十一章 最高の「バッドエンド」をあなたに
しばらくシルヤの腕の中で泣いた後、私は離れる。
「振り切れたか?スズ姉」
「……うん。ありがと、シル」
涙を拭う私を見て、彼は笑った。
「なら、早く皆のとこに行きな。お前はまだ、戦わないといけないだろ?オレ、イルスアって奴と相談室にいるから、いつでも会いに来いよ。いくらでも手伝ってやるからさ」
そう言って、シルヤは私の背を押してくれた。私はそれに弾かれるように、皆のところに戻る。
「もういいのか?」
ランに聞かれ、私は頷く。
「行こう。――私達の未来のために」
「うん」
ユウヤさんが私の手を取った。その手は温かく、安心するものだった。
「あの……スズちゃん」
そんな中、ケイさんが声をかけてきた。
「さっきはごめん。急に怒鳴ったりしてさ……俺が冷静でいないといけなかったのに」
「別に、それぐらい気にしませんよ」
まぁ、多少怖かったけど。それはのどの奥にしまっておいた。
「いや、でも……俺達、酷いこと言ったでしょ?」
「……そうでしたっけ?」
さっきは目の前のことに集中しすぎてよく覚えていない。
「い、言っちゃったニャ……ごめんなさい、スズ姉ちゃん……」
「そうなんですか?ユウヤさん」
あの場で唯一冷静だったユウヤさんに尋ねると、「あー、まぁ、うん……」とはぐらかされた。あー、言ってたんだな……。
「まぁ、そんなこともあるさ。気にしない気にしない」
私がフウの頭を撫でながら言うと、キョトンとされた後「……ありがとう」とみんなして安心した顔をする。ここでケンカするほど、時間の余裕もないしな。
「何をしたらいい?」
「まずはそこの棺に見つけた人形を――」
ユウヤさんに聞かれ、一歩踏み出したその時、視界が歪んだ。ふらついた私を、ランとユウヤさんが支えてくれる。
「貧血だねー。スズちゃん、ちゃんと休んでなかったからかな?」
ケイさんが私の状態を見て、そう言った。
「うぅ……気が抜けたら……すみません……」
こんな時に情けない……。
「大丈夫だよー!スズちゃんは休んでて!」
「人形をこの棺に入れたらいいんだよね?」
「そうですけど……あれ、案外重くて……」
「そういう時こそ、俺達の出番だろ」
しかし、マイカさん、レイさん、タカシさんが笑いかけた。
「あたし、何か食べれるもの作るよ」
「わ、わたしも手伝います」
「私は探索しようかな?」
「あたしはキナ達を見ておくよ」
ナコ、キナ、ユミさん、マミさんはそう言った。
「私は人形を運ぼうかな……」
「細身メガネに出来んのか?俺達に任せてレイと一緒に探索しとけよ」
レントさんが一緒に行こうとすると、タカシさんに止められる。
「ユウヤとラン君はフウ君とスズちゃんを見ててくれるかなー?」
「え、いや、私もてつだ」
「「休みなさい」」
私が立ち上がろうとすると、なんか、ランとユウヤさんに同時に止められた。なんでだ。
「君はすぐ無理しようとする。駄目だよ、倒れそうになってるんだから」
「そうだぞ。お前、実はほとんど寝ていないって知ってるんだからな」
……そういえば私、ランと一緒の部屋にいるんだった……。
ラン、割と寝ぼけているから知らないと思っていた。
「姉ちゃん、一緒に寝ようニャン!」
フウにねだられ、私は「……そうだな」と頷いた。
ロビーに向かい、私はソファに座る。フウは私の膝に頭を乗せた。隣には、ランが座っている。
「ニャ……。よくおかあさんがやってくれたニャン……」
「そうなんだな」
私が頭を撫でると、フウはウトウトし始めた。寝ぼけているからか、フウが自分のことを話し始めた。
「……あのね、今のおかあさん、本当のおかあさんじゃないんだニャ……ぼく、引き取られたんだニャ……」
本当のお母さんじゃない……もしかして、忙しいって言っていた両親はその本当の両親のことなのだろうか?
