一章 ゲームの開幕
ねぇ、デスゲームって知ってる?
それはね、人が人を疑い、自分の命を守るために他人を裏切るゲームだよ。
君はそれに参加して、生き残れるのかな?
……少し、夢を見ていた気がする。
学校のチャイムで目が覚めた私は、真っ先にそう思った。外は暗く、他の美術部員は既に帰っているらしい。やはり、冬は暗くなるのが早いと思いながら帰る支度をする。今日は両親が久しぶりに帰ってくるので、早く帰って夕食を作らなければいけなかったのに、こんな時間まで眠ってしまった。……まぁ、私なんていなくても構わないだろうが。
カバンを持ち、靴を履いて外に出ると、東京にしては珍しく雪が降っているようだった。
――もう、こんな季節か……。
ついこの間高校に入学したと思ったのに、もう二年の十二月になっているのだ。時の流れは早い。親のような感想だが、私には他人事のように思える。
校門まで歩いていくと、そこには、
「よっ!スズ!」
腐れ縁もとい「幼馴染」の男子がいた。彼は幼稚園の時から高校までずっと一緒の学校だ。もっと言えば、赤子の時からの付き合いである。
「どうした?シルヤ。先に帰っていたんじゃないのか?」
私は彼に尋ねる。彼――シルヤは「スズがまだ学校に残ってると思ってよ」と笑った。
「何なら、家まで送っていくぞ」
「いいさ、別に。そう遠くもないしな」
私は断るが、彼は「どうせ近くなんだし、たまには話しながら帰ろうぜ」と珍しく引かなかった。
「本当にいいのに……」
「一緒に話したかったんだって!時間も遅いし、いいだろ?」
そこまで言われてしまっては断れない。結局、一緒に帰ることになる。
「それで?今度は何を企んでるんだ?また勉強か?」
「さすがだな、スズ!」
彼は勉強が出来ないわけじゃないが、赤点ぎりぎりになることもある。それでも全く悪びれないシルヤに私は一つため息をつく。
「……教えるからには次の小テスト、赤点は取るなよ。あと、世界史教えてくれ」
「もちろん。サンキュー、スズ」
二人でそんな会話をしていると、電柱に貼り紙が貼っていた。それを見て、私達は黙り込む。
そこには、不審者情報が書かれていたのだ。
「……なぁ、スズ」
やや時間を空けて、シルヤが口を開いた。
「マジな話、お前彼氏でも作った方がいいんじゃないか?」
真剣な視線を向けられ、私はうつむいた。……やはり、彼は気付いていたのだろう。私がストーカー被害に遭っていることを。もしかして、そのために今日は一緒に帰ろうと言ったのだろうか。
「……悪いけど、全く考えてないな」
「お前ならそう言うと思ったぜ。……でも、彼氏作らなくても誰かに相談はしろよ。オレでもいいんだからさ」
そう答えた私に困ったように笑う彼に、私も「笑いかける」。……正直、自分でどんな表情をしているのかが分からない。だが、彼は分かっているのだろう、笑い返してくれた。
そうして再び歩き出そうとしたところで――後ろから視線を感じた。振り返ると、そこには黒い影。――ストーカーだった。
見られている。
「――シルヤ、走るぞ!」
私はシルヤの腕を掴み、家まで走った。実際に鉢合わせたのは今回が初めてだった。動悸が激しい。振り返ると、ストーカーはいなかった。逃げきれた、ようだ。
しかし、安心したのもつかの間、家の違和感に気付く。……電気がついていないのだ。今日は、両親は帰ってきているハズなのに。
「……スズ、背中に隠れろ」
シルヤも異変に気付いたらしい、恐る恐る玄関のノブをひねった。――玄関は開いていた。そのことを疑問に思いながら、私達は入る。
「失礼しまーす……」
シルヤが小さく呟く声さえ、響いて聞こえた。
リビングの電気をつけると、そこには――倒れている両親の姿。
「お父さん!?お母さん!?」
私は二人に駆け寄る。……息は、まだある。
