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11.後日談 Ⅲ

「お時間いただけるかしら?」




終業時間を見計らって、商会から出て来たレオンハルトを待ち伏せしていたディアナは呼び止めた。こうなることを予想していたのか、レオンハルトは動じることなく肩を竦めてみせる。


「私のような者と会っても大丈夫なのでしょうか?」

「もちろんです。離れた位置に護衛の者もいます」


ディアナが目線をやれば、昼間に彼女を護衛していた者達が一人いた。その護衛は元はモーント公爵の護衛で、レオンハルトを知る人間であったから、彼も見覚えがあるかもしれない。それに、レオンハルトが危害を加えてくるとは思わないが、他の場所にも何かあれば飛び出して来られるように待機するように命じていた。


「いえ、私のような得体の知れない人間が近づいては、婚約者様が気にされると思いまして……」

「えッ!?」


どうやらレオンハルトは、存在しないディアナの婚約者を慮って面会を躊躇ったようであった。確かに未婚の男女が同伴者無しに会うことは品の無い行為にあたるので、心配するのは当然なのだけれど、


「あれから新しい相手もおりませんので、御心配無く……」


結婚することが当たり前の文化の中で、適齢期にもなって決まった相手もいない、魅力の無い女だと自己申告しているようで居た堪れない気持ちになってしまった。微妙な空気になったものの、レオンハルトは納得したようだった。


「少し歩きましょうか」


別にどこかに行く当てなどなかった。この時間とて、あの事件の当事者として話したいことがあると護衛を説得して叶ったものだ。しかも所縁のある護衛がいなければ決して許可は下りなかっただろう。身分はディアナの方が上でも、護られる立場では弁えて当然の話だ。立場がある人間がルールを破れば、謂れなき人々が犠牲になると思い知ったのだ。


「王都を出た後、すぐにこちらの街へ?」


メテオーア男爵家のその後について、ディアナは詳しくは知らない。キャサリンが修道院に入り、時折両親が面会にやって来るという程度の説明しか受けなかった。レオンハルトという有望な人材を手放すことになった父公爵は、その事実に繋がる話をしたがらず、公爵に倣って他の者達もまた口を閉ざしたのだった。


「いえ。両親は北の修道院の近くに居を移しましたので、少しの間は一緒に過ごすことになりました」


久方ぶりに家族と過ごす時間が、妹を修道院に送る為の準備期間であったという話に、ディアナは何だか身の置き場がなくなってしまう心地がした。


「両親も新しい土地に落ち着いたようなので、こちらの街には仕事があると聞いて、移って来ました」

「元気に暮らしているようで安心いたしました。でも、荷運びをしてるなんて思わなかったわ。あの日に会った貴方は細身だったから……」

「私は王都に出るまで、ずっと野良仕事を手伝っていましたから、むしろ人足の仕事は馴染みのあるものでした」


あの貴族然とした涼やかな紳士が、農作業が得意だったと聞かされて、ディアナは柄にもなく驚いてしまった。


「私の故郷は、貧しい地域にありましたから、子供も親の手伝いをするのは当たり前でした。私も平民の子らに交じって畑に出て、その合間に平民用の学問所に通っていたのです」


財産がある貴族は初等教育は家庭教師から学び、王立学院に入学する。平民用の学問所に通っていた人間が入学して、首席として卒業するには並大抵の努力で語れるものではないだろう。


「採用試験を受けなかったのですね」


聞きにくい話ではあったが、ディアナは単刀直入に尋ねた。


「お恥ずかしい話ですが、門前払いです」

「……試験は国民の全てに受験資格があるはずです」

「えぇ。受け付けてもらえましたよ。しかし、受験票などの必要書類が何故か行方不明になってしまうのです」


恐らくメテオーア男爵家を恨む者達による妨害を受けたのだろう。もしくは、レオンハルトに王宮に戻られては困る者がいるのかもしれない。


「諦めますか?」

「いいえ。あちらが根負けするまで受験し続けます。受験書類を手に入れる為、名前も住む場所も変えました」


キャサリンが入った修道院は王都より北の地方にある。この街は正反対の南に位置している。だからこそディアナはこの街にレオンハルトがいるとは思わなかったのだ。


馬鹿正直な男かと思っていたが、名前を変えて敵を欺こうとすることも出来るのか。偽名を本名を短縮させるだけというのも賢い。名を変えたと難癖を付けられた時、『平民になったのだから、貴族らしい名前は良くないと思った』と弁明するだけだ。


「先日、採用試験に関わる部署に監査が入り、情報が漏洩していたことが発覚しました」


あれだけ大勢の目の前で試験を受けると言ったレオンハルトの名が、二年にも渡り出て来ないことに不審に感じたモーント公爵とディアナが内偵に乗り出したのである。ある程度の証拠が集まったところで監査に踏み切り、処断に至ったのだ。書類を受け付ける担当者の一人に、複数からレオンハルトの出願書類が届いた場合、本来受験者に返信する書類を破棄するようにと命じていたのだとか。


「貴方を妨害していた人間は王宮から消え失せました。次回以降の受験書類はモーント公爵家が手配した信用のおける人間が届けに来るでしょう」

「……そうでしたか。公正な試験が行われるということは喜ばしいことです」


レオンハルトを買っていたモーント公爵を始め、今後も有能な人材を不当に貶める可能性もあることを考え、担当者と依頼した人間は厳罰に処されたのだった。

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