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00-230 ハツカネズミ隊

「アイは俺らが止める。あんたも知っての通りアイの大元は塔だ。いくらよろしくやってるっつったってあんたらに自分を操作する術なんてアイは教えてないだろ? だからそっちの方はこっちに任せとけって」


 カヤネズミは幼子に言い聞かせるように語りかけてきた。


「具体的には」


 クマタカは詳細を尋ねたが、


「あんたに説明したってわかんないだろ」


 知識の差を侮辱されてクマタカは眉間に皺を寄せる。


「要は塔を陥落させればいいのだろう?」


 物理的手段で塔を攻め落とすことも可能だと強がってみたが、


「バカだなあんた。ワシごときがあいつを止めれるとでも思ってんのか?」


 物凄い勢いで止められた。


「考えてわかんない? あいつの再生力知らない? 壊したそばから自己修復しまくるし圧縮空気でこっちの動き止めて来るし他のネズミをけしかけるしで、あんたなんか塔入った瞬間に拘束されんのが関の山だって」


 口の端に唾でも溜まったのか、そこまでまくしたててネズミは唇を閉じた。


「ならばどうする」


 眉根を寄せたまま尋ねたクマタカに、


「だから俺らに任せとけって」


 カヤネズミは再び顔を上げた。


「あんたに頼みたいことは一つだ」


 カヤネズミは真剣な顔で続ける。


ネズミ(おれら)への攻撃を今すぐ止めろ」


 クマタカの片眉がひくついた。


「ネズミの仕事を邪魔するな。アイを止められるのは俺らだけだ。俺らは塔に乗り込んでアイを止める。でもアイの息がかかったワシ(あんたら)に邪魔されると俺らはそっちにかかりっきりになる。

 頼むから邪魔するな。あんたはワシの大将としてワシを止めておいてくれ、それだけでいい。あんたはただ黙って見てればいい」


「塔に『乗り込む』?」


 言葉尻が妙に気になりクマタカが指摘すると、


「こっちにもいろいろ事情があんだよ」


 カヤネズミは面倒臭そうに顔を歪めた。


「ネズミ同士で争っているようだしな」


 クマタカが鎌をかけてみると、


「別に俺らが仲悪い訳じゃねえよ。アイちゃん従順派と懐疑派がいるだけだって」


 カヤネズミは呆気なく真相を口にした。マツたちの推論は当たっていたようだ。


「お前は懐疑派か」


 様々な疑問に納得しながらクマタカが呟くように尋ねると、


「懐疑っつうより『見限ってる派』だな。鎌かけたら完全に黒だった」


 冷めた口調でカヤネズミは言った。


「完全に黒、とは?」


 クマタカは半目の横顔にさらに尋ねる。カヤネズミは顔を歪めて、


「浮気かと思って問い詰めたら『お前が浮気相手だよ』って振られたって感じ?」


 呆れたように苦笑した。


 酷く遠回しな言い方だが、妙にわかりやすくも感じる。クマタカが納得して頷くと、ネズミは肩をゆすって笑った。

 それから再び真顔になり、


「そっちはどうなんだよ」


 顎でクマタカをしゃくる。


「どう、とは?」


「なんで俺の話に乗った」


 それまでの冗談めかした口調も声色も一変させたネズミに、クマタカも顎を引いた。


「アイを消したい。その点でお前の目的と一致した」


「あんたがアイ嫌ぎらいってことはわかったよ、今も電気切ってるしな。だから俺がアイを消そうっつった時に反応したのも頷ける」


 カヤネズミはクマタカを睨み上げて言った。


 コウヤマキはもういない。ワンも研究所を出た。ここに至るまでアイに捕らわれることなく地上を回って来たワンならば、アイのいない駅など必要ないのかもしれない。であれば子どもたちのために用意するはずだった安全で自由な空間など、もう必要ないのかもしれない。


 ならば今、自分がやろうとしていることは………。


「でもあんたが俺をここに連れてきたのって『夜汽車を止めね?』って誘った時だったじゃん。おかしくね? 夜汽車が止まって困るのはあんたらじゃん。アイはもちろん消すけどさ、俺は『夜汽車を止める』っつってんだぞ? ここに夜汽車が来なくなるっつうことは…」


「俺たちが飢餓に苦しむ、と」


 夜汽車を食糧と呼ぶことに気後れしたのだろうか。カヤネズミは言葉を濁しつつも否定しなかった。


 つい先刻、迷惑以外の何物にもならない思慮の浅さに憤っていたくせに。自分の立場をわきまえずに愚かな気遣いをしていることを、カヤネズミ自身が気付いていないらしい。後ろめたそうに視線を泳がせるネズミの姿がおかしくて、クマタカは微かに鼻で笑った。


「それについては案ずるな」


 マツがいる。奴ならばイヌマキの研究を完成させられるのではないかという希望をクマタカは抱いている。イヌマキ夫妻が最期まで夢見た理想郷を実現させ得るのではないか、と。