だが、なぜだろう。もう二度と、会えないような気がした。
それに、なんだろうか?この、違和感は……。
「す、スズ!すぐ警察と救急車を呼ぶから――!」
シルヤがスマホで救急車を呼ぼうとして――私達は何者かに後頭部を強く殴られ、気を失った。
次に目覚めた時、私はあおむけに寝かされていた。どうやら左腕は動かせるようだが……あいにく包帯を巻いていて、指はあまりうまく動かせない。パソコンぐらいならば使えるのだが……。
隣を見ると、シルヤが同じように寝かされていることに気付く。起こそうかと思ったが、何があるか分からないと思って私はまず周囲を見渡すことにした。
……ポケットに違和感がある。形状的に……鍵だろうか。天井はかなり高いのか、暗闇が広がっていたが……そこにあるものを見て、やばいなと冷静に思った。
その時、隣から声が聞こえた。どうやらシルヤが起きたらしい。
「こ、ここはどこだ!?」
「落ち着け、シルヤ」
私が「幼馴染」をなだめていると、どこからか機械のような声が聞こえてきた。
『えー、覚醒したのが確認されましたので放送いたします。
これから、最初の試練を開始します。今からお二人には、そのベッドから脱出してもらいます。なお、鍵は一つしかありません。どちらが使うかご相談してください。制限時間は五分です』
……どうやら、私達は変な奴らに誘拐されたらしい。タイマーが動き出したのか、ピッピッと無機質な音が聞こえてきた。
「ど、どうなるんだ!?スズ、どうしよう!?」
パニックになるシルヤを横目に、私はポケットを探った。掴んだものはやはり、鍵だった。私は自分に使おうとして、止まった。
「シルヤ、お前が鍵を使え」
私はシルヤに鍵を渡す。彼はそれを受け取り、
「お前、いいのか?死ぬかもしれないんだぞ」
不安そうな目で私を見てきた。今、私は負傷している左腕しか使えない。私が鍵を使うとしたら恐らく時間がかかって、最悪二人共死ぬ可能性だってある。それに……。
「お前なら、私を絶対に助けてくれるだろ?」
私は最大限の「笑顔」を彼に向けた。それを見て、シルヤは覚悟を決めたらしい、必死に鍵を差し込もうとしていた。
そして自分の拘束を解いたシルヤは、必死になって私の拘束を解こうとしていた。しかし、力づくでは解けない。シルヤが使った鍵が視界に映る。
そこで私は、あることに気付く。
「……シルヤ、鍵を見ろ」
そう言うと、彼は私が渡した鍵を見た。それは僅かに剝がれていたのだ。どうやらメッキで塗装されていたらしい。
「なるほど。サンキュー、スズ!」
シルヤはやすりを使ってそれを削り、鍵を差し込むと拘束が解けた。それと同時に音も鳴りやんだ。
私が立ち上がると、扉が開いた。その先は真っ暗で何も見えなかった。一瞬足がすくんだが、シルヤが私の背中に触れてくれた。
「……そういえば、天井に何があったか見たか?」
先に進む前に、シルヤに尋ねる。彼は「いや、よくは……」と首を振った。……だろうな、あれを見たら多分もっとパニックになっていただろうし。
「ギロチンだ。あおむけに寝かせる分、犯人も悪趣味な奴らだな」
「ゲッ……マジかよ……お前、よく冷静でいられたな」
まぁ、確かにそれを知っていたのに冷静に判断出来る人はそうそういないだろう。もちろん、私だって冷や汗はかいたが……。
「誰か一人が冷静でいないといけないだろ」
そう言うと、シルヤは一瞬だけ寂しそうな顔をした。しかしすぐに明るく「そうだな」と笑った。
……彼がそんな表情をした理由は分かっている。私の事情を「家族」以外で唯一知っているからだ。だから私が孤立しないように気遣ってくれる。
彼は私の手を握り、暗闇の中を歩き出した。スマホがあればよかったが、あいにくそんな都合よく出来ていない。
「大丈夫か?スズ」
「お前こそ」
平気なのかと聞こうとしたところで足が浮く感覚を覚えた。
……浮く?
