七章 トラウマ
私達はまず、ロビーに来た。そこには人形達含め、今まで犠牲になった人達の絵画が飾られていた。
「悪趣味ぜよ……」
ゴウさんの言葉ももっともだ。いくら何でも悪趣味すぎる。シルヤと兄さんの絵画から目を逸らしつつ、私は周囲を見渡した。
キナが、一つの絵画を見ていることに気付く。それを見ると、ベッドのようなものが内側に折りたたまれ、そこから血が飛び散っている絵画だった。恐らく、ナナミのものだろう。
「キナ、見ないでいい」
私が彼女の肩に手を置くと、「……はい」と頷いた。
他に気になる絵画は……グリーンの絵画と小さな子供達が遊んでいる絵画……。
「…………おい、グリーン。お前、見てるな」
違和感を覚えた私がグリーンの絵画に声をかけると、『なんで分かったのー?』と返事が返ってきた。きっと向こう側でニコニコしているのだろう。
「視線がむかつくんだよ、このサイコパス」
『あははー。スズエさん、もしかしてちょっと遅めの反抗期?小さい頃はすごくかわいかったのになー。イヤイヤ期もなかったのに』
「黙れ。この状況で反抗期も何もあるか。用件だけを言え」
悪態をついていると、向こうから悲しげな声が聞こえてきた。
『ボク、君をそんな子に育てた覚えがないよ』
「お前に育てられた覚えはない」
犬猿の仲というのはこういうことを言うのかもしれない。本当になんでこんな奴と仲がいいのかなぁ、私。あの時は本当にいい奴に見えていたんだけどなぁ……。
『まぁいいや。皆には思い出してほしいんだ』
「思い出してほしい?何をだ」
『ボクと会った時のことを、だよ』
……つまり、参加している人達は皆グリーンと会ったことがあるということか。信じられない話だが、あり得ることだ。そうじゃなければ、私達に共通点が全くない。
『まぁ、君はある程度思い出しているみたいだけどねー』
「……去年のことか?」
確認すると、彼は『そうそう』と笑ったような声で答えた。
『どんな話をしたか覚えてる?』
そう聞かれ、私は思い出していく。素直に思い出さなくてもいい気がするけど……。
「えっと……あの時は確か、お前から突然「今日時間取れないか」って連絡が来て、慌てて行って、カフェに入って……それから……」
それから……。
「……あれ?」
なんで……?
「思い、出せない……そこまでは鮮明に思い出せるのに、カフェに入った後からどんな話をしたか、覚えてない……」
『あはは、当然だよ。むしろよくそこまで思い出せたね』
私とは違い、ユウヤさん以外の他の人達はどこでグリーンと会ったのか、全く分からないようだ。
『そうやって思い出していったら……君達がこのデスゲームに参加することになった理由も分かるかもね』
それだけ言って、通信が途絶えた。モヤモヤした気持ちのまま、探索を続ける。
机の上には、五階と六階の地図があった。……どうやら、五階には個室と食堂、温泉があるようだ。夜、過ごすとなると五階になるだろう。今は十一時……十九時を目安に休むことにしようと皆に告げる。
「次は……リング場が隣にありますね」
地図を見ながら、私が告げる。「なら、そこに行こうぜ!」とタカシさんが張り切った。そういえば彼はボクサーだった。
そうして、リング場へ向かった私達は周囲を見渡した。何かの機械が二つに、天井にナイフがつけられているのか、影が見える。
すると突然、出入り口が閉まった。
「皆!早くリングに!」
ケイさんの声に皆が慌ててリングに上がる。
「ど、どうしよ……登れない……」
「おいで、すぐ乗せるから」
私がフウとキナ、ナコを乗せて上がった丁度その時、壁に開いた大きな穴からマグマのような水が流れてきた。
「ど、どうする?」
レイさんがキョロキョロと周りを見ている。このままではすぐに満水になってしまうだろう。
私は真っ先に機械に触れる。画面に現れたそれを見て、どうやらこれを解析しないといけないらしいと気付く。
「すみません!天井のナイフを誰か取ってください!」
それを解きながら、私は叫ぶ。するとケイさんが「ん、了解」とリングのロープを利用して飛び上がり、それを取った。
「ラン!悪いが右端のポールを調べてくれ!」
「分かった」
ランにポールを調べてもらうと、
「どうやら色が変えられるみたいだな」
そんな返事が返ってきた。
「ありがとう、もう少しそこにいてくれ」
私は彼にそう指示を出した。
私の方はというと、文字列が邪魔でなかなか進まない。
「くっ……!間に合わない……!文字列が邪魔すぎる……!」
もう片方もしなければいけないのに……!