「……膝枕は、本当のお母さんにやってもらっていたの?」
「うん……。ぼく、じへーしょーっていう病気で小学校に通い始めた時はお友達が出来なかったニャ……。それを言ったら、本当のおかあさんはニャンチャンクッションを買ってくれたニャ。そこから、お友達が増えていったニャ」
自閉症……なるほどな。だからこだわりが強かったのか。
「姉ちゃんは、ぼくのこと嫌いになる……?」
寝ぼけながらも、怯えたような瞳を私に向けていた。
「そんなわけないだろう。それも個性さ」
私が笑うと、フウは笑って私に抱き着いた。
「よかったニャ。姉ちゃんに嫌いって言われなくて……」
「フウが秘密を教えてくれたお礼に、私も一つ秘密を教えてあげよう」
私は内緒だぞ、と指を口に当てて笑った。
「私はな、「ギフテッド」なんだ。だから記憶力もいいし、勉強も出来る。だが、興味ないことには徹底して興味がなくてな、歴史とかは人より全く出来ないんだ」
「姉ちゃんにも苦手なことがあるのかニャ?」
「あぁ。これも「個性」、だろ?」
そう言うと、彼は「うん……」と頷いた。フウは眠そうだ。
「ほら、フウ。眠いなら寝なさい。私はここにいるから」
「うん……おやすみなさい……」
フウは私に抱き着いたまま寝てしまった。それにつられるように、私もあくびが出てくる。
「うー……ごめん、ちょっと寝る……」
「ちょ、スズエ?」
私はランの肩に頭を乗せ、目を閉じた。
「全く……人の気も知らないで……」
その言葉を遠くで聞いた気がした。
皆がいた。
皆、笑っていた。
アイトも、その輪に入っている。こんなゲームなんて、最初からなかったように。
「あ、スズ姉!こっち来いよ!」
シルヤが私の腕を掴み、皆の輪に入れてくれる。
「スズエ、何が食べたいですか?」
エレン兄さんも私に笑いかけてくれた。
あぁ、これは夢だ。
とても楽しくて、悲しくて、酷く幸福で残酷な夢。
こっちが現実だったなら、どれ程よかっただろうか――。
「……え。スズエ」
名前を呼ばれ、私は目を開ける。
「どうしたんだ?怖い夢でも見ていたのか?」
頬を拭われ、初めて涙を流していたことに気付いた。
「ううん……怖い夢じゃなかった。皆が、笑っている夢を見たんだ」
「そっか……」
ランは優しく頭を撫でてくれた。
「まだ夜中だし、もう少し寝ていなよ。オレは大丈夫だから」
そう言われ、もう一度寝ようとするとタカシさんが通りかかった。
「お、まるで夫婦みてぇだな」
ニヤニヤしながら言われ、自分の状況を思い出す。
私は今、ランの肩に頭を乗せている。そして膝にはフウが寝ていて……。
「――――――――!」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
二人して顔が真っ赤になる。どうしよう、恥ずかしい……!
「いやー、あの銀髪とお似合いだと思っていたが、ランともお似合いだなぁ」
「いや、だからそんなんじゃねぇって……!」
しばらくの間、二人してタカシさんにからかわれた。途中でフウが起きてきたけど、キョトンとしていた。
朝になり、私はあの記憶の灯火とやらを持って食堂に向かう。
「……一度、思い出してみますか?」
私が怪しげに見ながら尋ねると、「そうだな……」と皆頷く。
「おまわりさんからやるよー」
危険かもしれないからねー、とケイさんが最初にやることになった。
どうやら彼は、まだ警察官だった時にグリーンと会っていたようだ。銃を持てなくなったトラウマを拭ってあげると言われたらしい。
「あいつらしい誘い方だな……」
本当にアイトらしいというか。あいつは言葉巧みに誘導するのだ。……でも、これは本当にアイト?と疑問に思ったが……。
タカシさんは、病院であったらしい。病気を治してあげると言われ、同意書に書いたようだ。同じようにゴウさんも、大怪我を治してあげると言われたらしい。確かに、スポーツ選手は身体が資本だ、それを治してくれるというのだから藁にも縋る思いで同意書を書くだろう。
キナは、姉といつも行くお菓子屋さんで一緒に書いたらしい。ナナミの願い事は分からなかったがキナは姉の願い事を叶えてほしいと願ったようだ。優しい彼女らしい。
マミさんは、無実の罪で逮捕されたミヒロさんを助けてほしいと願ったらしい。アイトはそんな彼女に喫茶店で会い、証明してあげる代わりにこれを書いてと同意書を出されたようだ。
レイさんはサヴァン症候群であることを理解してくれる人が欲しいと願ったようだ。マイカさんは、高校の時に交通事故で両親を亡くし、身寄りもなかったためその寂しさを誰にも理解してもらえなかったらしい。だからずっと明るく振舞うしかなかったのだという。誰にも理解してもらえない苦しみは、よく分かる。
ユミさんは母子家庭で、病弱な母の不安を拭ってあげたいと願ったらしい。ナコは生きる理由が欲しいと願った。理由までは聞けなかったが、相当辛いことがあったのだろうと容易に想像出来た。
ユウヤさんはアイトが言っていたように、私を守りたいと願ったらしい。フウは本当の両親が休めるようにしてほしいと願ったようだ。ランは、助けてくれる人が欲しいと願ったらしい。
「スズエさんは?」
「私、ですか?」
「うん。君も、同意書に書いていなかっただけで願いはあったでしょ?」