さすがに相当な風力がなければ、上に上がることはないだろう。だとすれば、まさか……。
「お、おい!落ちてるぞ!」
シルヤに抱きかかえられ、私はそのまま意識を失った。
「……い。おーい」
……シルヤのものではない男性の声で目が覚めた。目の前には見たことのあるような、しかし思い出せない金髪の男性。どうやら私に声をかけていたのは彼らしい。
「……えっと……すみません、気を失っていたみたいです」
私は起き上がりながら、その胡散臭い男性に謝る。そして、周囲を見渡す。
どうやら壁は白に統一されているらしい。離れた場所に私達以外の十人の男女が集まっている。中にはまだ小学生や中学生だろうと思われる幼い子達までいる。
「どどど、どこですか!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
「これが落ち着いていられるかよ!?」
……皆、状況が分かっていないらしい。当然ではある。紫色の髪の女の子に至ってはうずくまって怯えている。
そんな中、私は違和感に気付いた。
(……首輪?)
皆、どこかで見覚えのある不思議な首輪をしているのだ。首元を触れると……それは私にもつけられていた。
(触ってみる限り……どこかで操作しないと外れなさそうだ)
嫌な予感はするが、無理やり外そうとしても最悪指がちぎれそうだ。それならしばらくは様子を見た方がいいだろう。
そして、
(なぜ、シルヤはこっちに来ない?)
そう、幼馴染はこっちに来ようとしないのだ。私は彼に近付き、
「悪かった、気を失っていたみたいだな」
彼に謝るが、
「……どちら様ですか?」
なんと、そう返されたのだ。
「何を言っているんだ?スズだ。幼馴染を忘れるなんて酷いぞ、シルヤ」
いつもの呼び名を言うが、彼はキョトンとしていた。まさか、本当に……?と思ったところで、
「……もしかして、縄跳びが苦手なスズさんですか?」
「おま、わざとか……」
……こんな時に冗談はやめてほしい。本気で記憶喪失になったのかと心配してしまった。
「へぇ、スズちゃんにシルヤ君、ねぇ」
すると、金髪の男性が私達の名前を復唱した。シルヤは名前を知られないようにしてくれていたようだ。しまったと思ったが、後の祭りだ。どうにでもなれと半ば諦める。
金髪の男性は皆に声をかける。
「皆、ここでどうこう言っていても仕方ない。分かることは自分の正体だけ……だから、自己紹介から行こうじゃないか」
彼はそう言うが、誰も何も言おうとしなかった。特にシルヤは彼を怪しんでいるようだった。まぁ、正直私も怪しんでいるが……。
「……私は、エレンと申します」
そんな中、エプロンをつけた黒髪の男性が名乗った。それに続いて、同じく黒髪の見た目からして怪しい男性が名乗る。
「私はカナクニと言います」
「ワシはゴウじゃ」
いかにも外国人と言った風貌の男性も名乗る。他に名乗る人は……いないようだ。仕方ないだろう、こんな状態では名乗るのに勇気がいる。
「スズさん、でよろしいですか?」
「はい。お聞きしてもいいでしょうか?」
エレンさんが話しかけてきた。何か情報はあるだろうか?まぁ、変な期待をしない方がいいけれど……。
「……そういえば、その後ろの調理道具は……」
私が尋ねると、彼はフライパンを差し出した。
「一ついりますか?」
「いえ、お構いなく……」
……マイペースな人だ。しかし、どこかで見たことあるような……。
「シェフをしています。いつも通り下処理をしていると、何者かに急に入ってこられてしまい……気が付けばここにいたというところです」
「なるほど……」
……私達と似たような状態か。なら、これ以上は今のところ聞いても意味がないだろう。
「私は高校教師をしております」
「高校、教師……」
……カナクニ、先生。見た目だけだと、どうしても教師には見えない。いや、見た目で判断してはいけない。私も左手に包帯を巻いているわけだし、何なら全身さらしやら包帯を巻いているのだから。指摘されてしまえば、何も言えないのだ。