水位がだんだん上がってくる。このままでは……と思っていると、
「ボクも手伝うよ」
ユウヤさんがもう片方の機械を解析してくれる。これなら、どうにかなるかもしれない。
「誰か、ロープを切ってください!」
「任せて!」
マイカさんがケイさんからナイフを受け取り、柔らかい方のロープを切ってくれる。すると、ポールが色別に光った。
「ユウヤさん、そっちはどうなっていますか?」
私が尋ねると、彼は「もうすぐで解析が終わるよ!」と答えた。
「導き出されたのは……赤……青……」
「私の方は緑と黄色……」
ポールの色は赤、青、緑だ。だから……。
「ラン、黄色だ!黄色にしてくれ!」
「分かった」
ランがポールを黄色にすると、水は止まった。そして、だんだんと抜けていく。どうやらリングの中まで入ってしまっていたようでタイツまで濡れていた。ユウヤさんとランが手伝ってくれなかったらどうなっていたか……。
「ありがとう、ラン。助かった」
私が彼に駆け寄り、お礼を言うと、彼は「いや、礼、言われることじゃねぇし……」と返された。
「いや、それでもお前とユウヤさんが動いてくれなければどうなっていたか分からなかった。本当にギリギリだったからな」
「……お、おう……そうか……」
挙動不審になる彼に私は首を傾げるが、ふと寒さを感じる。濡れていたら、確かにそうなるだろう。
「それにしても……寒いな、ここ」
思わず口をついて出てしまった。キナ達は大丈夫だろうか?
「確かにそうだな。寒い」
すると、ランはそう頷いた。確かに息も白くなっている。
「そう?」
「そこまで寒くないと思うけど……」
しかし、ユミさんとレイさんの言葉を聞いてあれ?となった。
「おぬしらは人形だからじゃろ」
「そうだねー」
「まぁ、そこまで精密に作られていたら人間とそう変わらねぇしな」
ゴウさん、ケイさん、ユミさんはそう言った。どうやら、何かおかしいことに気付いていないようだ。それを見て、私は思わず考え込んでしまった。
「……あとで、解析をした方がいいな……確信が得られない……」
誰にも聞こえないように、呟く。ユウヤさんにもあとで相談しよう。
タカシさんがこっちを見ている。なんでこっちを向いているのか、なんとなく分かった。
みんなが先に歩いているため、私は彼に話しかける。
「タカシさん、無理して私を信用しようとしなくていいんですよ」
私がそう言うと、彼は目を丸くした。なんで気付いたのかと言いたげだ。
「分かっているんですよ、あなた達が私のことを信用していないって。でも、信用出来ないのは当然なんですから。その気持ちだけで十分です」
笑いかけると、彼は私を抱きしめてきた。
「そんな、寂しそうな顔をするな。……お前が、悪い奴とはどうしても思えねぇんだ……」
そう言いながら彼は優しく、頭を撫でてくれた。少しして、みんなのあとをついていく。
廊下を歩いていると、ランが「休んだ方がいいんじゃね?」と言ってきた。
「いや、大丈夫だ」
私が首を横に振ると、彼は少し考え込んだ後、壁に寄り掛かって、
「……オレの方が疲れたんだ。休もうよ」
そう言ったのだ。私を気遣ってのことだと気付き、「笑う」。
「あぁ、それは気を遣わず、すまなかった」
私も同じように壁に寄り掛かる。
彼は何かを聞きたそうにしていたが、結局何も聞いてこなかった。
少しの休憩の後、私達はロッカー室に着いた。そこはどこか、見覚えのある場所だった。
