五章 二度目のメインゲーム
……ここはどこ?
目の前では人々が争っていた。
何のために?
それはね、と誰かが囁く。
お前のその力が欲しいからだよ。
それは、ただの悪夢だった。終わりの見えない、酷い絶望。
あぁ、もう駄目ね。
私は、手にした短刀を――。
ハッと、目が覚めた。周囲を見て、ここが自分の個室であることに思い至る。
先ほど見た夢があまりにリアルで、現実と区別がつかなくなりそうだった。
「……確か……」
昨日のことを思い出し、腕で顔を覆う。毒は抜けているが、少しけだるさが残っている。私は近くにある水を一気に飲んだ。きっと、そのせいで変な夢を見たのだろう。
コンコンとノックの音が聞こえ、私は出る。
「……キナ?」
来客は彼女だった。キナは「あ、あの……」ともじもじしていた。
「どうしたんだ?」
「えっと……一人じゃ、眠れなくて……」
それで私のところに来たということか。まぁ、本当のお姉さんであるナナミと年も近いし……。
「いいぞ、中に入って」
私はキナを部屋に入れた。そして、カモミールティーを淹れる。
彼女は一口飲み、「……おいしい」と呟いた。こうして見ると、妹が出来たみたいだ。
「……こっそりお菓子でも食べるか?」
私が提案すると、「で、でも……夜中にお菓子はよくないってお姉ちゃんに言われて……」と戸惑ったように言われる。
「たまにはいいんじゃないか?」
「……じゃ、じゃあクッキーを……」
可愛らしいリクエストに私は「笑う」。
一時間後、私達は食堂でクッキーを食べていた。
「なるほど……!夜中に食べるお菓子は魅惑的ですね……!」
「そうだろ?私は夜遅くまで起きてるからな、時々食べているんだ」
彼女の言う通り、夜中に食べるお菓子はかなりおいしい。いけないと分かっているのに食べてしまうものだ。
頭に糖分が必要なんだよなー。
いつもパソコンをしているからだろう、案外疲れてくるものだ。
そうして部屋に戻った私は「皆には内緒だぞ?」と冗談っぽく言うと、キナは「うふふ、そうですね」と笑った。緊張がほぐれただろうか?
キナが寝たことを確認し、ベッドの上でパソコンに向き合う。
……メールは……このパソコンじゃ使えないのか……。一階のモニター室にあったあのパソコンしかメールは使えないということか。
ハッキングも試みてみるが、やはり外に助けを求めることは難しそうだ。家にあるパソコンにも繋ぐことが出来ないとなると、こちらもお手上げだ。
「……シルヤ……」
私は「親友」の名前を呟く。
――早く、来てくれよ。
呼んだら、来てくれるんだろ?そう、約束してくれただろ?なんで、来てくれないんだ?
頬に、何かが伝う。ポタポタとパソコンの上に、水滴が落ちた。
「……ん……」
「キナ、起こしてしまったか」
キナが目をこすったのが見えたので、私はすぐに拭う。キナは「いえ、大丈夫です」と私を見た。
「スズエさんは、眠らないんですか?」
「妙に目がさえていてな。何があるか分からないんだ、もう少し寝ていていいぞ」
とっさの時に動けないと、死んでしまうかもしれない。そんなことは避けたいのだ。特に、キナはまだ子供なのだ。生かして帰したい。
(私の、エゴかもしれないけど)
自分自身を犠牲にしてでも、助けてあげたい。
私は、キナの頭を優しく撫でた。
それから、私はしばらくモニター室で籠りっきりになっていた。
「ここにいたんだね、スズエさん」
ユウヤさんが声をかけてきた。私は「どうしました?」と尋ねる。
「ずっと探してたんだ。あまり見なくなったからどこ行ったんだろうって」
「あー……ずっとここで籠っていたんです。何か手掛かりがないかなって思って」
画面に映し出されているのはここのマップ。どうやら隠し部屋があるらしい。
だが、私からしたら問題はこれではない。
「……なんか、どこかで見たことのある間取りなんですよね」
そう、この見取り図、見たことがあるのだ。どこのなのかはさすがに忘れてしまったが。
それから、装置……なぜか、使い方が分かる。
(私は……わたし、は……)
もしかして……皆の敵、なのだろうか?