「やはり、私は怪しいのでしょうか……」
気にしていたようだ。申し訳ない。
「あ、いえ、そういうわけでは……カナクニ先生は何か分かることはありますか?」
この状況で何か分かるわけでもないが、一応確認する。案の定、彼は「いえ……久しぶりに教え子に会って、勉強を教えていたぐらいですからね……」と答えた。
「なるほど……」
……嘘をついているわけではなさそうだ。
「でも、高校教師ねー。どうにも信用出来ないかなー?」
「カナクニ先生を馬鹿にしないでください!」
金髪の男性がぼやくと、ピンク髪の女性が反論した。どうやら教え子というのは彼女のことらしい。
「私、ハナと言います。芸術大の学生で、高校時代はカナクニ先生に教えてもらっていました」
確かに、芸術大学の学生と言われ、納得出来る容姿をしている。
「ワシは野球選手をしておる。モロツゥという孤児院の出身じゃ」
ゴウさんはそう答えた。やはり、心当たりはないらしい。百九十もありそうなガタイのいい男性が連れ去られるなんてよほどのことだ。何か共通点があるわけでもないし……。
モロツゥ……。
どこかで聞いたことあるような……。
「……オレ達も、話した方がいいか」
不意に、シルヤが呟いた。それに私も頷く。
「オレ達は見て分かる通り、木野山高校の生徒だ。実は、最近スズがストーカー被害に遭っていて、今日は迎えに行ったんだ。そしたらそいつに鉢合わせしてしまってな。家まで走ったら今度は電気がついていなくて、中に入ったらスズの両親がリビングで倒れていたんだ。警察と救急車を呼ぼうとしたところで、後ろから鈍器で殴られて、気付いたらここにいたんだ」
あれ、鈍器だったのか……。全く気付かなかった。
「それにしては、スズちゃんは痛がらないよねー。シルヤ君はさっき痛がっていた気がするけど」
……気付かれてしまったか。確かに、シルヤは時々殴られたであろう後頭部を撫でているが、私はそんなことをしていない。
「後ろ、だったねー。触ってみてもいいかなー?」
「別に構いませんが」
金髪の男性が私の頭に触る。そしていぶかしげに呟かれた。
「……ちょっと血が出てるねー」
「え、嘘?……あ、そういえば……」
最初の試練とやらで使われたベッド?には血がついていた気がする。あれ、自分の血だったのか……。
「気付いていなかったの?」
キョトンと彼は目を丸くしていたが、シルヤが重ねるように言葉を紡いだ。
「スズはいろいろ事情があって、怪我をしても自分では気付けないっす。……スズ、わりぃ。オレが気付いていたらよかったな」
「いや、大丈夫だ」
あの時は(今もだが)パニックで何も分かっていなかったのだから、気付いていなくても仕方ない。
「……ふーん。まぁ、今は詳しいこと、聞かないよー。なんか理由がありそうだしね」
金髪の男性はそう言って笑った。聞かれないのならよかった。……出来れば、思い出したくないものだったから。
それを見ていたからか、他の人達も名乗り始める。
「……あたしはマミ。一応、歌手だ」
「俺はミヒロ」
「ぼ、ボクはユウヤ。恥ずかしいけど、フリーターなんだ……」
「ぼくはフウっていうニャン」
……一人は典型的な囚人服を着ているんですがそれは。いや、気にしている暇はないか。
「……フウ、でいいのか?」
「うん」
私はまず、ネコのクッションを持っているフードを被った男の子に話しかける。目線を合わせ、怖がらせないように気を付ける。
「何か変わったことはあったかな?例えば……誰かが来た、とか」
「お留守番をしていたニャン。おかあさんを待っていたら、ピンポーンって音が聞こえたから帰ってきたと思って玄関の扉を開けたら黒服の男達がいて……」
「なるほど……怖かったな」
私が頭を撫でると、フウは驚いたような目を私に向けた。何かいけなかっただろうか?