「スズエさん、顔色悪いけど、大丈夫?」
ユウヤさんに聞かれ、私は頷く。本当は、大丈夫じゃないということに気付いている。だって、心臓がバクバク言っている。周囲に聞こえるんじゃないかってぐらいに。
不意に、天井を見ると、そこには――血がついていた。
――フラッシュバックのように、記憶がよみがえる。
おばあちゃんが天井につるされて、強く絞められているのか血が足を伝って床に滴り落ちて……。
『あ……が……』
必死に、何かを外そうともがいているのが分かった。そこに、フードを被った男性が出てくる。
『あーあ。研究者だから頭いいんだろうって思ってたけど……そんなもんか』
『あ、んたは……なにが、もくてき……で……』
『あん?お前には関係ねぇだろ?』
『まさ……か……あの、こたち、を……』
『さぁ、どうだろうね?』
『あのこ、たち、には……てだ、し、しない……で……』
その言葉を最後に、おばあちゃんは動かなくなり――。
「スズエさん!?大丈夫!?」
気付けば、私は過呼吸になっていたらしい。呼吸が苦しくなり、その場にしゃがみこんでしまう。
――いっそ、このまま死ねたらいいのに……。
「スズちゃん、大丈夫、ゆっくり呼吸しよう。おまわりさんの真似をして」
そんな思考に頭を支配されそうになった時、ケイさんが背中を優しく押して、指示してくれる。どこか冷静な頭でそれに従っていると、少しずつ落ち着いてくる。
「スズちゃん、ちょっと横になろうかー。ユウヤ、ちょっといいかなー」
「あ、はい。ボクは大丈夫ですけど」
そのまま、目を手で覆われ、誰かの膝の上に横になった。目元に布が覆われたと同時に、大きな手がどかされる。
「その……どうしたの?」
上からユウヤさんの声が聞こえてくる。どうやら彼の膝の上だったらしい。
「……おもい、だした……」
絞り出すような声に、彼は息を飲んだ。
「何、を」
「そのロッカー室は……おばあちゃんが、殺された場所……」
そう、確かにこのロッカー室はおばあちゃんが殺されたところだ。見間違うハズがない。
「……じゃあ、やっぱりスズちゃんのおばあちゃんは……」
「死ぬ直前のおばあちゃんに、男の人が……出てきて……確か、最後に……「あの子達に手出ししないで」って……言ってた……そのすぐ後に、頭が、落ちて……」
「……もう、いいよ。ごめんね、辛いこと思い出させてしまったね」
寒い、苦しい、辛い、思い出したくない。心の中がグジャグジャで、何が何だか、分からなくて。
マフラーが落ちる。私がロッカーの方を見ると、シルヤの後ろ姿が見えた。涙を流しながら、その幻影に手を伸ばす。
「しる、や……たすけて、よ……」
もういないあいつに、助けを求める。もう来ないと、分かっているのに。
私が触れようとすると、シルヤの幻影は消えた。それに、絶望する。
「いか、ないで……」
声は、届かない。
十九時になり、一旦休憩しようと個室に向かう。私はケイさんに背負われて、自分に割り当てられた部屋のベッドに降ろされた。
「スズちゃん、何か食べられる?」
その質問に、私は首を振った。ケイさんは「そっか……」と頭を撫でる。
「無理しないようにね。多分、ラン君が来ると思うから」
そう言って、彼は部屋から出て行った。一人になると、いろいろと考え込んでしまう。
あれは、確かおじいちゃんと一緒に寝ていた時だった。おじさんは仕事で家にはいなかった。両親も、仕事と言って帰ってきていなかった。