ユウヤさんにそう言われ、少し思い出す。私の、願いは……。
「それより、シルヤ君の望みを聞いたら?」
「きゃっ!……なんだ、グリーンか……」
耳元でささやかれ、ビクッと肩を震わせる。
「懐かしいなぁ、スズエさんの女の子らしい悲鳴」
「殴るよ?」
いきなり驚かせておいてなんなんだその態度。
「まぁまぁ、せっかくだから見てみなよって」
そんな私なんて気に留めず、グリーンはパソコンを見せた。
『よう!アイト、久しぶりだな!』
画面には、シルヤが映し出されていた。どうやら去年、久しぶりに会った時の映像らしい。
『シルヤ君、本当に久しぶりだね』
グリーンは手を振って、シルヤを迎えた。
『どこでお茶する?』
『それなら、スズ姉とよく一緒に行くカフェがあるんだ』
『じゃあ、そこに行ってお茶してから出かけようよ』
二人は私達双子がよく行っていたカフェに向かった。
二人はたわいない話をしていたが、いつの間にか私の話になっていた。
『スズエさんはどう?』
『スズ姉、今年体重がすっげぇ減っててな……。これ以上痩せたらマジでぶっ倒れて入院するぜ……』
『あははっ。もしかして栄養ドリンクと野菜ジュースしか飲んでないとか?』
アイトが冗談交じりに笑うと、シルヤはクワッと目を見開いた。
『マジでそれなんだよ!全く、両親全然帰ってこねぇからスズ姉も食事とか適当になっちまってさ。オレの方が心配になってよ。だから時々家に泊まり行くんだ』
『本当だったんだ……それは心配だね。食欲がないわけじゃないんでしょ?』
『一応、腹は減るみたいだけどな。ほら、親いないとスズ姉、家に一人だろ?しかもちっとも帰って来やしないから一人分しか作らねぇし、どうしても適当になるみたいだぜ。まぁ、小さい頃からずっと一人だからな、スズ姉は』
『なるほどね……』
『アイトも知ってるだろ?スズ姉、実はとても寂しがり屋なんだって。でも、病気とかその力のせいで他人と関わりを持とうとしないし……ほんとに、かわいそうだ。孤独を紛らわせるための手段も、パソコンと家にある研究資料だけだし。今日も調べ物をするからって断られたんだぜ』
『そうなんだ。だったら、スズエさんの連絡先をくれるかな?ボクからも連絡してみるからさ』
『おう!いいぜ、スズ姉にもあとから言っておくよ』
こら、シルヤ。人の連絡先を勝手に教えるんじゃありません。アイトだったからまだいいけど。いきなりアイトから連絡来て驚いたぞ、お姉ちゃん。
『ところでさ、シルヤ君の願い事って何かある?』
問われると、シルヤはためらいなく告げた。
『スズ姉の病気が治るように、だな!』
『シルヤ君自身の夢とかじゃないんだね』
『だって、病気だけでも治ればスズ姉も過ごしやすくなるだろ?少しでも多く幸せになってほしいんだ、スズ姉にはさ。前も、危険な目に遭ってたし』
『そうだったんだ……。もしかして、その腕輪って』
『スズ姉が不良に襲われそうになってな。庇ったらナイフで深く切られたんだ。そしたら、その傷を隠すためにってこの腕輪をくれたんだよ』
ほら、とシルヤはその腕輪を取る。左手首には傷痕が深く残っていた。
『これは……痛かったでしょ?』
『スズ姉に傷を残すよりはマシだ。痛みが分からないのは知ってるけど、姉さんだって女の子なんだし、もう少し身体を大事にしてほしいところなんだぜ?』
『ふふっ。勇ましいのはスズエさんらしいね』
『そうだな。……あんな事件がなければ、スズ姉もっと明るかったのにな』
『……うん。聞いている範囲だと、ようやく立ち直ってきたって感じだもんね。犯人、まだ捕まっていないんでしょ?』
『あぁ、本当に腹が立つぜ。スズ姉の人生を壊しておきながらまだ捕まっていないなんて。……本当は、普通の女の子として過ごしてほしいんだよ、スズ姉にも。恋人が出来て、一緒に遊ぶ友達がいて……幸せに、なってほしいんだよ。姉さんがオレの幸せを望むようにさ』
そこで一度、映像が切れる。電話の鳴る音が聞こえ、包帯を巻いた腕はスマホを取った。
『……もしもし』
映し出されたのは、家で調べ物をしていた私の姿。
『あ、おばさん?どうしたんですか?』
『あのね、シルヤがまだ帰ってこないの』
『シルヤが帰ってこない?』
『えぇ。だからそっちに遊びに行ったのかなって思って』
『いえ、今日はうちに来ていないですね。確か、昔の友達に会うって言っていて』
『そうだったの。あの子、二時に戻ってくるって言っていたのだけど……』
『二時に?でも、今五時ですよ?あいつがおばさんに連絡しないなんて珍しい』
映像の中の私はうなって、
『……では、私が迎えに行きますよ。おばさんも心配でしょうし』
立ち上がり、長袖の服を取った。
『いいの?スズエちゃん、何かしていたんじゃ……?』
『私ですか?今日はただ調べ物をしていただけですよ』
『そう……。ご両親は?』
『両親ですか?あはは、どうせ今日も帰ってこないですよ。いつものことじゃないですか』
『まぁ、そうだけれど……それより、本当にいいの?迷惑じゃないかしら?』
『迎えですか?いえいえ、大丈夫ですよ。住んでいる家が違っても、苗字が違っても、あいつが私の双子の弟であることに変わりはないんですから』
『スズエちゃん……ありがとう。それじゃあ、頼むわね』
電話が切れ、映像の中の私は、今度はシルヤに連絡を取る。