「……優しいニャン、スズ姉ちゃん」
どうやらそういうわけではなかったらしい。そのことにほっとする。
他の人にも話を聞こうと思ったが、その前に紫色の髪の少女が気になった。
「大丈夫……?」
私が背中に触れると、少女はビクッと身体を震わせた。
「あ、すまない。怖がらせたな」
「い、いえ……」
……少し落ち着いたが、まだ話せそうな状況ではなさそうだ。また後で話を聞いた方がよさそうだと思い、「ごめんね、また、後で話を聞いてもいいかな?」と出来る限り優しく告げた。
「ユウヤさん、でしたね。何か、覚えていることは……」
そして今度は銀髪の男性に尋ねると、彼は「ごめんね、ボクも、バイト帰りで何者かに連れ去らわれたってことしか……」と答えた。マミさん、ミヒロさんにも尋ねるが、やはり有力な情報は得られなかった。……まぁ、仕方ないか。きっと今も、監視カメラなどでこの様子を見ていることだろう。悪趣味で、相当計画されている。
「そういえば、あなたの名前は……?」
金髪の男性の名前を聞いていなかったことを思い出し、私は尋ねる。彼は「あれ?名乗ってなかったっけー?」と軽いノリで名乗った。
「俺はケイ。一応、おまわりさんだよー」
「……おまわりさんって、つまり警察、ですか?」
「正確には、「元」だけどねー」
……軽い。これ以上心強い味方はいないハズなのに軽すぎる。いや、人を見た目で判断したら駄目だ、うん。
いや、むしろなぜ元警察官の彼まで誘拐したのか。犯人の思惑が分からない。それに、彼はどこか寂しげだ。
私はもう一度、少女に声をかける。
「大丈夫?話せるかな?」
「うぅ……はい。わ、わたしは、キナと言います……その……」
「思い出したくないなら、無理に話さなくていい」
この少女も、きっと死にかけてここに来ただろうから。そうでなければ、ここまで怯えない。
――昔の私のように。
「そういや」
不意に、ゴウさんが箱を取り出した。これは……。
「部屋に置いてあったから、持ってきたんじゃ。なんでも、これを運ぶのが試練じゃと」
「これを運ぶ……?」
……私達と同じ試練を受けたわけではないらしい。ということは、それぞれ……。いや、聞くのはやめよう。
「ロックがかかっていますね」
エレンさんがその箱を見て、呟く。私はそれを見た。
す→2
し→?
れ→?
ま→?
き→?
け→?
ゆ→?
ふ→?
なお、ひらがなで書かれた文字は数字にする。
そこには、そう書かれていた。数字……あぁ、なるほどと私はそれを打ち込む。すると、ロックが解除した。
「すごいな、スズ!なんで分かったんだ?」
シルヤが興奮気味に尋ねる。それに私は答えた。
「画数だ。しは一、す、れ、ゆは二、れ、けは三、き、ふは四になる。つまり、答えは「21234324」だ」
「なるほどねー。結構簡単だけど、答えに至るまでに少し時間がかかりそうなものだねー。画数が同じものもあるしー」
ケイさんがやはりのんきに告げる。
「頭、いいんですね」
ハナさんが褒めるが、「いえ、私は頭がいいわけでは……」と否定した。
「ですが、この状況で柔軟に考えることの出来る人はなかなかいません。スズさんは高校生でしたよね?」
「そう、ですね」
カナクニ先生の質問におどおどと答えてしまう、
「やはり、そういった判断力を求められる部活動に入られていたのでしょうか?」
「いえ……確かに中学の時は剣道部でしたが……今は美術部に入っていて……」
剣道部ならばともかく、美術部は割と自由だ。課題さえ終わらせれば、後は自由に過ごしていい。
「そうなのですか?てっきり常に冷静でいなければ負けてしまうような部活動にでも入っているのかと思ったのですが」
「えっと……」
「あー!スズ!箱の中身見ようぜ!」
私が「困っている」ことに気付いたシルヤがわざとらしくそう告げた。それにカナクニ先生は疑問を覚えたようだが、聞いてこようとはしなかった。
