04 【解決編】龍翔が優等生?③
私がフルフェイスのヘルメットを被ったまま、見舞いに来てくれた同級生と談笑していると、龍翔は焦れた素振りで、少し離れたところから見ている。
龍翔は、他の友人が病室を出ていかないので、なかなか二人きりになれるチャンスがないから、きっと苛ついているのだろう。
「さくらちゃん、それいつまで被ってるつもり?」
「なんか脱ぐタイミングがわからなくて、みんなが帰ってから脱ぐよ」
「何それ、笑える」
本当は、龍翔に襲われるのが怖くて脱げないのだが、そんなこと口が裂けても言えない。
私が龍翔ばかり視線を向けていると、親友の真美が何かを察した様子で、他の同級生に目配せしている。
「私たち、そろそろ帰るね」
「え、あ、そうなの?」
「私たちがいると、お二人の邪魔みたいだからさ」
「うん?」
「そう言えば、昨日も龍翔だけ病室に残ってたよね。親友の私でも、さくらちゃんと龍翔が、まさかそんな関係とは知らなかったわ」
「ち、違うよ、まみちゃんの誤解だよぉ」
「さくらちゃんと龍翔なら、お似合いだと思うよ」
「どこが? あはは……」
とは言ったものの、ここで同級生を引き止めれば、龍翔の機嫌を損ねかねないので、乾いた笑いで見送った。
龍翔は病室で二人きりになると、ベッドの横に置かれたパイプ椅子に腰掛ける。
「クラスの連中には、変な誤解させちまって悪かったな。あとで、誤解を解いておくから安心しろ」
「よろしく頼むよ」
「まずはヘルメットを脱げ」
「殴らない?」
「俺が、なぜ桜子を殴る?」
「うちの学校はバイク通学禁止なのに、みんなに龍翔くんのヘルメットを見られたから……。龍翔くんはヤンキーのくせに、学校では優等生を演じているよね」
「俺が、いつ優等生を演じてるってぇ?」
やばい、ヤンキーを売りにしている龍翔に、優等生を演じていると言って地雷を踏んだ。
龍翔は眉間にシワを寄せて、私の顔を覗き込んている。
「ごめんなさいっ、そんなつもりなかったんだけど、病室の窓から学校の様子がよく見えて、龍翔くんが真面目に授業を受けているとか、先生に挨拶してる姿とか見ちゃって。龍翔くんは普段、悪ぶってるのに意外だなと思って」
「俺のどこが悪ぶってるんだよ!」
「ご、ごめんなさい。でも龍翔くんは金髪だし、バイク通学禁止なのに、これバイクのヘルメットでしょう」
拳を握った龍翔だったが、私が頭を下げながら申し開きすると、ため息をついて手で顔を覆った。
龍翔は、私に『悪ぶっている』と指摘されて、落ち込んでいるように見える。
「いいや、桜子の言うとおり、俺は優等生を演じているのかもしれない」
「かもしれない?」
「ああ、俺の頼みは、校則で禁止されているバイク通学するわけにいかないから、桜子のお見舞いってことで、病院の駐車場を使わせてくれってことだ」
「どういう意味?」
私はヘルメットを脱いで、まるでヌイグルミのように胸に抱える。
龍翔には、どんな複雑な事情があるのだろうか。
「桜子のお見舞いなら、バイク通学じゃないだろう。だってよぉ、バイクに乗るのは、桜子のお見舞いが目的で、通学するためじゃねぇんだ」
「まあ、確かにそうなるのか」
龍翔の話を詳しく聞けば、この病院に2月まで母親が入院しており、見舞いがてら病院に併設されている駐車場を利用していたのだが、母親が自宅療養になってから『母親のお見舞いにバイクできた』という誘い文句が使えなくなった。
そこで龍翔は、母親から私に乗換えて、事実上のバイク通学を正当化したいらしい。アホらしい。
「頼むよっ、桜子!」
「そんなこと頼まれても困るよ」
「俺は毎日、ちゃんとお見舞いにくるから、お見舞いにバイクできたことにしてくれ」
「そこまでしなくても、勝手に駐車すれば良いじゃないのさ。見舞い客には、サービス券も発行されないし、先生に注意されたときだけ、私のお見舞いだと言い張れば良いじゃん」
