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00-229 締結

「単刀直入に聞く」


 クマタカは顔を上げる。


「お前らの目的は何だ」


「夜汽車を止めることだって」


 下を向いたままカヤネズミは面倒臭そうに繰り返す。


何のために(・・・・・)夜汽車を止めるのかと聞いている」


 クマタカも繰り返す。


「アイを消して、夜汽車を止めて、塔を使い物にならなくしてまでお前らが手に入れたい物は何なのかと…」


「平等だ」


 再び長くなりそうだったクマタカの説明を、カヤネズミが一言で黙らせた。


 クマタカは唇を閉じる。眉根を潜めて瞬きし、ネズミの男をじっと見つめる。


「俺たちは塔を潰したいわけじゃない。保管体は腹立つけど、ぶっちゃけあいつらが死のうが生きようがどうでもいい」


 後ろ手に拘束されたネズミは、湯呑の中をじっと睨みつけるようにして言う。


「もっと言えば俺は地下に住む者(あんたら)のこともどうでもいい」


 これまでの悪行三昧を棚に上げて淡々と続ける。


「でも夜汽車は別だ」


 そこでカヤネズミは顔を上げた。クマタカはネズミと目が合う。


「子どもは別だ、解放してやりたい」


 クマタカの目の奥を見据えて、カヤネズミは訴えるように言った。


 クマタカは唇を閉じ、奥歯を噛みしめる。覗きこんでくるネズミの目を同じように見据えてその本気を読み取り、


「くだらない」


 一言で切り捨てた。


 まさにくだらない戯言だった。寝言だとしたら叩き起こしてやるべきだろう。夢を見るにも程がある。理想と呼ぶには非現実的過ぎて手段を問う気さえ起らない。


 クマタカの反応が予想外だったのか、カヤネズミは目を見張った。それを見下ろしながらクマタカは続ける。


「夜汽車を解放する? その手始めがあの『横取り』か。夜汽車(こども)夜汽車(せんろ)から下ろして地上を歩かせることが救済だとでも言うのか」


 自由を与えることが正しいのか。


「なんも知らされないであんな箱ん中に押し込められてる理不尽が許されるわけないだろ!!」


 自由を奪うことに正しさがあるはずがないと、カヤネズミは唾を飛ばした。


「『理不尽』か」


 その響きにクマタカは鼻で笑う。


「敗者が使いたがる負け惜しみだ」


 完全に矛盾のない決まり事など現実には存在し得ない。


「負け惜しみって……」


 カヤネズミは唖然とする。やがて顔を赤らめ歯噛みすると、


「決まりさえ教わらないで勝負ができるわけないだろが!!」


 拘束されながらも全身を使って反論した。クマタカはがたつく卓から距離を取る。


「勝負しなければいい。そのための車両(よぎしゃ)だ」


 不自由によって守られる安全もある。


「勝負しないで敗者もねえだろ! 負け惜しむ以前の問題だろが!!」


 勝敗がどうあれ勝負をする機会は与えてやるべきだ。


「最初から結果が分かりきっている勝負をする意味があるのか」


 考えればわかることを実証する必要はない。


「勝負さえ出来りゃ可能性はあんだろ!」


 何事もやってみなければわからない。


「非効率だ」


 全ての可能性を一々検証などしていられない。


「効率なんて求めてねえよ!!」


 効率が全てではないだろう。もっと大事なことがあるだろう。


「お前の話は理想論だ。限られた資源と電気で回していくにはそんなものに拘っているわけにはいかない」


「そんなものって!?」


「だから…」



 命は『そんなもの』なのか。



 クマタカは口を噤んだ。


―仕方ないんだよ。ずっとそうしてやってきたんだ―


 そうだ、仕方ないのだ。それ以外に方法がなかった、何も見つからなかったのだから。


―どっちが効率的かなんて一目瞭然だろう?―


 火を見るより明らかだった。アイを導入してから駅の利便性に文句をつける部下はいないし、今やもう電気無くしてワシは生きていけない。


―クマタカ君のは理想論だよ―


 実現不可能な願望など力を持たない、意味を成さない。だから、


「なに寝てんだよ」


 ネズミの声で引き戻された。


 カヤネズミが覗きこんでくる。敵意をむき出しにした形相が、クマタカの次の言葉を待ちかまえている。


「お前の考えは、」


―君は―


「子どもじみている」


―優しすぎるよ―


 言ってクマタカはネズミの視線から逃げるようにして顔を背けた。



 突然歯切れが悪くなったクマタカをカヤネズミはしばらくまじまじと見つめていた。やがて、


「つまりあんたも子どもの頃は夜汽車を止めたかったってことか」


 それまでとは一転して落ち着いた声で言った。


 クマタカは驚いて顔を上げる。すぐにネズミと目が合い動揺し、それを悟られまいとして睨み返す。しかしその強がりは見破られていたようだ。カヤネズミは地下牢で対面した時と同じような不遜な目で片頬を持ち上げる。


「何がおかしい」


「笑ってねえって」


 完全に歯を見せながら、ネズミはそんなことを言う。クマタカは眉間に皺を刻み腰を上げた。


「お前と話すことは無い」


「嘘つくなって。めちゃくちゃ喋りたがってんじゃん」


「寝言は寝て言え」


「それが全然眠くないんだよ」


「今ここで寝るか」


 言いながらクマタカは太刀の刃を覗かせたが、


「その前に俺はあんたと話がしたい」


 うすら笑いをやめて真顔を向けてきたネズミの前で、動きを止めた。


「あんたが俺を生かしてくれたことには感謝してる。今この機会を与えてくれたことも。だから俺は腹割って本音を話した。俺()の目的じゃない、俺の(・・)目的だ、俺のしたいことだ」


―クマタカくんがしたいこと―


「だったら次はあんたの番だろ」


「何が……」


「あんたは何がしたいんだよ」


―手伝わせてよ―


 瞬きを忘れた。


 太刀を鞘に戻す。見下ろしていたネズミの眼差しに真正面から向き合う。


「作戦は」


 クマタカはネズミに尋ねた。カヤネズミは目を見張るといやらしく口角を上げた。


「そこまで言うからには考えがあるのだろう? それともただのはったりか」


 ネズミの顔が煩わしくてクマタカの眉間の皺は深くなったが、


「心配すんなって」


 カヤネズミが自信満々に言ってのけた。

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