夜、一人でパソコンをかかっていると玄関のドアが開いた音が聞こえた。誰だろうと思い、廊下を見ると覆面を被った何者かが包丁を持っていることに気付いた。
奴は私の姿を見るなり、いきなり襲い掛かってきた。思わず前に出した両腕を何度も深く切られ、悲鳴を上げることも出来ずにいるとおじいちゃんが「誰だ!」と私を庇うように前に出た。すると、奴は液体状の物をばらまき、ライターを投げて逃げた。
それは油だった。私は火に直にあたり、身体に大やけどを負った。おじいちゃんは私を抱えて、玄関まで走った。
炎がすぐ後ろまで迫っているというところで、おじいちゃんは私を外に出した。そしてそのまま、おじいちゃんは倒れこむ。
近所の人が通報してくれていたらしく、私はすぐに病院へ運ばれた。おじさんがすぐに駆け付けてくれて、
「無事でよかった……」
そう呟きながら、抱きしめてくれた。
しかしその時、私は無痛病と失感情症を患ってしまったことが分かった。
精神科で、私はカウンセリングを受けることになる。その時、私の担当になってくれた人は桜色の髪の、まだ十代なのではないかと思うほど若い女性だった。この人とは、今でもメールのやり取りをしている。
しかし、退院して数か月後におじさんが目の前で車に飛び込んで自殺した。血が飛び散り、私の顔にかかった。
私は恐怖で布団にくるまった。
思い出したくない。
それでも、嫌でも思い出してしまう。
身体が震えているのが分かった。怖い、怖い、怖い……。誰でもいいから、助けて……。
(シルヤ……エレン兄さん……助けて……)
「スズエ、大丈夫か……?」
声が聞こえて、私はビクッと跳ねた。恐る恐る顔を出すと、そこにいたのはラン。
「……わりぃ、大丈夫なわけねぇよな」
彼はベッドに座り、私の背中を撫でてくれる。
「少しゆっくりしてなよ。オレ、ここにいるからさ」
温かく大きなその手に、安堵感を得る。疲れと安心感からか、私はゆっくりと目を閉じた。
目の前に、シルヤとエレン兄さんがいる。
「待って!行かないで!」
私は必死に手を伸ばすが、届かない。
そして、気付いた。私の手が、服が、血で濡れていることに――。
バッと跳ね起きた。その声に、ランが駆け付ける。
「うわっ!どうした?」
息が切れている私を見て、ランは驚いたらしい。私の傍に来てくれた。
「……っ、なんでも、ない……」
私は目を逸らしながら、答えた。彼は「……そうか」とそれ以上は聞かず、ただ背中を撫でてくれた。正直、吐きそうだ。
「……ラン、私のことは気にせず、寝ていていいぞ」
そう言うと、彼は「大丈夫だ、一日ぐらい起きていても」と微笑んだ。
「なぁ、眠れないなら話そうぜ」
そう提案されて、私は頷く。
朝の時間になるまで、私達は話をしていた。お互いの高校のこととか、どんな友達がいたのか、面白いエピソードがあるか、なんかを。
朝になり、私達は食堂に向かう。
「あ、野菜ジュースと栄養ドリンクがある……!」
私が目を輝かせると、
「……スズエ、まさかそれだけとは言わねぇよな……?」
ランに聞かれた。
「え?ダメ?」
首を傾げると、盛大なため息をつかれた。
「……あのな。それだけじゃ身体に悪いだろ……動けなくなるぞ……」
「私は全然いける」
この数年間、野菜ジュースと栄養ドリンク、それからコーヒーかエナジードリンクさえあればどうにでもなった人間だ。何ともない。シルヤには怒られたけど。