「いいや、それだと校則違反になるじゃねぇか。俺は、死んたオヤジとの約束で、曲がったことをしねぇと誓っているんだぜ」
「龍翔くんが校則違反に拘るなら、どうして金髪なのよ。ちゃんと黒髪にしなさいよ、黒髪に」
私は、先生でさえ指摘できない龍翔の金髪を指差して、黒髪に戻せと注意する。
龍翔が金髪にする理由には、今度こそ複雑な事情があるに違いないと思った。
彼は、前髪を指に巻き付けながら首を傾げる。
「俺の金髪は、地毛なんだぜ。校則では、染毛禁止だから地毛のままなんだが、なぜ黒髪に染めなきゃなんねぇんだよ」
「それ地毛なの……。あ、もしかして病気とか?」
そうか、言われて見れば、龍翔は目も青いし、肌も透けるように白いのだから白子症だったのか。
そういうことなら、確かに先生も注意しない。
「いいや、俺はアメリカ北部生まれの生粋のヤンキーだ。金髪は、俺のアイデンティティみたいなもんだぜ」
「あ〜、そういうこと」
「どういうことだ? 俺がヤンキー(※生粋のアメリカ人)なのは、全校生徒が知っていると思うぜ。事情を知らねぇ不良に絡まれないように『俺はヤンキー』だと、説明してるからよぉ」
龍翔の言葉遣いが巻き舌で、どこか高圧的なのは、親日家でヤクザ映画が好きだった父親の影響らしく、みんなといるとき、口数が少なく寡黙にしているのも、同級生を驚かせないためだと言う。
私の話を聞かないのも、聞かないではなく、日本語が上手く聞き取れないときがあるらしく、そういうことだから同級生や先生は『あいつヤンキーだから仕方ない』と、半ば意思疎通を諦めてしまうのだ。
龍翔とは、入学してから同じクラスだったのに、彼の容姿から不良だと決めつけて、遠ざけていた自分が情けない。
龍翔は無遅刻無欠席、勉強熱心で校則を重んじる正真正銘の優等生であり、優等生だと誤解されている私と彼を、親友の真美が『お似合い』だと評するのも頷けた。
「そんな優等生が、なぜバイク通学を?」
「俺さ、病気の母親がいるんだ。親父が亡くなってからは、新聞配達のアルバイトやったり、家事を手伝ったり、電車とバスを乗り継いで登校すると遅刻すんだよ」
「ああ……、龍翔くんのこと、今まで色々と誤解して、ごめんなさい」
心からの謝罪である。
龍翔は金髪でバイクを乗り回し、名前もキラキラネームだったので、両親揃ってヤンキー一家だと思ったけれど、彼の本名はリュート・ジャクソン、亡くなった親日家の父親は証券マンで、自宅で病床に伏している母親は小学校の先生だったらしい。
「俺の日本語が上手くねぇからよ、桜子に誤解させちまったんだ。詫びるのは、俺の方だぜ」
最後の日まで人並みに生きたいは、私の我儘なので、それを同級生に強要したくなかったから、命に関わる病気のことは、同じ中学から進学した真美にしか話さなかったし、同級生を遠ざけていた。
同級生との関係が深くなれば、要らぬ気を遣わせれば、いざというとき、悲しみが深くなるからだ。
もしかすると龍翔は、私が余命宣告を受けていると知らないから、大病を患っているにも関わらず、普段どおりに接してくれるのかもしれない。
「いいよ……」
「うん?」
「だから、私のお見舞いをバイク通学の言い訳にして良いよ。その代わり、毎日ちゃんと顔を出してよね」
「本気かよ!?」
「うん」
龍翔は、ベッドに身を乗り出して顔を寄せてくる。
そしてハグして、私の頬にキスした。
”Thank you Sakurako!! I love you♪”
前言撤回。
こいつ、やはり殺しにきてる。
次回は第三話【問題編】です。
愛されキャラの用務員さんが、なぜか生徒たちの噂話を収集して生活指導の体育教師に密告しているらしい。桜子と龍翔が、豹変した用務員さんの謎に挑みます。面白いと思ってくれた方は、ブックマークと評価もよろしくお願いします。