02 【問題編】龍翔が優等生?①
私が目を覚ましたのは、翌朝のことだった。
朝食の配膳にきた看護師の北爪健吾は、体温計とオキシパルスメーターをベッドサイドテーブルに置くと、食事の前に測って記録するように言った。
健吾は心臓外科病棟で唯一の男性看護師で、まだ二十代半ばと若く、目鼻立ちが整っているので、同じ病棟に入院している女性患者、主におば様たちに大変評判が良かった。
「今日は、身体の調子が良いなぁ」
オキシパルスメーターの数値は91、体温は37.2の微熱だが、鎮静剤のおかげで、ぐっすり寝ていたから頭がすっきりしている。
私の血中酸素濃度は90%前後、健常者で95%以上なので低い数値ではあるけれど、先天性心疾患に身体が慣れてしまったのか、ため息をつくのが多いくらいで、91%あるなら息切れもせず日常生活に支障がない。
「桜子、昨日はごめんな」
「あ、龍翔くん」
龍翔は登校時間前、バイクのヘルメットとスクールバッグを肩に背負って、私の病室を訪れると、病室で騒いだことを謝っている。
まだ朝食中だった私は、箸を置いて御膳を下げて、龍翔の言葉に耳を傾けた。
「桜子には、変な誤解させたみたいで悪かった。確かに、あのタイミングで『二人きりになるのを待ってた』と言われたら、勘違いしても仕方ないよな」
「え、ええ、まあ……、そうね」
「桜子は、俺に告白されると思ったんだろう? そうなんだろう? 二人きりで話したいと言われたから、俺が告白すると思ったんだよな?」
「ちょ、ちょっと待って。そこを追及されたら恥ずかしくて、昨日みたいに発作がでちゃうから」
こいつ、わざとかな。
やはり殺しにきてるかも。
「あ、そうか」
「あ、そうかじゃないでしょう……。私は安静にしてないと、死んじゃうかもしれないのよ」
「桜子は、大袈裟だなぁ」
「大袈裟じゃないわ。私の先天性心疾患は、動悸を抑えて心不全を起こさないように安静が必要だからね」
「そんなことより、折り入って頼みがあるんだけど、話しても大丈夫か?」
龍翔には、私の命に関わる大切な話なのに『そんなことより』と、あっさり聞き流された。
真美たち同級生は、人の話を聞かない龍翔を『あいつヤンキーだから仕方ない』と、更生を半ば諦めている様子だったし、先生たちも彼の金髪を見逃している。
「龍翔くんは、人の話を聞かずに、昨日みたいに自分の都合ばかり押し付けようとするけどさ。クラスのみんなや先生が黙ってるからって、私の場合は、龍翔くんに話を聞いてもらわないと命が掛かってるわけ。感情の起伏が激しくなると、本当に死んじゃうかもしれないのよ」
余命宣告されている私には、龍翔が金髪のヤンキーだろうが、珍走団だろうが、べつに怖くなんかないのだ。
「じゃあさ、時間がないから手短に話すぜ」
「あれ、私の話を聞いてた?」
「やっぱり時間がねぇから、これ置いていくわ」
龍翔は、学ランの袖を捲くって腕時計を確認すると、ベッドサイドテーブルにバイクのヘルメットを無造作に置いた。
もしかしてヘルメットは、お見舞いの品だろうか。
「なんでヘルメット?」
「学校に遅刻したくねぇから、話の続きは放課後にするぜ」
「いや、だから、このヘルメットは何なのよ」
「放課後に来るから、またな桜子!」
駆け出した龍翔は、朝食の食器を下げにきた看護師の健吾に、思いっきり肩をぶつけて学校に向かったらしい。
彼はヤンキーのくせに遅刻を気にするとか、真面目なところもあるんだ。
「今の高校生は、前崎さんの息子さんだよね」
「健吾さんは、龍翔くんのこと知っているの?」
「ええ、彼のお母さんは以前、この病院に入院していたから何度か見掛けたことがある」
「そうなんだ」
健吾は口元に手を当てて、ハッとした顔で『今のは内緒ね』と、入院患者の個人情報だから他言無用にしてと、口止めされた。
食器を下げた健吾は、テーブルに置かれたバイクのヘルメットを見ながら、何かを察した様子ではにかんでいる。
「龍翔くんは、桜子ちゃんの彼氏さんなんだね」
「いやいやいやっ、私のタイプは、あんなヤンキーじゃありません。健吾さんみたいに、私を大切に見守ってくれる男の子です」
「僕みたいな?」
「健吾さんみたいな看護師です」
「ああ、看護師のことか。桜子ちゃんの好きな人が、僕なのかと思ったよ」
「健吾さんはアラサーのくせに、女子高生に好かれるとか、どんだけナルシストなんですか」
「ははは、アラサーのナルシストか……。そんなつもりないけど、よく言われるんだよね」
健吾は、アラサーと言われて肩を落としたのか、ナルシストと言われて落ち込んでいるのか、なんだか気まずい雰囲気が漂う。
「さて桜子ちゃんが薬を飲んだら、心電図検査に行くから車椅子を用意してくるね」
「あ、はい」
健吾が車椅子を取りに行く間、学校に登校してくる生徒を窓から眺めると、金髪の龍翔が校門で振り返って、私に手を振っている。
龍翔の周囲には、見知った同級生もいるのだが、彼以外の誰も私の存在に気付いていない様子だった。