危ないものかもしれないからとケイさんが代表して開ける。そこに入っていたのは……女性の頭部。
「…………っ!」
私はビクッと身体を震わせたが、シルヤがすぐに手を握ってくれたおかげで何とか平静を保てた。
「ひっ!」
「に、人間の頭だニャン!」
キナとフウが怯える。しかし、ユウヤさんがじっとそれを見て、
「……いや、それ、多分人形だよ」
そう、答えた。ケイさんが箱の中身を確認して、
「どうやらそうみたいだねー」
紙を見せながら、頷いた。その髪には「カラダアツメ」と書かれていた。……つまり、腕、足、胴体を集めろと言うことだろう。もしかしたら、もっとバラバラかもしれない。
――本当に、悪趣味だな……。
人のトラウマを思い出させるようなことをさせるなんて。いや、そもそもこんな大人数誘拐している時点で、人の心など、持ち合わせていないか。
(大丈夫……これは人形なんだから)
自分にそう言い聞かせ、「……仕方ないので、別々に探索しましょうか」と提案した。人形の身体を集めないことには話が進まないと思ったからだ。
「スズ、大丈夫なのか?」
「仕方ないさ。本当はこんな悪趣味なこと、したくないが……やらないと何があるか分からない。それに、恐らく隠しカメラで見られているしな」
「え、マジで!?」
「ん。一つはあそこだ」
私は自分の背の方を後ろ指で指す。さっきから妙な視線を感じて「気色悪い」。
「壊した方がいいんじゃ……?」
「いえ、今の段階ではそれは得策ではないでしょう。見る人が見れば分かるような場所に仕掛けているのは、罠の可能性が高い。犯人の目的が分からない以上、変なことはしない方がいいでしょうね」
マミさんの提案に首を横に振ると、「だが、見られているんだろ?」とミヒロさんが告げた。
「恐らくは。実物を見ないと、ここからでは分かりませんが」
「その隠しカメラをハッキングすることは出来るの?」
ユウヤさんに聞かれ、私は少し考えた後、
「出来る、と思います。その前に、パソコンか何かを見つけないといけませんけどね」
「とかく、探索せなあかんと言うことか」
ゴウさんの言葉に頷く。今はとにかく、皆で脱出するために協力しなければいけないのだ。
では、どんな振り分けにするかと言うと、
「スズ、一緒に探索しないか?」
「ボクもいいかな?」
「私はいいですけど」
私はシルヤとユウヤさんと一緒に、
「じゃあ、俺はエレンやゴウ、ミヒロと一緒に探索しようかなー」
「私はハナさんやマミさんと一緒にキナさんとフウ君を見ますよ」
そんな感じで、三チームに分かれた。
まずは左側の部屋を調べる。ここはどうやら遊技場みたいだ。
「……ダーツ、か……」
何かあるかもしれないが、そこは一旦保留にしておこう。周囲を見渡すと、ビリヤードやボウリングなど、遊技場にありそうなラインアップが置かれていた。
私は何となく、ビリヤード台の下を見る。何もないと思っていたが、そこには紙が貼られていた。
「これは……」
手に取ると、それにはこう書かれていた。
デスゲームの参加者の皆様へ
皆様には殺し合いをしてもらいます。なお、詳しい説明はフロアマスターがさせていただきます。
……デスゲーム、か……。
非人道的だと、思った。大人達だけなら(そもそも殺し合いをさせること自体があれだが)まだ分かるが、小さな子供もいるのだ。何が目的なのか、私には分からない。そもそも、分かろうとも思わない。
「どうしたんだ?スズ」
シルヤが覗き込んできた。私はそれを見せると、彼は顔を青くした。
「マジかよ……」
「ユウヤさんにも話そうか」
私達はユウヤさんにもそれを見せると、ユウヤさんは少し考えた後、
「ケイさん達にも伝えよう。何か分かるかもしれない」
そう言われ、私達はケイさん達のところに向かう。途中、酒場に寄った。そこではカナクニ先生達が探索していたのでそれを伝える。ユウヤさんが対応している間に私は周囲を見渡した。
