11-244 異変
「シュセキも生きているの!?」
話の筋とは関係の無い点にミツバチは過剰反応を示した。「うん。相変わらず腹立たしかったよ」とジュウゴは軽く言ってのける。
「でも彼は左脚が……」
「それは大丈夫。新しい脚を置いてきたし彼はすぐに使いこなしていたから」
ミツバチは視線を泳がせながらおずおずと尋ねかけたが、ジュウゴは全くその様子に気付く気配もない。
「そういえばあんな重い物を頑張って持っていってやったのに、彼は一言も礼を言ってくれなかったんだ。それどころか僕の目を勝手にいじってこんなものまで付けてきて…!」
「ジュウゴ?」
話しながら腹を立て始めたジュウゴを止めたのはハツカネズミだ。
「その話は何回も聞いたよ。それよりも今はこいつに話すことがあるんじゃなかったの?」
『こいつ』と顎で指されてミツバチは顎を引く。「そうだった」と言って、ジュウゴは側頭部を掻く。
「それで、僕が『危ないよ』って言いに行こうとしたらそれより先にワンが走っていってしまって、」
ワンはハツカネズミに噛みついた。彼の狩りの手法だった。
ワンが捕らえた獲物にジュウゴが小銃か短刀で止めを刺すのが彼らの狩りの体系だ。だがその時は前の狩りからまだ日が浅かった。空腹から程遠かったジュウゴはすぐさまワンに無駄な狩りを止めさせようと駆けつけたのだが、なんとワンは劣勢だった。慌てたジュウゴはすぐさま小銃を構えたが、
「相手がハツだったんだよ」
ハツカネズミの複数本の手で抑えこまれたワンは、彼の武器である歯をあらわにさせながらも、空を噛むだけだった。
―ハツ!?―
銃口を地面に下ろしてジュウゴは覗きこんだ。呼ばれたハツカネズミは、ワシに突っ込んでいった時のような凶悪な顔をしていたが、
―僕だよ! 夜汽車のジュウゴ! 君たちが夜汽車から下ろしてくれた。覚えてない?―
―ジュウゴ……? ジュウゴ!!―
ジュウゴに気付いたハツカネズミは一転、満面の笑みを向けてくれた。
その後ジュウゴの説明でワンを解放したハツカネズミだったが、仕掛けた相手に惨敗し、それどころかジュウゴに助けられてしまったワンは、以降落ち込んでいるという。
「俺も獣なんて生で見るのは初めてだったけど、売られた喧嘩は買わないと失礼じゃん?」
断わるという選択肢をハツカネズミは持ち合わせていないらしい。
「確かにあれはワンが悪いけど。でもハツだって酷かったよ」
ジュウゴは若干頬を膨らませてハツカネズミに不平を言うと、
「けれども君だって不必要に誰でも彼でも殺そうとするのはいけないよ」
同じ顔でワンにも不満をぶつけた。ワンはそっぽを向いて白い息を吐き出すだけだった。
ジュウゴに笑顔を向けてくれたハツカネズミだったが、ワンを解放した途端にその場から動けなくなってしまった。体力が尽きたのだ。しばらくしたらまた動けるようになるから、とハツカネズミはジュウゴに言ったが、一向にハツカネズミの体が動き出す気配はなかった。
「そのうち太陽も出始めてきて、日陰に避難しなきゃと思ったけどそれでもハツは動かなくて、」
―俺は大丈夫だから。お前ら先に行ってな―
ハツカネズミはそう言ったが、ジュウゴは拒否した。太陽の真下に置いて行けるはずがない。捨てていく訳がないじゃないか!