『もしもし』
『あ、スズ姉!どうしたんだ?』
『お前、今どこにいるんだ?』
『いつも行くカフェの近くだぜ』
『おばさんが帰ってこないって心配してたぞ。今迎え行くから、そこで待っててくれ』
『悪い、今度何かおごるから』
『なら、近くのショートケーキがいい。あそこ、おいしいんだって聞いたことがあるの』
『了解』
再び映像が切れる。次に映し出されたのは私がシルヤを探しているところ。
『あ、いた!』
『スズ!悪い、迎え来てもらって……』
『いや、別に構わないさ』
合流して、私達は歩き出す。
『ところで、今日は誰と会っていたんだ?』
『アイトだ。覚えてるだろ?』
『あぁ、アイトか。久しぶりだね、男同士で話せたか?』
『結局スズ姉の話になったけどな!』
『お前達は……話すこともっとあるだろ、ゲームとかさ』
『最初はしてたさ。でも最終的に行きつくのはスズ姉の話なんだよ』
『まぁ、いいけどさ。それで、他にどんな話をしていたの?』
『願い事はあるかって聞かれたぜ』
『願い事、ねぇ……。シルヤはなんて答えたんだ?』
『スズ姉の病気が治るようにって願った』
『相変わらず私のことばっかりだな、お前は。たまには自分のことも願えよ』
『そういうスズ姉は何願うんだよ?』
『私?そうだなぁ……』
映像の中の私は少し考え、小さく笑った。
『……内緒』
『なんだよ、教えてくれたっていいじゃんか』
『こういうのは自分で叶えてこそだからね。もう少し大人になったら、教えてあげるよ』
『こういう時に姉貴ぶるなよ』
『実際、姉貴なんだけど』
『そうだけどよ。……あ、そうだ。どうせ家寄るんだったら飯、食っていかね?』
『あ、いいな。おばさんが迷惑じゃなければ食べていくか』
『今日の飯、何だろうな』
『オムライスとか?お前、結構好きだろ』
『スズ姉が作るのがうまいんだよ。母さんが作るやつはハンバーグとかの方が好きだぜ』
『ふふっ。ありがと。もしくは夏だし、そうめんかも』
『いいな。あとは冷やし中華とか』
映像の中の私達は笑っていた。一年後にこんなおぞましいゲームに参加させられるなんて知らずに。
「本当に優しくて、不器用な姉弟だったよね、君達は。互いを思いやりすぎて、自分のことなんて後回しでさ」
グリーンは笑う。しかしそこに、淋しさを漂わせていた。
「君のための舞台――「君を殺すための舞台」を作っていたなんて知らないで」
「……は?何、言って……これは、彼女を「生かすための」舞台じゃ……」
レントさんが驚いた表情を浮かべていた。他の、人形達も。
「あはは!ボク、確かに「彼女のための舞台」とは言ったけど、「彼女を生かすための舞台」とは言ってないよね?」
「だったら、オレ達は勝手に勘違いして……」
これがイルスアの言っていた「解釈違い」なのだろう。ようやく、繋がった。
「スズエさんとユウヤは気付いていたんでしょ?」
不意に振られ、私は俯く。
そう、気付いていた。この階に来てから、既に。ユウヤさんも、下の階で気付いていたのだろう。それでいて、黙っていた。
ユウヤさんも黙り込む。彼は守護者だ、私に言うわけにいかないと言葉にしなかったのだろう。その優しさが、私には心地よかった。
「……それで?私を始末したいだけなら、私だけをさらえばよかったと思うんだけど?」
至ってまともな疑問だろう。私に、私のこの血に恨みがあるなら、私だけを殺せばいい。どんなに多くても、私達きょうだいだけを。それなのになんでこんなデスゲームにしたんだ、こいつらは。
「だって、君一人だけじゃ簡単に抜けられるでしょ?だから重い足かせが必要だったんだよ。そうすれば、君は逃げられない」
答えは、実に身勝手なものだった。
「……っ貴様!」
気付けば私は、グリーンの胸倉を掴んでいた。
「そんな理由で皆を殺したのか!罪のない人間の命を奪ったのか!ふざけんなよ!」
感情のまま、私は怒った。
許さない。
許さない。
ゆる、さない……。
「返せよ!皆を!兄さんを!」
まるで力が抜けたように、胸倉を掴んだまま私はへたり込む。
「シルヤを……返してよ……!」
涙が溢れ出る。なんでそんな理不尽な理由で皆が殺されないといけなかったのか。
「…………今の君なら、蘇らせるんじゃないの?」
グリーンに言われ、私は顔をあげる。
「だって、君の血は絶望すればするほど強くなるんでしょ?もう「死人を蘇らせる」のだって出来るんじゃない?」
「……!」
そうだ、私に流れるこの血はその力がある。そして、ハッとした。
「まさか、お前達は……」
私はグリーンから手を放し、自分の肩を抱いた。
「そのまさかだよ。ボク達は君のその力が欲しかったんだ。正確にはボクじゃなくて、「シンヤ」がね」
「シンヤが……!?」
ユウヤさんが顔色を変える。そういえば、シンヤは彼の兄だった。まさか兄がこんなことを企んでいたとは思わなかっただろう。
「そうだよ。……あぁ、これ以上言うとボクが殺されるから。また後でねー」
グリーンは言うだけ言って、どこかへ行ってしまった。
「スズエさん」
ユウヤさんが私の背に触れる。その瞳に移る自分は、真っ青になっていた。
「ユウヤ、さん……」
私は彼に縋りついた。
「こわ、い……こわい、よ……」
「……スズエ」