(黒板……書かれているのは二十一人、か……)
そこには未成年と成人が書かれていた。
未成年
キナ シルヤ スズエ ナコ
ナナミ ハナ フウ ユミ ラン
成人
アリカ エレン ケイ シンジ タカシ マイカ
マミ ミヒロ ゴウ ユウヤ レイ レント
……聞いたことのない名前もある。最初の試練とやらを突破出来なかった人達だろうか。何となくだが、これを覚えていなければいけないと感じた。
「スズ姉ちゃん、あれ、何?」
フウが聞いてきたので、私は「お酒が飲める年齢かそうじゃないかってことだろうね」と頭を撫でた。
「お酒……いい思い出がないニャン……」
「そうなんだな」
きっと、親が相当な飲んだくれなのだろう。子供は案外そういうものを見ているのだ。
「スズさん、皆でケイさんのところに行こう」
ユウヤさんに声をかけられて、私はフウを抱き上げてケイさん達のところに向かった。
ケイさん達がいた場所は、たくさんの人形が置かれているところだった。
「あれ?皆揃って何しに来たのかなー?」
ケイさんは相変わらず軽い様子で尋ねてきた。事情を話していると、扉が閉まった音が聞こえた。
目の前に、拳銃が現れる。それと同時に声が聞こえてきた。
『最初のゲームだ。ここに、死んだ奴らの人形がある。その中から未成年を撃ち抜け。一人でも間違えたら、拳銃を扱っていた人間の首輪が発動して死ぬ。まぁ、せいぜい死なないことを祈ってるよ』
目の前の人形には、確かに名前が書かれていた。
「まずは、脱出出来るか調べるべきかなー?」
ケイさんに言われ、私達は周囲を見渡す。しかし、脱出は出来そうになかった。やるしかない、らしい。
「……確か、酒場にヒントがありましたね」
私が言うと、フウが慌てた。
「ど、どうしようニャン……ぼく達、ちゃんと見てなかったニャン……いつもならぼく、覚えてるのに……」
「黒板に書いてあった名前だよな……成人と未成年って……あたしも覚えてねぇ……」
マミさんも申し訳なさそうに告げる。さすがに、あの人数を覚えることは難しいだろう。
「スズ、覚えているか?」
シルヤに聞かれる。こいつは誰に聞いている?
「もちろん。未成年は「ナコ」「ナナミ」「ユミ」だ」
私は人形を見ながら、答えた。あそこにある人形は八体で……。
「……あれ?」
「どうした?」
シルヤに聞かれるが、
「いや……重要なことではない」
嘘をついた。……九体になるハズなのだ。だって、ここには十二人。二十一になるためには人形が九体なければいけない。それなのになぜ……?
(死んだ、奴ら……『死んだ』?)
それに含みがある気がする。……いや、今はそれを考えている暇はない。
「……マミさん、キナを、見ていてください」
私は怯えている少女を女性で一番の年上であろうマミさんに任せ、拳銃を持つ。
「きさん、命かかってるぜよ!?怖くないのか!?」
「……どう、でしょうね……でも、やるしかありませんから」
ゴウさんの質問に私は曖昧に答え、構えようとする。しかしその手を、誰かが触れた。
「オレが、やるよ」
シルヤだった。私は首を傾げる。
「……大丈夫なのか?もし万が一でも間違えたら死ぬぞ」
「もちろん、分かってる。でも、大丈夫だ。お前を信じているからな」
……震えている。本当は怖いのだろう。
――私には、分からない感情だ。
無関心なのではなく、「自分では全く分からない」。だからこそ、「怖くないのか」とか「悲しくないのか」なんて言われても、曖昧に答えるしかないのだ。自分で、自分の感情が分からないから。
「……分かった。託すぞ、「相棒」」
「任せろ」
しかし、目の前の親友の瞳には覚悟が宿っていた。……ならば、任せてもいいだろう。
弾は既に装弾されていた。震えるシルヤの背を、私は優しく触れる。少しでも安心させるように。
「スズ……」
