりと言った。それから悔しそうにいくつかの唇が力みだす。


「何が? え、わかんな…」


「ハツはもうすぐ死ぬ」


 きょとんとしたまま固まるハツカネズミに、アカネズミは重ねて事実を告げた。


「同じ症状見たことがある」


「俺の薬入れた子ネズミだ。やたらよく飲む子だった。あの小さい腹のどこにそんな容量溜めておけるのってくらい四六時中哺乳瓶から口離さなくて」


「それなのに肌とか口の中とかはいっつもからからに乾いてて」


 ハツカネズミは手の平を見下ろす。指紋が潰れそうなほどささくれだってぼろぼろに乾燥した皮膚。


「赤ん坊の時からトガちゃん並みの再生速度だったから上階(うえ)の奴らも喜んでたんだけど」


「再生どころか最初は無かった余分な物まで増えてっいって」


 十肢を見回す。これはいつごろ生えた腕だっけ、と考えていたら、


「増えた後はすぐ死んだ」


 アカネズミの一言に何を思い出そうとしていたのかさえ忘れた。


「その子だけじゃなかった。途中から薬合わせした子ネズミも最初っから俺の薬が入ってた子もみんな同じだった」


「長く生きれない」


「だから俺は生産体を下ろされた」


「『アカネズミの薬は不良品だ』って、『使い勝手が悪すぎる』って」


―塔の地下には化け物が住んでいるって。それに関わると身体が変調を来してまともに動けなくなるって―


「でも次の有望株が見つかるまではってまだこうして生かされてるんだけど、」


 そこでアカネズミはまた乾いた息を鼻から漏らし、


「その体になってから長生きした子ネズミを俺は知らない」


 苦しそうに言いきった。


 ハツカネズミは固まっていた。四本の手を後頭部に置いたまま、しかし掻く事は忘れて脇をさらけ出すだけの意味の無い格好を保ち続けている。その無意味な格好のまま、ハツカネズミは自分の体を見下ろしていた。


「多分俺もあの子たちと同じ運命なんだと思う。俺の寿命もとっくに尽きてるはずなのに、アイと繋がってるからまだ生きてるんだ。俺とあの子たちの違いはそこだけだよ」


 アカネズミは事実を伝える。伝えなければいけないと思ったから。ハツカネズミならば恐らく知っておきたいだろうと、同室の同輩の性分からそう判断したから。


「……どれくらい?」


 そしてハツカネズミならば、例え余命宣告をされたとしてもただ落ち込むことは無いと確信していたから。


「俺はあとどれくらい生きられる?」


 アカネズミの予想通り、四本の手を下ろしたハツカネズミは悲観の色を一切見せずに真顔で言った。


 アカネズミが視線を逸らす。しかしハツカネズミは逃がすまいと回り込む。二つしか無ければ逸らすことも容易かったが、こうもあちこちに眼球があると、そのどれかは必ずつかまってしまう。ハツカネズミに睨みつけられたアカネズミは観念して目を伏せた。


「増え始めた日から早ければ三日、長くてひと月」


 ハツカネズミは目を回すようにして記憶を引き出し時間を数えた。そして、


「過ぎてるじゃん! 俺、死んでるの!?」


「まだ生きてるよ。だからこそもう長くないんだって。俺だって正確なことはわかんないけど」


 ぎょっと目を見開いて自分を指差したハツカネズミに、アカネズミは答える。


「でも、いつその時が来てもおかしくない」


 そして認めたくない事実を口にして、やはり認めたくなくて歯噛みした。自分の死ならば前倒しを望むのにそれ以外だと先送りを願うとは、どういう原理だろう。


「駄目だよ! 俺まだやらなきゃいけないことやってなっきや!!」


 ハツカネズミが叫んだ。悲観よりも混乱。恐怖よりも焦燥と困惑。ハツカネズミは四本の腕で頭を抱えながら残りの手で頭を掻き毟り、三本の足でその場をおろおろと歩きだした。