「私の、この身体は……この、力は……こんなことに使われるために持ったんじゃ、ない……」
私の胸を満たしたのは恐怖だった。途方もない、恐怖。
死ぬのが怖いわけではない。ただ、死んだ後……争いの火種となってしまうことが、怖かった。
初めてだった。こんな思いを抱いたのは。
「分かってるよ。君のその力は誰かを救うための力だ。……争いを起こすための火種じゃない」
ユウヤさんは頭を撫でてくれた。私はただ、幼い子供のように震えていた。
少しして、私が落ち着くと皆で棺の場所に向かう。
「あ、来たね」
そこにはグリーンがいた。
「今から皆にはミニゲームをしてもらうよ。スズエさんがこの中に人形を入れたのはそのためだよね?」
「……早くしてくれる?」
ユウヤさんが睨むと、グリーンは「あははっ!怖い顔しないでよ、ユウヤ」と笑った。そして、指を鳴らすと別のところになった。
目の前には、二つの棺。一方には寝ているルイスマが入っていた。あれは人形か、それとも……。
「代表して、この中に一人入ってもらうよ」
私達は顔を見合わせる。ギュッと拳を握り、
「……私が行きます」
そう言って、そこに向かおうとするとランが「待ってくれ!」と腕を掴んだ。
「オレが行く」
「ラン、ダメだ」
私は譲らなかった。だって、失敗すると死んでしまうと分かっているから。
「でも、お前死ぬの怖くないのかよ?」
怯えの色を見せるその瞳には、少し青ざめている私の顔も映っていた。
……それでも。
「……怖いよ。皆を置いて死ぬなんて。でも……皆が死ぬ方が、もっと怖い。だから行くんだよ。私は皆を、お前を信用しているから」
私は笑う。彼は目を見開いていた。
ポケットに手を入れ、私は白いネコのキーホルダーを彼に渡す。
「これ、お前に預けておくよ」
「これは……」
「少し前に何となく買ったものでな。シルヤが「忠実な犬」なら、私は「気まぐれなネコ」だし、お似合いだと思って。それに見ろ、お前によく似ているだろ?白いとことか、青い目とか。だから、お前に持っていてほしい」
「…………」
「お前に、私の命を預けたよ」
彼は唇を噛み、ギュッとそれを握った。私が棺に入ろうとすると、「スズエ」と呼ばれた。振り返ると、涙をためたランが手を振っていた。
「また、会おうな」
「……あぁ。「生きて」、また会おう」
私も彼に手を振り、棺の中に入る。
棺の中は暗く、目の前の画面しか見えなかった。正直少し怖いが……気を張っていたら大丈夫だ。
「それじゃあ、始めるよ」
それを合図に、画面が変わる。
「スズエ、どうだ?」
ランの声が聞こえてくる。どうやら仲間達と話し合いは出来るようだ。
「……皆の顔しか見えないね。そっちはどうなってる?」
「えっと……棺が並んでいるな。下には番号とランプみたいなもんがついてる」
「変わったところはありそうか?」
「いや……特には」
状況を聞いていると、グリーンが話し出した。
「じゃあ、ルールを説明するね。この棺の中から、互いの代表が入った棺を見つけるんだ。簡単でしょ?」
「……お前、殺す気なんだろ?」
ユウヤさんの低い声が聞こえ、画面越しでも震えた。
「そうだよ。下から突き刺すんだ。ちなみに、下のランプはヒントになるよ。それじゃあ、始めよう!先行はそっちからでいいよ」
……こいつ……。
いや、今考えても意味ないか。とにかく状況は分かった。
「変わったところはない……なら、ランプで判断するしかないだろうな」
私が言うと、「そうだねー」とケイさんののんきな声が聞こえてきた。
「じゃあ、三番のランプを……」
ランが呟く。グリーンは「はいはい」とつけたらしい。
「……赤だ」
そう、聞こえた。心当たりは、一つだけある。
「でも、これって何を意味して……」
ユミさんが考え込むしぐさをする。
「――私の予想が正しければ、人形って意味だと思います」
私は一人で探索していた時のことを話した。それに納得したらしく、
「なら、赤いランプを選んだら……」
マミさんが言うが、マイカさんが止めた。
「待って、でも……それだと、最終的に二択になっちゃう……」
「ニャ、もしそうなったら……姉ちゃん、死んじゃうかもしれないニャ……」
「そもそも、途中で死んじまうかもしれねぇぜ?」
フウが顔を青くしてしまった。タカシさんも、焦りの表情を見せた。
「……どうするかは、皆に任せるよ」
外の様子を知ることが出来ない私は、そうするしか出来ない。ただ、得た情報を皆に教えることしか。
「スズちゃん……」
「言ったでしょ?皆を信じてるって」
息を飲んだ音が聞こえた。そして、
「……赤いランプのところ、行きましょう」
キナが、そう言った。最初の時のか弱い面影は、そこになかった。
「……そうだね」
レイさんも頷く。そして、三番を選択すると――大きな音が聞こえた。どこから聞こえてきたのか分からない。
「次はボクの番かー。えっと、じゃあ……二番で!あ、緑のランプだ」
その言葉に、私は一気に血の気が引いた。緑のランプは……。
「す、スズエさん、緑のランプって……」
レントさんが震えた声で聞いてくる。それは、つまり……。
「――中に入っているのは人間、です」
そう、人間が入っているということだ。まさかこんな早く出るとは……。
……いや。
この可能性にかけるしかない。さぁ、グリーンはどう出る?
