03 【問題編】龍翔が優等生?②
心電図検査室に向かう車椅子は、健吾がベッドまで運んで来るので、私の準備は、春物のカーディガンを羽織って待機するだけだった。
車椅子には、歩けないほど足腰が弱っていないので、自分で座れるし、勝手知ったる院内であれば、心電図検査室まで介助してもらう必要を感じないのだが、今の私は、発作による転倒事故でも命取りだからと、トイレに向かうときでさえ自立歩行を禁じられている。
こんな車椅子で移動する生活が続けば、いつかベッドから起き上がる体力がなくなりそうだけれど、どうせ退院の見込みがないのだからと、リハビリルームでの運動も億劫なので通うのを止めた。
生きる気力は、既に尽きかけているのだろうか。
「僕が迎えに来るまで、良い子に待っているんだよ」
「私は子どもか」
「野田先生、後のことはよろしくお願いします」
健吾は、私が心電図検査室のベッドに仰向けに寝ると、保育園に園児を預ける親のように言ったので、手を煽って部屋を追い出した。
検査技師の野田冴子先生は、ベッドで仰向けになっている私の前開きノンワイヤーブラを開けると、鎖骨下と下乳辺りを指先で探り、冷たいゲルを塗って電極の吸盤を貼り付ける。
心電図の電極を貼り付けるのに、ブラまで外す必要がないのだけれど、下着がゲルで汚れることもあるし、冴子を幼い頃から知っていれば、同性なので気にせず脱いでしまう。
「はい、武士の情け」
「冴子先生は、いつもタオルで胸を隠すとき、それ言いますけど、どんな意味なのか知っているんですか?」
「知らない」
私が物心がついたときから、この病院で検査技師だった冴子の年頃は母親と同じくらいで、言葉のチョイスがいちいち古めかしい。
「では5分間、おしゃべりしないで動かないでね。安静にしてないと、電気でビリビリってなっちゃうよ」
「なったことないです」
「あ、そう」
心電図検査で感電するわけがなければ『電気でビリビリ』は、子どもの頃から聞かされた冴子の定型句なのだが、女子高生になっても子供騙しが通用すると思うなよ。
部屋の明かりを落とした冴子は、私に背を向けてデスクトップの置かれた机に向き合うと、肩肘をついて欠伸を噛み殺した。
薄暗い部屋のベッドから、眠い目を擦る冴子の背中を見られるのは、あと何回なのだろうか。
携行タイプのホルター心電図を装着すれば、ここのベッドに横になる必要がなくなるし、彼女のお寒い定型句を聞く機会もなくなる。
今まで当たり前だと思っていたことが、当たり前でなくなっていくことが、なんだか悲しい。
◇◆◇
病室に戻ると、気晴らしに窓から学校を眺める。
私の通うはずだった3年生の教室は3階、病室と同じ高さにあるので見通しがきけば、顔見知りの同級生の行動は、自分も教室にいる気分に浸れるので、見ていて飽きることがない。
彼らは、私が命に関わる大病を患っていると知らなかったから、休み時間も席を離れず読書ばかりしていたので、可憐な優等生だと勘違いしていたらしい。
でも私が本当に優等生ならば、ブックカバーに隠してBL小説や漫画なんて読まないし、事情を知っている先生に病弱を理由にして宿題をサボらなかった。
「龍翔くんは、意外と真面目に勉強してるんだ」
私は授業中、先生の目が行き届く最前列に座っていたので、他の生徒を見ることが少なかったのだが、クラスのみんなが立ち歩いたり、隣の席の子と話したりするのに、龍翔は、黒板の方を向いて熱心にノートを取っている。
私は、みんなから『龍翔はヤンキーを売りにしている』と聞いていたし、染色禁止の校則があるにも関わらず、金髪で登校しているので、絵に描いたような不良だと思っていた。
でも龍翔は、今朝も遅刻したくないと、慌てて病室を出ていけば、授業もサボらないで聞いている様子であり、廊下で先生とすれ違えば頭を下げている。
鋭い目つきと金髪、荒れた言葉遣いを除けば、クラスメイトのお見舞いにも来てくれたし、典型的な優等生に見えた。
「どういうこと?」
放課後になると、病室を正面に見上げた同級生の数人が、私を見つけて校門から手を振ってくれる。
そのうち親友の真美と何人かは、病室にお見舞いに来てくれたので、彼らに真相を確かめようとしたものの、ちょっと遅れて龍翔が現れたので言葉を飲んだ。
まさか『龍翔くんって、本当は優等生なの?』とは、ヤンキーを売りにしている本人の前で、メンツを潰しかねないので聞き出せない。
「ねぇ、さくらちゃん、そのヘルメットは何?」
真美が、龍翔の置いていったバイクのヘルメットを目敏く見つけて聞いてくる。
「え、ええと……。地震とかの対策」
「防災用なの?」
「変かな?」
「フルフェイスだし、明らかにバイクのヘルメットよね」
やばい、バレたら殺させる。
龍翔が、鬼のような形相で睨んでいる。
「まみちゃん、これは防災用だからね。縦横斜め、どんな角度から物が落ちてきても、これなら完璧だからって見舞いの品でもらったのよ」
「そうなの?」
私はフルフェイスのヘルメットを被り、バイザーを上げて作り笑顔で答えた。
「私は寝るとき、いつもこれ被って寝てますから。ピース♪ ピース♪」
やけくそダブルピース。
同級生は唖然としているが、龍翔が笑いを堪えているので、一先ず当面の危機を回避できたと思う。
次回は【解答編】です。
ヤンキーを売りにしている龍翔が、なぜ優等生的な行動をしているのか、その理由を推理してください。面白いと思ってくれた方は、ブックマークと評価もよろしくお願いします。