「だからハツを『おんぶ』して瓦礫を探したんだけど、」
「『おんぶ』って、このハツカネズミをおぶったの? この大男を? 君が??」
ミツバチはハツカネズミを見上げる。夜汽車の中では背の高い方だったミツバチでさえ、ハツカネズミの体格には及ばない。夜汽車の生徒は総じて小柄だとジグモにも言われたが、ミツバチからしてみれば、地下に住む者やネズミや最終列車の面々が大柄過ぎるだけだ。
その大柄で十肢を持つハツカネズミを負ぶうなど……、
「最近はよくせがまれるからいつもワンを『おんぶ』しているし問題無かったよ。慣れじゃないかな。それにハツは見た目の割に体重が軽いんだ。ハチみたいに」
「ハチぃ!!?」
ミツバチは素っ頓狂な声を挙げる。ハチと言えば夜汽車のハチだ。ネズミによって夜汽車が急停車させられた時、その崩壊によって大怪我を負い、そしてそのまま動かなくなっていた女子生徒。
「は……ちも、……生きているの?」
あの状態は紛れもなく死んだものと思っていたのに。
「ハチとジュウシは死んだじゃないか」
ジュウゴが自嘲気味に苦笑する。
「でも君、今ハチを…」
「ハチは『おんぶ』じゃないよ。抱えたんだ。あの時みんなで暖をとった廃屋に、あの時と同じ格好で眠っていたから、砂に埋めてあげようと思って」
ジュウゴはハチの遺体がある場所に戻ったらしい。
「その時のハチがすごく軽くて」
干乾びていたのだろう。地上に置き去りにされた死体がどのように変容していくかを、すでにミツバチも知っている。
「そりゃあハツもハチに比べたら重たいけれども、」
そこでジュウゴは顔を上げて、
「ワンよりは軽いからハツならいつでも『おんぶ』できるよ」
ハツカネズミに微笑みかけた。
「ありがと」
ハツカネズミも微笑み返す。
「ジュウゴはいい子だね。頼りになるよ」
言ってジュウゴの頭を撫でた。ジュウゴは嬉しそうに、照れくさそうに笑っている。
「で、その後どうしてくれたんだっけ?」
話すことをすぐに忘れるジュウゴを、ハツカネズミが優しく促し思い出させた。
「そうそう! それで昼を過ごせそうな瓦礫を見つけたんだけど、僕とワンだけならまだしもハツも加わると小さすぎる日陰で、」
ハツカネズミの体は日光に晒された。
「なんとかみんな日陰に入ろうと思ったんだけど、ワンは毛むくじゃらがじゃらじゃらし過ぎているから太陽になんて当たれば涎が止まらなくなってしまうし、でも別の瓦礫を探して移動するにはもうすっかり朝になってしまっていたし、」
ハツカネズミの皮膚は日光に焼かれて爛れていった。
「火傷には水だろう? 熱い時は冷やさないといけないと思ってありったけの飲み水をかけたんだ」
「いらないって俺は言ったんだけどね」
小首を傾げて即頭部を掻きながらハツカネズミはすまなそうに笑う。
ハツカネズミが怪我をしてもすぐ治るところはミツバチも見たことがあった。ヤチネズミもそんなような話をしていたし、おそらくハツカネズミの言葉は遠慮ではなく事実だったのだろう。
だがその時のハツカネズミは、何故か体力も回復せず、日焼けによる火傷も治癒していく気配がなかった。
「俺に使うよりお前が飲みなってジュウゴにも言ったんだけどね、」
「でも結果的に君にかけて正解だったじゃないか」
結果的に、ジュウゴの選択が正しかった。
ジュウゴは水筒の中身をハツカネズミにかけた。ハツカネズミは全身が焼けていたし、飲んでくれと言ってもハツカネズミは「いらない」の一点張りだったからだ。ならば全身を濡らしてしまおうと思った。全身がずぶ濡れれば、嫌でも口に水が入るだろう。鼻の穴からでもいい。とにかく暑そうなハツカネズミを冷やしてやりたかった。
「そしたらね、水をかけた皮膚がハツは吸収して張ったんだよ!」
「うん。君は何を言っているのかな」
興奮気味に片目を輝かせるジュウゴを、冷たく沈んだミツバチの冷静が諭した。
「水をかけた部分の皮膚が水を吸収して皮膚に張りが出て、そこから俺が再生していったんだよね?」
ハツカネズミが非常に巧みに噛み砕いて、ミツバチにもわかるように説明し直してくれた。ジュウゴはその横で、「そう言ったじゃないか」などと言っている。彼は自分の言い回しとハツカネズミの説明が全く同じものと錯覚しているようだ。
「つまりハツカネズミは水をかけると体調が良くなるということだね?」
改めてミツバチは確認をとり、ちらりとハツカネズミを見遣った。どれほど笑顔を向けられても異様な風貌は見慣れない。
「不思議だよねぇ?」とハツカネズミは呑気に笑った。