「……一番を選ぶよ」
そう言うと、再び大きな音が聞こえた。
「グリーン、なんで選ばなかったぜよ……?」
ゴウさんがぼやく。確かに、ルイスマが「人形」であれば、真っ先に選ぶべきだったろう。
「いえ、これで分かったことがあります」
私が、その理由を告げる。
「このルイスマは――人間です」
「……は?」
「最初にカラダアツメというものをしたでしょう?それを組み立てたら、煙が出たじゃないですか。その時に、人間のルイスマと入れ替わったらしいです。その人間のルイスマが、ここに入っているんです。人形であれば、ためらいなく選んでいたでしょう」
「なるほど、それなら納得出来る……」
ということは、私達は今、他人の命を……。
いや、考えるのはよそう。私達だって、自分が生きるためにやっていることなのだから。
「……六番を」
ランが言うと、グリーンは「了解」とつけたらしい。
「緑……」
これで、二択になってしまった。どうするべきか、考える。
……賭けに出よう。
「……ラン」
「な、なんだ?スズエ」
「最初に出た方……二番を選べ」
私が指示を出すと、「待ってくれ、どちらかがお前なんだぞ」と言われた。
「他のところを選んでも、どうせ二択になるんだ。なら、ここで勝負を仕掛けた方がいい」
「でも……」
「ラン。
――私を、信じろ」
心臓がうるさいほどドキドキしている。これで失敗すれば、私は死ぬ。だけど、皆を不安にさせないように、私は気高く振舞う。
ランは覚悟を決めたようで、
「……グリーン。二番だ」
そう言うと、グリーンは笑って「スズエさんが助かればいいね」と告げた。
そして、大きな音が聞こえ、私の下から――何も、出てこなかった。
「正解!皆の勝ちだよ!」
棺が開く。私が足をつけると、ランが駆け寄ってきて、私の肩に顔を埋めた。
「……よかった……」
「言っただろ?生きて、また会おうって」
頭を撫でると、彼は「……あぁ」と笑った声が聞こえた。
「スズエ、未来見えてたの?」
レイさんに聞かれる。私はフフッと笑って、
「いえ、全く。本当に運任せでしたよ」
「え?」
皆して驚いた顔をした。いや、だって、
「さすがに、何も見えていない状態では何も分かりませんよ、私だって」
「でも、信じろって……」
「皆を不安にさせないために、ですよ」
そう言うと、ユウヤさんが苦笑いを浮かべた。
「……本当に、時々大胆になるよね、スズエさんって」
「……お前、それで死んでたらどうするつもりだったんだ」
私の言葉を聞いたランがコツコツと頭をぶつけてくる。「悪かったって」と苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ、このカードを一枚ずつ引いてね」
グリーンが近付いてきて、人数分のカードを見せてきた。私達はそれを一枚ずつ引き抜く。
「次はメインゲームだからね。二時間後に始まるから、それまでゆっくりね」
グリーンはそう言って、立ち去って行った。私は役職を見て、覚悟を決める。それをポケットに入れ、ランに声をかけた。
「なぁ、ラン」
「な、なんだ?」
「一度相談室に行かないか?シルヤに会いたい」
「お、おう。構わないぜ」
挙動不審になっているランを不思議に思いながら、私達は相談室に向かった。
「あ、スズ姉!それにラン!来てくれたんだな!」
「スズエちゃん、ラン君。また来てくれたんだね」
シルヤとイルスアが出迎えてくれた。
「シルヤ、私達ね、次またメインゲームなんだ。そして……多分、次で最後だと思う」
「あぁ」
「だから、最後にお前に会いたくてさ」
私はソファに座る。右にランが、左にシルヤが座った。
「シルヤ、だっけ?」
「そうだぜ。お前のことは聞いているんだ」
「そうか。……お前、身代で死んだんだよな。怖く、なかったのか?」
ランが俯きながら尋ねた。
「あぁ。まぁ確かになんでこんな理不尽に、とは思ったけどよ……スズ姉が死ぬよりはマシだって気持ちの方が強かった」
「やっぱ、大事な人だからか?」
「そうだ。ランも一緒に過ごしていたなら分かるだろ?スズ姉、すぐに自分を犠牲にしてしまうからさ」
「ははっ、確かに。さっきも、自分の命かけてたんだぜ、こいつ」
「やっぱか。全く、こっちがひやひやする」