しかし、ランはもう一度ため息をつき、「待ってろ」とキッチンに行ってしまった。私はその間に持ってきたパソコンを開く。野菜ジュースを飲みながらハッキング出来ないか、どこか解除出来ないかと試していると、
「出来たぞ、スズエ」
ランにそう言われた。
「ん……ちょっと待って……もう少しやらせて……」
私は画面を見つめたまま、栄養ドリンクに手を伸ばす。が、ランにそれを取り上げられてしまった。
「あっ……!?」
顔をあげると、にっこりと笑っているランの顔があった。
「いったん休憩しような?」
「……はい」
これは逆らってはいけないものだと悟った私は頷いた。
目の前に置かれていたのはハンバーグだった。「いただきます」と箸を持ち、それを食べる。
「……おいしい……」
素直な感想を述べると、「それはよかった」と彼も食べた。どうやら手作りらしい。
「……久しぶりだ、誰かの手料理なんて……。そもそも、まともな食事をしたのも久々だ」
「どんな食生活送ったらそうなんだよ……」
ランに苦笑いをされる。だが、事実だ。
私は、いわゆるおふくろの味というものを知らない。なぜなら、お母さんの料理を食べたことがないから。
食器は私が片付け、コーヒーと紅茶を淹れる。
「……私の家は、さ」
「うん?」
私が話し出すと、ランは真剣な目を向けてくれた。
「両親が基本的に家にいなくて、私一人だけなんだよ。あの人達は、月に一度帰ってきたらいい方で、半年に一回しか帰ってこないとか当たり前だった。小学生の時ぐらいまでは、シルヤもよく来ていたし、自分で作っていたんだけど……」
「だけど?」
「……自分の分しか作らないのに、意味あるのかなって、思って。必要な時とか、食べたくなった時ぐらいしか作らなくなったんだ。その代わりに野菜ジュースとか栄養ドリンクで済ませるようになっちゃって……」
「それなら、コンビニのおにぎりとか弁当でもよかったんじゃ……」
「もちろん考えたよ、それも。でも、どっちにしろ一人で食べることになるから。ただ虚しくなるだけだなって思って避けてたんだ」
もちろん、シルヤが来るとなった時は作っていた。ただ、好きなものがないので基本的にはシルヤが食べたいものを作っていた。
「そう、だったんだな……」
「だから、こうして誰かと一緒に食べるのも、久しぶりのことだった。特に朝を一緒に食べるなんて、小学生の時以来かな」
ランは俯いた。きっと、私は普通の家庭ではないのだろう。……私にとっては、これが当たり前で過ごしてきたけれど。
彼は紅茶を飲む。自分で紅茶を出しておいてなんだが、気になることがある。
「……身体に違和感はないか?」
そう、それだ。人形なのに飲食していて大丈夫なのか?
「どうした?急に」
ランは不思議そうに聞いてくる。当然の反応だろう。
「気になっただけだ、黙秘権だってある」
私も、無理やり聞き出すつもりはない。
「別に、そんなことで黙秘なんてしねぇよ……。違和感、か……特にないぞ」
しかし答えを聞いた私は考え込んだ。
人形が、飲食して、違和感がない……。
胃袋のように溜まるタンクが内蔵されている?いや、そうだとしたら違和感があるだろう。そもそもそれだとすぐに壊れてしまう。奴らがそんな非効率な構造の人形を作るとは思えない。
そもそも、他の人形達は飲食なんてしていたか?人間らしい行為を、していたか?
