四章 死のミニゲーム
『参加者の皆さんは、三階に上がってきてください』
その放送が流れ、私達は階段を上る。その間、私達は何も話すことはなかった。
階段の先には、まるでホテルのようなロビーが広がっていた。
「よく来たな」
少年のようなオレンジ色の髪の人形が声をかける。彼の手には、ロシアンルーレットで死んだあの女性が着用していた手袋をしていた。その隣には水色の髪の女性人形。
「オレはナシカミ。こっちはシナムキ。ここのフロアマスターだ」
「そ、その……ワタシ達以外にももう一人、おられまして……。「モリナ」という、受付人ですが……」
モリナ……アナグラム式に入れ替えると「なもり」……兄さんと、同じ苗字になる。あまり考えたくはないが……兄さんは養父の計画にいち早く気付き、ストーカーまがいのことをしてまで私を助けようとしていたのだろう。もしかしたら護衛のためにしていただけかもしれない。すぐに駆け付けることが出来るように。
……ごめんね、兄さん。
もう少し早く気付いていれば……シルヤだけでも、助けられたかもしれなかったのにね。
この「力」を持っていながら、私は……。
「お前達には、ゲームでチップを集めてもらうぞー」
ナシカミの声で私は現実に戻る。そうだ、今は皆を守ることに集中していなければいけないのだ。カナクニ先生や兄さんから託された、大事な命達を。
「チップ?」
「あぁ。もちろん、それを一日でやれとは言わねぇよ。個室をやるから、明日から四日で集めろよー」
……四日。長いような短いような。
まぁ、文句を言える立場ではないか。その間に脱出の道を……。
私達は与えられた個室で休息した。が、私は眠ることが出来なかった。無理やり寝ようとするが、意味をなさない。
仕方ないのでロビーに行き、ソファに座る。本棚があったので、そこにある本を読む。
それは脳や記憶について書かれたものだった。昔、祖母の部屋で読んだもの。懐かしいと思いながら、読み進めていく。
読み終わり、こうしている時間がもったいないと探索をした。
「おや?」
不意に後ろから男性の声が聞こえ、振り返る。そこにはひげを生やした黒髪の男性が立っていた。
「あなたは……エレンの本当の妹ですか」
その質問に黙っていると、肯定ととらえたらしい。
「初めまして。エレンの養父です」
「……初めまして」
「あぁ……エレンによく似ている……」
恍惚とした雰囲気に、私は震える。こいつ……私達を「道具」としか見ていない……。
「あの子があなたを守りたいと思う気持ちが分かりますね……」
「ひっ……」
後ずさりすると、一歩詰め寄られ……それを繰り返していると、
「ねぇ、何しているの?」
緑のニット帽に赤色のマフラーを巻いた男性……ユウヤさんが私を抱き寄せた。モリナは「あぁ、あなたは……あの忌まわしき「守護者」の……」とにらんだ。
「悪いけど、これ以上彼女に近寄ったら容赦しないよ」
ユウヤさんがそう言うと、「人ならざる血を引いているくせに……」と舌打ちして立ち去った。それを見送ったユウヤさんは私から離れた。
「ごめんね、急に抱き寄せたりして」
「いえ、むしろ助かりました。ありがとうございます」
あのままでは何をされていたか……。本当に、危険を感じた。
「それはそうと、「守護者」って……?」
私はあいつが言っていた言葉を尋ねると、ユウヤさんは一度黙って、
「……君は、自分が巫女の血を引いているってことは知ってる?」
そう聞き返された。私が頷くと、彼は「ボクは君達巫女を守る役目を背負う家系の血筋であることだけ知っていてくれたらいいよ。今のところはさ」と笑った。
「……そう、ですか……」
何か知っているようだったが、これ以上は踏み込めなかった。
私の母が巫女の血筋を引いているらしく、本当はよそ者である父と結ばれるのは反対されていたらしいと幼い頃に聞いた。よそ者の血を引いている私は母の実家どころか母が住んでいた村に帰ることを許されなかった。だから母方の祖父母と会ったことは、実はない。
そこまで考えて、不意に疑問を覚えた。
「あれ?ユウヤさん……なんで私が巫女の血を引いていると……?」
質問すると、彼は困ったように笑って、
「君からは、その巫女の力が強く感じ取れるんだよ」
そう、答えた。守護者というのは、そういうものなのだと。
「……七守家は、ボクの実家である祈花家と同じように守護者の家系なんだ。だけど、当主には子供がいなくてね。だからエレンさんが養子に出されたんだ」
「え?でも、それなら妹である私が養子になるべきでは……」
普通、年下の方が養子に出されるものではないのか?なんで兄であるエレンが……?