やっぱり、男の子同士だと話が盛りあがるんだなぁ……。
私はイルスアと話すことにする。
「なぁ、イルスア。こっちは女同士で話そう」
「そうだね」
私達は私達で意外と盛り上がった。
「あ、そうだ、スズエちゃん」
「どうした?」
「……本当に、お別れなんだね」
「……そうだな。短い間だったけど、楽しかったよ」
彼女は気付いているのだろう、私がしようとしていることに。
「スズエちゃんが決めたことなら、ワタシは止めない。……シルヤ君と一緒に、ここで見守っているから」
「……うん、ありがとう」
そうして、時間が来た。
「それじゃあ、シルヤ。行ってくる」
「あぁ、頑張れよ、スズ姉」
私とランは最後の舞台に、向かった。
いつも通り個室に行き、私は――。
メインゲーム会場に足を踏み入れ、自分の名前が書かれた場所に立つ。
「それじゃあ、今回の説明をするね。基本は今まで通りだよ。だけど、いくつか違うところがある。今回は怪盗と鍵番、両方いる。そして……怪盗が身代を盗んでいたら、その人だけが処刑されて、あとは晴れて解放。それだけは頭に入れててね」
そうして、議論が開始された。
「まずは役職をまとめようか」
ケイさんがそう言う。
「えぇ。今回は鍵番、賢者、身代、そして怪盗……怪盗が何を盗んだかによりますね」
私は考え込む。そして、
「……先にカミングアウトしておきますね。私は「鍵番」です」
そう、言った。それに反論したのはユウヤさん。
「待って、それは違うよ」
「どういう意味?」
ユミさんが聞いてくる。それにユウヤさんは答えた。
「鍵番は、スズエさんじゃない」
私は誰にも知られず、笑った。ユウヤさんの言う通り、私は鍵番じゃない。
「あ、あのね。鍵番は、ぼくだニャン……」
フウが怯えた様子でそう言った。
「誰かが嘘ついているねー」
ケイさんが呟く。私は、自分がこの舞台を乱しているというのを自覚している。だが、こうしないといけないのだ。
「か、怪盗は誰だよ!?」
タカシさんの質問に、手を挙げる人はいなかった。当然だ、鍵番でもない限り、出るわけがない。
「ど、どうするんだよ……!」
「……鍵番の可能性のある三人には、入れない方がいいだろうねー」
マミさんの質問に、ケイさんは冷静に答える。
「で、でも、身代にも入れちゃいけないだろ?」
ランが告げる。そう、身代にも入れてはいけないのだ。
「そ、そうだね。でも……」
「身代なんて、どうやって見破るんですか……?」
レイさんとキナが困った表情を浮かべる。身代ですなんて、誰も言わないから分かるわけもない。
「待って。怪盗に役職を盗まれても、結果が出るまで分からないんだよね……?」
しかしそこで、マイカさんが顔を青くした。そう、その通りだ。盗まれた本人は、気付くことはない。
「じゃあ、完全に勘でいれるしかないのか……?三人以外の誰かに……」
レントさんが絶望したように言った。
「じゃ、じゃが、そうするしかないぜよ……」
ゴウさんも、帽子を深く被った。
「……待って。マイカさん、今、なんて言った?」
そんな中、ユウヤさんが顔色を変えて、マイカさんに尋ねる。
「え……?えっと……怪盗に役職を盗まれても、結果が出るまで分からない……?」
「……っ!」
何かに気付いたのか、ユウヤさんとランが目を見開いた。そして、二人は私を見た。
「……スズエ、正直に答えてくれ」
ランが、私に問い詰める。
「お前、「怪盗」だな?」
私はただ、不敵の笑みを浮かべるだけ。彼はそれを肯定と捉えたようだ。
「誰の役職を、盗んだ?」
「……それを知って、どうする?」
だって、それを知ったところで、私を選ぶことは出来ないのだから。
ランとユウヤさんがもう少し問い詰めようとしたその時、終了の合図が響いた。結局誰がどの役職なのか分からぬまま。
「……おまわりさんに入れなよ」
「ニャ!?なんでニャ!?」
「おまわりさんは「平民」だからねー」
ケイさんは顔を青くしながら、そう言った。そうするしかないと言いたげに。
もう、時間がない。私はケイさんに入れた。
――ケイさんに票が集まっている中、私にも四票入っていた。
「それじゃあ役職を教えるね!鍵番はフウ君、賢者はユウヤだよ!身代は……あははは!ラン君だったけど、スズエさんに変わってる!スズエさんが怪盗だったみたいだねー!」
