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11-248 説得

「離してくれ! ハツを…!」


「待っていろと言われただろう!」


 ミツバチの気迫にジュウゴが初めてたじろいだ。


「でも、でもハツは見つかったら駄目なんだ。アイとネズミは仲違いしているらしくて、電気の点いている車両の中とかには入れないって」


 ネズミがアイと仲違いしているわけではない、ハツカネズミとその一味が追われているのだ。ジュウゴはハツカネズミの立場をよくわかっていないらしい。


「だったら尚更君は動かないべきだ。彼のためにも彼の邪魔をするな」


 努めて小声でミツバチは諭す。ミツバチ自身のためにも、この現場から乗組員を遠ざけてくれたハツカネズミの作戦を補助する。


「邪魔をしているのは君だろう!」


 しかしジュウゴも譲らない。譲らないのではなく理解していない。


 「君なんだよ!」立ち上ったジュウゴを阻止すべくミツバチも立ち上がる。「ワンだってそう言っているじゃないか」と無言で自分を支持してくる視線を顎で指す。


「ワンは言葉を話さないよ」


「君よりはよほど話が通じるよ!」


「僕は言葉を話せていないというのか!?」


「話せているけど通じていないじゃないか!」


「通じているよ! 離してくれ!」


「駄目だよ! 行かせない!」


「なんで!」


「だって…!」


「また会えなくなるかもしれないのに!」


 ほとんど地声になって叫んでいたミツバチだったが、ジュウゴの泣き出しそうな怒声で口を噤んだ。


 ジュウゴは肩で息をしている。走ってきた後だ、叫び合っていたのだ当然だ。けれどもそれだけではなく、彼の体は焦燥感に駆られて息を切らしていた。


「ハツがここに戻ってくるという保証はあるのか? 会えなくなって一体どれくらい経ったと思うんだ。サンだってシュセキだってナナだって、ちょっと目を離した隙に離れてしまって、もう一度会えるまでにどれほど時間と労力をかけたと思っているんだ!」


 ジュウゴは夜汽車の元生徒を、本気で必死に探し歩いていたらしい。


「君だってそうだ。やっと会えたけどあれから今までどれくらいかかった? 生きていたけど、死んでしまったかもしれないと不安になってでもきっと生きていると考えなおしても怖くて、それでも怖かったのにもう二度とあんな気持ちになるのは嫌だ!」


 そして自分も本気で心配されていたらしい。自分はジュウゴたちを捨てたのに。


「ハツだってそうだ」


 ジュウゴは後方車両を見遣る。


「やっとまた会えたのに。また頭を撫でてもらえたのにまた会えなくなるなんて…!」


 そこでジュウゴは俯き、一度身震いした。


 ミツバチはじっとジュウゴを見つめる。その上着の裾を握りしめたまま、夜の中でも紅潮していることがわかる横顔を見つめる。


「……君はネズミになるつもりなの?」


 そしてその横顔に尋ねた。怒ったような顔をこちらに向けて、ジュウゴは眉をひそめる。


「ならないよ。ネズミにはならない。シュセキが撃つんだ、そしたらあそこに戻れなくなるしだから…」


「だったら地下に住む者になるの?」


 ナナみたいに。


 ジュウゴは再び眉をひん曲げた顔を向けてきて、首を捻るような横に振るような、良くわからない動きをしながら否定した。


「ならないよ? だって僕は今、こうして地上にいるじゃないか…」


 こちらの意図が汲み取れないジュウゴは側頭部を掻き始めたが、


「だったら最終列車に乗れよ」


 ミツバチからの提案にその手を止めた。


「僕からジグモに紹介するよ。ゲンゴロウ(おやかた)も常に『手が足りない』と言っているし、君でも出来る雑用もきっとあるはずだ。僕だって乗せてもらえたんだ、君もアイから新しい名前をもらえれば最終列車の乗組員としてこの車両に…」


「名前をもらったの?」


 ジュウゴに遮られてミツバチは言葉を止め、ジュウゴの上着から手を離しながらおずおずと頷いた。


「ミツバチって呼ばれている」


「ミツバチ……」


「あの子はコバチだ」


「『コバチ』?」


 眉をひん曲げたジュウゴにミツバチは後方を見遣り、


「君も気付いたんだろう? スズメだよ。あの子も僕と一緒に最終列車に乗せてもらって、アイから『コバチ』という名前をもらったんだ」


 先のジュウゴの気付きは正しかったと白状した。


「そうか……」


 と言ってジュウゴは俯く。


「よかったね、もらえたんだ、」


 良かった、と言いながら完全に喜ぶこともできず、怒ったように目元に力を入れて拗ねている。その口ぶりは、誰かを羨ましがる時のジュウゴがしばしば見せる表情だった。


「ナナもサンもシュセキも、みんな名前をもらっているんだ」


「ナナとサンとシュセキも、まだ生きているんだね?」


 ハツカネズミから聞きかじった情報を、ミツバチは再確認する。ジュウゴは相変わらず拗ねたまま「うん」と頷いた。


「サンは『ウミ』になっていた。シュセキは『マ…』? ……なんとか。ナナは確かサナギ」


 元夜汽車たちのうろ覚えの現在を伝えながら、ジュウゴの表情は沈んで行ったが、


「君ももらえるよ」


 ミツバチの言葉に顔を上げた。


最終列車(これ)に乗ればアイから名前をもらえる」


 ジュウゴの目が見開かれる。


「君ももらえばいい」


 ミツバチはジュウゴに詰め寄る。


 ジュウゴは理解力が低くて会話するのもいちいちジュウシの解説が必要で、すぐに拗ねるし面倒くさいし、会話をすれば十中八九苛立たせられて腹が立つけれども、この地上であれ以来ずっと自分を探してくれていた事実には報いたい。そうミツバチは思った。もう二度と捨てたくない、と。