「大丈夫だ、私を信じろ」
私達の信頼関係を、見くびってもらっては困る。
シルヤは頷き、まずは「ナナミ」と書かれた人形に標準を合わせる。引き金を引くと、大きな音が鳴り響いた。――首輪は、発動しない。
「よ、よし……次は」
「ナコだ」
シルヤは、今度は「ナコ」と書かれた人形を撃ち抜く。……これで、あと一体。
「スズ……スズエ」
「どうした?シル」
「手、握ってくれ……震えて、合わないんだ」
確かに、彼の腕は先程の比ではないほど震えていた。これでは、間違えて別の人形を撃ち抜いてしまうかもしれない。
「分かった」
私はシルの手を包むように握る。そして、最後の一つ――「ユミ」に、標準を合わせた。
「……行くぞ」
「あぁ」
私はシルヤと一緒に人形を撃ち抜いた。――首輪は、発動しなかった。
『ちっ。全問正解だ、つまんねぇな。拳銃は元の場所に戻しておけ』
その放送と共に、扉が開く。私が拳銃を受け取り、元の場所に戻した後、
「はぁあ……!よかったぁ……!」
「お疲れ、シル。今回はさすがに嫌な汗をかいたよ」
力が抜けてへたり込むシルヤの頭を撫でる。さすがの私も「緊張」した。他人の命を預かるというのはこういうことなのか。
「それにしても、怖い時に私を名前で呼ぶ癖は本当に抜けないな」
「なんだろうな……名前で呼んだら、スズエはすぐに来てくれる気がするんだ。小さい頃からずっとそうだったから」
「そうだな。小さい頃はお前、ずっと私の後ろに隠れていたもんな」
懐かしい記憶だ。今でこそシルヤは私を守ってくれるが、昔は泣き虫でいつも私の背中に隠れていたし、怖くなった時にいつも私を呼んでいた。
「スズエ……?スズちゃんの本当の名前?」
ケイさんが首を傾げた。あ、そういえば私は本当の名前を名乗っていなかった。
「そうですよ。私は森岡 涼恵……「スズ」は愛称なんです。まぁ、呼びやすい方で呼んでくれていいですよ」
「スズエ、か。いい名前だね」
ユウヤさんが私に笑いかける。……まぁ、確かに「今の」名前は気に入っている。
「だけどよ、ケイがやればよかったんじゃねぇの?」
ミヒロさんがそう言うと、ケイさんは少し青くなった。
「……情けない話なんだけど、俺、銃が持てなくなったんだよねー」
「トラウマ、ということですか?」
「そういうこと。詳しい話は聞かないでくれるかなー」
……まぁ、私の方も踏み入られていないのだから、おあいこだろう。
「それじゃあ、探索に戻りましょうか」
シルヤがある程度落ち着いたことを確認し、私はそう提案する。それに反対する人はいなかった。私はシルヤとユウヤさんと共に行動を再開する。
……それにしても。
本当に、「死のゲーム」に参加させられたのかと、思い知らされた。シルヤの命が脅かされるかもしれないと思うと……今までにない焦りを覚えたのだ。
(それに、違和感……)
なぜ、あの人形が八体しかなかったのか。なぜこんなゲームに参加させられるのか。何もかもが分からない。
しかし――これは前々から計画されていたということ……それだけは、分かった。
部屋から出る前、カナクニ先生に呼び止められた。
「スズエさん」
「はい、どうしました?」
私は振り返り、彼を見る。彼の瞳は真剣そのものだった。
「その……あなただからこそ頼みたいんですが……ここから脱出するまでの間、フウ君やキナさんのお姉さんでいてほしいんです」
「まぁ、二人とは年も近いですし、構いませんけど……」
急にどうしたのだろうか?カナクニ先生は笑って「ありがとうございます」と告げた。
「……二人には、あなたのような勇敢で、優しいお姉さんが必要なんです。この状況では特に、不安が強いでしょう。その時に、頼れる「砦」であってほしいんです」
なるほど……。確かにその通りかもしれない。
勇敢で、優しいかは分からないが。
「分かりました。任せてください」
私は精一杯の「笑顔」を彼に向けた。