私は静かに笑っていた。そう、これでよかったのだ。
「ま、待ってくれよ!オレが身代だっただろ!?オレを処刑しろよ!」
「無理な相談だね!だって、それだとケイさんも殺さないといけなくなるもん」
ランが、最初の時の私のように懇願する。あぁ、こんな風に見えていたのか。痛々しくて、とても、かわいそうだ。
「ラン、身代を盗んだ怪盗が処刑されたら皆を解放する、そんな約束だっただろ?」
「そうだけど……!だからって、お前が犠牲になる理由は……!」
私が言うと、ユウヤさんが顔を青くしてこちらを見た。
「……待って、それを言われたのって、メインゲームが始まる直前で……スズエさんが盗む時には知らないハズ……」
「もしかして、スズちゃん、最初から知ってて……?」
「……さぁ、どうでしょう」
マイカさんの追及にはあえて、言及しない。傷つくのが分かっているから。
「ほら、スズエさん。ここに立ってよ」
私はグリーンに言われ、処刑台に立つ。その先は針山の穴だった。
「君にはここに落ちてもらうよ」
「……先に聞くが、本当に皆は解放してくれるんだな?」
その質問に、グリーンは微笑む。
「そうだよ。ボク達はルールを違えない」
「……分かった」
それを確認した私が一歩踏み出そうとして、
「スズエ!」
後ろから、声が聞こえた。振り返ってはいけないと分かっているのに、振り返ってしまう。
いつのまにか、ランとユウヤさんが近くにいた。彼らはとてつもなく泣きそうで。
――死ぬ決意が揺らいでしまう。
だけど、死ななければ……皆が、死んでしまう。
「……ラン、最後に、抱きしめて、くれないか……?」
私の頼みに、ランは「……分かった」と私を優しく抱きしめてくれた。私は彼の背に手を回す。ユウヤさんも、私の背中に手を置いた。
「……今になって、怖くなったんだ。私、やっぱり弱いな……」
自分でも分かるほど、涙声になっていた。
「弱くなんて、ないだろ。当たり前の感情だ」
「ごめん……ごめんね……。君に、背負わせちゃって……」
三人で泣く。死に逝く恐怖と、それ以上に遺して逝く恐怖。二人も、遺される恐怖に震えているのだろうか。
「ありがとう、ラン……お前が相棒で、本当に幸せだったよ。ユウヤさんもありがとう。ずっと、私を守ってくれて」
人生の最後に二人に会えて、本当に感謝しているよ。
「大好きだぜ。二人は私の、最高の「親友」だ」
「……あぁ、オレも、大好きだ」
「ボクも、君が大好きだよ」
そのまま私はランを突き放す。その衝撃で、ユウヤさんまで突き飛ばされた。だって、二人は死ぬ必要がないから。
私は反動で、後ろの針山に落ちる。
「スズエ!」
「スズエさん!」
二人の声が聞こえてくる。
あぁ、ありがとう、二人共。また、次があるのなら、その時は――。
時間がゆっくり流れている気がした。
ざまぁみろ、シンヤ。この結末はお前にとっての「バッドエンド」だろう?
皆にとっては「バッドエンド」かもしれないが、私にとっては「ハッピーエンド」だ。だって、大切な人達を守れたのだから。
笑みを浮かべながら私は静かに、目を閉じた。身体を刺される感覚を最後に、意識は消えた。
「スズ姉」
弟の声が聞こえ、目を開く。そこには、満面の笑顔を浮かべたシルヤが立っていた。
「よく頑張ったな」
シルヤは私の頭を撫でてくれる。あぁ、弟の手はこんなに大きくなっていたのか。
「スズエ、こっちにおいで」
兄さんの声に、私は引き寄せられる。兄さんは優しく、私を抱きしめてくれた。
「お疲れ様。今度こそ、きょうだいでいられますね」
「……うん。兄さん」
私は兄さんの胸の中で泣いた。二人は私をただ優しく撫でていた。
――離れ離れになっていたきょうだいは、天国で幸せに暮らす。これが少女の、幸せな夢。
スズエの最期を見た、ユウヤによく似た男が歯ぎしりをした。
――なんで、お前は最期まで最低な絶望しないんだよ。
ムカツク。ムカツク。ムカツク。
絶望しろよ。絶望の果てに死んじまえよ。
八つ当たりのその恨みは、届かない。
本編はこれで終わりですが、もう少し投稿します。
後日談や、入れたかったネタがほとんどです。
次はスズエの「親友」であり弟のシルヤ目線を投稿していきます。
追記 シルヤ編を投稿しました。そちらもお楽しみください。