「……どうしたの?何か、不安なことがある?」
顔を覗き込まれ、私はギュッと拳を握る。
……ユウヤさんには、被害者ビデオのことを話しておこう。
私は、ユウヤさんに見せながらこれを手に入れた経緯を話した。
「……そうなんだね。この人が君の名前を何で知っていたのか……」
「私は……ただ忘れているだけで、皆の敵なんでしょうか?」
私が聞くと、彼は少し考えるそぶりを見せた。なんて言おうか、悩んでいるのだろう。
「……違う、と思う」
しばらくして、彼は口を開いた。
「だって、もしそうだとしたらシルヤ君やエレンさんを真っ先に殺さないハズ。多分、彼は意味をはき違えているんじゃないかな?」
「それは、どういう……」
ユウヤさんはただ静かに笑っていた。それは寂しそうで……。
「……君の、その力はね。まだ強くなる可能性を秘めているんだ。条件があるだけで。とにかく、そういうことを考えたら君は敵じゃない」
彼はただ、それだけ言ってくれた。
敵じゃない。
それだけで、どれだけ「心」が軽くなるか。
「解析なら、ボクも手伝うよ」
ユウヤさんが申し出てくれたので、協力をお願いする。
「……君はもう分かっているかもしれないけどさ。ボク、本当はフリーターじゃないんだ」
少しして、彼は口を開いた。
「……あぁ、ですよね」
「ボクは自営業でね、エンジニアをしているんだ」
パソコン関係か。それは心強い味方だ。
「それで、なんで嘘をついていたんですか?」
気になって尋ねると、ユウヤさんは困ったように笑う。
「……ボクね、高校を卒業した時に君のお母さんが住んでいた村を飛び出したんだ。それで、調べ物をしながら二年間はなんとか自営業をしてきたんだけど……さすがに、二十歳で自営業ってあれかなって思って。まぁ、恥ずかしかったんだよ。それなりに稼いでいるけどさ……」
「なるほど。……って、ユウヤさんって二十歳なんですか?」
ギリギリ十代だと思ってた……。でも、よく考えたら酒場に成人と書いてあったのだから、二十歳はいっているか。
「ボク、童顔だもんね……」
……気にしていたらしい。なんか、申し訳ない。
「その……私の母のことを知っているんですか?」
私はパソコンで解析しながら、尋ねる。ユウヤさんは「もちろんだよ。本来なら、ボクは村で君の守護者になるハズだったから」と答えた。
「そうなんですか?」
「正確には、君のお母さんに子供が出来たら、だったけどね。でも、彼女……涼花さんはよそ者の人に恋をしてしまった。もちろん他の人達に反対されたけど、子供が出来てしまったんだ。……それが、エレンさんだったんだよ」
つまり、兄さんは……不義の子供だったというわけか。由緒正しき家系にはよくある話ではあるが、まさか自分が当事者になってしまうとは。
「エレンさんにも、君と同じ不思議な力があったんだけどね。よそ者の血を引いた子供ってだけで不当な扱いを受けたんだ。そして、エレンさんと君のご両親は村から出て行った。君も、よそ者の血を引いてしまったから受け入れられなかったんだよ」
「……そう、だったんですね」
「ボクは、それはおかしいって母さん達に言ったんだ。だけどね……母さん達も、どうしようもないんだって、諦めてた。それでも諦められなかったからボクは……村から飛び出して、どうにか出来ないものかって、探ってた。……母さん達とはそのせいで折り合いが悪くなっちゃってね、仲直りはしたいんだけど……」
そう、だったのか……。だから、彼はいつも私を気遣ってくれている……。
「……ありがとう、ございます」
「ボクは何もしていないよ。むしろ、していたのはエレンさんの方でね」
そうだ、エレン兄さんも私を守ろうと必死になっていた。……感謝してもしきれないほどに。
「ボクは君を責めるつもりはないよ。むしろ、君のおかげで犠牲が少なくなっているから」
「……」
「でも……君はお兄さんと親友を一気に失ったんだ。心を落ち着ける時間も、必要だからね」
彼は優しく、私を撫でてくれた。それだけで、安らぐ気がした。
手がかりが掴めないまま、メインゲームが始まった。今回は役職を、個室で受け取ることになっている。
目の前のモニターに映し出されたのは……平民という文字とクワの絵柄。どうやら私は今回、なんの役もないようだ。
(いざとなれば……)
そう思いながら、私は机を見る。そこに置かれていたのは筆記用具と食料。一回目の時も置かれていたが、最後の晩餐に、ということだろうか?
