収拾
町の外は家を出て来た時同様にバスの外は霧で覆われ、森の奥は白く染まり道以外にはなにも見えなくなる。
何かが飛び掛かってきても直前まで気が付けないような濃霧に、目的地に着くまで座って待つルールーが尋ねた。
「この霧って、何なんですかね?」
「エリア移動、近場も遠いところでも同じ距離進めば目的地につく。ロード画面をはさんで気分が盛り下がらないようにするための演出。目的地に移動するまでずっとマップ映像が視界いっぱいに写されたまま待機だと嫌でしょ。外見たくないなら窓にシャッター降ろせるけど?」
説明を受け納得したルールーは頷く。
「そういうことなんですね」
「そういうことだったのか!」
同じようにメビウス8も納得し驚いていた。
「え……」
霧が晴れ視界が開けてくる。
「ついたみたいだよ」
大木が伸びる空を覆い隠す薄暗い森。
心臓のように脈打つキノコや背中に苔の生えた蟹が歩いている。
バスはおそらくは敵が襲ってはこない安全地帯になるであろう隠れた場所に停車して扉を開けた。
「んー森の匂いがまた少し違う」
「匂いソムリエなの?」
バスを降りたルールーが伸びをして空気を吸い、フルムーンがアイテム欄を確認しながらツッコミを入れる。
3人はフィールドに降りると武器を構えると辺りを見回しながら歩き出す。
「すぐに倒して戻るか、少しぶらつくか。最初だからマップでも覚えるルールー? ボクはどっちでもいいけど」
「なら少し散策を良いか? 俺、ここのマップで欲しい素材があるんだが、ちょっとだけいいか?」
「敵倒してレベル上げはしないんですか?」
「レベル上げてもヒットポイント以外の能力値は上がらないし、経験値はクエストクリア報酬の方が高い。レベル上げたいならたくさんクエストをクリアした方がいいよ」
「それとターゲット以外のモンスターを狩り続けると、守護者と呼ばれるでっかい怪物が出てきてPKして去っていくそうだ」
「へぇ。とりあえずメビウスさんの素材探しを手伝いながらマップを歩きたいです」
「謎のでっかいモンスターか……ラオもそんなこと言っていたな」
「らお?」
「私にこのゲームを進めてきた先輩です。モンスターに出会ったことがあるのかな?」
「いや、攻略動画とか見るのが好きなんだ。多分であってはいないはず」
「結構動画投稿も増えて来たよな、運営も積極的に情報発信しているし、近々フォトコンテストもするとか。風景、ギャグ、戦闘シーン部門の三つで賞金が出るとか見たな」
「先輩は自分で動画投稿もしている人なんです」
拠点を離れ3人は森の中を散策する。
少し歩くだけでモンスターと呼べる動植物を見つけることができたが、ほとんどはこちらに気が付くと離れるそぶりを見せる。
剣を持って警戒していたルールーは、向こうから襲ってこないモンスターを見てフルムーンに尋ねた。
「襲ってはこないんですね」
「それでも凶暴なやつは飛び掛かってくるけどね。それはこっちで見つけたらかかわらないように離れてる」
「戦わないんですか?」
「回復魔法や回復アイテムも限りがあるから。できるだけ温存、必要最低限の戦闘。だからマラソンするんだ」
「なぜゲームでマラソン?」
何かを探すように気の上を見ていたメビウス8は、何かを見つけ森の中に生える細い木を指さす。
「あった、これだよルールー! 4匹もいるぞ!」
そういってメビウス8は木に張り付く昆虫のもとへと行くと、その木を思いきり蹴とばす。
「わっ、うえっ!」
ボトボトと樹液を舐めに来ていた昆虫たちが地面に落ちてきて、ルールは思わず後ろに飛びのく。
掌より1回り大きいでっかい昆虫をメビウス8は素手でつかみ上げる。
「鱗玉虫、年輪みたいな模様の入ったこの硬い羽根が盾の原料なんだ。30匹見つけるの大変だった。1クエストにだいたい1匹ずつしか出てこなくて萎えてたのに、今回は4匹もいるだなんて嬉しい限りだ!」
「でかい虫じゃないですか、気持ち悪い。こっち向けないで」
「道具も装備も作るのに何十という素材アイテムが必要になる、大変だった」
「そうなんですか、いっぱいアイテム出るけどほとんど素材アイテムだったし私もいつかこうやって集め回るのかな?」
拾い上げた2匹をしまい、残った2匹もすぐに捕まえるメビウス8。
自分もアイテムを回収しようとフルムーンが、虫を怖がり内股になって震えているルールーの手を引いて虫に近寄っていく。
「私たちもアイテム回収しておこうルールー」
「虫を素手で捕まえるの!?」
「いやなら剣の鞘でつつくだけでも回収できるよ。素材アイテムは触れるだけ回収できるから」
「それならば……まぁ……」
腕を伸ばし鞘の先端で虫をつついているルールーにしがみつかれたまま、フルムーンが槍の先で虫を回収し周囲を見回すと何かに気が付いて1点を見つめる。
「あ」
「また何か!?」
怯えるルールーを尻目にフルムーンが見つけたものを指をさす。
指さす方向を見ると日当たりのよい空き地に生えていた1本の樹。
「あれが討伐対象、討伐理由は調査の妨げ」
人の身長の何倍も背丈のある他の木々と違って、根や幹は太く短く広がる枝葉は背を伸ばせは触れてしまえるほど。
遠目からも近づいても背の低い大木にしか見えない。
「あの木ですか?」
「そうだよ」
「ああ、気を付けてくれ戦闘になる」
「能力あげるスプレーみたいのあるけど使った方が良かったりします?」
「あれば戦闘が楽にはなるが、使い方わかるか? 虫よけスプレーみたいに体にふりかけるんだ」
「効果はあまり長続きしないから、使ったら一気に行こう」