「君は女の子で、特別な力を持っているでしょ?それが、答えだよ」
そう言われ、私はすぐに分かった。
自分を守るために、エレン兄さんは養子に出されたのだと。
両親は放任主義で、基本的なことは自分で学んでいった。巫女の家系であることも、いつの間にあったのか祖父の書斎にあった本を読んで知ったのだ。
そして――私が、特殊な人間であることも。
「……大丈夫、ボクは、君をちゃんと守るから」
ユウヤさんは小さく、私に笑いかけた。
次の日から、ゲームが開始された。私は基本的にフウやキナと一緒にそのゲームをやるようにしていた。何があっても、いつでも守れるように。
「本当にありがとうニャン」
「感謝しています、いつも守ってくれて……」
「構わないさ。お前達とは年が近いからな」
それに、話しやすいだろう。……シルヤがいなくなった「寂しさ」を埋め合わせているというところもあるかもしれないが。
小さい頃はずっと後ろをついてきていたシルヤ。いつの間にか、私より身長も高くなって、私を助けてくれて……。
(ダメだなぁ……)
一瞬でも気を抜けば、シルヤのことを思い出してしまう。こんなことでは駄目なのに。
夜、やはり眠れない私は受付のところに向かった。そこには、数枚のCDが落ちていた。部屋にモニターがあることを思い出した私はそれを持って、中身を見る。
一枚目の映像は、スーツ姿の男性。天井が男性を潰していた。
『待ってくれ!なんで私はここにいるんだ!?彼女のための舞台なんだろう!?「森岡 涼恵」のための!これに何の意味があるん……っ!』
最後まで言い切る前に、男性は潰された。残酷な殺し方だな。……いや、それより気になることがある。
(なぜ私の名前を……?)
私は彼と会ったことがないハズ。それなのになぜ名前を知っているのか。奴らの仲間か、それとも……。
次の映像は、大学生ぐらいの不思議なフードを被った女性。彼女は足を鎖で縛られていた。『よく分からないよ!助けて!』と涙を流しながら叫んでいる。しかし、時間切れの音が鳴り響き……彼女は、胴体を貫かれて殺された。
(……酷い……)
そう思いながら、次の映像を読み込む。
次は先程の女性より少し年上の、これまた大学生ぐらいの男性が胴体を鎖で縛られていた。『な、なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだよ!』と叫んでいた。彼も必死に抗っていたが、
『……時間切れです。処刑を開始します』
無機質な声と共に、彼は首を落とされた。
(……これが、現実であったこと……)
なんでこんな理不尽を受けなければいけないのかと考えながら、次の映像へ移る。
今度は褐色の、ボクサーのような体型の男性が壁に潰されそうになっていた。画面前には、スイッチが置いてあった。しかし、
『チッ……!てめぇら、ぜってー殺してやる!』
彼はそれに届かず……悪態をつきながら、潰された。
これ以上考えても意味ないと、次の映像を見る。それは足だけが映っている、恐らく女の子の処刑シーンだった。彼女は『丁度……死にたかったの……ありがとう……』と言いながら、息を引き取った。
その後、ナシカミが出てきて『なんで感謝すんだよ。てめぇの服はいらねぇや』と捨て台詞をはいた。
(服……そういえば)
ナシカミの服装を思い出す。あいつは……この映像の中で死んだ人達の服を一つずつ着用していた。
(……あれ?もしそうだとしたら……)
この子の服がないのは分かる。だって、ナシカミ自身がいらないと言っていたから。だが……なぜ「あの人」の服だけはないんだ?