 それにもし、それが叶わなかったとしても、夜汽車でなくても瓶詰は作れる。


「作戦っていやあもう一つ、」


 怪訝そうな顔をしていたカヤネズミが思い出したように声をあげた。



 * * * *



 使い古した端末が受信音を鳴らしたことに、最初に気付いたのはセスジネズミだった。


 コジネズミか? と咄嗟に思ったが、当のコジネズミはヤマネを蹴りつけている最中だ。それを止めようとするカワネズミと、コジネズミを背後から羽交い絞めするワタセジネズミ、周囲でおろおろするだけのジネズミの言い争う声が洞穴の中でこだまする。


 その後ろでは、無言のスミスネズミから蹴られ続けているへこんだ岩肌の悲鳴と、入江の外で先輩の帰還を乞い願うドブネズミの絶唱が響きわたっていた。


 オリイジネズミ隊に何かあっただろうか、とセスジネズミは考えた。しかしオリイジネズミが直接こちらに働きかけて来ることは無い。オリイジネズミは必ず副部隊長のエゾヤチネズミを通すし、エゾヤチネズミならば食糧が尽きそうになる頃を見張っていたかのように見計らってやってくるし、もちろん通信など寄こしたことは無い。そもそもこの端末が受信する電波など……、


「……カヤさん」


 セスジネズミは信じられない気持で端末の文字を見つめた。


「何て?」


 近くで作業をしていたタネジネズミが顔を上げた。ヤマネの説得を買って出たくせに早々に手を引いた薄情者は、面倒事を『顧問』に任せきっている。


「セージ…?」


「タネジ、それ(・・)はジャコウとカヤさんのだったな」


 セスジネズミはタネジネズミの足元に散乱する、解体された小銃を指して言った。「ん? あぁ……」と曖昧に返事をしながらタネジネズミは部品を指先で弄ぶ。


「どうせ持ち主いないんならさ、こいつらだけでも有効活用してやらないと」


 寂しげに呟いたタネジネズミだったが、


「カヤさんの分は残しておいた方がいいかもしれない」


 そう言ったカヤネズミから見せられた画面を眺めて目を見開いた。


「セージ、これ…」


 セスジネズミが頷く。 


「……ジネ、ジネ!」


 タネジネズミはセスジネズミから端末を奪うように取りあげ、慌て過ぎて端末を危うく落としそうになりながらも何とか地面すれすれで保護し、首の据わらない子どもを扱うように抱きかかえると部隊員たちの元に賭けて行った。


「ジネ、カワ、ワタセ!!」


 最初にタネジネズミに呼ばれたジネズミは、ちょうどとばっちりを受けてコジネズミの肘打ちを食らったところだった。尻もちをつきながら頬を擦るジネズミは、半べその顔を上げる。


「タネぇ、お前なに逃げてんだよお」 


 恨み節を言うジネズミに、


「タネジジさん手伝ってくださいってば!」


 ワタセジネズミも加わる。


「略すな!」と一括してから、


「ワタセ、ブッさん呼んで来い!」


 タネジネズミは先輩風を吹かせてワタセジネズミに命令した。


「俺がここ離れたら、コジネズミさんがヤマネさんを殺しちゃうじゃないですかあ!」


 ワタセジネズミはコジネズミを羽交い絞めにしながら叫ぶ。


「コジネズミさんですよ? 極悪・残酷・外道の権化ってタネジジさんが言ってたんじゃないですかあ!」


「ば…!」


 どさくさに紛れてとんでもないことを暴露したワタセジネズミを止める間もなく、コジネズミがこちらに顔を向けてきた。タネジネズミは慌てて首を横に振り、「ちが、違うんです!」と言い訳しかけたが、


「コージやめろ」


 ようやく到着したセスジネズミがコジネズミを止めた。早く来いよ、とタネジネズミは副部隊長を睨みつける。


「お前らのためにやってやってんじゃねえか!」


 いきり立ったコジネズミがセスジネズミに向かって唾を飛ばしたが、


「カヤさんが生きてた」


 セスジネズミの一言に、コジネズミ始めその場にいた全員が動きを止めた。タネジネズミが思い出したように、胸に抱いていた端末の画面を皆に向ける。


「カヤさん……が?」


 ワタセジネズミが呟き、ジネズミが端末の画面に飛びつく。


「あいつ死んだんじゃなかったのかよ」


 ヤマネから手を離したコジネズミも言いながら歩み寄ってきた。地面に崩れ落ちたヤマネにカワネズミが駆け寄り、ワタセジネズミはまだ呆けた顔で立ち尽くしている。


「俺もそう思ってた。でもこれを見ろ」


 言ってセスジネズミはジネズミから端末を取りあげ、皆に見えるように画面を向けた。覗きこんだワタセジネズミの頭を暴力で押しやって、コジネズミが至近距離で端末を見つめる。


『コチラカヤネズミ』


『ゲンザイワシノエキ』


『クソハメシクエイマスグココデ』

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