『あ、そうそう。今回怪盗はいないからなー』
ナシカミの言葉に、私は考え込んでしまう。
怪盗、か……。
いっそ、あの時拾っていれば……。
(……今は、そんなことを考えている暇ないだろ?)
私は自分に言い聞かせて、メインゲームの会場に足を踏み入れた。
皆が集まり、議論が開始される。
「さて……今回は怪盗がいないんだったねー」
ケイさんが口を開く。私は「そうですね」と頷いた。
「先に聞くね。スズちゃん、今回は何かな?」
「……そう言って答えるバカはいないと思いますよ」
シルヤあたりはどうだか分からないが。
「ふーん……まぁ、特別な役職じゃないってことかなー」
特別な役職じゃない……彼は恐らく私が「平民」か「賢者」であろうと予測しているということだ。事実なので無言を貫く。
「前と同じように、賢者を……」
ミヒロさんが言うが、「それは意味ないですよ」と私は答えた。
「前のメインゲームで、鍵番に絵柄がないことが分かったんです。もし仮に違ったとしても、同じ人に回っていなければそれを証明することが出来ない」
そして私は平民だ。絵柄があるかどうかも分からない。それに、今回は直前でもらったので打ち合わせも出来ない。つまり、今回は前回より難しいということだ。
「これじゃあ話が進まないね……」
「ど、どうしたらいいんでしょうか……」
ユウヤさんとキナが不安そうに聞いてきた。ふむ……と考え込み、
「……ちなみに、私は今回鍵番ではないです」
私はそうカミングアウトをした。
「スズエ……!いいのか!?そんなことを言って!」
マミさんが驚いたように私の方を見る。なんで危ない橋を、なんて思っているのかもしれないけど。
「私はただ「鍵番ではない」としか言っていません。もしかしたら身代かもしれないでしょう?……そういうことです」
「ど、どういうことだニャ……?」
フウがどういうことなのか分からないらしく、首を傾げていた。
「つまり、今回は全滅しないために「鍵番」を見つける必要がある、ということだよ。そして、身代が誰か探す……。身代は自分に票を入れてほしいんだ、「鍵番です」なんて、わざわざ言わないだろう?」
「なるほどねー。でも、今ので分かったよね。スズちゃんは「鍵番」でも、「身代」でもないってことが」
ケイさんが笑ってそう言った。私は「どうでしょうね」と静かに「笑う」。
「だって、わざわざ言わないでしょー、そんなこと。スズちゃんは「あえて」皆にそう言ったんじゃないかなー?……いざとなれば、君に入れていいってことかなー?」
「いえ、ダメです!スズエさんを犠牲にするわけにはいきません」
ケイさんのその言葉に、ハナさんが叫ぶ。
「スズエさんはいつも冷静に物事を分析出来ます。こんなところで失うのは困りますよね」
「そうだねー。おまわりさんもスズちゃんを犠牲にしようなんて考えてないよー」
ケイさんはハナさんを見ながら、そう答えた。
「ところで、ハナちゃんは役職何かなー?」
その質問に、ハナさんは言葉を詰まらせた。そして、
「わ、私は……け、賢者、です……」
「ふーん……」
「待つぜよ!」
ハナさんのカミングアウトに非を唱える人がいた。
「賢者はワシじゃ!」
「どちらかが嘘をついているねー」
さて、ここで前だったら絵柄を答えさせて導き出したが……今回はそれが出来ない。だって、今回はどちらとも嘘をついている可能性があるからだ。
「じゃあ、誰が鍵番か答えてくれるかな?」
ユウヤさんがとりあえずと言った感じで聞いた。
「ケイじゃ」
「ケイさんです」
……二人共同じ答えになったか……。
この場合、あとから答えた方が怪しまれるものだが……確信が持てない。さて、どうするか……。
「……なぁ」