「最終列車に乗れよ、ジュウゴ。ハツカネズミは君が僕を見つけるまでは同行するつもりだったと言っていた。だったらもう終わりだろう? 君は僕を見つけてくれたんだし、ハツカネズミと同行する理由はもう無い。これ以上こんな危険しかない地上を彷徨う必要なんて無いんだよ」


 義務と規則は課せられるけれども、少なくとも命の保証はされる場所だ。


「夜汽車に似ているんだ、細部は遠く及ばないけれども。でも、だから、君も一緒に…!」


「ハツを置いて行けないよ」


 ミツバチが散々気を使って誘ったのに、ジュウゴはそれを一言で退けた。


「線路までという話だったんだろう?」


 断わられるとは思っていなかったミツバチは、尚もジュウゴに詰め寄る。


「それはそうなんだけれども…」


「君の目的は達成されたじゃないか」


 責めるように歩み寄るミツバチを、避けるように後ずさりしながら、


「ハツの目的がまだなんだ」


 ジュウゴは困った顔で言い訳をした。


「確かに僕の目的は君を探すことだったけれどもハツの目的はヤチネズミたちの『どうつつ』に行くことだと言っていた。僕は僕の目的のために手伝ってもらったのだから僕も彼の目的のために手伝い返すべきじゃないかな」


 どこで仕込まれてきたのか面倒くさげな価値観を振りかざして、ジュウゴはハツカネズミに同行し続けると主張する。しかしその理屈を通すならば、


「彼らによって僕たちは夜汽車を降車させられたのだから、彼らが僕たちにあの時の損害を返済するのは当然じゃないか」


 こういう言い方も出来るだろう。


 「損害って…!」とジュウゴは声を荒らげかけたが、


「彼らのせいでハチは死んだだろう」


 ミツバチは事実を告げる。ジュウゴは口を噤む。


「ジュウシだって彼らに殺されたようなものじゃないか」


 ミツバチは痒くも無い手首を擦るように握りしめる。


「ネズミに関わると碌なことにならないって、君だっていい加減わかるだろう?」


 震えだした声を押し止めるために、肩を怒らせ首を竦める。


「イナゴが言っていた、塔の地下には化け物が住んでいるって。『赤いネズミ』と言ってそれに関わると身体が変調を来してまともに動けなくなるって」


 「『赤いネズミ』?」とジュウゴが首を傾げた。


「そのネズミはどこかが赤いのか? ハツは赤いところなんてなかったけれども…」


「知らないよ!」


 ジュウゴがどうでもいい点に固執し始めたからミツバチは切り捨てる。


「そんなことどうでもいいだろう? きっとどこかが赤いんだよ! 青いかもしれないし。今、大事なのは赤いかどうかではなくてそれがネズミだということだ。

 そいつは塔に癒着しながら腐臭を放って血液を撒き散らしているらしい。それがあるから塔はネズミを地上に放つしかないんだ」


 カイコから聞いた噂を話すミツバチに、ジュウゴは眉根を潜める。


「腐臭と血液って、それはもう死んでいるということじゃないのか?」


 ジュウゴが首を傾げながら意見してきたから、「知らないよ!」とミツバチはさらに怒鳴りつけた。


「生きているのか死んでいるのかなんてどっちでもいいよ。生きていたって死んでいたってそういうのがいて、それがネズミだってことが問題なんだ。

 化け物なんだよ、ネズミは。災厄を撒き散らす塔の汚点だ!」


 ゲンゴロウもそう言っていた。


「関わってはいけないんだよ。彼らが何をしているかなんて誰も知らないし、彼らが地上を走りまわっている時は僕たちも降車してはいけないんだ。関わってはいけない連中なんだよ」


 そうジグモから教わった。


「だから君も今すぐ縁を切った方がいい。ハツカネズミについて行くなんて言語道断だ。もし彼も『赤いネズミ』だったらどうする? 君もまた巻き込まれることになるんだぞ?」


 あの時みたいに。


だったら(・・・・)じゃなくてそう(・・)かもしれない。そうなんだよ、きっと。だって彼らが夜汽車に乗り込んできたから僕たちは災厄に巻き込まれたんじゃないか! 仮にそうじゃなかったとしたって彼は…!」


「ハツ」


 ジュウゴが自分の後ろを見遣ってそう呟いたから、ミツバチはぎくりとして息を止めた。


 どこから聞かれていただろうか。場合によっては死もあり得る。ジュウゴを押し退けて飛び降りるか? しかしハツカネズミのあの脚力から逃げきるのは苦しいだろう。


「ハツ、ハツは『赤いネズミ』……?」


 ジュウゴが余計なことを口にし始めた。頼むから君は黙れ! その日何度目かの同じ願いをミツバチは唱えた。しかし、


「お前、」


 呼ばれて肩を掴まれた。ミツバチは息を喉の奥で破裂させた音を出す。


「その話、詳しく聞かせて」


 そう言って振り向かされた先のハツカネズミは、見たことも無い真剣な目をしていた。

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