「ワタセだってまだ心配だしスミは俺がいないと駄目なのに!」


 掻き毟り過ぎて毛髪が雨のように抜け落ち、落ちたそばから新しい毛が一気に芽吹いていく。


「夜汽車だってまだ何にも出来てないしジュウゴだってど…!」


 そこでハツカネズミは止まった。頭皮を掻き毟っていた手も、忙しなく歩きまわっていた足も、瞬きを繰り返していた瞼も口も息も全てを止める代わりに、体験と記憶と可能性を見つめる脳が回転した。


「ハツ?」


 アカネズミが呼ぶ。それがきっかけだったかのようにハツカネズミは呼吸を再開する。


「ハツ…」


「アカお願い、」


 ハツカネズミは首から上をアカネズミに向けて、


「アカの薬ちょうだい」


 瞬きを忘れたままの目で同室の同輩に懇願した。


 驚いたのはアカネズミだ。「は……?」と言ったきり複数の目を瞬かせたかと思うと、やがて無数の唇が口々にハツカネズミを罵倒し始めた。


「「何言ってんだよ!!」」


「馬ッ鹿じゃないの!?」


「ハツ見えてないの!? この薬? この体見て!」


「本気でそんなこと言ってんの!!?」


「正気じゃない」


「ヤッちゃんと付き合い過ぎてハツもおかしくなったんじゃないの?」


「目ぇ覚ませよ!」


「起きてるよ」


 動揺するアカネズミをハツカネズミが止めた。


「起きてるし見えてるし正気だし本気だよ」


「だったら馬鹿だッ!!」


 吐き捨てるように言ったアカネズミに、


「そうだよ馬鹿だよ。そんなことアカだって知ってるじゃん!」


 怒ったように言い返すハツカネズミ。


「でも前にヤチが言ってたんだ。死にかけの受容体にそいつがまだ持ってない薬を入れたら、薬の刺激でそいつはまた元気になることもあるって」


 そして遠い記憶の隅っこで埃をかぶっていた紙屑のような知識を話した。


「何それ、聞いたこと無いよ」


 だがアカネズミは聞く耳を持たない。


「俺もない」


 ハツカネズミは同意する。「ハツ……」と呆れるアカネズミに、頭を掻きながらはにかむ。


「でもヤチが言ってたんだよ、ハタネズミさんから聞いた話だって。地上で怪我したネズミを助ける時の緊急の何かじゃない? わかんないけど」


 ハツカネズミはうろ覚えの記憶と想像を織り交ぜて説明するが、


「だったら地上でやれよ。ここは塔なんだしさ」


 アカネズミはそっぽを向く。


「駄目だよ。うちの部隊の生産体はヤチしかいないし、ヤチの薬は俺もうもらってるし」


「だったら別の部隊の誰かに頼めばいいじゃん」


「駄目だって。俺、指名手配犯だよ? 別部隊の誰かになんて会った途端に捕まっちゃう」


 絶対に捕まる心配も負ける気もないくせに、ハツカネズミは首を横に振る。


「俺に入ってる薬なんて大体ハツと重複してるじゃん」


 アカネズミは断わる理由を探すが、


「アカは生産体じゃん。生産体になったじゃん。俺とかぶってる薬もあるけどアカの中で混ざってるならそれはもうアカの薬ってことじゃないの?」


 ヤチネズミは食い下がる。


「だったら尚更だ」


 しかしアカネズミも頑なだった。


「俺の薬は毒なんだよ。強まった効能もあるけど使えなくなったのもある。それに…」


 それからふと、何かに気付いたように眉を曲げて瞬きし、どこかの唇でブツブツと何かを言ってから結論を見つけたらしい。


「ちょっと待てよ」


「その話、」


「それってヤッちゃんがシチロウにしたことじゃないの?」


 言ってアカネズミは、見えている全ての目でハツカネズミを凝視した。


「そうだよ」


 ハツカネズミは臆面もなく頷く。


「だったらそれって………、シチロウを殺した方法じゃん!!」」」

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