調べようかと思うが、正直あまりやる気が起きない。こんな気持ちになるのは初めてだ。
明日考えることにしようと片付けていると、ノックの音が聞こえた。扉を開くと、フウが立っていた。
「どうしたんだ?」
「うぅ……怖い夢を見たニャン……」
フウは泣いていた。当然だろう、昨日今日で人が三人も殺されたのだから。
「……いいよ、中に入って」
私はフウを中に入れて、ベッドに寝かせる。その隣に、私は転がった。
「私と寝るのは大丈夫?」
「うん……」
「今日は一緒に寝るから、何かあったら起こして」
私はフウの頭を撫でながら、「微笑みかけた」。安心させるように。
「姉ちゃん……おやすみ……」
「うん、おやすみなさい」
フウが寝たことを確認して、私も目を閉じた。
スズ……。
血に濡れたシルヤが、私の首を掴む。
苦しかった……。
そして、彼は私に助けを求めた。
助けてくれよ……。
首を絞めつけが強くなった。息が苦しい。
だって、お前はオレの……。
ハッと、目が覚める。まだ寝てから一時間程度しか経っていないようだ。隣でフウが寝ていた。
それが、幼き日のシルヤと重なる。あいつも……こんな風に、寝ていたな……。
守ってあげなければ。
私が生まれ持ってしまったこの「力」を使ってでも。
あの後、結局眠れず時間が経ち、フウが起きてきた。
「おはよう、フウ。よく眠れたか?」
「うん……ありがとニャ……」
「別にいいさ」
フウがうつらうつらしている間に、私はミルクティーを淹れた。シルヤによく作ってあげていたのだ。
「ほら、ミルクティー、飲めるか?」
それを渡すと、フウは受け取って一口飲んだ。
「……おいしいニャン」
「よかった。それ、飲み終わったら食堂に行こうな」
何が食べたい?と聞くと、サンドイッチがいいと答えが返ってきた。私は「了解」と頷いた。
一緒に食堂に向かい、サンドイッチを作っているとキナが来た。
「スズエさん、おはようございます」
「おはよう、キナ。お前もサンドイッチを食べるか?」
「はい、いただきます」
キナも座り、私は二人の前にサンドイッチとスープと温かい飲み物を置いた。三人で食べていると、他の人達も食堂に来た。
「おいしそうだねー」
「スープなら、全員分作っていますよ。サンドイッチはすぐに作ります」
「おう!ありがたいぜよ!」
私が立ち上がり、作っているとユウヤさんが「手伝うよ」と一緒にキッチンに立った。
「上手だね……手慣れてるんだ?」
「基本的に、家に一人でしたから」
シルヤが泊まりに来ない限り、家には自分しかいない。自然と、自分で料理をするようになってしまうのだ。
(まぁ、中学生になってからは栄養ドリンクと野菜ジュースだけが多くなったけど……)
誰も帰ってこないのに、自分の分だけ料理を作るのも面倒になってくる。おかげですっごく痩せてしまった。
(シルヤが知ったら怒るだろうな……)
なんだかんだと私の世話を焼きたがるのだ、あの「親友」は。まぁこんな食生活を送っている奴がいたら、お人好しのあいつのことだ、すぐに怒るだろう。何か差し入れでも買ってくるかもしれない。私だって、きっとそうするから。
「……その、大丈夫?顔色、よくないけど……」
そんなことを思い出していると、ユウヤさんが私の顔を覗き込んできた。私は「大丈夫ですよ、心配してくれてありがとうございます」と「笑った」。
「そう?……無理はしないでね」
ただそれだけ言って、ユウヤさんはサンドイッチを持っていった。
朝食後、まだゲーム場が開いていないので私は救護室に向かう。そこには機械がたくさんあった。
「あ、あわわわわわ……!す、スズエさん。その機械は……」
「……確か、記憶を消したり操ったりするものだよな?」
無意識に、口をついて出た。そう言って、自分で疑問に思う。
――なんでそんなことを知っているんだ?
でも確かに、どこかで見たことのあるものだ。だけど、どこだったのかが思い出せない。
「そ、そうです……。だからあまりかからないでください……」
「……分かった」
そんな得体のしれないもの(本当にそうなのか分からないが)をむやみやたらに触るわけにはいかない。
他には……少し違和感があるが、気になるものではない。後回しにしようと部屋を出た。その後、一番端の部屋に入った。そこはモニター室で、解析しようと思えば出来そうだった。
(ふむ……)
私がかかろうとすると、
「何やってんのー?」
後ろからナシカミが声をかけてきた。さすがに驚き、振り向く。
「まぁ、かかってもいいけど。絶望に落とされるだけだと思うよー」
しかし止める気はないらしい。だが、絶望しかしない……?どういう意味だ?
ナシカミはそのまま出て行った。何だったんだ……?