「……それ、他の人には言うなよ」
気付けば、私はそう言っていた。もちろん彼は「は?」とわけが分からないと言いたげな表情をした。
だって、おかしいだろう?百歩譲って、水やオイルで違和感を覚えない、なら分かる。それで動く機械もあるから。でも、食事が出来る人形なんて、聞いたことがない。
「……悪い、忘れてくれ」
ランが僅かにひるんでいることに気付いた私はそう言ってパソコンに向き合った。
しばらくして、「……見ていいか?」と聞かれたので私は頷く。
今、パソコンに映し出しているのはロッカー室にある仕掛けとエレベーターだ。やはりと言うべきか、ロッカー室には罠が仕掛けられている。探索するためにはこれを解析して、無効にしなければいけないのだ。
それから、エレベーターは動いていないらしく、動かすために謎を解いているところだ。
「それ、一度にやってんの?」
ランが驚いたように聞いてきた。「そうだが」と肯定すると、「マジか……」と信じられないと言いたげな瞳を向けられた。……こうしてみると、ランの瞳ってサファイアみたいな青い輝きをしていて綺麗だ。
なんて、本人に直接言うわけにもいかないので心の奥にしまっておく。その時、ユウヤさんがタカシさんと一緒に来た。そう言えばこの二人、ペアだったな……。
「スズエさん、おはよう」
「おはようございます、二人共」
「おう、おはよう」
「丁度よかった。ユウヤさん、ここをどう解析したらいいか教えてほしいんですけど」
「どこ?」
尋ねると、ユウヤさんがパソコンを覗き込む。私は「ここなんですけど……」とカーソルを合わせる。彼は「あぁ、そこは……」と教えてくれた。
「夫婦みたいだな」
タカシさんが笑いながらからかってきた。
「ちょ……!す、スズエさんとはそんな関係じゃ……!」
ユウヤさんが顔を真っ赤にしながら否定する。うーん、年上の男の人にこう思うのも失礼だろうが……可愛い。からかってやりたいが……さすがにかわいそうだ。
そうしているうちに、皆が集まってきた。
「スズエ、大丈夫なのか?」
マミさんが駆け寄ってきて私の肩を掴んだので「大丈夫ですよ」と心配させないように「笑いかけた」。……実際、大丈夫かは分からないけれど。
「姉ちゃん!おはようニャン!」
「おはよう、フウ。何か食べたいものはあるか?」
「オムライスがいいニャン!おかあさんがよく作ってくれたニャン!」
「なら、お気に召すものを作らないとな」
オムライスはシルヤが好きでよく作っていたので慣れている。私はキッチンに入り、手の包帯を解いた。やけどの痕が目立つが、誰も見ていないので気兼ねなく作れる。
そうして作り終わり、それを持っていく。
「ありがとうニャン!」
私は左手でおぼんを持ちながら置いていく。気付かれないと思っていたのだが。
「……スズエ、左手のそれ、どうしたんだ?」
ランに聞かれ私は仕方ないと正直に話す。
「これか?昔、大やけどを負ってな。あまり気にしなくていいさ」
あー、包帯を巻いておけばよかったなーと思っていると、不意にランが私の左手を取る。
「……………………」
思考停止していると、「酷いやけどだな……薄くなればいい方か……?」と言いながら塗り薬を取り出して、やけどの痕に塗った。
「ら、ラン?別にいいんだぞ、もう昔のやつだし……」
ようやく理解した私は慌ててそう言うが、「いいから」彼は続ける。
「お前、一応女なんだから少しぐらい気にしろよ」
そうこうしているうちに塗り終わり、包帯を巻いてくれた。
「包帯ぐらい自分で……」
「巻きにくいだろ」
……目の隅でケイさんとタカシさんがニヤニヤしているところが見えるんですけど。
そう思いながら、されるがままになっている。――嫌だと思えないのがまた悔しい。
「これでよしっと」
顔が熱くなっているのが分かる。今、相当真っ赤だろう。
「あ、ありがとう。しょ、食器、片付けてくる……」
私は慌てて別のことをする。「あ、おい!」とランが手を伸ばしたのが見えた。私は振り返り、
「……ばか」
お前も少し恥ずかしい思いをすればいいんだ。
その気持ちをぶつけるように告げた後、食器を洗いに行った。