その時、ミヒロさんが顔を青くしながら告げた。
「俺に、票を入れろよ……」
「は……?な、何言ってんだよ!ミヒロ!」
その提案に真っ先に叫んだのはマミさん。当たり前の反応だ、兄が自ら志願したのだから。
「マミ」
ミヒロは静かに笑う。
「スズエが、誓ってくれたんだろ?俺の無実を証明してくれるって。なら……お前は、スズエと一緒に脱出しろよ。俺は、どうせここから出ても「殺人犯」というレッテルが貼られているんだ。無実の証明って言っても、どれぐらいかかるかも分からない。それなら……お前達に託したいんだ」
彼はそう言った。その言葉に、嘘偽りなどない。それに、彼が実は身代でしたなんてそんな器用なこと、出来るわけがない。
マミさんは泣いていた。なんで兄が犠牲にならないといけないのか、と。
しかし無情にも、終わりの合図が鳴り響く。
「……分かり、ました。皆、先に入れてください。私が、責任を取りますから……」
そうして、ミヒロさんに三票、ゴウさんに三票、ハナさんに三票が入った。私は――。
「はーい!集計が終わりましたー。結果は……ミヒロに決定!」
私は、ミヒロさんに入れた。
「スズエ……!なんで、兄貴に入れたんだよ……!」
マミさんが泣きながら、私の胸倉を掴む。私は何も答えず、ただ拳を強く握った。
――こうするしか、なかったんだ……。
ごめんなさい、マミさん。きょうだいを失う辛さは、私が一番よく分かっているのに。
「そ、その……身代は……ハナさん、です……」
「……………………」
その宣告に、ハナさんは俯いていた。
「……スズエさん」
彼女は不意に私の方を見て、
「ありがとうございました、私の背を、押してくれて。私、天国でカナクニ先生に絵を渡しますね」
涙を流しながら、私にお礼を言ったのだ。
あぁ、なんて残酷なんだろうか。
私は希望を持たせた。――持たせて、しまった。
私はなんて、最低な人間なのだろうか。兄妹を失うつらさも、希望を持った後絶望に堕とされる苦しみも、知っているのに。
「それでは、まずはハナさんの処刑から開始しましょうか」
モリナがスイッチを押すと、ハナさんのおなかの周りに鉄製の物がつけられて、
「ぐっ……ぅ……!」
強く、締め始めた。血を吐き始め、呼吸が荒くなっている。
「……フウ、キナ、見るな」
私は幼い二人を抱きしめ、見えないようにした。
――この光景を覚えているのは、私だけでいい。
命の選別をしてしまった、私だけで。
やがて、ハナさんは……苦しみながら、絶命した。
「さーて。次は……」
「させねぇよ」
ナシカミがワクワクしながらボタンを押そうとするが、ミヒロさんがタックルをした。
「せっかく、スズエに勇気をもらったんだ。殺されるにしても……お前を壊してから死んでやる」
その宣言通り、彼はナシカミを壊した。ボロボロになるまで、殴っていた。
「これで、殺された奴らの無念が少しでも分かったか?」
「が……ががが……」
そのまま、モリナにも飛びかかろうとして――ミヒロさんのおなかから、血が飛び散った。その血が、近くにいた私にかかる。
「本当は、ワタクシが手を出すことは禁止されているのですが」
そう、モリナが手に持っていた銃で何発も撃っていたのだ。
ミヒロさんは膝をつく。私は駆け寄り、手当てしようとするが、
「スズエ、いい。この怪我じゃ、どうせ助からねぇだろ」
「で、ですが、まだ可能性が……」
「スズエ……マミを……守ってくれ……」
ミヒロさんは私に倒れこんできて――息を引き取った。
私はただ、しばらく彼の遺体を抱えているしか出来なかった。放心している、と言ってもおかしくないだろう。
自分自身の「心」が、ガラガラと崩れていく音が聞こえてきた気がした。