このまま引くわけにもいかず、私はカチャカチャといじり出した。
(ここは、こうして……)
そうやって解析していくうちに、時間になってしまった。続きは夜にしようとゲーム場に向かった。
途中のゲームで怪我をしてしまったミヒロさんの手当てをしていると、
「……スズエ、だったな」
彼が珍しく、私に話しかけた。
「どうしました?」
「その……マミは、どんな様子だ?」
マミさん……と考えて、そう言えば二人は兄妹だったと思い出す。
「少し、強がっているところはありますね。当然と言えばそれまでですけど。あとは……ハナさんと仲がいいでしょうか。それに、面倒見がいいですね」
深くは触れず、私はそう答えた。彼は「そうか……」と俯いた。
「……お前はもう、知ってるかもしれないが……。俺は、殺人の罪でムショに入れられててな。昔は、マミと一緒にバンド組んでたんだ」
「……そう、だったんですね」
「だが、俺は殺人なんてしていない。でも、異常なスピードで判決が出ちまって……マミに迷惑かけるかもしれないって、それで他人のフリをしていたんだ」
お前なら、信じてくれると思って話したんだ、と彼は私を見た。その瞳は、すがるようなものだった。
それが本当であれば、彼は……無実の罪で捕まって、しかも有罪判決を受けたということになる。
「……すまねぇ。こんなこと、信じてもらえないよな……」
「いえ、信じますよ。だって、あなたのマミさんを思う気持ちは本物じゃないですか」
兄妹を大切に思い、自分の気持ちに蓋をしてまで守ろうとする彼が、そんなことをするわけがない。もし仮にしたとしても、理由があるに違いないのだから。
彼は驚いた表情を浮かべ、
「……ありがとう」
そう、お礼を言った。
「……なぁ、もし俺達兄妹に何かあったら……マミを、優先してくれ。頼む」
彼は私の手を握り、そう懇願した。
「……分かりました。約束します」
私は小さく頷き、約束した。
それから、ミヒロさんは私に話を聞くことが多くなった。
「いつの間にそんな仲良くなったのー?」
ケイさんがからかうように聞いてきた。ミヒロさんは「こいつはどんな話も真剣に聞いてくれるからな」と笑った。
「そうだねー。スズちゃんは誰の悩みも自分のことのように考えてくれるから」
「どうしたぜよ?」
そこに、ゴウさんも来た。なんというか……筋肉が……。筋肉集団が寄ってきた……。
「丁度いいや。ゴウもスズちゃんに何か相談してみなよー」
「ワシがか?いや、しかし……」
「悩んでいることがあるなら、聞きますよ」
私がコーヒーを飲みながらそう言うと、彼は「……実は、このことなんじゃが……」と聞いてきた。
「それなら……」
私が答えると、「なるほど。確かにその方がいいかもしれん」と納得した。
「スズちゃんの言葉には不思議な説得力があるよねー。なんというか、スズちゃんについていったら大丈夫だっていう安心感?」
そうなのだろうか?自分ではよく分からないが……。
もう遅いからと他の人達は部屋に戻っていった。私は一人で、あのモニター室の解析を始める。
「うーん……」
……出口に続く扉があるらしいが……どうやら塞がれているらしい。逃がす気はさらさらないということだ。
それから……何かの設定をいじれるらしい。調べようにも複雑なパスワードがかかっていて今の段階では解けそうにない。
それから……人工知能。どうやら皆の分があるようだ。
(どこで手に入れたんだ、こんなの……)
自分自身の人工知能に問いかけてみるが、全て自分と同じ記憶を持っているようだ。この状況のことはさすがに分かっていないようだが……。
いつの間に植え付けられた?
そこで不意に思い出す。最初の試練の前……気を失っている間に記憶を盗めば、簡単に手に入る。脳とは不思議なもので忘れているようで覚えていて、人によっては宝の山だ。
(感情のある人工知能、ねぇ……)
大変なことになりそうだ。
部屋から出ると、ハナさんが「あ、スズエさん……」と声をかけてきた。
「どうしました?ハナさん」
尋ねると、「その……少し話、聞いてほしくて……」と弱々しく告げた。私は頷き、ロビーに向かう。
「私でいいんですか?マミさんでもいいと思いますけど……」
尋ねると、ハナさんは「いえ、スズエさんだから……」と俯いた。それならいいが。
「……私、カナクニ先生に絵を描いていたんです」
「……そうなんですね」
「お世話になったから、渡したかったのに……それ……渡せなかった……」
無責任なことは、言えない。ただ、話を聞くしか。
「……私、どうすればよかったんだろう……?」
ハナさんは泣きながら、私に聞いてきた。
「私は明確な答えを持っているわけではありませんけど……カナクニ先生が生かしてくれた命を、しっかり抱えていったらいいと思いますよ」
それしか、私は言えなかった。
それから、期限の四日目。私達は全部のチップを回収した。ナシカミに集められたため向かうが、
「すみません、ユウヤさん」
私はユウヤさんを小さな声で呼んだ。彼は「どうしたの?」と同じように聞いてきた。
「その……チップを、フウとキナに渡しませんか?」
「どうして?皆平等になってるのに……」
「だからこそです。……多分、奴らは何か企んでいる。幼い二人がターゲットになる可能性が高いです」
事情を説明すると、彼は納得したらしい。
「なるほど……分かった」
頷き合った私達はフウとキナを呼んだ。
「フウ、これを持っていなさい」
私は手元にチップを一つだけ持ち、後はフウに渡した。
「ニャ?なんでだニャ?」
「いいから」
フウは首を傾げながらもそれを受け取る。
「キナちゃんも、これを持ってて」
「え、はい……分かりました……」
ユウヤさんも同じように、キナに渡した。
そうして受付に向かうと、ナシカミとシナムキが立っていた。
「おう、皆来たなー」
ナシカミはわくわくした様子で私達のチップを確認した。私とユウヤさんのチップの数を見て、
「あー、少ないのはスズエとユウヤかー……皆同じ数だけ持ってたらフウとキナを人質に取ろうと思ってたのに……」
残念そうにそう言ったのだ。やはりこいつの目的は二人だったかとユウヤさんと目配せをする。
私は女の中で、ユウヤさんは男の中で二番目に若い。だからこそというわけではないが、私達がおとりになろうと思ったのだ。
私とユウヤさんは透明な板に背中合わせで磔にされる。私は目の前に細い筒が向けられている方に、ユウヤさんは赤いスイッチが二つ付いている方に。
「はぁ……やっぱりこうなるか……すみません、ユウヤさん……」
「いいよ、別に。フウ君とキナちゃんを犠牲にするよりマシだからね」
ユウヤさんが静かに笑った。こそこそと話していると、ナシカミが「じゃ、ルールを説明するぞー」と罪悪感もなしに言った。
「スズエの目の前には毒矢を放つ銃がある。五分ごとにスズエに刺さっていくぞー。ユウヤは二回、そのボタンを押したらスズエの代わりに毒矢を受ける。ただし、ユウヤの方はその二回を受けたら確実に死ぬぞー。だから考えて使えー。謎を解いたら、二人は解放されるからなー。制限時間はー……スズエが死ぬまでだ。じゃあ、スタート」
開始の合図と共に表示されたのは、440の数字。あれが何かという話だ。
皆が乗っているタイルには、物がたくさんあった。その下には、針の山。
(物……)
「あ、あの数字はなんだニャン!?」
「どこかにヒントがあるかなー?」
「は、早くしねぇと……!」
皆の場所が浮いているから……。それにあの数字は……。そんなことを考えていると、
『五分経ちました。一発目を発射します』
そのアナウンスと共に、腕に毒矢が撃たれた。
「だ、大丈夫!?」
ユウヤさんが慌てたように聞いてくる。この感覚だと……。
「……速効性ですね。多分……持って、あと三発ぐらいです」
ユウヤさんが庇うかもしれないことを考えても、二十分だ。それまでに解かないと、死ぬ。
「……物」
「え?」
私が呟いた言葉に、キナが反応する。
「多分、針の上に物をあのキロ数落とすんです」
「なるほど、つまり、あの針は秤……」
少し毒が回っているのか、頭がボーッとする。痛くなくてもやはり命の危機となるとこうなるものなのだろうか?
皆は物を落としていくが、それでもあと100残っていた。
『十分経ちました。二発目を発射します』
もう一本、腕に刺さる。これは……思ったよりやばいな……。
(フウやキナだったら、二発で死ぬぞ……)
私は身長が高いし、それなりに鍛えているが、それでも辛いのだ。フウとキナは、もしかしたらマミさんとハナさんも耐えられないだろう。
「こ、これ以上何をしたら……!」
ぼやけて、視界は役に立たないが、小さくコンッという音が聞こえたのを聞き逃さなかった。足音ではなく、何かがぶつかりあった音だ。
「もしかして……そのタイル、何枚か外れませんか?」
冷や汗をかきながら、私は尋ねる。すると、ゴウさんが試したらしい、
「と、取れるぜよ!」
「よかった……それを落とせば……」
しかし、無情なアナウンスが聞こえてきた。
『十五分経ちました。三発目を……』
「待って」
毒針が飛んでくる前に後ろから、何かを押した気配を感じる。
「いっ……!なるほど、これは……相当きついね……」
ユウヤさんの声が聞こえてきた。私の代わりに受けてくれたようだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ボク達のことはいいから、早く!」
痛みに耐えながらユウヤさんが叫ぶと、皆が必死にタイルを落とした。どうやらそれでピッタリになったらしい。
「なんだよー。一人ぐらい死ぬかと思ったのにー」
それを見ていたナシカミがつまらなさそうに、私とユウヤさんを解放する。
「げ、解毒剤です……」
シナムキに小さいビンを渡され、私達はそれを飲んだ。
「大丈夫?」
「なんとか……」
命に関わるほどではなさそうだけど……。若干ふらふらする……。
「スズちゃん、ごめんねー」
ケイさんが私を背負い、部屋まで連れて行ってくれる。そして、ベッドに寝かせてくれた。
「すみません……」
「大丈夫だよー。今、マミを呼ぶからー」
ケイさんは部屋から出る。数分後、マミさんが部屋に入ってきた。
「大丈夫か?スズエ……」
「はい、さっきよりはよくなりました」
本当なら毒矢をさされた場所とか頭とかも痛むのだろうが、あいにく私にはよく分からない。それがいいのか悪いのかは置いておくとして。
「悪いな、お前とユウヤに任せちまって……」
「いえ、私も何となく気付いただけですから」
実は、昨日の夜、解析をしている時に受付にあるパソコンをハッキング出来たのだ。
チップが同数の場合、年少を人質にとる。
そう書かれているところがあったので、ユウヤさんに相談したのだ。
「……その、ミヒロ、兄さんは何か言っているか?」
マミさんは言いにくそうに聞いてきた。
「ミヒロさんですか?……そうですね、マミさんのことを心配していますよ」
私はあたりさわりのない範囲で答えると、「……そうか」と小さく笑った。
「兄貴とは、バンドを組んでいてさ……でも、いきなり殺人の容疑で逮捕されちまったんだ。その時はあたしと一緒にいて、アリバイだってあるのに、警察は聞き入れてくれなかった」
「それで、確かあり得ない速度で判決が出たんでしたよね。……恐らく、裏に何かいると考えた方がいいでしょうけど……」
あいにく、ここは通信が不安定だ。無実を証明してあげたいが、調べようにも調べられない状態だ。少しぐらいなら調べられそうではあるが。
「……ここから出られたら、調べてもいいですよ」
「え……?」
「私、こう見えてもハッカーの知識はあるんです。裏の情報なんて、簡単に得られますよ。警察の情報なんて、お手の物です」
普段はあまりそんなことをしないが、時々私の噂を聞きつけてくるのか頼まれることがあるのだ。おかげでかなり慣れてしまった。
「ちなみに、被害者と言われている人の名前を教えてくれますか?その事件を調べてみますので」
すると、彼女は懐かしい名前を告げた。
「高雪 愛斗、という男らしい」
「……アイト?」
「どうした?」
「いえ……知り合いの名前だったので、驚いて……」
タカユキ アイト……小学校に入学する前、近所に住んでいた三歳上のお兄さんだ。シルヤも知っていて、よく一緒に私の家で遊んでいた。
……あれ?
ふと、何かおかしいことに気付く。アイト……去年、確か……。
「……そうか。これについては、表に出されなかったらしいからな」
マミさんの言葉で現実に戻ってきた。
「珍しいですね、殺人事件で一度もニュースになっていないなんて」
……やはり、何か裏がある。
そして私は……このデスゲームで、死ぬ可能性が高い。奴らがどこまで本気なのか、それはよく分からないけれど。
しかし、出来る限り、犠牲者を減らそう。それしか、私には出来ないから……。